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来 光
少年は夜中過ぎに家を出て、真っ黒な空に翔け上がった。夜気はしんしんと冷たいけれど、目的地はずっと南。どんどん気温が上がっていくだろう。柔らかい光を浴びた野山が流れていく。川面にはまあるい月が揺らいで落ちていた。 街はこの時間とは思えないほど人が出ている。家を出るちょっと前に年が明けたばかり。お祭り気分で盛り上がっている都市があり、また神妙に祈りを捧げている村もある。 ちょっと空中で止まった少年は、自分の姿を眺め回した。象牙色の上下揃いの詰め襟服。下から見た時に目立つかなぁ、と一人ごちる。でも、お母さんが大きなお腹をかかえながら新年のためにと縫ってくれたものだから‥‥。やっぱりちゃんと着ていこう。 (おめえも来年はお兄ちゃんだからな。正月にはこれを着るだ) そうだ。あと二ヶ月ぐらいしたら、弟か妹が生まれる。お父さんの忘れ形見だ。 去年のお正月に一緒に居てくれたお父さんは、今はいない。‥‥もう絶対に帰ってこない。 だから僕はお父さんのかわりにお母さんを守って、赤ちゃんを可愛がってあげるんだ‥‥。 眼下はいつのまにか暗い海。大洋の真ん中は波音が無くて、まるで海も眠っているようだ。 そのうち東の空がわずかに明るくなって、水平線からゆっくりと朱色がかったグレーに変わっていく。刷毛で引いたような雲の下側がかすかに輝き始め、その反射が海面に撒かれ始める。 南半球の空気は暖かい。少年は既に馴染んだ気を感じとっていた。大きくて清冽な風のような気と、ひたすらに優しく柔らかいもうひとつの気。 大海原に浮かぶ小さな小さな島に彼等は居た。島の東側の浜辺の中に白いマントが鮮やかに浮かび上がる。そしてその隣の黒い塊は‥‥。 少年は二人の脇にとんと着地した。 「おめでとうございます、ピッコロさん! デンデ!」 「あ! 悟飯さん、えと、おめでとうございます」 身長の倍以上の長さの杖を持った小さな身体が、いつもとまったく同じように友達の方に踏み出す。とたんにずるずると引きずっている黒いマントに足をとられた。それは異星の子供にとってはあまりに大きすぎたのだった。 「おい、気をつけろ」 翠の長身が身をかがめると、すばやくデンデの身体を抱えとめ、きちんと立たせてやる。 「だいじょうぶ?」 慌てて覗き込む悟飯の顔を、照れ笑いしたデンデが見上げ返した。 「うん、だいじょうぶ。ピッコロさん、ありがとうございます」 「だから長すぎると言ったんだ」 「でも‥‥。お正月だからって、ポポさんがせっかく出してくれたんですから‥‥」 「身長に合わせて切ってやろう。ここならアイツがいないからごたごた言われんぞ」 「だめですよ、ピッコロさん! これ、代々の神様が着てたマントなんでしょう!?」 「かまわん。気にするようなことか」 あー、ピッコロさんってば‥‥なんてこと‥‥‥‥。 去年地球に来たばかりのナメック星の子供は地球の神様として修行中の身。ピッコロは後見人兼先生のはずなのだが、こんな時はデンデの方がよっぽど常識的だ。悟飯は吹き出しそうになったのを何とか抑えて助け船を出した。ミスターポポが怒ったら神殿はとても住みにくくなるに違いない。 「大丈夫ですよ、ピッコロさん。デンデだってすぐ大きくなるんでしょう? それよりほらほら、 もうすぐ日が昇りますよ」 「とうとう、地球の初日の出が見られるんですね!」 「うん! それもね、僕たちが世界で一番最初なんだよ!」 この島は日付変更線のすぐ西側にあって、地球上で一番最初に一日が始まる。 以前デンデが「ナメック星では1年の最初の日の出を全員で見るの」と聞いていたから、地球で最初の初日の出をどこで見せてあげようか一生懸命考えた。