私はロボット 
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今日、僕は13日ぶりにカプセルコーポでまとまった時間を過ごすことができた。4時前に到着してからというもの、トランクスはずっと僕につきまとい、現在彼が製作中だという昆虫型のロボットの話をたっぷり聞かせてくれた。血筋だなぁと感心しつつも、少しずつ大人びて言動の柔らかくなってきたこのもう一人の弟を、あらためて可愛いと思っていた。
夕方から荒れ模様という天気予報だったので、第三実験場は早めに店じまい(?)し、サルファも早くに寝かせて(動力を切って)しまったのだ。早めの夕食のあと、僕は、ブルマさんが、サルファの記録ディスクを解析にかけるのを見ていた。窓の外はだいぶ雨足が強くなってきている。

「ほんと助かってるわよ。君のおかげでユニットのことも含めて、色んなことが分かってきたわ」
「少しでも役に立ててよかったですよ。で、例のユニット、どうなんです?」
「ま、禁断のユニットってとこね。ほんとに、こんなことになるなんて思いもしなかったわ」
「禁断のユニット・・・・・・?」
「稼働していないときに記憶を再構成する機能はいいのよ。そのアルゴリズムも大分わかってきたし、
 三原則に役立つ部分も多いわ。でも人の感情を読む機能は・・・・・・危険すぎるわね」
「でも、この前の僕の実験の時だって、ブルマさんの声にサルファの方が早く反応したのは、
 その能力のおかげだったんでしょう?」

「結果、君に何もなかったからいいけど、あれははっきり言って危険行為よ。
 サルファはユニットによって察知した君の悲しみをとめたくて、
 私がタオに言ったことを先取りしてしまったのよ。動くなって命令しておいたのに」
「でも動物たちとか、人間だって苦しくてもそれが伝えられない時とか、
 サルファみたいな能力を持ったロボットがいたら、すごく役に立ちませんか?」

「人間の五感以外のセンサーを持ってるってことは、こっちの予想外の情報を元に
 動くってことだから、プログラムを組むのが不可能になるのよ。
 それに人の感情を読むロボットなんて、社会に受け入れられるとは思えないわ」
「それは、僕だって、感情を読んでいるのかと思ったときは、驚きましたけど・・・・・・。
 でも、人間だって察しのいい人はいるし、そういう人は大抵とても優しくて・・・・・・それに・・・・・・」

「だいたいね、悟飯君。こんな技術が公表されれば、こんどはそれを使って、
 本当に他人の考えを読もうとするヤツが出てくるわ。人間なんてそんなものよ」
「・・・・・・ブルマさんの言うことはわかる気はします。ただ・・・・・・、僕はサルファが好きなんですよ。
 あいつの優しさが、悲しんでる者をほっておけないあの優しさが・・・・・・だから・・・・・・」

「あたしだって好きだったわよ、あいつが! あの温かさが好きだった! だからこそ・・・・・・!」
ブルマさんがはっとしたように口元をおさえ、僕から顔を背けた。
一瞬の沈黙に、いっそう激しくなった雨と雷の音が、かぶるように聞こえてきた。

「好きだった? "だった"って、どういう意味ですか?」
「・・・・・・以前・・・・・・あのユニットを内蔵してたロボットのことよ・・・・・・」
「ああ、昔亡くなったお友達が作ったロボットのことですね?」
「違う。友達だったのはロボットの方。彼を作ったヤツとは友達なんかじゃなかったわ」

僕は思わずブルマさんの横顔を見つめた。彼女が何か大事なことを言おうとしているような気がした。ブルマさんはしばし床に視線を落とし、そして意を決したように顔を上げた。
「悟飯君・・・・・・。サルファはね・・・・・・」

いきなり電話が鳴った。ブルマさんが受話器を取る。
「ああ、タオ。 え、落雷ですって? 大丈夫なの? ええ、予備発電じゃ全部は賄えないから、
 ラボを優先して。 メンテの連中は作業に入ってるのね? うん、彼にはすぐ戻ってもらうから!」

「悟飯君、あっち、停電騒ぎになっちゃってるみたいなの! 悪いけどすぐ戻ってくれる?」
「わかりました!」
「あ、飛んでくなら、金属類、外してったほうが無難よ!」
早く飛ぶならある程度上空のほうがいい。僕は慌てて時計やベルトの類を外した。
「あたしもあとからすぐ行くわ」
「ダメですよ! 乗り物は危険です! 雷雨がおさまってからにして下さい!」
そう言い残して、僕は窓から飛び出した。


