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口 笛
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朝の片づけと掃除が終わってから、私はふらりと外に出てみたの。ここ何日かのあの人の態度が引っかかって、気持ちが晴れなかったから。悩み事があるみたいなのに話してくれない。しつこく聞かない私も悪いのかもしれないけど、もう結婚してるのよ? いちいち言わなくても、そろそろ必要なことは話すようになってくれなきゃ‥‥。こうなったら、意地でも聞いてあげないんだから。 このパオズ山に住むようになってもう二ヶ月。ここでの生活に慣れるの、意外と早かったわ。まあ学生時代からしょっちゅう遊びに来てたせいもあるけど。パパは不便じゃないかって心配してたけど、カプセルと舞空術があればたいていのことができちゃう。それに私はあのお義父さんとお義母さんが大好きだから。二人も私のことを本当の娘みたいに可愛がってくれる‥‥。 ただ、最初の頃は夜の暗さが怖かった。特に月のない夜は‥‥。都会は夜だってたくさんの明かりがあって空も明るい。でもパオズ山の夜は、吸い込まれるように真っ黒。夜がこんなに暗いものだなんて、ここに来るまで知らなかった気がするわ。それでも今は、降り注ぐような星空が、好きになってはきたのだけど‥‥。 木々の中に入ると口笛が聞こえてきた。ちょっとたどたどしい口笛。このメロディ‥‥。もしかして、あの人が吹いてたことがあるかしら? 歩いていく先には大きく温かい気が感じられる。口笛を吹いているお義父さんなんて、なんだか笑っちゃいそうだけど、でも、間違いないわ。 歩くうちに今度はヘンな音が聞こえてきたの。ばたん、ばたんって、大きなもので地面をはたいてるような音。へんね。新しい修行の方法かしら? 口笛吹きながら? もう、お義父さんったら、何やってるのかしら? お義父さんがよく修行をしてる広場が見えてきて‥‥。そして私は絶句した。 そこにはお義父さんの三倍ぐらいの高さの大きな龍の背中があった! その尻尾が口笛に合わせて動き、地面を叩いてる。ついでに龍の上半身も揺れていたの。うっそ‥‥。なに、これ‥‥!? 「よぉ、ビーデル」龍の向こうからいつものお天道様の笑顔がのぞいてそう言った。 「お‥‥お義父さん‥‥。こ、これ、いったい?」 「ああ、おめえ、コイツ見んの初めてだったな。ハイヤードラゴンさ。悟飯の友だちだ」 龍の顔が急にこっちを向いて、ギャオンとかなんとか言うので、私は思わず後ずさった。 「大丈夫、大丈夫。おっとなしいヤツなんだからさ」 ま、まあ、コイツがたとえどんな凶暴なヤツだったとしても、お義父さんがいれば大丈夫よね。 私は大きく遠巻きに龍の横を回って、お義父さんの背中にはりついた。 「お義父さん。悟飯君の友達って、いったい‥‥」 「まだ悟飯がこんな小せえころに、山火事の中からコイツを助けたんだ。それですっかり なついちまって。さすがに大人になってからは、たまにしか顔見せねえんだけどよ」 お義父さんがいきなり身体を開いて私の肩に手を回すと、私をぐいっと前に押し出した。 「ほれ、ハイヤードラゴン! これがビーデル。悟飯のヨメさんだぞ!」 龍が大きな頭を下げて、私の顔をのぞき込んでくる。きゃーっ ちょっと! 思わず後ろに下がろうとしたけど、お義父さんの厚い胸にぶつかってストップ。お義父さんが私の肩越しに手を伸ばして龍の頬のあたりをぐりぐりと撫でた。龍は目を細めて気持ちよさそうに撫でられてる。 「ほら、大丈夫だろ。おめえも撫でてみっか?」 頭の上で声がする。同じ響きがお義父さんの胸に触れた背中からも伝わってくる。いつまでも少年のようなその声。ああ、あの人と本当によく似てる‥‥。 私はおそるおそる手を伸ばしてその大きなほっぺたにそっと触れてみたの。ちょっとざらざらした感じ。でもその目は、キョロキョロと大きくて、けっこう可愛い。龍はそれで満足したみたいで、また頭を起こしたの。 お義父さんが私の肩を放して、龍のすぐそばに近寄ると見上げて言った。 