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その道に光あふれ風満ちて
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耐性コクサッキーBウイルスによる拡張性心筋症の劇症型。 悟空を襲った病の正体である。 付着したウイルスにより心臓の筋肉が機能しなくなる難病。急激に発症すれば、即、心臓移植が行えたとしても助かる確率は半分だ。19号、20号と闘った時、心筋の収縮力が極端に低下した状態で超化したため、増大した血流は悟空の心臓を一気に膨らませてしまった。肺と心臓の循環がまず停滞し、鬱血した肺静脈から血液が滲み出して肺胞を満たす。それは悟空を激しい呼吸困難に引きずり込んだ。なんとか未来からの薬で抑えたのだが、それでもまともに呼吸ができるようになるまでかなりの時間を要した。1分に200回超の不整脈や、胸部への激しい圧迫感にも苦しみ抜いた。短い闘病期間ではあったのだが、この経験は悟空をかつてない不安に陥れた。 悟空はそれまで自分の躰には絶対の信頼を持っていた。病気などしたこともないし、だいたいどんな限界的状況でも無茶苦茶な精神の要求に必ず応えてくれた躰だった。確かに"死"も経験したことはある。だがあの時も必ず生き返れるという見通しがあった。戦場には、どこかに必ず活路が見いだせるという自信のようなものがあった。 だが、そんなものではどうにもならない場合があることを、どんなに修行しても勝てないものがあることを、悟空は初めて身をもって理解したのだ。 心臓が元の状態に戻ってきて、なんとかまとまって眠れるようになった頃、夢うつつに何度も思い出したのはトランクスの言った未来のことだった。全員が死に、悟飯だけが生き残る。悟飯だけが生き残り、闘い続け‥‥そして殺されていく‥‥。そこに、自分はいない。いて、やれない。 何があっても護ってやると思っていた。いつだって護ってやれると安心していた。今回の人造人間だって自分が倒せばいいだけだ。だいたい闘わざるを得ないようにしたのは自分の責任だし、闘いを好まない息子を表に出すことはない。悟飯が成長して、いつか自らの意志で闘おうと思うなら、そのとき伝えてやればいいと、そう思っていた。 だが、自分が死んだら‥‥護ってやれない。どんなに護ってやりたくても、護ってやれない‥‥。そして自分もいつかは死ぬ。そうして何かコトが起これば、悟飯はあの責任感に駆り立てられるように闘いに身を投じていくのだろう。思いの全てを押し殺して‥‥。それならば‥‥。それならば、いっそのこと強ければ‥‥そのほうが‥‥。 どちらにしろ修行しなければ勝てない化け物が現れた。この一年で自分も強くなり悟飯も強くする。病の床から目覚めた時、悟空は静かに決心していた。 ***===***===*** 「ほれ、これでさっぱりしたぞ」 「あはっ 軽くなったよ、おとうさん!」 悟飯が足をぶらぶらさせて座っている椅子の足元を、切られた黒髪がくるくると埋めている。小さい頃から悟飯の髪を切るのは悟空の役目だった。父親の髪より幾分柔らかいとはいえ母親の髪のように素直でもない。だから悟空のようにおおざっぱな床屋の手にかかっても、けっこう格好がついた。 「これで、超サイヤ人にもなりやすくなったろ」 「え‥‥そ、そうなの‥‥?」 「ハハ‥‥! 冗談だって。さ、じゃ、もうちょっとやってみっぞ」 「はい!」 悟空と悟飯が神殿の「精神と時の部屋」での修業に入り、一ヶ月が過ぎようとしていた。悟空は自宅での修業の間、悟飯に超サイヤ人になれと言ったことはなかった。本気で悟飯を闘わせようと思っていなかったこともあるし、超化した時の全身これ戦闘モードといったあの高揚感が息子にはあまりにそぐわない気がしたからだ。