愛しきものへ‥‥
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静寂が満ちていた。

時折、欠片が落ちる、乾いた音だけが響く。

闘いは一方的だった。
虚空に浮かぶ赤毛の男の呼吸は、はや平静に戻っていた。
ふわりと地上に降りる。長身のムージと短躯のビドーが跪いて迎えた。

4人とも誉めてやる、とボージャックは思った。
最後まで、誰一人として、怯えることも屈服することもなかった。
このまま死ぬにまかせておいてやろう。
ただ・・・・・・あの小僧だけは、俺がもらうぞ。

地上をすうっと滑るように移動して、止まった。
足元に手を伸ばし、オレンジ色の布を無造作に掴んで、そのままゆっくりと引き上げる。
黒髪の少年が、道着の胸元を掴まれて瓦礫の山から引き出された。
完全に意識を失い、手も足もぐったりと重力に逆らわない。
男は、太い両のかいなで、だらりとたれ下がった両腕もろともに少年を包み込む。
それは優しいとも見える動作だった。

少年がぽかりと目を開いた。
ぼんやりとした黒い瞳にやがて光がやどり、自分を捕らえた男の顔に焦点が合った。
自分が誰に殺されるのか認識できたことを見計らって、ボージャックは両腕に力を込めた。

悟飯の悲鳴が響きわたった。

(いや・・・・・・だ・・・・・・!)
何度も極限状態をくぐり抜けてきた。そのたびに、生きているという実感と共に自分に刻み込まれたのは、父の、母の、師の、仲間の、笑顔とそして温かい掌の感触。そして時に、大切な人を失ってしまった深淵を覗き込むに似た喪失感・・・・・・。喜びや悲しみといった感情を越えて、少年の中に数え切れない想いが、降り積もっている。

(ボクの・・・・・・力・・・・・・)
自分がいったいどんな力をもって闘っていたのか、悟飯にはわからなかった。
精一杯やったのか? それとも・・・・・・? セルを倒せたあの力はもうなくなったの?
トランクスさんを未来に帰してあげなくちゃ・・・・・・。ピッコロさん・・・・・・。ベジータさん・・・・・・。

(生き・・・・・・なきゃ・・・・・・)
おかあさんをこれ以上悲しませるなんて・・・・・・。赤ちゃん、おとうさんの分まで可愛がってあげようって決めたんだ。帰らなきゃ・・・・・・。帰らなきゃ、家に・・・・・・。

痛みのあまり全身が冷や汗で濡れそぼっていた。それでも、胸郭を圧し潰そうとする外部からの万力のような力に、気の内圧を上げて必死に抗った。身体を限界まで反らせ、なんとかその腕から逃れようとする。だがそれらの抵抗も、所詮はボージャックの楽しみを増すだけのことだった。

強く身体に押しつけられている右肘のあたりで、みしり、と背筋が寒くなるような音がした。右胸の内側に焼けた鉄を突っ込まれたように、激痛と熱さが広がってきた。
がぼり、と、喉の奥から、なま温かい鉄と塩の味がせり上がった。

(おとう・・・・・・さん・・・・・・)


***===***===***

界王の背中で、衣を引き裂かんばかりに握りしめ、血を吐くような声で叫び続けていた男が、がくりと膝をついた。両の拳を地面に打ち付け、うずくまっている。
向き直った界王が驚いたことに、自分の身体に一切触れていないにもかかわらず、悟空には息子の様子が見えているようだった。

(悟飯・・・・・・)
チチからそっと手渡された小さな存在。こっちを見て、嬉しそうに手足をバタバタとさせた。それがそのうちよたよたと立ちあがるようになり、転がってるのか歩いてるのかわからない状態で、両手を伸ばして自分をつかまえようとやってきた。

(悟飯)
自然が大好きだった。ありとあらゆることに目を輝かせた。木も花も動物も鳥も虫も、なんでも見せてやりたいと思った。筋斗雲に乗せて、色々なところに連れて行った。繊細で、臆病で、何かあると道着の裾をつかんで後ろに隠れた。どんなに泣いても、抱き上げて頬ずりすると泣きやんで、自分の硬い髪をくすぐったがって握りしめた。

(悟飯!)
自分とは違う気の巡らし方もとても好ましくて、それを生かす形で色々なことを教えた。悟飯と組んでいると、こちらも新たな発見をすることがあった。そして、爆発的な潜在能力を見いだしたときのあの喜び・・・・・・。だが・・・・・・。
自分がどうなろうが、いや、地球がどうなろうが、一番守りたかったのはこの子のはずだった。強かろうが弱かろうが、なぜまっすぐに守ってやらなかったのだろう。

