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愛しきものへ‥‥
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「ねえ、おかあさん、あの・・・お願いがあるんです」 夕食のあと、悟飯がちょっと言いにくそうに切り出した。 「なんだべ」 と、チチが不思議そうな顔をする。 今日、トランクスと武道大会の話になった。 たいへんですね、と同情したら、トランクスがいたずらっぽく言ったのだ。 「悟飯さんもどうです?」 「え、ボクですか? だ、だめですよ、そんなの出たことないし・・」 「ハハ・・オレたちってけっきょく普通の試合ってやったことないんですよね。 でも、だから出てみようかなって気になったんですよ、オレ」 「え?」 「平和な武道ってのも、悪くないんじゃないかと思って・・・・」 そう言ったトランクスの笑顔がとびきり素敵に思えて、悟飯は自分も同じ場に行ってみたいと思った。 (うーん、でも、おかあさん、なんて言うかな・・・・) 父が死んでから、母は、あれをしろ、これをするなといった類の事を何も言わなくなった。それどころかあれだけ修行嫌いだった母が『たまには組み手ぐらいやってるか』なんて言ったりする。自分に気をつかってくれていることもあるだろうが、やはり母も、武道家としての父が好きだったんじゃないかと、悟飯は思っていた。 だからといって、武道大会に出たいなどと言って、許してくれるだろうか? 悟飯には自信がなかった。 「じつは、4日後に、天下一武道大会みたいな武道大会があるんです」 「ああ、ブルマさんから聞いたぞ。トランクス出すってはりきってた」 「それで・・・あの・・ボクも出てみたいんですけど・・・・」 「いいでねえか。おめえもちっとは普通の武道やったほうがいいしな。 それにおめえが出るなら、でっかいトランクスも喜ぶだべ」 「ホントに、いいの?」 あまりにあっさり許しが出たので、悟飯は拍子抜けしたような顔でチチを見た。 チチはそんな悟飯をじっと見つめた。 「なあ、悟飯。正直に言ってけろ。おめえ、悟空さやピッコロさと修行すんの、好きだったか?」 「・・・・うん・・・・」 「やっぱり、そうけ・・・。おっ母な、最近よく思うべ。 おめえの気持ち考えねぇで、勉強しろ勉強しろって、言いすぎたってな」 「え?」 「おめえは優しい子だ。おっ父の言うことも、おっ母の言うこともちゃんと聞こうとする。 それで自分の言いたいこと、全部、胸の中にしまっちまう。苦しいことも悲しいことも・・。 おめえをそんなにしたのは、おらのせいだべ。おらが悟空さともっとちゃんと・・・」 「おかあさん! そんなことないよ! ボク、いやいや勉強してたんじゃないよ。 いろんなことがわかるの楽しいし、修行も好きだけど、勉強だって好きだったんだよ!」 母がいきなり涙声になったのにびっくりした悟飯は、思わず大きな声でそう言って、 椅子からタン!と降りると、チチのそばにかけよった。 小さい頃は、うっかり組み手を教わるとあとから母が父を怒るし、だいたい殴ったり殴られたりするのはコワイと思っていたから、武道というものから身を遠ざけていた。自分にもそれなりの力があるとわかった後は、自分が皆の役にたてると思うのに、それを認めてくれない母に反感を持ったこともあった。 だが、ナメック星行きにしろ人造人間を迎え撃つための3年間にしろ、いったんこうと決まれば、不満そうではあっても最後までやらせてくれたのも母だった。どちらにしろ、母の言葉が、すべて自分を心配してのことなのはよくわかっていたから、悟飯には何も言えなかったのだ。 「ハハ・・ごめん、ごめん。おめえがそう言うんなら、ちっとは気持ちがラクになったべ」 心配そうに自分を見あげる息子の頭をくしゃくしゃと撫でながら、チチは目をうるませたまま笑った。 「な、悟飯、約束してけろ。とにかくなんでもおっ母に言うって。 やりたいことはやりたいって言え。おっ母、もう二度と頭ごなしに反対したりしねぇって約束する。 死んだおっ父が言ってたとおり、好きなことをやっていけ。 優しいのはいいことだ。だけんど、おめえのような子どもが、人を傷つけまいとして、 なんでも胸ん中にしまっちまうの見てるのは、おっ母、苦しくてなんねぇ」 悟飯はトランクスのことを思い出した。なんでも一人で背負いこんで、他の人のことばかり考えて、見ているだけでも、つらそうで可哀想に思えた、あの感じ・・・・。 (・・・・ボクも、他の人から見たら、同じだったのかな・・・) 「・・・おかあさん、ボク、ホント言うと、好きなことってまだよくわからないの。 