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その道に光あふれ風満ちて
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手は、ただ、虚空をつかんだ。 飛びついて、抱きついて、引きとめようとしたその腕は、空を切った。 躰が、ざんと地面に落ちた。 震える拳をどうにか開いても、そこには髪の一筋もなかった。 つかみ慣れ、すがり慣れた、あの道着の感触が‥‥ 今も‥‥この掌に‥‥あるのに‥‥。 うそ‥‥だ‥‥。 おとう‥‥さん‥‥、どこ‥‥? 子どもはふらりと立ちあがる。よろめくように、数歩‥‥。 見開かれた瞳は、茫漠と広がる荒野を、ひたすらに、なぞる。その姿を、追い求める。 岩の際、山の輪郭、小さな生物の気配。些細な、空気の、動き‥‥。 違和感から逃げるように、執拗に、感覚を、研ぎ澄ませる‥‥‥‥。 いつもいるはずの、いつもあるはずのものがない、圧倒的な違和感‥‥。 帰ってくる‥‥‥‥ おとうさんは、帰ってくるよ‥‥。 いつだって帰ってきたもの‥‥。 どんな絶体絶命の時だって、帰ってきたんだ‥‥! だから‥‥。 なぜ、どこにも、感じられない‥‥? どんなに遠く離れていてさえ、いつも自分を包むあの感じが‥‥ ‥‥なぜ‥‥こんなにも‥‥‥無い‥‥? おぼつかない足取りで、後ろを見た。 目に飛び込んできたのは、うなだれる、皆の姿‥‥。 空を仰いだ翠の長身が、子どもを見つめ、苦悶の表情で、かすかに首を振った。 胸が苦しくなった。思わず両の拳でそれを押さえ込む。目をつむると鼓動と呼吸がよけい大きく聞こえた。躰全体に残る闘いの残滓。怪物を殴りつけ、蹴りつけた感触が強く染みついている‥‥。もっと力を込めれば、とっくに粉々になっていた。わかってる。それは自分が一番わかっている‥‥。 (ヘタに怒らせたら、何すっかわかんねえぞ!) なんで‥‥ボクは‥‥! なんで‥‥おとうさんの言うこと、聞かなかったんだろう‥‥。 ボクのせいで‥‥地球が壊れそうになって‥‥。 なのに、その罰を、ボクのかわりにおとうさんが受けた‥‥! 頭髪の中にチリチリと電気が流れるような感覚が起こり、それが背中をすっと走り降りる。 早く‥‥‥‥ボクが、いかないと‥‥。 ‥‥でないと‥‥おとうさんが‥‥! 子どもがふわりと空に浮かんだ。まるで風に舞う羽毛のような頼りなさだった。 と、その小さな躰がすくいとられるように長い腕に抱かれ、地に降りた。 「はな‥‥して‥‥。はなして! はなしてっ!」 「悟飯!」 「ボクが行かなきゃ、おとうさんがっ 早く行かなきゃっ」 「おいっ 悟飯っ!」 ピッコロは暴れる子どもの両腕をつかんで、ぐんとゆさぶった。硬直して目を見開いたその顔をのぞき込むと、ゆっくりと言った。 「悟空の気は‥‥消えた。もう、この世にいない。わかるはずだ‥‥」 「‥‥‥‥悪いの‥‥ボク‥‥だよ‥‥。ボクの‥‥かわりに‥‥ ボクが‥‥行って‥‥、おとうさん‥‥許して‥‥もらわなきゃ‥‥」 「悟飯‥‥」 大きな瞳が射し込む光を全て閉じこめる漆黒でピッコロを凝視した。ピッコロは内心の動揺を必死に押し隠して、静かに語りかける。 「いいか、悟飯。おまえのセイじゃない。仕方のないことだったんだ」 悟飯は額に手を押し当てうつむく。血を吐くような声が子どもからこぼれる。 「‥‥ボク‥‥セル‥‥‥た‥‥おせた‥‥のに‥‥」 「誰もヤツの行動など読めなかった。おまえがいたから全員が死なずに済んだんだぞ?」 「それにな、悟飯」いきなりはりのある声が割り込んできた。 「悟空のヤツ、えらく満足そうなカオしてたろ?」 「‥‥おとうさん‥‥が‥‥?」 思わず顔をあげる。父の親友の目は赤くなっていたが、いつも知っている明るい笑顔だった。 「ああ。オレもガキん頃からあいつとつきあってるけど、あんな嬉しそうなカオ、初めて見たよ。 ‥‥いや、二回目かな?」 「え‥‥?」 「天下一武道会でコイツを倒して優勝したときは、むちゃくちゃ嬉しそうだったからなぁ!」 クリリンはおどけた表情で、ピッコロの顔の前に人差し指を突き出した。 「ほ‥‥ほっとけ‥‥」 いきなり振られたピッコロは、思わず不満そうに唇をへの字にする。子どもの瞳に小さな光が宿る。 「悟空はな、おまえの成長が嬉しかったんだ。