「悟飯――っ!!」

虚空を仰いで絶叫した悟空の身体が真っ白い光に包まれ、次の瞬間、それが光の柱となった。

それは彼の魂そのものだった。

***===***===***

ピッコロは、鉛のような身体を強烈な意志の力でなんとか引きずっていた。肩ごと右腕を吹き飛ばされた時、そのまま戦い続けて止血できなかったことが大きなダメージを与えていた。脚もどちらか折れているのかうまく動かない。だが今の状態では再生などまったく不可能だった。

霞んでいく思考をこの世に引き止めたのは、聞こえてくる少年の悲鳴だった。身体の苦痛などすでにどこかに消え、ただ心臓を握りつぶされそうな焦燥と恐怖だけがあった。
心許なく歩いて、やっと空に浮かぶ敵を見つけた。なんの躊躇もなく、最後の攻撃のために体内の気をかき集め始める。それは自分自身の命の火でもあった。悟飯の叫びが何かくぐもったような声に変わった。折れた肋骨が肺に刺さり血液が気管を逆流しているのだ。ピッコロは自分の力の無さを呪った。

そのときだった。

よく知っている感覚がいきなり出現した。この世に存在するはずのない人間の気。
いや、気ではない。それは、音でもなく言葉でもない声・・・・・・空間に同心球を描く波紋・・・・・・。
それはボージャックの身体が占める空間と重なって、しかし明らかに存在した。

「な・・・・・・ご、悟空・・・・・・!?」

(悟飯・・・・・・生きてくれ・・・・・・!)
悟空の声が・・・・・・聞いたことのない苦渋に満ちた悟空の声が、ピッコロの頭の中に聞こえてきた。
(オラはまた、おめえを守ってやれねぇのか・・・・・・。悟飯・・・・・・。悟飯っ!)

「がっ!!!」
いきなりボージャックが、はじけるように吹っ飛んだ。その腕をするりと抜けて、力を失った小さな身体が落ちてきた。ピッコロが残った左腕で受け止める。少年の身体が小さく痙攣して、こふりと喉を満たした鮮血を吐いた。

「悟飯さん・・・・・・ピッコロさん・・・・・・」
悟飯を受け止めてへたり込んだピッコロの脇に、トランクスがふらりと倒れ込むように手をついた。
「トランクス・・・・・・悟飯を神殿に、デンデのところに連れて行ってくれ。
 それで、おまえは自分の時代に、早く戻るんだ・・・・・・」
「なんですって?」

「ヤツらが動き出したら、今のオレとコイツじゃ2分ともたん。だから早く行け」
いつのまにか近づいていたベジータはぼろぼろの身体で、それでもいつものように腕を組み、地を踏みしめて立っていた。

「そんな! 父さんたちを置いて行くなんて、できるわけがない!」
「バカが。どんな状況でも自分のやるべきことを見失うな。それが王家の血を引く人間だぞ」

「おまえにもしものことがあったら、未来は誰が守る?
 おまえはもう、精一杯のことをしたんだ。だからもうこの時代のことは忘れろ」
ピッコロも言葉を重ねた。

バカな・・・・・・! それじゃ結局、同じじゃないか? 結局、悟飯さんだけが残って、それで・・・・・・!
そんなことは・・・・・・!
「いやだ! そんなことは聞けません! オレも闘う!」

「だいじょうぶですよ、トランクスさん・・・・・・。
 誰も死なせやしない・・・・・・誰も・・・・・・。みんなで帰りましょう・・・・・・」

三人は驚いてその声の主を見た。
悟飯のエメラルドの瞳が、ピッコロの腕の中から、みんなを見上げていた。

***===***===***

もはや苦痛すら遠くに感じる状態で、突然心の中に流れ込んできたのは、父の強烈な感情だった。
息子を守れないと自らを責めさいなむ後悔と、そして人が人として存在するエネルギーをすべて置き換えたかのような激しい愛情・・・・・・。

身体に加えられる圧力が消えて、空を舞いながら、悟飯の意識は拡散していった。

自分を庇って片腕を失った師が、落下する身体を受け止めようと手を伸ばしていた。
倒れた柱に引っかかっていた青年がずるりと下まで落下し、それでも立ち上がって頭を振った。もつれた銀髪から、小石や破片がはらはらと落ちた。
崩れ壊れた煉瓦の山がぐらりと動いて、中から白いグローブがのぞき、掌で地面をとらえると、その誇り高い身体を地上に押し上げた。

闘いのさなかに飛び込んできた小さなエア・カー。あっというまにたたき落とされたが、その中の世界チャンピオンが気は失っていても無傷なことがわかった。

そして、クリリン、ヤムチャ、天津飯の身体。大丈夫。大丈夫。生きている。

武道会の、半数以上の人間が逃げ出してしまった会場で、すでに映らなくなってしまったモニターを祈るように見ている二人の母。息子と夫と仲間の安否を気遣い、信じ、しなやかに強く、そこにいた。

