今だからわかること 
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「パンの服の汚れ、落ちそう?」
あの人が心配そうに聞く。
「ええ、なんとか大丈夫そうよ」

パンはもう寝てしまって、私たちはいつも通り、ソファで並んでミルク・ティを飲んでる。
この二人だけの時間がとても好きよ。

「よかった。あちらのお義父さんに見せる前に汚しちゃったのはまずかったよね。
 うっかりしてたよ」
「いいのよ。だって普段じゃ見られないお義父さんが見られたもの」
「え?」
「だって、パンの扱い方がいつもと全然違うんだもの。なんかおっかなびっくりっていうか。
 もうほんとにおかしかったわ」

彼は楽しそうにくすくすと笑った。
「父さん、女の人にはやさしくしろってすごくきつく言われて育ったみたいだからね・・・・」

「お義父さんとお義母さんがね、パンを見てると、あなたの小さい頃のことを思い出すって」
「そうかぁ。それで僕の小さい時の話がいきなりでてきたんだね。もうまいったよ。
 でも、僕はパンよりだいぶ大人しかったと思うけどなー」

「そうかしら。泣き虫なところはあなたゆずりだって、お義母さんいつも言ってるわよ」
それには反論できないや、と言って、彼は鼻の頭をポリポリかいている。

悟天君の小さい時もそばにいてやりたかったという、お義父さんの言葉は私の胸の中。
お義父さんだって、この人がそばにいたら、絶対に言わなかったはずだもの。
その時、この人がどれだけ傷ついたか、私はピッコロさんから聞いていたから・・・・・・。

ふだん必要なことしか言わないあの異星の人が、ゆっくりと言葉を選びながら、
セルゲームについて話してくれた日の衝撃を忘れない。
ノイズだらけの画面の中で見た、あの金色に輝く少年が、その小さな身体と幼い心に
どれほどの傷を負い、どれほどの思いを背負って、私たちを守ってくれたのか・・・・・・。

そしてピッコロさんは最後に言ったわ。
「悟飯を、頼む」って。
この私に・・・・・・他の誰でもない、この私に・・・・・・。


「でもさ、パンが父さんにいろいろ連れていってもらってるって話を聞くと、
 僕のほうも4歳ぐらいまでのこと、よく思い出すんだよね」

そう、その4歳からの6年あまり、あなたの人生はほとんどが闘いの中にあったのよね・・・・・・。
出会ってから10年の歳月の中で、少しずつ、本当に少しずつ語ってくれた、その過去。

「僕が研究者になろうと思ったのって、たぶん父さんのせいだと思うよ。
 やれ翼竜の卵が孵るとか、見たことない花が咲いてるとか、
 これは薬になるとか、これは絶対食べちゃダメとかさ。
 ほんといろんなものを見せてくれて、いろんなことを教えてくれたもの。
 きっとあの期間がなかったら、ピッコロさんに置き去りにされた半年で飢え死にしてたな」

むちゃくちゃで乱暴な話を、相変わらず楽しそうにするわね。
ピッコロさんとの1年間の話になると、たいてい笑い話で終わるのよ。
一見、とても怖そうなのに、なにより悟飯君を大切にしてくれる、不思議な異形の人。
私にとっては、もう一人のお義父さんみたい。

ピッコロさんは、等身大の私のパパを認めてくれた、初めての人かもしれないの。
パパがブウと友達になったことに感心して
「おまえの父親は偉大な世界チャンピオンだ」と言ってくれた。
あの一言のおかげで、私はパパに対して前よりずっと素直になれた気がするわ。


「あなたってフィールドワークに強いのが評判だけど、原点はそこにあったわけね。
 でも学者になりたいって夢は、実はお義父さんの影響だったなんて、
 あのお義父さん知ってると、なんか笑ってしまうわ」

「そうかもね。でも父さん、ずーっと山の中で育ったから、生きた知識という意味では
 ほんとすごいよ。いちおう学者の卵の僕が言うんだから、たしかさ」

「それはわかる気がするわね。そういえばお義父さん、こうも言ってたわ。あなたの小さい時に
 やってあげたかったのにできなかったことを、パンにはやってあげたくなるって」

「なんだろ、いったい。修行かな」
「ちがうわよ。発想がお義母さんと同じなんだから・・・・・・。お義父さんね、
 安心感をあげたかったって。自分がいるから大丈夫だって思って欲しかったって」

