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私はロボット
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ドアをノックする音がして、僕は立ち上がってブルマさんを迎え入れた。彼女はひどく優しい微笑みを浮かべて僕に頷くと、脇をすり抜けて室内に入った。サルファのボードをじっと見つめ、それをそっとイスの上に移す。テーブルの上でカプセルを開け、いくつもの装置を取り出した。 「雷雨・・・・・・終わるまでは、危ないって言ったのに・・・・・・」その様子を見ながら僕の口から出てきたのは、ぜんぜん的はずれな言葉だった。 「俺が落雷されるようなマヌケな操縦をするか」 入口にどでかいマシンとモニターを抱えたベジータさんが立っていた。彼はずかずかと室内に入って、ブルマさんの示した位置に機械を置き、向きを合わせる。必要最小限の言葉しか交わされないのに、二人の間には分かり合えた者同士の安心感が満ちていて、僕はやっと少し人心地がついた感じがした。 ベジータさんが、いきなり僕の顔の前にジェットフライヤーのキーをつきだした。 「帰りはおまえがブルマを送れ。俺はつきあう気はない」 はい、と頷いて、キーを受け取る。 ベジータさんはドアのところで立ち止まり、背中で言った。 「天候が回復しても、必ずおまえが運転して一緒に帰って来い。わかったな」 「はい、そうします。・・・・・・ありがとう、ベジータさん」 ドアをばたんと閉めて出ていった。彼一流の優しさが心に染みた。 ブルマさんは「まず出来る限りのバックアップを取らないとね」と言いながら、サルファのメインボードを机の上に戻し、次々と色々なケーブルをつないでいる。 「16号・・・・・・だったんですね。サルファは16号だったんでしょう、ブルマさん?」 ブルマさんは一瞬顔を上げ、また手元に視線を戻した。作業を続けながら静かに言った。 「・・・・・・どうして、そう思うの?」 「彼が雷雨の中でカベルネを守ってて、自分はいいからカベルネを連れて行けって言ったんです。 サルファのしゃべり方とはぜんぜん違ってて、僕はセルゲームの時の16号を思い出しました。 もう一度戻った時、彼は自分でそのボードを投げて、そのあとすぐ雷にやられてしまって・・・・・・。 ブルマさんの友達のロボットの話・・・・・・僕に関係ないなら、あんな言い方しなかっただろうとか 色々思ったんです。とにかく本当にあの時の16号に似てたんですよ。だから・・・・・・」 「そうだったの・・・・・・。もしやと思ってたことが、実際に起こったってわけね・・・・・・。驚きだわ」 ブルマさんが今度は本当に手を止めて僕の顔を見つめた。僕には話がよく見えない。 「あたしも父さんも16号が大好きだった。だからセルゲームが終わった時、すぐあの場所に 行ったのよ。記憶さえ残ってれば、なんとか彼という存在を復活させられると思ったから。 でも、できる限りの部品を回収して調べけど、彼の記憶を復活させることはできなかった。 このユニットは無傷で残っていたけど、こいつの目的も内容もよくわからなかったし」 ブルマさんはボード上の例の金色の金属の箱を指さした。 「16号は元に戻せなかったけど、あたしは彼のあの優しさをなんとか工学に生かしたいと思ったの。 それで、修理の時の記録と17号の図面を元に、16号の人工頭脳の回路を書きおこして、 それに似た電子頭脳を造った。それがサルファだったのよ。ただ16号の記憶を与えたわけじゃ ないから、サルファと16号はまったく別の存在のはずだったんだけどね」 話しながら、彼女の手は機械と機械の間を飛ぶように動いている。忙しいこの人が仕事の合間にそんな大変なことをやっていたなんて・・・・・・。10年の歳月を経てなお、ブルマさんの16号への思いは変わらなかったんだ。 「でも、今回の実験で、このユニットには2つの機能があることがわかってきた。1つは例の感情を 読む機能。2つめは活動を停止している間に記憶の再構成をする機能。2つめの機能を 実現するためには、メインメモリから重要な情報をとりこむ必要が出てくるわけだけど、 その取り込んだ作業用の記憶が、このユニットの中には圧縮された状態でつまっていたのね。 