眼下に青い海が広がり、海鳥の声が聞こえる。視線を上げれば緑にけぶる山、森、草原・・・・・・。
白い波頭の下に、森の木々の中に息づく命たち。その刹那、刹那にただ、生きて・・・・・・。
自分がどんどん広がって、すべての生命のそれと交わり、同一のものになる。

自分は自分であって自分でなく、
木であり、花であり、鳥であり、けものであり、虫であり、魚であった。
山であり、海であり、風であり、大地であった。

いったい、何を、ためらうことがあったのか。

このすべてをありのままに、守ることのできる、自分の力。
それを解放することに、いったい何をためらうことがあったのだろう・・・・・・。


悟飯が、ピッコロの腕の中からむくりと立ちあがり、前に歩み出した。

「悟飯!」ピッコロがその背中に思わず声をかけた。

少年が振り返って微笑んだ。「だいじょうぶですよ」

その微笑みに、トランクスは自分の師である悟飯の笑顔と、未来で待つ母のことを思いだした。

ベジータは、なぜいきなりブルマと小さなトランクスの顔を思い出したのか、不思議に思った。

ピッコロの心の中に、小さな小さな子供の頃の悟飯の姿が浮かび、
それから同化して消える寸前に、自分を息子と呼んだ、神のことが浮かんだ。


悟飯は敵に向かって静かに歩いていった。超化しているのに周囲になんの圧力も与えない。
なのに誰も近づけない、圧倒的な何かがあった。

ムージが自分の恐怖を押さえつけるような雄叫びをあげて悟飯に殴りかかった。その拳をすっとかわし、小さな手を青い胸にあてる。一瞬でその長身が消え去った。
ビドーが悲鳴を上げて逃げようとした。ボージャックがその腕をつかみ少年の方に投げつけた。小男が悟飯にメチャクチャに気弾を発した。それはすべて少年の周りで消え去り、かすることすら許されなかった。悟飯が拳を握り気を高めた。少年を包んだエネルギーの輪郭に触れただけで、ビドーは吹き飛ばされて倒れ、永久に動きを止めた。

ボージャックは生まれて初めて恐怖を感じていた。しかし一度は自分への生け贄であった子供にそんな感情を抱くなど許せなかった。自分のパワーを最高に引き出して、必ずこの小僧を殺す! 男の髪と瞳が炎のように燃え上がった。

風圧だけでも切り裂かれてしまいそうな拳と蹴りが少年を襲った。しかし、今の悟飯にとってはそれらもただの緩慢な動きにしか見えなかった。かわしてその懐に入り、たった一発、右の拳をたたき込んだ。ボージャックの身体が貫かれた。そのまま右腕に意識を集中すると、青い巨体はあとかたもなく消滅した。


振り抜いた拳をおろし、立ったまま空を仰いで、そっとつぶやいた。

「お父さん、ありがとう。僕、もう大丈夫・・・・・・。
 さよなら。大好きな、お父さん・・・・・・。
 さよなら・・・・・・」

すっと身体の力が抜け、少年はそのままふわりと眠りについた。


***===***===***

「悟空、おまえの息子・・・・・・やったな! あのボージャックをよくぞ・・・・・・!」
界王がぐったりと疲れ果てた悟空に言った。あの世にいながら、現世に物理的な影響を与えるなど、界王ですらできることではなかった。

「ああ・・・・・・。悟飯、すげぇや・・・・・・。オラ、ほんと嬉しいや」
悟飯の心とひとつになって、悟飯の見たものを見て、感じたものを感じられた気がした。
それは自分がいつも持っている感覚にほかならなかった。
そして、悟飯が、はじめて別れの言葉を言った。
少し寂しいような、ほっとしたような気持ちになった。

「そういえば、悟空よ。おまえには責任をとってもらわんとならんぞ」
「え、なにが?」
「あの5人、地獄でも面倒を見きれんというから、生きたまま封印しておいたんじゃぞ。
 それをあの世送りにしてしまったんじゃからな。まずはエンマのとこいって手伝ってやれ」
「あ、そうか。ま、まいったな」
「そんなこといって、内心は強いヤツと闘えて嬉しいんじゃろうが」

「あ、ああ、ちっとはな。でも、今のオラじゃ、一人じゃかなわねぇかもしんねぇから
 パイクーハンとかに手伝ってもらってもいいかな」
「では、報告も兼ねて大界王星にいくか。そうすればみんなに連絡がとれるじゃろ」
「あとさ、オラ、安心したら、腹へっちまったんだけど・・・・・・」
「わかった、わかった、食事のほうはわしから頼んでやる。早く瞬間移動でつれていかんかい」
「オッケー。メシのほうよろしく頼むな!」

すっかりいつもの調子に戻った悟空だったが、
その目が少し赤くなっていることは知らないフリをしてやろうと、界王は思った。


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