第3実験場に戻った僕は、気を探って実験棟にいるタオ博士のところに直行した。彼はこの実験場の責任者の一人でもある。人や動物たちの安全確認や、動力を落とせない機器関係の稼働確認、メンテの手伝い。博士は僕に次々用事を言いつけた。この際かまってもいられないので自分の力を使うことにした。最悪、ミスター・サタンの弟子だといえばなんとかなるんだ、たぶん。
小さな小さな気のボールを作ってあげれば照明代わりになる。ちょっと気を付けておかないとまずいけど。郊外なので送電線が地下に埋設していない部分もあり、空中作業では舞空術も役だった。おかげであやうく電気会社の人にスカウトされそうになったりもした。

それでも1時間あまりで停電も復旧し、かなりのことが落ち着いた。タオ博士は疲れ果てていて、居住棟に戻りながら、めずらしく愚痴をこぼしていた。
「あーもう、今日は厄日だったぞ! 予算がらみで科学省の石頭とやりあったと思ったら、
 マシンのハードディスクは壊れるわ、培養装置はトラブって実験が半分パーになるわ、
 そのうえ最後にきてこれだよ! 私がいったい何をしたと言うんだ!」
「でも博士って、トラブルの時のほうが生き生きしてますよね」

「やかましい! そんなこと言ってるヒマがあったら、早くアタマでも拭け!」
借りて肩に掛けたままになっていた青い厚地のタオルを、僕の頭にぐいぐいと押しつける。
「わっ、自分でやりますってば! そんなに濡れてないですよ!」
こういう時のタオ博士はとても15歳年上とは思えない。頭ひとつ長身の彼の大きな手で、髪をくしゃくしゃにされてしまった。
「でもさ、悟飯、おまえっていろいろ便利だねー。あの明かり、普段も使っていいのか?」
「あれは明かりじゃないんですって! あーゆーのけっこう疲れるんですからっ」


タオ博士の部屋の前まで来た時、僕たちの笑いは消えた。ブランカがしきりにドアをひっかいているような音がする。タオ博士が慌てて鍵をあけるとブランカが飛び出してきた。僕はその首輪を掴み、彼女の身体を引きずり込むように部屋に入った。
ソファの下、雷に怯えてよりそっている2匹の子犬。タオ博士が息を呑むのがわかった。
「カベルネ・・・・・・。どこだ?」

博士がそこら中の照明を片っ端からつけ、研究室からキッチンまで走り回る。僕は不安を押さえつけ、目をつぶって気を探る。・・・・・・だめだ・・・・・・。だめだ、室内には5つの気しかない。
「どこにも、いない・・・・・・」青ざめた博士が戻ってくる。
「最後に確認したのは何時なんです?」
「4時頃戻ってきたときは、確かに3匹いたんだ。でも・・・・・・そのとき・・・・・・」博士が天井を仰いだ。

「培養装置のトラブルでひどく慌てていて、ドアを開けっ放しで作業をして、資料をひっつかんで
 そのまま飛び出した・・・・・・。まさか、カベルネのやつ、その時すでに外へ・・・・・・?」
「とにかく僕が探しにいきます。博士はここにいて下さい。
 まだ完全復旧してるわけじゃないんですから、何かあった時、貴方がいないとみんな困ります」
「すまない、悟飯。頼む、なんとか見つけてやってくれ」
僕は頷き、肩のタオルを丸めて懐に突っ込むと、外に飛び出した。

動植物のことを研究していきたいとはっきり自覚するようになった頃から、僕は動物たちの「気」にも興味を持っていた。種によるその相違についてはデンデともよく語り合ったものだった。分類学上の「目」までは明確に区別がついたし、その下の「科」まで感じ取れるケースもあった。とはいえ個体の区別は難しい。特にこれだけ幼い場合は・・・・・・。

落ち着いてきたとはいえまだ興奮している沢山の人間と、不安がる動物たち。激しい雷雨。最悪のコンディションだ。なにより、生後二ヶ月に満たない子犬が雨に濡れそぼっている姿を思い描いてしまう自分自身の鼓動が、一番のジャマになっている。

静まれ・・・・・・。静まれったら・・・・・・。

タオ博士の部屋の2つ。そのイメージを心に描いたまま、それを、ずらす。居住区をなめるように感じていく・・・・・・。わからない。感じられない・・・・・・。動物たちの寝所。ここが犬舎。この春に生まれた4匹。多くも少なくもない。子犬が一匹行方知れずという事実はかわらない。

いったいどこまで行った? 心臓がまた騒ぎ出す。落ち着けよっ。
ふわりと浮かんだ。探索範囲を鳥瞰したほうがイメージを掴みやすい。居住区の向こうに広がる牧場・・・・・・。

あれか!? なんてとこまで!