そうしてブルマに助けてもらいつつ、ジサとやらと戦いながら、少年は自分たちの時計で何時にここにくればいいのかを調べ上げたのだった。 「地球の日の出ってとってもきれいだから‥‥。その初日の出が見られるの楽しみだなぁ!」 「晴れてよかったよね。曇りだとあんまりきれいに見えないとこだったもの‥‥」 「ボクね、この前見つけた流れ星に、ちゃんとお天気にしてくださいってお願いしたから‥‥」 「え、デンデってば、せっかくの流れ星にそんなことお願いしたの!?」 「うん! だってあれから、流れ星見つけるの、すごくうまくなったの‥‥。 でも、流れ星が見えるのも、日の出がきれいなのも、ぜんぶ夜が暗いおかげですよね!」 二人の子供が無邪気な会話を続けるのを、ピッコロは見るともなしに見ている。 悟飯は僅かだがまた背が高くなった気がする。ぱりりとした象牙色の服のせいかもしれないし、もうすぐ弟か妹ができるという自覚のせいかもしれない。 対するデンデは来た時のままの小さな身体だ。それでもそれはナメック人としてごく普通の育ち方だったし、少なくとも「地球の夜」は充分に克服できたようだ。 デンデの故郷には二つの太陽があって夜がない。だから地球に来たばかりの頃、新米の神が一番苦労したのは夜の暗さに慣れることだった。 ナメック星の公転軌道の中心にある太陽は地球と同じように、朝に昇り、夕に沈む。だがあの星には隣の系の太陽の光も届くのだ。それは人々の住む大陸から見ると、常に地平の少し上にあって水平に ぐるぐる回っている。だからナメック人にとっての夜は白夜と同じで、夕方ぐらいには明るいのが普通だった。 その仰角の変わらぬ太陽のおかげで、ナメック星は異常気象に見舞われることが多い。同じ半球が常に温められる形になるから海流が平均化しないのだ。それでもナメック人たちは、新しい故郷として、やはり夜の無い元と同じような星を選んだ。異常気象が起ころうとも、それがナメックの運命であれば受け入れるのが務めだと、地球を旅立つ直前に長老はそう云った。 今ならその気持ちが少しだけわかる、とピッコロは思った。光が何時間も途絶えるとそれだけで枯れてしまうアジッサは、まさにナメックの象徴かもしれなかった。 「でもね、悟飯さん。ボク、不思議に思うことがあるんです」 「なあに? 初日の出のこと?」 「ええ。ナメックでは昼間が一番短い日を1年の始まりにしてるんです。だけど地球では、 どうして今日が最初の日になったんでしょう? なんだか中途半端な気がして‥‥」 悟飯は困って目をぱちぱちすると、そっとピッコロを見上げた。 「別に今日が1年の最初というわけではない」 彫りの深い顔を東の空に向けたままピッコロはそう云った。その頬に明るくなり始めた空の色が降っている。 「かつては様々な国がそれぞれに異なる暦を持っていたし、今普及している暦が全世界に 広がった後でも、種々の文化によって、いまだ異なる一年の始まりがある。ある文化では 春分をもって始まりとし、また別の文化では冬至をもって始まりとする、というようにな」 ピッコロは悟飯とデンデの方を見やると、いささか皮肉めいた表情で、にやりと唇を歪めた。 「今の暦が広がったのも、ある意味、侵略と征服の証とも言えるんだぞ」 悟飯はまた少し目をぱちぱちさせたが、ピッコロの表情は再び柔らかいものに戻った。 「だが‥‥。たとえ1年の始まりがどこであろうと、これを初日の出と呼ぼうと呼ぶまいと、 これから昇る太陽を、多くの人が特別の思いで見ることにかわりはあるまい」 その言葉が終わった刹那、水平線を光が走った。 最初は温かい山吹色の光。