おまえ、信じらんないぐらい、がんばったんだぞ」 クリリンは悟飯の頭をくしゃくしゃと撫でた。 「だから、元気出せよ。おまえと悟空で終わらせたんだ。とにかく、帰ろう。な?」 悟飯がかろうじて、こくりと小さく頷いた。ピッコロが立ち上がり子どもをうながすように仲間の元へ歩き出す。クリリンはセルから吐き出されて倒れている18号を抱き上げると、その後についた。だが、皆の方に近づくにつれ子どもの歩みはためらいがちになる。うつむいて、それと気づかずに隣を歩くピッコロの道着を握りしめていた。 「悟飯! ありがとな!」 おずおずとその声の主を見る。ヤムチャがウインクして親指を立てていた。視線をすべらせれば天津飯もにこりと笑って、拳を小さく上げる。そして自分をまっすぐに見つめる銀髪の青年が、大好きな優しい微笑みで、なんども頷いてくれた。 悟飯の手がピッコロから離れ、すこしもつれるような足取りで青年に数歩近づいた。トランクスは、少年に歩み寄って膝をつくと、ねぎらうように、そのまだ薄い両肩を双掌で包んだ。 「悟飯さん‥‥。本当に、お疲れさまでした」 「トランクス‥‥さん‥‥」 「あなたのおかげで‥‥みんな‥‥」 そのときだった。 シュンッと空気を切り裂く音がした。 よく聞き慣れた音だった。 歓喜の瞳で真後ろを振り向いた少年は、まっすぐに自分を指し示す甲羅に覆われたような腕と、妙に人間じみたその指に、吸い込まれるように凍りついた。 いきなり突き飛ばされた。少年の視界の中を、銀色のきらめきと血の朱が舞った。 悟飯を強く横に払った青年は、セルの放った光弾に胸を真っ赤に貫かれ、仰向けに地面に倒れた。 「トランクスさんっ!?」 「フン、命びろいしたな。孫悟飯。まあ、あっさり死んでもらってもつまらんがな」 よく通る知的な声に、その場の全員が驚愕した。 にやにやと尊大な笑みを浮かべて立っていたのは、完全体のセルだった。 「き‥‥貴様‥‥。自爆したんじゃ‥‥?」ピッコロがかすれた声で言った。 「冥土の土産に教えてやろう。私の躰には核になれる部分が数多く存在するのだ。 自爆の時、幸いその一つが無傷で残った。そしてそれが躰をここまで再生してくれたのさ。 幸運なことに、あたりの空間には孫悟空の躰の破片もたくさんあってな‥‥」 悟飯の顔がそれとわかるほどに青ざめた。セルは少年の反応を楽しむようににやりと笑いかけた。 「その細胞もしっかりと取り込ませてもらった。おかげで私は新たなパワーと 瞬間移動を身につけることができたというわけだ」 もうセルは悟飯しか見ていない。 「私をコケにしてくれたおまえを殺すために戻ってきてやったぞ、孫悟飯。 おまえの父親も、無駄死にどころか、こうして私を手伝ってくれたことだしな」 少年の眼差しはすでに険しい色に染まり、その呼吸も変化していた。調気のための独特のリズム。 くらくらするほど殺したいと思った。目の前にいるこの化け物を。 おとうさんをこなごなにしたこの化け物を‥‥この手で、殺して、やりたい。 震える熱い息がそのまま体中を駆け回っているようだ。手足の指先にいたる躰の全てを、同時に完璧に把握できる。巡らせた気を躰の中心にいったん沈め、あとはそれが爆発して駆け登るにまかせた。 「ハッ!」 鋭く吐いた息が、音となって響き渡った。金色の髪が逆巻いて天を衝く。先ほど皆を驚愕させた白色矮星さながらのエネルギーが、そのまま現出した。 「おとうさんとトランクスさんのカタキ、とってやる‥‥」 エメラルドの瞳がセルを睨み付けた。 「今度はさっきのようにはいかんぞ」セルは不敵に笑った。 「くっそお――っ!!」 その時、もう一つの咆哮が空気を切り裂いた。だっと地を蹴ったベジータの躰が、燃え上がるように金色に包まれて、セルに飛び込んでいった‥‥。 ***===***===*** 不思議に思っていた。 なぜカカロットは自分のガキが自分を越えていくのを、黙って見ていられた? いや‥‥、あのガキが自分を越えるように、カカロットの方があえて仕組んだ。何故そんなことができた‥‥? 例の部屋を最初に出たとき、やり方は間違っていたにしろトランクスがセルを越えるパワーを発揮したのは事実だ。あのチビの地球人からそれを聞いた時、口では嘲ってはみたものの内心は‥‥。 トランクスもあのガキと同じだ‥‥。オレのガキだというのに闘いを好まない。