「ハイヤードラゴン! また明日来てくれっか。明日なら、悟飯、仕事休み‥‥だったよな?」 こくりと頷いた私を見て、そうだってよ、と満足そうに龍の足を叩く。 と、お義父さんがぽんと私の側までひと跳び。いきなりひょいと私の身体を抱え上げて、龍から飛び離れた。龍は、立ち上がって何度か羽をばたつかせるとそのまま飛び上がっていったわ。 「あーあ、久しぶりだったから思い出すの苦労しちまった」 お義父さんは、龍の飛んでいく方を見送りつつ、大きなのびをしてる。 「思い出すって、何を?」 「口笛、口笛。ハイヤードラゴンが子どもの頃、あれ吹くと踊るように悟飯が教えたんだ。 せっかく来たのに悟飯がいねえから、ちょっと可哀想になってさ」 「悟飯君‥‥あんな子と友達だなんて‥‥ぜんぜん話してくれなかったわ‥‥」 龍を見た驚きに思わず忘れてた落ち込みの原因を、私はいきなり思い出してしまったの。はあ‥‥とため息をついて、草原に座り込んだ私を見て、お義父さんは目を丸くして隣に座り込んだわ。 「どしたんだ、ビーデル?」 「お義父さん‥‥。悟飯君って、人に相談とかしない方ですか?」 「いや、そんなことはねぇと思うぞ。ダイガクとか仕事んことはブルマにけっこう 聞いてるみてえだし。ま、そーゆーのは、オラやチチじゃ、よくわかんねえからな」 「じゃあ、私、信用ないのかしら‥‥」 「なんだあ? なんからしくねえぞ、今日のおめえは。何かあったんか?」 私はここ数日のあの人の様子を話した。一人で何か悩んでる風なのに言ってくれないこと。「どうしたの?」と聞いても「うん‥‥。なんでもないよ」と言うし‥‥。お義父さんは黙って最後まで聞いてくれて、笑って言ったの。 「うーん。それ、ホントになんでもねぇんじゃねえか?」 「そーゆー問題じゃありません!」 のんきな応えに私は思わず大声で拳を握ると、お義父さんの顔をちょっと睨んでしまった。 「だって、私たち夫婦なんですよ! なんでも相談して、わかりあってなきゃいけないんです!」 「わ、わかった、わかった。そう興奮すんなって‥‥。 いや、その、そーゆーの、たしかに悟飯のわりいとこなんだけどな‥‥」 「悟飯君、言葉が足りないんです! たとえばあの龍のことだって、私、ぜんぜん知らなかったし、 ナメック星のこととか、少ししか話してくれてないこともたくさんあるし‥‥」 「お、おい、ビーデル。じゃあ、聞くけど、おめえのことは悟飯はぜんぶ知ってんのか?」 「私は‥‥。だって、私はごく普通の生活してきたから、別に話すことなんて‥‥」 そこまで言って、私ははっとしてお義父さんの顔を見た。お義父さんはじっと私を見つめ返して、ふわりと笑ったの。 「悟飯の育ち方が、おめえの言う"普通"ってのと、ちょっと違うってのはわかる。 おめえがここに来て、初めて見たり知ったりしてびっくりすることは多いんだろうけど‥‥ でも、アイツにとっちゃ、それは全部、普通の生活だったんだ‥‥」 お義父さんが、私の頭にその大きな厚い掌をそっとのせた。 「それにおめえたち、まだ一緒に暮らし始めてたった二ヶ月だろ。ぜんぶこれからじゃねぇか」 ああ‥‥、そうよ‥‥。 あの人と付き合うようになってしばらくして‥‥、私は心に決めたはずじゃなかった? この変わった運命を持ったこの人の側に私はずっといてあげたい。どんなにびっくりするようなことがあっても、落ち着いて受け止めてあげたい‥‥。でも‥‥いつの間にか、私はもう彼のことを全部わかったって思いこんでいたのね。 それが、あの人が生まれた時から住んでいたと同じ場所で一緒に暮らし始めて、あの人の子ども時代に改めて触れる機会が多くなって、知らなかったことが色々また見えてきて‥‥。 私は焦っていたのかしら‥‥。 そう‥‥全部‥‥これから‥‥。 私たち、今、やっと、スタートラインに立ったばっかりなのに‥‥。 なんにも‥‥焦ることなんかなかったんだわ‥‥。 お義父さんが立て膝の上に肘をのせ、組んだ両手に顎を埋めて私の顔を見る。 「たしかに悟飯は、ちょっと自分で抱え込みすぎるってとこはあるかもしんねえ。 