修行は楽しいけど、すごく強くなりたいのかどうか、自分でもよくわからないし・・・。 勉強は・・・動物や植物の本を読むのは好きだけど、他のことだって面白いし・・。 でも、約束するよ。なにか、こうしたいってことがあったら、ちゃんとおかあさんに言うって。 えっと、こんなんで安心してもらえる?」 きまじめな返答は、結局いつもの息子以外の何者でもなくて、 チチは思わず泣き笑いになりながら、それでも悟飯を見つめてなんども頷いてみせた。 ***===***===*** この崖から見る夕焼けはいつもきれいだ、と悟飯は思った。 涼しくなってきた風が、火照った身体に心地よい。 今日、本気になって師匠と拳を交えた。 「精神と時の部屋」で別々に1年過ごしているから、本当に久しぶりだった。 組み手といっても、お互いにお互いの気を感じながら、それを二人で練り上げていくウォームアップの段階と、相手を本気で攻撃していく本当の格闘としての組み手の二つの段階がある。 父とウォームアップをするときは、自分の身体を巡る気と、父の身体を巡る気の流れが、渾然と混じり合い、どんどん高揚してくるのがわかる。それがある程度のレベルに達すると、父が言い出す。 「そろそろ、いくか?」 悟飯が同意の印にすっと間をとると、次の瞬間、二人はいきなり格闘モードに移行する。蹴りも拳も恐ろしいほどの破壊力を持ち始め、相手の隙を確実に捉えていく。 それでも父はいつも手加減してくれていた。彼の言葉を借りれば"戦闘用"ではなく、"試合用"のパワーで、ということになるのだろうか。そんな父の甘さが心地よいこともあったし、不満に感じることもあった。ただ、今思えば、最後は、手加減されていたわけではなかったのかもしれなかった。 師の気は、自分や父とはまったく異質だ。まるで風のようだと悟飯は思う。捉えようと集中しているとどんどん無心になってくる。冴え冴えと研ぎ澄まされてくる。そして、あるときは導かれるように、あるときは自分の変化に師が合わせるように、だんだんと二人の気が変化してくる。 そうしていったん共同作業の域を越えると、今度はかなり容赦がない。うっかり中途半端な気分で取り組むと、本気でダメージを受けてしまう。昔は「ボクにも再生能力があると思ってるのかなぁ・・」とくだらないグチを(もちろん聞かれないように心の中で)つぶやいたこともあった。 悟飯にとっての修行の楽しみは、強くなることではなく、父や師とコミュニケーションをとることにあった。相手と同じ空気を感じることができるのは大きな喜びだった。 ただ、セルゲームのあとは、何度か師と手を合わせても「慣らし」の域からけっして出なかったし、師のほうも、誘いも導きもせず、完全に悟飯の気に同調してくれた。 だが今日、悟飯は、昔よくやったように、半歩、踏み出してみた。 師もまた、まったく遅れず、それに応えた。 ただ昔と違ったのは、師がその刹那、驚いたように目を見開き、 そのあとにやりとあの不敵な笑みを浮かべたことだけだった。 純粋な体術に限るとまだ師には及ばない。動きの先を読むことに関しては超人的だし、体内の気を自在に巡らせて、打ち込む拳に足先に効果的に集中させるので、衝撃がとてつもなく重い。超化もしないし、気功波の類も使わないうえ、単純にリーチの差もある。終わったときにはすっかり悟飯の息はあがっていた。 背中でバサッという音がして、師がマントとターバンを纏ったことがわかった。 おだやかな空気が流れて、師がなんとなく嬉しそうだと思うと、悟飯は幸せな気分になってきた。 「ピッコロさん、ボク、3日後の武道大会、出てみようと思うんです」 「そうか」 ピッコロはそれだけ言って、すっと悟飯の隣に並んだ。 そのまま黙って夕日を見ている。 と、いきなり「新しい道着にするか」と言い、悟飯の頭上に手をかざした。 驚く悟飯の身体が、一瞬、暖かい空気に包まれる。 「あ・・・・!」 いつも着ている濃紫の道着が、鮮やかなオレンジ色に変わっている。 父とよく似た亀仙流の道着。 山吹色より赤みがかった、まるであの夕焼け空のような色・・。 「もう、それを着ても大丈夫そうだからな」 「ピッコロさん・・」 悟飯の顔に少し照れたような笑みが浮かぶ。 「うむ、なかなか似合っているぞ」 目を細めたピッコロは、そのできばえに満足そうだった。 家に帰ると、チチが一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐに悟飯の両肩をぽんとたたいて 「ピッコロさは、なかなか趣味がええな」と笑った。 自分の部屋に入って着替え、たたもうとして気がついた。 道着の背には、『飯』と一文字、染め抜かれていた。 (1) (2) (3) (4) <5> (6) (7) (8) (9) (戻る) |