だから戦闘センスがない。なのになぜ、あんなでかいパワーを隠し持つ? 混血のガキはみんなそうなのか‥‥。 その後あの部屋に一人で入った。二人の方が修行に効果的なのがわかっていながら‥‥。 オレには耐えられなかった。ガキがオレを上回るパワーを身につけていくことを見守るなど‥‥。 もし、精神と時の部屋でもう一年、あいつと修行をしたのなら‥‥。 あいつに足りないものを、オレが教えてやったのなら‥‥。 カカロットのガキが親父を遙かに越えたように、トランクスもオレを越えたのか‥‥。 あの爆発的な力を、あいつも持てたのだろうか‥‥。 なぜ‥‥‥オレは‥‥自分のガキから‥‥逃げたのだろう‥‥。 ‥‥‥‥カカロット‥‥‥‥ おまえは‥‥とことんオレの先を‥‥行く気なんだな‥‥? 吸い込まれるように‥‥ その胸を‥‥ 貫いていく‥‥ 光のライン‥‥ やめろ、セル。悟飯だけを見るのは‥‥。 オレを、見ろ。 おまえが殺したのは、オレの息子なんだぞ‥‥。 ***===***===*** まともに組んだらパワー負けすることはわかっていた。セルに向かって翔けながら、男の双掌に全身の気が収斂した。恐ろしいほどのエネルギー波が両手から放たれる。それが男の意のままに、セルのいる空間一点に集中していった。再生するより早く破壊する。コイツを倒すにはそれしかない。オレの全てのエネルギーをぶち込んでやる‥‥。 ぼわんと、掌に妙な圧力を感じた。いきなり目の前にセルが現れた。敵はベジータの発した気功波を遡って間合いに飛び込んできたのだ。セルの唇が嘲りの形を刻むのを男は驚愕の瞳で見つめた。セルの右膝はすでにその胸に引きつけられて、その足先がストレートに男の腹部に入った。セルが蹴りと同時に男の胸ぐらを掴み、打ち飛ばされて相殺されるはずのエネルギーがまるごとベジータを襲った。 「ジャマをするな。ベジータ」 セルは、ベジータの顔を間近でのぞき込むように睨め付けると掴んだ手を放し、かろうじて浮いているその躰を薙ぎ払った。男の左上腕上部に強烈な手刀が入って、ベジータの躰はそのまま地面に叩き付けられた。衝撃で両肩が脱臼する。蹴りが内臓に与えたダメージは計り知れなかった。早く離脱しなければともがくが、躰は鉛のように動かない。セルの手を離れた白い光が視界に広がった。 もう、ダメだと覚悟を決めた。 その時、視界を金の光が横切った。青みを帯びた白い光を背景に、ひどく暖かい色だと思った。 気づくと、躰に子どもの重みがかかっていた。回された腕と手の感触。緊張を示すその汗の匂い‥‥。男はぼやけた頭で、いつかもこんなことがあったと思った。ナメック星でギニュー特戦隊と戦った時だ。ぼろぼろになった自分をかかえて、敵の発したエネルギー波から離脱した小さな子ども‥‥。 あのときは本当に小さなガキだった‥‥。それが、ここまで強くなるとはな‥‥。 これがガキってもんか‥‥。 「う‥‥」少年が男の右肩で苦痛に呻いた。 「‥‥おい‥‥。大丈夫か‥‥?」 我に返ったベジータが頭をもたげると、子どもの左肩が変形し上腕まで真っ赤に染まっているのが見えた。それでも少年はベジータの呼びかけで、歯を食いしばってなんとか起きあがった。 ばかやろう。人のことなんかかまう前に、敵を倒せ‥‥。 喉まで出かかった言葉を男は呑み込んだ。このガキはどうしてもこういうやり方しかできない。きっとトランクスもそうなのだろう。だが‥‥バカなのは自分も同じかもしれなかった‥‥。 「これは、思わぬ収穫だったな」 地に降り立ったセルがよろめき立った少年を見て、面白そうに言った。 「その躰で、どこまでやれるか見せてもらおうか?」 セルの両手の中に光が集約し始める。 「おまえが受け止めなければ、地球は吹き飛ぶぞ」 少年の顔にはなんの表情も浮かんでいなかった。悔しさも悲しさも焦りも憎しみも、何も無かった。 けっきょくボクはダメなんだ‥‥。 おとうさんを死なせて‥‥そして‥‥地球は守れない‥‥。 ぜんぶ‥‥ボクのせいだ‥‥。 地球を滅ぼしてしまうなど、何をもってしても償い切れない。 生まれて初めてここまで憎んだその敵に、一度は勝てたはずのその敵に、今真っ先に殺される。 子どもは、その事実に、かすかな慰めすら覚えていた。 (1) (2) (3) (4) (5) <6> (7) (8) (戻る) |