だが、この一ヶ月いろいろ考えてみたが、戦闘力をつけようと思ったら、やはり超サイヤ人になるのが手っ取り早い。それに自分の修業を考えても悟飯に超化してもらった方がありがたかった。 強いから超サイヤ人になるのか、超サイヤ人になるから強くなるのか‥‥。 それは両方言えるんだ、と悟空は言った。 超サイヤ人とは、気の巡りが極限までスムースになった状態を指す。ある一線を越えた時、まるで容器の内壁をよじ登る超流動状態の液体のように、気味が悪いほど滑らかに体内の気が巡り出す。それは血肉と一体化して、もはや"気"として意識できなくなるほどに体になじんでしまう。そして完全に"気"によって覆われ、支えられた肉体が、強靱な攻撃力と速さと防護力を生むことになる。 そして超化はある程度の気の流れを生じさせ、そこに強く集中していくことによってもたらされる。悟空の場合は怒りがきっかけになったが、これは激しい怒りが他の感情をはじき、結果として集中を招いたためだった。そしてもう一つ、小さな小さな気に集中してそれを集めていく元気玉という技を会得していたことも、悟空の超化を助けた。 伝説の超サイヤ人。"気"を知らない普通のサイヤ人では決してなれなかっただろう。数奇な運命を辿ったカカロット―孫悟空であったからこそ到達できた、なんとも皮肉な伝説の戦士だった。 ヤードラットで会得したイメージトレーニングを教えていくと悟飯はそう苦労せずに超化できるようになった。ピッコロが悟飯に教えてきた内気コントロールが功を奏しているようだった。そして息子が自分のように感情を激しく乱すことがなかったことが悟空にはひどく嬉しかった。そう‥‥かつてベジータと闘った時も、悟飯は大猿に変化してなお、わずかではあったが理性を保っていた。やっぱり純粋なサイヤ人である自分とは違うのだと、ほっとした。 超化した悟飯はめきめきと力をつけた。最初の頃は左手1本で組んでちょうどよいぐらいだったのが、そのうち思わず右手が出るようになった。力のこもった打撃が入ってしまうと悟空の方が焦ったりしていたが、息子の方はまったく頓着しないので、それにもだんだん慣れてきた。そして悟飯の超化により、お互いにお互いの気流を感じながら二人で気を練り上げていく合気もまたやりやすくなった。 常に超化した状態でいることより、体になじみきった"気"をまた改めて意識して高めていく。悟空のとった手法は実にリーズナブルに二人の戦闘力を上げていった。金色の父と子は、長い時間を、ひたすら修業に明け暮れた。 ***===***===*** そろそろ八ヶ月が過ぎようとしたある日のことだった。 午後になって二人で瞑想に入った。先に立ち上がった悟飯が、そのまま真っ白い宙を見上げて動かなくなった。いつもの悟空だったら少し不安になったかもしれない。まるで悟飯の姿を借りた別の存在がいるかのような不思議な感じだった。だがその時は、それを見ている悟空のほうもひどく静かな気持ちになっていた。強くなるとか修行するとか、そんなことがどうでもよく思えていた。 「悟飯」声の波紋が広がって、息子のところに届くのが見えるような気がした。 「なあに、おとうさん」息子の波が今度はこちらにうち寄せる。妙に心地のよい感じだった。 「組んでみるか?」 「うん」息子はふわりと笑顔を浮かべると、近寄ってきた。 いつものように正対して手を合わせる。やはり息子の気流と自分のそれは似ている。だからあまり集中してこちらの気流が大きくなりすぎると悟飯のそれが感じられなくなってしまう。合気の時もある程度の注意が必要だった。 だがそのときは違った。手を合わせるうちに奔流のような波動が流れ込んできた。なにか自然の気に近い。最高に恵まれた状況で元気玉を作っているような‥‥‥。信じられないことに、悟飯の気流が悟空を包み、呑み込みつつある。