僕は雷雨の中を翔けて大きな広場を横切り・・・・・・そして・・・・・・そのはずれで・・・・・・。

ぴかりと明るい空をバックに浮かび上がったそれが何なのか、最初、わからなかった。金属の固まりが、何かをかばうようにうずくまっていた。その中に、確かに生命の気が感じられた。
「サルファなのか!? なぜ・・・・・・!」

サルファが顔をあげ僕を認めて、言った。

「ああ、孫悟飯。来てくれたか。途中で移動用の駆動伝達系が故障した」

呼吸と思考が止まった。

しかし僕の手は自動人形のように動いた。僕はサルファの腕の中でぐったりと目を閉じたカベルネを抱き上げ、懐のタオルにくるむように入れた。

そのまま機械的にサルファの腕を掴み、飛び上がろうとして振り払われた。
「かまうな。落雷したらその子はどうなる?」

声が出ない。ひとこと訊ねればいいことなのに、声が出なかった。子犬の震えが伝わってきた。

サルファが・・・・・・いや、サルファだったものが、もう一度言った。

「早く行け。俺はここで待っている」

僕は子犬を素肌に抱き直すと、厚地のタオルを取り出し、ロボットの頭にかけた。
こんなものが絶縁として役立つとは思えなかったが、何かしなければそこから動けなかった。

飛んだ。

かろうじて僕を保っていたのは、胸の中で冷え切って震えている小さな存在だけだった。普通の生命体を抱いて、そんなに早く飛ぶわけにはいかない。身に纏う気を少しコントロールして熱くする。体温の低下はこの小さな身体には致命的だ。

頭の中に、ロボットの言葉が何度も繰り返し響いた。サルファの声でありながら、いつもとまったく異なる抑揚と言葉遣い。危急の時にもかかわらず、おだやかに落ち着いたそのしゃべり方。


「カベルネ! 見つけてくれたのか、悟飯!」
タオ博士の部屋までたどり着いて子犬を差し出した時も、まだ僕の口はうまく動いてくれなかった。
「獣医さん、呼んで・・・・・・。僕、サルファを・・・・・・」
「おいっ、どうした!?」
その声を背中に聞きながら、僕はまた飛び上がっていた。


視界に小さくその姿を認めた時、ロボットは何かを手に抱えているようだった。そしてそれを地面に沿うように低く投げた。思わず彼が投げた物のそばに降りた。

次の瞬間、鼓膜を破かんばかりの金属音が響いた。
投げたまま動きを止めたロボットが、稲妻に貫かれた。

彼の投げた包みを庇うように抱きしめた。背中に弾け飛んだ部品がいくつもぶつかってくる。抱きしめているそれが何なのか、タオル地を通してわかった。サルファのメインボードだ。最低限のケーブルをつないだまま、自分の頭脳を投げた・・・・・・。

彼は賭けたのだ。

僕は包みを抱いて走った。その上に覆い被さるようにして走った。飛ぶ気になぞならなかった。稲妻なんかくらったら、まだ助かるかもしれない記憶がすべて吹き飛んでしまう。

自分の部屋に着くと明かりがついてドアが開いており、タオ博士が僕を迎えてくれた。
「カベルネ・・・・・・は・・・・・・?」自分の声がひどくかすれていた。
「今獣医の先生が来てくれてる。サルファが、勝手に動き出したんだな?」
僕は黙って頷いた。

タオ博士が僕の手から包みを受け取って言った。
「給湯の方は確認してある。シャワーでも浴びて、着替えておいで」


熱い湯を浴びながら、ブルマさんの言葉を思い出していた。

--------「この子の持ってる回路の基本設計とその問題のユニットは昔死んだ友人のものなの。
--------「友達だったのはロボットの方。彼を作ったヤツとは友達なんかじゃなかったわ」
--------「あたしだって好きだったわよ、あいつが! あの温かさが好きだった!」

サルファは・・・・・・サルファの回路と例のユニットは・・・・・・。

着替えて出てくると、タオ博士は僕を椅子に座らせ、目の前にコーヒーを置いた。基盤はすでに吸水力のあるポリマーシートで挟まれている。
「ブルマさん、すぐ来るって言ってたからここで待ってろ。私はカベルネが心配だから戻るぞ」
「はい・・・・・・。ありがとうございます・・・・・・」
タオ博士は、しっかりしろよ、という笑顔で僕のほっぺたを軽く叩き、部屋を出ていった。

僕はそっとシートをめくり、そのボードを見た。
タバコの箱ぐらいの金色に光る金属の箱が、天井の明かりを反射して、僕の目に飛び込んできた。

僕の口から、いまここに存在するはずのないものの名前が、こぼれた。

「・・・・・・16号・・・・・・」


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