人に心配かけたくねえって気持ちが強すぎんだよ。ま、オラたちがいけなかったのも あんだけどさ。だから。おめえも気づいたらハッキリ言ってやってくれねえかな」 「はい。ホントにそうですよね。私の方からちゃんと言えば良かったのに‥‥。結婚したんだから、 自分から言うのが当たり前よって、私のほうも意固地になってたとこ、あるみたいで‥‥」 「わりいけど、悟飯のこと、頼むわ。でもよ、アイツ、ああ見えても、ここぞという時は、 全部ちゃんとやりこなしてきた。こんな小せえガキの頃からな。だから信じてやってくれや」 「はい。わかってます。いつだって信じてるわ、彼のこと‥‥。 ああ、今日、お義父さんと話せて、よかったわ!」 そんならよかった、と笑ったお義父さんが、ごろんと倒れ込んで寝転がった。 「でもよぉ、オラもチチと暮らし始めたころ、なんかずーっと怒られてた気がすんだよな。 言われたこと、気ぃつけてるつもりなんだけど、なんか足りねぇみたいでさ‥‥。 悟飯もオラに似てんのかな‥‥? オラよりよっぽどしっかりしてるように見えんだけどな」 私は後ろに手をついてちょっと不満げなその顔を見下ろしたの。まるで子どもみたいな表情だわ。 「ええ、お義父さん。悟飯君、ほんとうにお義父さんにそっくりですよ‥‥」 うーん、嬉しいような困ったような‥‥、とつぶやくお義父さんに私は思わず笑ってしまったわ。 胸のつかえがぜんぶとれて‥‥とってもあったかい気持ちになってたっけ‥‥。 ***===***===*** 「ね、ほら、口笛、聞こえる?」 私たちは翌日またお義父さんの修行場に向かったの。 「ほんとだ」彼がくすくすと笑う。 「父さんのこんな口笛珍しいよ。鳥のマネとかはよくしてたけどな」 「ねえ、本当にあの龍に踊りなんて教えたの?」 「うん、昔ね。でも、ここ十年ぐらいはぜんぜん踊らせてないから、忘れちゃったんじゃないかな」 昨日の夜、私ははっきりとこの人に言ったの。困った顔を見れば心配になること。言ってくれた方が安心できるんだからちゃんと話して欲しいということ。彼はとてもすまなそうに謝って、話しにくかったんだという、その事を話してくれた。 聞いてみたら本当に「なんでもねぇ」ことだったの! 再来週一週間、泊まりがけで調査に行かなきゃいけなくて、私を一人にするのが心配だったんですって‥‥。もう、私のことなんだと思ってるのよ! と叫んで、彼の頭をくしゃくしゃにしてやったわ。この数日の私が、バカみたいじゃない! でも‥‥「ごめん、ごめん。でも大丈夫ならよかったよ」と鳥の巣のような頭で無邪気に笑うあの人の顔を見たら、もうそれ以上怒る気にもならなかったのだけど‥‥。 聞こえてくる口笛に重なるように澄んだ音色が湧き出てきた。ふと隣を見上げると、あの人が口笛を吹いてる。まるで子どもみたいに楽しそうな顔で‥‥。そのうちに、ばたん、ばたん、という尻尾の音が聞こえなくなってきたの。 木の間から、お日様の光であふれた広場が見えてきて、私はまた息を呑んだわ。空中に浮かんだあの大きな龍が体中をリズミカルに動かして踊ってる。彼の口笛に合わせて歩くように手足を動かして、首をかしげたり、腰や尻尾を振ったり、あげくの果てにはくるくるとターンまで‥‥! お義父さんはもう口笛をやめてニコニコして龍の踊りを見上げてる。私たちの姿を見ると軽く手を上げたわ。彼は口笛を吹きながらふわりと龍の顔の前に飛び上がって、まるで指揮でもするように龍の目の前で人差し指を振り回してる。 「踊り、まだ覚えてたみてえだな」お義父さんが近寄った私にそっとささやいた。私はただもう頷いて見上げるだけ。そのうちに口笛がだんだんとゆっくり小さくなっていく。最後の一息を龍の額に吹きかけるようにフェードアウトさせると、あの人はその大きな顔に抱きついたの。 「半年ぶりだね、ハイヤードラゴン!」 龍のほうもすごく嬉しいらしくて、その大きな頭をまるごと彼の身体にぶつけてる。でも、お願い、龍さん。その大きな口で彼の頭をかじるのはやめてね。遊びってわかってても、心臓に悪いわ。 そのあと私たちはずいぶんハイヤードラゴンと遊んだの。