愛しきものへ‥‥
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「ごちそうさまでした」
胸の前で小さな手を合わせてこう言った息子が、イスからピョンとおりると、朝食後の食器を手早く重ねて、流しに運び始めた。

「あ、お母さん、座ってて。ボクがやるから」
ここのところ毎食後にくりかえされる同じ言葉。

「すまねぇな、悟飯ちゃん」
チチはイスにかけ直し、両手で湯飲みを包むように持った。その目は微笑みをたたえて、踏み台にのって皿を洗っている我が子の背を見つめる。

「まったく、こんなにおっ母のこと甘やかしてるときっとすげえ甘ったれの赤ん坊が生まれてくるぞ」

「そうしたらピッコロさんに見てもらいましょう」
背中を向けたまま、ふふっと笑いを含んだ声で悟飯が答える。
「ボクだって小さいころは甘ったれの泣き虫だったんでしょ?
 ピッコロさん、厳しいときはすごく厳しいんだから・・」

「泣き虫ってのはそうだったけんども・・・
 でもおめえは小さいときから聞き分けのいい、ホント、いい子だったぞ・・・」

「そうかなぁ・・・」

(そう、いい子すぎるくらいだったな、悟飯・・
 もっとワガママをたくさん言わせてやれればよかったのにな)

小さなときから何かとよく手伝ってくれる子だった。それが、弟か妹が生まれるとわかってからは、自分にできることは全部やるとばかりの勢いで、内心苦笑してしまうほどだ。
昔は、手伝いなんかいいから勉強しろ、とよく言ったものだ。でも、今は、悟飯のやりたいようにやらせておくのがいい。

(そうすれば、色々よけぇなこと、考えねぇですむ)

ゆったりと座って、何気なく話しているようでいて、チチは全身で悟飯を感じようとしていた。

「悟飯ちゃん、最近ちょっとは修行してんのか? 勉強と手伝いばっかじゃ、疲れちまわねぇか?」

「ピッコロさんと時々は組み手とかやってますよ。
 でも、最近は勉強見てもらうことも多いかな・・」

「え、勉強って、ピッコロにか?」

「あと、ポポさんにもね。神殿の書物の間で、デンデといっしょに・・
 ピッコロさん、勉強でも厳しいんですよね。あ、厳しくされてるの、デンデのほうですけど・・・」

神様になるのもたいへんそうだ、と同情する悟飯に、そりゃあたりまえだべ、なんといっても神様なんだぞ、と答えながらも、机に向かった二人の間を歩き回る教師然としたピッコロを想像して、チチはつい笑ってしまった。
「そっか、さすがに元神様だなや。ちゃんと跡継ぎを育ててるんだな」


ピッコロは二日と空けずにやってきた。
たいてい悟飯を外に連れだしたが、必ず家まで送ってきてくれた。

昔は色々な思いがあったが、セル戦前の三年間で、チチはこのナメック星人を心底信頼するようになっていたし、今となっては、悟飯の大きな支えとなってくれる彼に深く感謝していた。
二番目の子はすくすくと順調で、チチも安定期にはいり家のなかにはおだやかな空気が流れている。
ただひとつチチの心配は悟飯のことだった。

父を死なせてしまったという意識が我が子から、あの無邪気な明るさを奪ってしまった。それでも、あの世にいった父が、自分を許してくれていることを、わかってくれたのはせめてもの救いだったが・・・・

------「え? 赤ちゃん? ほんと!?」
------「んだ。悟飯ちゃんもうすぐお兄ちゃんになるだぞ!」

------「ん? どうした、悟飯ちゃん?」
------「・・・赤ちゃん・・おとうさんに会えないんだね・・・」

------喜びでいっぱいの笑顔が、次の刹那、深い悲しみに染まっている・・・

大人の自分でさえ・・・
あの無鉄砲な男の性格を知り尽くしていたはずの自分でさえ、
喪失感に押しつぶされそうになる時がある・・
それを・・・・・。

『悟空さ、おめえの気持ちもわからねぇじゃねぇけんども・・
 でも・・・やっぱり悟飯には重すぎただよ・・・』


***===***===***

あの運命の日。

セルとの戦いから帰ってきた悟飯は、母の顔を見たとたん、がっくりと崩折れて、床に両手をついた。
「ごめんなさい・・おとうさんが・・・おとう、さんが・・!!」
あとは言葉にならない。

息子を抱きしめようとのばしかけた手をそのままに、チチは息を呑み、悟飯の脇に片膝をついたピッコロの顔を見た。
「悟空は・・・セルを倒すために・・」

「ちがうっ おとうさんはボクのせいで死んだんだっ!! ボクにはセルをたおせたのにっ」
血を吐くような悲痛な叫び・・・。

なおも何か叫ぼうとするのをさえぎるように、母は慟哭する息子の頭をかき抱き、抱きしめ、やさしくその黒髪をなでる。

「悟飯・・おめえはなにも悪くねぇ。
 おっ母にはみんなわかってるだ・・」

自分でも驚くほど穏やかな声が出て、チチは内心ほっとした。

悟空が死んだ・・・

その事実に、胸に握りつぶされそうな痛みが走ったが、今はただ目の前にうずくまるこの子を・・傷つき、ぼろぼろになって帰ってきた我が子を救いたい。その想いがなにものをも退けた。