そしてその色合いに包まれて真っ白なカーブの一部が姿を見せる。それは薄暗さに慣れた瞳を透過して、頭の芯まで染み込んでくるような輝きだった。 光は、せり上がるにつれて、波の形のままに切れ切れに、自らの姿を水面に映した。 少しだけ延べられた雲の周囲を緋色に焼いて、シルエットになった影を際だたせつつ、ゆったりと浮かび上がっていく。まだ空にも海にも大地にも暗い部分はたくさんあるのに、朝日から放たれた見えない手は、全ての場所に余す処なく伸びているような気がした。 何かの想いをもって集まったかのような光の球体が、とうとう水平線にその全身を見せる。 二人の子供が、ほとんど同時にほおっと息を吐きだし、思わず顔を見合わせてくすくす笑った。 「‥‥特別にきれい‥‥」デンデが呟く。 「‥‥これから沢山の人がこのお日様を見るんだね。そう思うと、なんか、すごいや‥‥」 「そうだ。ねえ、悟飯さん。ボク、お祈りしていいですか?」 「もちろん!」 デンデは身をかがめると砂浜に持っていた杖を横たえた。立ち上がって光に向かい軽く頭を垂れると、両手を胸の前に上げた。印を組むが、まだ幼い指だから、きれいな形にはならなかった。 目を閉じて、口の中だけでもぐもぐと呟く異星の子供はとても小さくて、黒いマントに埋もれそうだった。だけど悟飯の目には、その姿が、大きなムーリ長老の祈る姿と重なって見えた。 小さな小さなその両手は、立派に神様の手なんだと、悟飯は思った。 その横顔を照らす光から、少しずつ赤みが薄らいでくる。 と、大きな瞳がぱちりと開いて、ちょっと気恥ずかしそうに悟飯を見た。 「これからあのお日様を見る人が、みんな仲良く幸せでありますようにってお祈りしたんです」 「‥‥うん、ほんとにそうだといいよね‥‥」 「あともういっこ。悟飯さんのおうちの赤ちゃんが元気に誕生しますようにって‥‥」 「あ‥‥。な、なんか凄い組み合わせだけど‥‥。でも、ありがと、デンデ!」 「いえ‥‥。ボク、今日、ここでみんなで初日の出見られて、とても嬉しかったの‥‥。 なんだかナメック星に帰ったみたいで。悟飯さん、本当にありがとうございました」 「あは‥‥そう云われると、僕も嬉しいや!」 デンデがまた屈みにくそうに身を沈めて杖を拾い、右手でしっかりとそれを握る。悟飯はデンデが立ち上がるのを待って、小さな左手をそっととった。 「今年もよろしくね。また遊びに行くね!」 「はい、こちらこそよろしく。神殿でお待ちしています!」 悟飯が、今度はピッコロに近寄ると、すぐ前に立ってその長身を見上げた。 「ピッコロさん、また今年も色々教えてくださいね」 「ああ。母親に大事にするように伝えてくれ」 「はい。ありがとうございます。お母さん、心配するといけないから、僕、お先に失礼します」 「気をつけて帰れ」 「はい! では、また!」 悟飯はたっと砂浜を蹴った。空中で止まって二人に手を振ると、もう一度だけ東の空を見た。 ふわりと山吹色のオーラをまとった日輪が、少年を見つめ返していた。 今年最初の陽光は、少年の身体を伸びやかに包みこみ、ひどく嬉しげ煌めくのだった。 2003年 元旦
***===***===*** 昨年は大変お世話になりました。 龍球戦隊にひたすらに追われて、ドラゴンボール関係はほとんど書きませんでしたが‥‥(汗) ただ、何を書くにしろ、それぞれのキャラクターを大切にしたいという思いに変わりはありません。一時期のノリを過ぎて、なかなかペースが上げられないのですが、これからも地道に、そして真摯に書いていきたいと思っております。温かく見守ってやっていただけたらとても嬉しいです。 みなさまどうぞ今年一年、またよろしくお願いいたします。 (戻る) |