そこまでわかったとき、あたしは16号時代の記憶もここから取り出せるかもしれいないと 考え始めてた。そうした矢先に今日の事件が起こったのよ。たぶん雷による電位変化の影響か 何かで、ユニット内の16号の記憶がサルファのメインメモリに流れ込んだんだわ」 「じゃあ、あの時のサルファは、サルファと16号の混ざった状態だったってことですか?」 「そうね。まあ16号の記憶は不完全だったとは思うけど。でもこのユニットに残っていた記憶は、 思考を方向付けるような重要なもののはずだし、ユニットのメモリ容量から考えると、 サルファの記憶より16号のもののほうが多かったかもしれないのよ」 ブルマさんはいくつかのケーブルをつなぎ直した。 「さて・・・・・・と、バックアップは終了したし。とにかく本人に聞いてみましょ」 「聞くって、メインボードしかないのにですか?」 ブルマさんが椅子に座り直してキーボードに向かうと、鮮やかに文字を打ち込んだ。 <ブルマよ。あんたはサルファなの? それとも16号?> <ブルマか。俺にとっては少し前に君と会ったばかりなのに、もう10年も過ぎていようとはな> <やった! やっぱり16号なのね! それで、サルファの記憶もあるのね> <ああ。アイツとしてのこの2週間の記憶は確かにある。だが俺は俺だ。たぶんな> 黒いウインドウに次々に文字が並んでいく。ブルマさんの入力した文字は青字、対する答えは白字。 あっけにとられて見ていた僕もさすがにそのあたりで復活してきた。 「ブルマさん、僕もちょっといいですか?」ブルマさんがキーボードを僕の方に押してよこした。 <16号。悟飯だ。カベルネを守ってくれてどうもありがとう。よく気付いてくれたね> <俺が目覚めた時、隣にいるブランカの激しい悲しみを感じた。そして子犬が2匹しかいないことも わかった。人間達がみな大騒ぎになっていたので、仕方なく探しに出たのだ> <ごめんよ。僕がもう少し早く行ければ、君のことも壊されなくてすんだかもしれないのに> <孫悟飯。変わらずに優しいな。しかし、立派に成長したおまえが見られたのは嬉しかったぞ> ブルマさんが軽く合図してキーボードを引き寄せる。 <ブルマよ。でも驚いたわ。あんたにまさか感情を読む力があったなんて思わなかった。 自分でちゃんと自覚はあったの?> <最初はよくわからなかった。だが駆動系を切られて眠っていた俺に、ある時、強い恐怖と悲しみが 流れ込んできた。ドクターゲロが誘拐してきた姉弟のものだった。それで俺の頭脳は活動を始め、 自分の能力に気付き始めたのだ> <その姉弟って、17号と18号のことね> <そうだ。彼らは人間であったときの記憶を消され、それと同時に悲しみは薄らいだが、 今度はすべての存在に対する激しい憎しみを持ちはじめた。それらすべてが流れ込んできて 俺は苦しくて、あの二人をなんとかしてやりたいと思ったのだ> ブルマさんがテーブルの上に肘をついて両手を組み、額を当てて何か考え込んでいる。キーボードに手を戻したが、白い指は迷うようにキートップの表面を撫でていた。意を決したように打ちだす。 <16号。あんたもしかして、17号と18号の感情を操作したんじゃない?> 「ブ、ブルマさん! それって、どういう意味ですか!?」 僕は驚きのあまり大きな声を出し、ブルマさんの顔を見つめた。 「相手の脳内電流を読むことができるなら、逆に、こっちから相手の脳内に影響を与えることだって できるかもしれない。君がこの前やった感情操作の実験みたいな形でね。あたしがこのユニットで 一番危険だと思ったのが、その可能性だったのよ。・・・・・・ほら、当たったみたい・・・・・・」 彼女が指さしたモニターには、すでに白い文字が並んでいる。 <その時は意識してやったわけではない。俺は彼らの憎しみが減ってほしいとそれだけ願っていた。 結果的に自分が彼らの感情を操作していたことが、あとからわかった> 「悟飯君、覚えてるかしら? 未来のトランクスが言ってた人造人間達の性格のこと。 姿形はまったく同じなのに、この時代の二人と違ってすごく残酷だったって」 「はい・・・・・・。トランクスさん、未来では16号のこと見たことなかったって言ってましたよね。 