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デジャ・ヴュの風景(忘れる記憶)前編



神は永遠の存在なのだ。
『永遠』が『時間の形象』に恋をする。
それはいにしえからの、越えてはいけない領域。

過去の倫理が破られる。
犯してはならない事をしてしまう。



じゃあ、僕がしたことはその倫理を犯した事になるのだろうか・・・・・・・・・。



答えは出ない。






「・・・なにそれ?」
「下界の人達が考えた神の説明です・・・。皆さん、色々な神を考えているんですね。」
つり上がった目を幾分興味深げに、メディはデンデが神殿の書庫から引っ張り出してきた本に目をうつした。金と銀と宝石で固まった繊細な細工が本の表紙に張り付けられており、手垢でかなり汚くなっている。せっかくの銀細工が黒っぽくなっており酸化している。
この神殿に来るまでに、たくさんの人間が手に取ったのだろう。少年はいにしえから伝わる感覚が肌と目で理解して、ちょっとどきまぎしながら触れてみる。
「きったねえけど、なんかありがたいカンジする。」
「古語で書かれていましたから、最初はちょっと読むのが大変でしたけど・・・。」
「へーん・・・神様でも、大変な事ってあるんだ?」

減らず口も上手になってきたメディに、デンデはニコリと微笑んだ。

神としてのスタイルが板につきはじめて、次に興味を持ち始めたのは下界の人間が作り出した神々の事だった。下界の者達は、(普通は)自分の存在を知らない。知らないかわりに自分達で神を作り、崇めてきた。
自分の身を投げ出して磔になった神、神と神が恋をしたり、いたずらをしたりするヤケに人間くさい神々、時に人に残酷な制裁を加える神や、生け贄を求める神。


彼が特に興味を持った神は、人間の女性に恋をした神だった。


「過去の倫理が破られる・・・というのは、この神の事です。他の神は、人とふれ合う事がキライみたいです・・・。神がひとに恋をするなんてとんでもないって。」
「どうしてなの?どうして誰かを好きになるのがいけない事なの?」
「だれかひとりに特別になってはいけないのです。『カミサマ』は。」

「そんなのイヤだなあ・・・。」
納得のいかない顔をしているのはサヤ。
彼女は遠い遠い先祖と同じく、誰とでも仲良くできるような子。意識せずともいつのまにか自分の中に取り込んで、浄化できるような子。恋すら知らない彼女でも、誰かを好きになるという事はいいことだとわかっている。そんな彼女にとっては解せない話題であっただろう。
神は本の表紙にある外れそうになった宝石を手に取った。ふわりとした桃色の霞がかかった色をした石をかざすと、その色が床に影を落とす。



地球へやってきてから幾年過ぎたが、彼にも未だにわからない感情があった。
人はそれに狂い、苦しみ、たったひとりのひとのために他の人間に驚くほど冷酷になり、その感情に溺れた者が時に恐ろしいことをしたり。
それでも、大きくて優しい感情で、美しい感情だということも神は知っていた。

「・・・恋、が誰かひとりを特別に思う事なのだとしたら・・・。」

彼はにぎったままになっている石をあらためて見つめた。

石の名前はローズクォーツ。愛と美の女神をあらわす石。
『女神』が持つ石を、『神』が持っている今の状況に、彼はちょっとだけくすくす笑うと、またメディとサヤを見た。

「わたしは、一度だけ・・・恋をしました。」
「なになになに?エヘヘヘヘ、ホントかよ〜。スミにおけねえなあ〜。」
「誰なの、だれだれっ?聞かせてっ!」
「フフ・・・この『恋をする神』の話を聞いてから・・・ずっと気になっていたんです。」