「そんなの・・・・・僕はもういっぱいもらってるけどな」
彼はとても温かい笑みを浮かべて、両手を頭の後ろに回すとソファの背にもたれかかる。

「『守りたいと思う人と出会って初めて、自分がどれだけ愛されてきたかわかる』・・・・・・か」

「ステキなセリフね。本で読んだの?」

「いや、僕がまだ小さかったときに、ある人が言った言葉。
 そのときは、本当の意味がよくわからなかったんだけどね。
 でも、今は、とてもよくわかる気がするよ・・・・・・」

「そうね。パンを可愛いと思えば思うほど、きっと自分の親もそうだったんだって思えるものね」

彼は、ほんとにそうだねと頷いて、天井に仰向けた。何かを思い出すような目。
ふと、つぶやくように言った。

「君やパンを守るためなら、僕も、なんのためらいもなく死ねるんだろうな・・・・・・」

「あなた・・・・・!」

いやよ、いや。絶対にいやっ・・・・・・!
胸が悲鳴でいっぱいになって息が止まった。知らず両手を握りしめて、
涙が・・・・・・おさえられない・・・・・・!

「ビーデル! どうしたの!?」
彼が驚いて私の目をのぞき込む。心配そうな、黒曜石の瞳・・・・・・。
「ばかだな。たとえばの話だよ。そんなことなるわけないだろ?」
彼の手が、私の頬に触れて、涙をそっと拭う。

わかってるわよ、と言おうとしたけど、声がでなくて。
彼の手を両手で握りしめて、なんども頷いてみせた。
いやだ、私ったら、話の展開でそうなっただけなのに・・・・・・。

でも、「もしも」が本当に起こったら、この人はきっとそうしてしまう。
外見にも、またその肩書きにもそぐわない、大きな、武道家の、手・・・・・・。

「ごめんね。大丈夫?」

「・・・・・・あなたが言うと、冗談やたとえ話に聞こえないのよ。
 お願いだからびっくりさせないで」

ごめん、ごめんといいながら、彼は右手を私の手に預けたまま、半身を戻して視線を落とす。

「僕は、心の中に小さな疑問がずっとあったんだよ。
 なぜ父さんと母さんは、僕の犯してしまった取り返しのつかないあの過ちを、
 ひとかけらも責めずに、許すことができたんだろう。
 なぜ、あの時ピッコロさんは、何の役にも立たなかった僕を守るためだけに、
 命を捨てることができたんだろう。
 でも、それは・・・・・・」

向きなおって私をまっすぐに見つめる。彼の瞳の中に私が映ってるわ。

「君とパンのためならこの身体も命も何も惜しくない。
 もし僕に何かあっても、それがどんな理由であっても、君たちに苦しんでほしくない。
 父さん達もきっと同じ気持ちだったんだって、今、わかった。

 僕はただ、何を苦しむことなく、その愛情を素直に受けとめれば、それだけでよかったんだ。
 僕が君たちにそう望むように・・・・・・。

 そして父さん達が僕にくれたいろいろなことを、
 こんどは僕の大切な人達にまっすぐに届くようにできれば・・・・・・」

あの人は、ちょっとはにかんだような笑みを浮かべて言ったの。

「ありがとう、ビーデル。君と会えてよかった。
 君が、僕のそばにいてくれることに、心から感謝してる。
 君たちがいるから、僕はこうして歩いていける気がするよ」


悟飯君・・・・・・。

こんな小さな私では、何もこの人の力になってあげられない。ずっとそんな気がしていた。
それほどこの人は、強くて、優しくて、それゆえその思いの全てを胸に秘めてしまうから。

でも、そうじゃなかったのね。
私は、あなたの・・・・・・・・・・・・。


うつむいた私の顔を、あの人がまん丸い目でのぞき込んだわ。
人差し指で、私の鼻先をつんとつつく。
「今日は、君のほうがよっぽど泣き虫だね」

いったい誰のせいよ、と言おうとした私の唇に、あの人の唇が、そっと触れた。
見上げれば、春光のきらめきのような笑顔・・・・・・。

「君を、愛してるよ・・・・」

ええ、愛してるわ。
愛してるわ。
私のすべてで、あなたのすべてを・・・・・・!

私を抱きすくめたその胸は、まるで大地のように私を包み込んでいたの。
いつまでも、いつまでも・・・・・・。

                     (了)

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『守りたいと思う人と出会って初めて、自分がどれだけ愛されてきたかわかる』
このセリフを悟飯が聞くシーンは「愛しきものへ・・」の第9話で出てきます
「愛しきものへ・・」の時代を経た悟飯の、
最終的な幸せを書きたかったのがこの前後編だったのです。
前編は、私の義父が「孫を見ていると子ども(私の夫含む)の
小さい頃のことを思い出す」と言った一言からスタートしました。
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