つまり16号が18号さん達の感情を操作したから、彼らは未来みたいにならなかったと・・・・・・」 「それ、かなりの確率で言えてると思うわ」ブルマさんがまたキーボードに向かった。 <ドクターゲロは、あんたがそういうことしてるって、わかってたのかしら> <わからない。17号達が来る前の記憶はあまり残っていない。ただドクターゲロは俺の顔を 見るのがキライだったようだ。それに彼の感情はあまり感じ取ることができなかった> 「ま、脳の部分を金属類で覆ってたとすれば、この方法じゃ読めないからね」 ブルマさんはつぶやくと、続けてまた文字を打ち込む。 <もうひとつ聞くけど、あんたは、その感情を操作する能力を意識して使ったことがあるの? たとえば、自分を修理させるために、クリリン君やあたしに対して使ったとか・・・・・・> <それは断じてない。17号達の感情を自分が操作していたことがわかった時、俺は驚いてすぐに それをやめた。他者の感情を操作するなど、その存在に対する侮辱だと思ったからだ。 ただ・・・・・・、俺はたった一度だけ、この能力を意識して使った> <それは、いったい誰に?> <孫悟飯。おまえにだ。セルゲームでおまえに話しかけたとき、俺はおまえの感情を操作した。 俺はそのことをおまえに詫びたい。許してくれとはいわん。 ただ、俺はおまえにしてはならないことをした。それを詫びたい> 唖然とした。思わず自分の頭を片手で押さえる。心臓の音がやけに大きく響いてる気がした。 あの時・・・・・・。目の前で、父さんたちがセルジュニアにいいように傷つけられていくのを見ながら、一歩も動けなかった。みんなが死んでしまうという焦りだけが破裂しそうに充満して・・・・・・。 心のどこかにはセルを倒せるという確信めいたものすらあったのに、身体は麻痺したように動かなかった。まるで怖い夢を見ているようだった。そこに・・・・・・16号の頭部が飛んできて・・・・・・あの解放の呪文を言った・・・・・・。 「悟飯君?」ブルマさんが立ちあがって僕の腕に軽く手をふれた。僕は少しぎこちない笑顔を浮かべて頷き、ブルマさんを椅子に座らせると、またモニターに視線を戻した。 <俺は孫悟空の闘いからおまえたちをずっと見ていた。俺のパワーレーダーではおまえの真の力 とやらはよくわからなかったが、孫悟空のおまえに対する絶対的な信頼は俺にはよくわかった。 あそこまで裏のない人間があれだけ信じているのだから、おまえの力は本物なのだろうと思った。 そして、おまえは、父親におまえの番だと言われた時も、まったくセルを恐れていなかった。 だが、いざセルと対峙した時、おまえの心の中には恐怖の感情があったのだ> 恐怖? 恐怖だったのだろうか? 確かにあのとき、僕はセルがぜんぜん怖くなかった。ただ・・・・・・怖かったのは・・・・・・。 小さい頃から何度も闘ってきた。でも、いつも相手のほうが自分より強かった。あのときが初めてだった。セルゲームの時、僕は初めて、相手が自分より弱いと思って、闘いに臨んだ・・・・・・。 <おまえは、自分がセルを殺してしまうという、その事実に怯えているのではないかと俺は思った。 おまえの優しさを好ましいと思ったが、このままでは全てが滅ぼされてしまう。 だから俺は、話しかけながら、おまえのその恐怖を、少しだけ抑えたのだ> 僕はただ画面に並んでいく白い文字を見つめていることしかできなかった。ブルマさんが少し心配そうに僕の顔とモニターを見比べている。 <俺の機能が停止する最後の瞬間に、俺はおまえの爆発的な怒りとパワーを感じた。 今、この世界がこうであるからにはセルは倒せたのだろう。 だが、俺がおまえに対してやったことは、許されないことだったと思っている> 僕は目を閉じた。 僕の中に16号を恨む気持ちはあるんだろうか? 僕の感情を操作したというこのロボットを・・・・・・。確かにあそこでキレた僕は自分の感情をコントロールできなくなった。だけどそれは未来のトランクスさんも同じだったわけで、それは16号のせいじゃなく、混血である僕らの宿命だった。 セルゲームの後、父さんの死の次に、僕が何度も思い出したのは、セルジュニアとみんなの闘う光景だった。もし16号がいなくて、僕があのまま動けなかったら、僕は・・・・・・。 僕は、キーボードを引き寄せた。 <16号・・・・・・。10年前に言えなかったことを、僕にも言わせてほしい。 ありがとう。あのとき君が僕を解放してくれなかったら、僕はみんなを見殺しにしてた。 ずっと感謝してたんだ。今、君の話を聞いても、この気持ちは変わらないよ> <孫悟飯・・・・・・そう言ってくれるとは思わなかった。ありがとう。成長したおまえに会えて、 そして詫びることができてよかった。そのうえ、幸せになった18号にもクリリンにも会えた。 ブルマ、この2週間を俺は君に感謝している。短い間だったがよみがえれてよかった> 「ね、ねえ、ブルマさん、16号、直るんでしょう? 大丈夫なんですよね、ねえ、ブルマさん!」 僕は思わずブルマさんの両肩をゆすった。ブルマさんは僕を見上げ、人差し指を立ててウインクした。 「悟飯君。あたしを誰だと思ってんのよ」 <16号、短い間じゃないわよ、このおバカさん。あたしがあんたを絶対に生き返らせてみせるわ。 もちろん少し時間はかかるし、完全に同じとはいかないかもしれないけど。 またこうやって話しましょ。どんな形がいいか、できるだけ要望に合わせてあげるわよ> <本当にいいのか? 俺のやったことをわかった上で、そう言ってくれるのか?> <あったりまえでしょ。あんたは、ドクターゲロってパンドラの箱の最後の希望だったのよ。 感謝こそすれ誰もあんたを責めたりしないわ。 まあ、あんたの能力についてはあたし達だけの秘密にしといた方がよさそうだけどね> <ありがとう。だが、ブルマ、パンドラの箱とはなんのことだ?> <さあね。次に起きた時、自分で勉強しなさいって。ほーら、楽しみになってきたでしょう?> なんでも知ってて落ち着いた印象のある16号もこんなこと言うんだ。僕はちょっと微笑ましくなった。ブルマさんも思わず笑いながら答えを入力している。 ノックの音がした。ドアを開けるとタオ博士が立っていた。 「悟飯、カベルネのやつ、山は越えたぞ。もう大丈夫だ」 「ほんとですか!?」 僕はブルマさんにちょっと挨拶してから、タオ博士の部屋に行った。空はすっかり晴れ上がり、星がまたたいていた。 カベルネは兄弟たちといっしょに母親のお腹に顔を埋めて寝ていた。うずくまるのでなく横向きに丸まっているのはだいぶよくなってきた証拠だ。 「さっきな、皿から自力で食べたんだよ。まだ少しだったけどね」 「よかった・・・・・・。もう、このやんちゃ坊主、心配かけて・・・・・・」 僕はブランカの脇にゆっくりと膝をついた。カベルネの少し大人っぽい毛並みにそっと手を置く。温かく、ゆったりと、その身体は息づいていた。 タオ博士が僕の後ろから4匹の幸せな犬たちを覗き込んだ。 「今日は本当の厄日だったな。でも、終わりよければ・・・・・・」 「すべてよし・・・・・・ですよね」 そう・・・・・・今日はほんとうに色々なことがありすぎた。 でも、もう二度と会えないと思っていた人が、帰ってこられることがわかった。 今日もまた、他の幾日かと同じように、僕の人生の中で忘れられない日になるだろう。 自分が少し疲れていることに気付いた。 そうだ、ブルマさんといっしょに早く帰らなきゃ。ベジータさん、きっと眠らないで待ってる。 そして、16号・・・・・・君ももう少しだけ、おやすみ・・・・・・。 また目覚めるその時まで・・・・・・。 (了) ***===***===***
セルゲームで悟飯が発動したキッカケがなぜ16号だったのか。
16号の死の間際の台詞は確かに重かったんですが、悟飯にとって、 それが悟空たちの死の危機と釣り合うようなものだったのか、 今ひとつ釈然としない印象がありました。 それへの一解釈としてのお遊びがこのお話だったわけで、 ついでに未来と今の17、18号の性格の違いについても遊べたので、 それなりに自己満足しております。 もちろんこの作品のタイトルはアシモフの有名な作品から取りました。 ロボット三原則やカルヴィン博士も「わたしはロボット」にでてきます。 また、人の感情を読むロボットが登場し、最後にそれが他人を [調整]していたことがわかるというのはアシモフの長編「裸の太陽」です。 ちなみに、サルファ=sulfur=硫黄です。硫黄の原子番号は16なのです。 (1) (2) (3) (4) <5> (戻る) |