私も一度龍の背中に乗せてもらって、とっても楽しかった。お義父さんもあの人もまるで大きな子どもみたいだったわ。 ***===***===*** 「そっかー。それならよかった、でもよ、悟飯、だめだぞー、言うことは早めに言わねえと。 ビーデルが心配すっだろ」 龍が帰ったあと私たちはまた草原に座り込んでた。昨夜の話を聞くと、お義父さんは大笑いして彼の額を拳でぐんと押したの。 「はい‥‥。それは僕が悪かったんですけど‥‥。でも、父さんだって何にも言わずに いきなり決めちゃうこと多かったじゃないですか‥‥」 額を押さえながらふくれて言い返した彼に、一瞬すっと真剣な表情をしたお義父さんがふわりと微笑んだ。 「オラが考えてたこと言わなかったのはあんときだけだ‥‥。それは悪かったって思ってる」 彼もまたちょっとだけ息を呑んだ。そしてやっぱり柔らかい笑みを浮かべる。 「父さん。あの時のことじゃない‥‥。わかってますよ、そんなの」 と、急に彼がいたずらっぽい顔で私を見つめた。 「父さん、キャンプとかもさ、明日、じゃないんだよ。いつもその日の朝に『行くぞ!』って。 あと家具動かしたり、家の改造とかもいきなりやるぞーって言って、やっちゃうんだよ。 母さん、もう慣れっこになっちゃってるけど、けっこうすごいだろ?」 「ホ、ホントなんですか、お義父さん?」 それは‥‥奥さんとしてはかなり大変かも‥‥。 「え、だって、オラ、考えたらすぐにちゃんと言ってんじゃねぇか。 ま、その場になるまでは考えねえから、言ってからやるまで時間ねえけど‥‥」 それって、ただの思いつきって言うんじゃ‥‥。 私は思わず目を丸くしてお義父さんを見つめてしまった。で、でもお義父さんのこの目、冗談で言ってるんじゃないのね‥‥。隣の彼は思いっきり脱力してたけど‥‥。 「で、でも‥‥悟飯君。あなただって相当人騒がせよ。一週間も家に一人でいて大丈夫か、 なんて、本気で気にして、かえってこっちが心配して‥‥。私、子どもじゃないんだから」 「悟飯は、一人でいるの嫌いだからなー。ビーデル、おめえの方が一週間、家をあけるときは、 マジで心配したほうがいーかもしんねえぞ」 「な、何、言ってるんですか、父さん! 僕ならぜんぜん大丈夫ですって。ただ、ビーデル、 最初の頃、夜を怖がってたから‥‥。それに、泥棒とか入ったら物騒じゃないですか」 「私が怖かったのは暗かったからよ。もう慣れたわ。それに、こんなとこまで わざわざやってくる泥棒なんて、いるわけないじゃない!」 「それにな、悟飯。たとえ泥棒が入ったって、ビーデルの方が強えだろ? ‥‥心配すんなら、泥棒のほうを心配したほうが、よくねえか?」 「お、お義父さんったら!」私が思わず声をあげると同時に、彼が言った。 「あっそうか。それはそうだったかもしれませんね‥‥」 「ちょっと、悟飯君!」 私たちはそうやって、いつまでも笑い転げていたの‥‥。 そう‥‥こうやって少しずつ、あなたのことを知っていけばいい。 あなたのことが一つわかる。そのことがこんなに楽しいなら 全部わかる日なんてこない方がいいんだわ。 そうしてずっと私はあなたの側にいる。大好きな、あなたの側に‥‥。 (おしまい)
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これは「悟空とビーデルと物理的にくっつける」という非常に不純な動機で書いた作品です(爆笑!) 実は当時、DB文庫で、ある方が悟空がビーデルに膝枕をしてもらう‥‥という作品を書かれたんです。とても雰囲気のある作品でした。その後すぐにひゆーさんが「月の声」を書かれました。お読みいただければわかるようにこれも悟空とビーデルのお話です。で、私もなんとなく書きたくなって書いたのがこの「口笛」。当時は「悟ビー同盟」という言葉まで生まれましたが、さすがにその後は続きませんでした(苦笑) ただ、この作品は「熱雷」や「紙飛行機」同様に、非常に勉強になりました。あるシーンを目標にストーリーを作るということが、それまで無かったので‥‥。うまくまとまった時は嬉しかったです。 |