とはいえ決して恐ろしい感じではなかった。見下ろす息子はほとんど目を閉じている。どこか夢を見ているような表情だ。悟空はいつか自分の気をすべて解放していた。いっさいの遠慮もためらいも捨て、ただその流れに身を委ねた。 いったいどれだけ組んでいたのだろう。我に返った時は夕食の時間をとうに過ぎており、二人とも汗びっしょりで、すっかり息があがっていた。 「悟飯‥‥おめえ‥‥」悟空がやっとのことで声を絞り出したが、息子はいきなりへたり込んだ。 「‥‥つっかれたぁ‥‥!」 その声はまったくいつもの息子の声だった。 「おとうさん‥‥、ごめん、ボク、もう、限界だぁ‥‥」 「お、おい、大丈夫か?」悟空は慌てて膝をついて子どもの顔を覗き込んだ。 「うん‥‥。疲れちゃっただけだから。でも‥‥なんかすごく気持ちいい感じだったよ。 いつもうまく合わせてくれて、ありがとう」 汗まみれの子どもがこちらを見あげて無邪気に笑った。悟空は思わず自分の頬を叩いた。 夢を見ていたのはオラの方だったのか? 「どうしたの、おとうさん?」 「あ‥‥いや、なんでもねえ‥‥。今日はもう終わりに‥‥。ありゃ? もうこんな時間だぞ!」 「え‥‥あれ? うわー、どうりでおなか、すいてるはずだー」 遠くの屋根の大きな時計を見てびっくりして立ち上がった悟飯は、先におフロに入ろうよと言って悟空の手を引いた。自分の人差し指と中指を握りしめるようにして住居の方に引っ張っていく息子の手が、とても小さく、幼く、感じられて、悟空を戸惑わせた。 ***===***===*** 明朝はムリして起きなくていいぞ、と息子を寝かしつけると、あっという間に寝息をたて始めた。午前中もかなりハードなメニューをこなしたのに、午後はそのまま6時間近くぶっ続けで組んでいたのだからムリもなかった。だが、隣のベットに寝転がってはみたものの、悟空の方はまったく眠れない。 食事の時、何か変わった感じがなかったか聞いてみたのだが、悟飯は無我夢中だったらしく、細かいことを覚えていなかった。ただ、今日はすごく集中できておとうさんの動きが全部わかった気がするの、と少し得意げに言った。そして大きな目で「ボク、ちゃんと動けてたでしょう?」と聞いてきた。「ああ、すごかったぞ」と答えると、嬉しそうに笑った。 悟飯はその年齢を考えればとんでもなく強い。そして瞬間的にではあるが、驚くような力を見せてきた。だが、今日、息子から流れ込んできたあの膨大な気の流れは、悟空にとってさえ、人間業ではないと思えるほどのエネルギーだった。 本当はそろそろ外界に戻ろうと思っていたところだった。この部屋に入る前に17号を吸収したセルを見てきたが、今の自分の力はそれを遙かに上回っている。悟飯でさえあれに相当するぐらいまで力をつけているのだ。もし万が一、完全体とかいうものになっていても、なんとかなるのではないかと思えた。だいたいベジータとトランクスの仕上がりを見れば、あのセルに負けるとは考えられなかった。自分たちの修業は、ことセルに関してはムダになる可能性が高かったのだ。 だが‥‥。 確かめてえ。あれは、本当に悟飯の力なのか‥‥? それを確かめるまでだ。もう少しだけ。それまで修行を続けようと、悟空は思った。 ***===***===*** あと三ヶ月ちょっとだから少し本気入れて仕上げていくぞ、と悟飯に言った。昨日の感覚を思い出してみろ。集中した時の、あの感覚を‥‥‥‥。 何日か、以前通りの状態が続いた。やっぱりあれは勘違いだったのかと思い始めた頃‥‥また、同じことが起こった。組んでいる息子の小さな躰の中に、あの津波のような内勁が感じられた。 「悟飯!」飛びすさった悟空が一挙に気を爆発させた。いつもそれが合気を抜ける合図になる。