いつもはおとなしくておだやかなこの子が、激しい苦しみにはじけてしまいそうだ。声にならない自責にかられ、自身の身体を引き裂かんばかりの悟飯の姿は、逆にチチに驚くべき自制を与えた。

「・・・なあ、悟飯。もし悟空さが死んだなら、それはぜんぶ悟空さが納得の上で選んだ道だぁ。
 おめえも苦しんでねぇで、おっ父を信じろ」

悟飯は思わず母を見上げた。
チチの顔には笑みさえ浮かんでいる。

悟飯の背中を、まるで小さな子どもを寝かしつける時のようにやさしくさすりながら、チチは息子の目をのぞき込んだ。

「おらには何があったかよくわかんねえ。でもな、悟空さのやったことなら、きっとそれが、
 そのときできる一番のことだったんだろうって信じられるだ」

「おかあさん・・」

ピッコロが感心したような表情でチチを見ている。何かと理由をつけて悟飯をここまで送ってきたのはチチが悟空の死をどう受け止めるのか、不安だったせいもあった。

(オレともあろうものが、取り越し苦労だったようだな)

「悟飯・・よく無事で帰ってきてくれたな。おっ母、何より嬉しいだぞ・・・」

「おかあさん、おかあさん!」

悟飯がチチの首に手を回し、その泣き声が十歳の子どもらしい声に変わったとき
ピッコロはふっと肩の力をぬいた。

***===***===***

その夜、ピッコロが神殿に帰り、二人きりになった時、いきなり悟空の声が降ってきた。

「チチ! 悟飯!」

「悟空さなのけ!?」
「おとうさん!」

「ああ、またちっと界王サマに頼んでよ。どうしてもおめえたちとは話しときたかったし。
 チチ、急でホントにすまねぇけど、あとよろしくな!」

「悟空さ! なーにがよろしくだ! おめえ、なして生き返らねぇなんてワガママ言ってんだ!」

「オ、オイ・・それってワガママなんか?」

「おとうさん・・。ナメック星の神龍にたのめば、生き返れるんでしょう?
 どうしてだめなの? ボクが言うことをきかなかったから? だから怒って・・・それで・・・」

「お、おい、悟飯、違うって、父さん、ぜんぜん怒ってなんかねぇぞ。だいたいおめえに
 あやまんなきゃいけねぇのは、父さんのほうだ。なんも話さないで、いきなり闘わせて、
 つらい思いさせちまって・・・・悟飯、ほんとにすまなかったな」

「おとうさん・・・そんなことないよ・・・え、じゃ、じゃあ、なぜ生き返ってくれないの?」

「いや、二度死んでみて、思ったんだけんどよ、これでまたまた生き返るなんて、なーんか、
 こっちの世界にいるヤツに悪い気がしてきちまってさ」

「え? 悟空さ・・・・?」

「いや、昼間はクリリンがいたんで言えなかったんだけどよ。
 生きてるときにいいことやって、身体つけてもらってる魂は、何もオラだけじゃねぇ。
 なのに、オラたちだけ、何度も生き返れちまうってのも、考えてみりゃ、なんかヘンな話だろ」

「でも、おとうさん・・」

「それによ・・・・オラが生きてたら、オラはまた悟飯を戦いに巻き込みそうな気がするんだ。
 父さんはな、もう二度と悟飯を、悟飯の望まない闘いに引きずり込みたくねぇんだ・・・・」

「おとうさん・・・・」

「オラ、おめえたちが大好きだぞ。
 死んだってなんだって、オラが一番大事にしてぇのはチチと悟飯、おめえたちだ。
 おめえたちと会えないのは寂しいけど、オラはこっちでも楽しくやっていけそうだからさ。
 最初はムリかもしんねぇけど、頼むから、悲しまねぇでくれよ」

「悟空さがそこまで言うんなら、しかたねぇか」

チチが苦笑混じりに言う。悟飯が目を丸くしてチチを見あげる。

「まったくおめえは勝手なダンナだべ。わかったから、そのかわり、おらがそっちいくまで、
 誰ともケッコンしねぇで待っててけろな」

「あったりめぇだ。オラの女房はチチだけだぞ。いつかは絶対におめえと会える。待ってるさ!
 それに、悟飯、長いこと、いろんなことに巻き込まれちまったけど、これからは好きな道を
 生きるんだ。何が好きかわからなかったら・・えーと、うまく言えねぇけど、自分の周りのこと、
 なんでも素直に感じてみろ。そうしたらきっと何が楽しいかわかるはずだ」

「はい。おとうさん。ボク、そうしてみる。そうしてみるよ!」

「おめえたちと暮らせて楽しかったぞ。じゃあな! 二人とも元気でな!」

「悟空さ!」

「おとうさん!!」

見あげると、涙がチチの頬をぬらしている。
悟飯はチチの手をにぎりしめた。
チチは悟飯の手をにぎりかえし、悟飯の顔をのぞき込み、涙を拭おうともせず、笑った。

「な、悟飯。わかったな。おっ父の気持ち・・」

悟飯はこっくりと頷いた。

ボクがおとうさんを死なせてしまった。それは事実。
きっと自分を許すことはできないだろう。
ずっと後悔しつづけるだろう・・・。

でもおとうさんは、怒ってなかったんだ・・。


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