悟飯の体勢が整ったかどうかも確かめないまま、頬をかすめるように強烈な拳を繰り出す。息子の頬に細く傷が走った。いつものようにすっと真剣な顔になると、少年はそのまま横に飛びその小さな躰から練り上げた気を迸らせた。 (な‥‥!) 悟空は内心驚愕した。ほとんど自分に匹敵するようなパワーだった。悟飯はそのまま飛び込んできた。真剣なまなざし。教えた通りのヒットアンドアウエイ。だが、その打撃の重さはどうだ。受けるたびに驚きが増す。こちらもかなり手数を増やしているのだが、悟飯の方もそのほとんどを無効化している。一度受けてみようと思った。すっとわずかに隙を作る。見逃さない。悟飯の正拳がきれいに悟空のみぞおちに決まった。 悟空の躰が思いきり吹っ飛んだ。息が止まり、背中から倒れ込む。やっとのことで上半身だけ起こして喘いだ。わざと受けたとはいえ、息子に殴り飛ばされて肩で息をしている自分に思わず苦笑する。こっちを見ている悟飯の顔から険しさが消え、その目がみるみるまん丸になったかと思うと、走り寄ってきた。 「え‥‥? あれ? おとうさん?」 「ハハ‥‥。これほどとは思わなかったな。ちっと油断しちまった」 本物だ‥‥。悟飯の強さは本物だ‥‥。それに、これでもぜんぜんフルパワーじゃねえ。悟飯のあの気‥‥。全部発揮したら、オラじゃ逆立ちしたって勝てねえ‥‥。 息子のきょとんとした顔を見上げながら、口元がにやけてくるのが抑えられない。悟飯の方はますます不思議そうな様子になる。 これなら何がきたって大丈夫だ。ったく、いつまで子どもだと思ってたのによ‥‥。 手の中で、いつまでも護ってやりたいと思っていた子どもが、いまや自分には到達できないようなパワーを持っている‥‥。悟空は叫び出したいような歓喜に包まれていた。 「うわっ‥‥お、おとうさん!」 息子の手をいきなり引き寄せ、わっとバランスを崩して倒れ込んできた小さな躰を抱きしめた。 「強くなったな、悟飯!」 目を閉じて、息子の髪の感触を頬に感じながら、悟空は言った。その言葉に悟飯の躰の力がすとんと抜けた。息子の腕が首と背中に回され、小さな頭が肩に埋まるようにすりよる。 「‥‥おとうさん‥‥ほんとうに‥‥? ほんとうに、ボク、強くなった?」 「ああ‥‥。本当だぞ。おめえは強くなった」 息子がぎゅっとしがみついてきた。回した腕に力が込められ、小さな手が髪の中に分け入った。 悟空はしばらくそうやって全身で息子を感じていた。 小さくて優しくて素直で泣き虫だった悟飯。それが今、自分を遙かに越える力を秘めてここにいる。 何者にも蹂躙されない力だ‥‥。だから‥‥あと‥‥もう少し‥‥。 悟空は、でもな、と息子から躰を離した。その両肩に包むように手を置く。 「父さんと比べると、まだまだだ。だからもうちっとガンバレ。オラを越えるまでな」 「ええっ、おとうさんを越えるなんて、そんなのムリだよ!」 「おめえなら、きっとできる。おめえの中にはそんだけの力が眠ってる。 あとはそれを引っ張り出すことさえできれば、絶対に父さんを越えられるさ」 「そ‥‥そうかなあ‥‥」 半信半疑の息子の頭をくしゃくしゃとかき回して、悟空はもう一度、おめえならできる、と保証した。 結局二人はその後三ヶ月を「精神と時の部屋」で過ごした。特筆すべきは悟空の頑張りであろう。少年のパワーはどんどんアップしていったにもかかわらず、悟飯に、結局ボクはおとうさんを越えられなかったと、最後まで思わせていたのだ。悟空が息子にプレッシャーをかけるために、かなりのムリをしてそう見せていたせいだった。 もちろんそのおかげで悟空の力も飛躍的に伸びた。だが特にラストの三週間は、この男をして「もうしばらく修行はいいや」と思わせるほどのキツイ時間を、悟空に強いたのだった。 (1) <2> (3) (4) (5) (6) (7) (8) (戻る) |