わたしの抱いた感情は恋だったのか、
それとも違うものなのか。


「判断のお手伝いをしていただけませんか? 」
「もちろんだぜっ。いいよ、いつでも!」
「あたしも!」


若い、まだ青年に見える神は一旦、瞳を閉じてまたゆっくり開いて、唇から遙か昔の『おはなし』を静かに語り始めた。

糸を紡ぐように、ゆっくりと・・・。









緑が透ける光が、彼はとても好きだった。
昔よりも少しだけ太くなったかもしれない木の幹を指先で触れると、神に触れられたせいなのか、その枝はしならせて風に身をまかせた。
桜の花びらがふわりと舞う。

「ここは何もかわらないな・・・。」

ずっと前に、何回か来たことがある。自分の後見人と一緒に、凛々しい瞳の少年に連れられて。

「いや、青年だったか・・・。」

すっかり忘れているが、とにかく大切な人に連れられてやってきた。

少年・・・青年がドアを開けると暖かな料理の香りが鼻をかすめて、その間を青年の弟がぱたぱたとかけてくる。
自分の手をにぎって、隣にすわるようにひっきりなしに勧める。
困っていると、その様子に見かねた彼の母親がそれを咎める。
そして、優しい声でふたりをなだめている父親がいる。自分を導いたひとが。

その姿は大きくて優しくて・・・。
いつか自分の前任者だった神は、彼に後を継いで欲しいと言っていたと聞いたことがある。



そうだ、このひとは神をもとりこにするひとだったんだっけ・・・?


光にこぼれてにじむ、懐かしい風景がそこにあった。いつかあった、そしていつか消えていった風景が。
手が届きそうで、しかし手を伸ばしたらかき消えてしまいそう。
柔らかい光につつまれた、刹那で永遠の風景。

ああ、わたしはどうしたのだろう?

「これはまだ・・・夢の続き・・・か?」





「お兄ちゃん!」
はっと気が付くと、自分のフードを引っ張っている少年がいた。黒紫の髪、色素が薄くキツイ瞳。いつか自分の後見人の手を散々煩わせた子供そっくりになってきた。

自分がくすくす笑うと、少年はほっとしたかのようにまた言葉を続けた。
「ひさしぶりだね、お兄ちゃんもお見舞いにきたの?ひいおばあちゃんの!」
「え・・・ええ。あなたの御両親は・・・?」
「パパはお仕事の会議で忙しくって、ママもそれのお手伝いなんだ。まいっちゃったよ。ジェットフライヤーだってかなりの時間がかかるんだぜ、ここまで来るのにさあ。」

そう言って屈託なく笑う少年は、空を飛ぶ事ができない。
できない、というよりも必要がないからだ。
平和な世になった今、空を駆けて地球中を移動する必要はもうない。

そして神が住まう神殿に来る必要もない。

少年は自分の目の前に立っている者が、この星の神であるということさえ知らずにいる。
普通はそんなものなのだろう。今までが少し異常だったのだ。
神が地上の人間と直接会って、面識を持つなんてことはありえないのだから。

『面識を持つなんて事は、普通あり得ないのですから・・・。』


思った事を口に出すと、その言葉の持つ意味が更に増幅されて胸に突き刺さる。
だから、神は言葉には出さない。

「・・・?お兄ちゃん?」
「いえ・・・あのひとは、どこですか・・・?」



木漏れ日が射す部屋にその人はいた。『ひいばあちゃん!』と、遠慮なく彼女に体重をかける少年を咎めようとすると、彼女は優しく手のひらでそれをさえぎった。
「あのね、またお兄ちゃんが来てくれたんだよ。久しぶりでしょ?」
「ええ・・・。とてもひさしぶり。ちょっといいかしら?」
彼女はドアを指さして少年の顔を笑って見つめると、彼はおとなしくドアノブに手をかけた。
「わかったよ。オレ散歩してくる!ムリしちゃダメだよ。」
「わかってるわ。あなたも・・・あまり遠くにいっちゃダメよ。」
少年はひとなつこく笑うと、手を振って出ていった。
体と足がおっつかないみたいにして、何がそんなに楽しいのか、猛然と駆けだしていく。



日だまりが広がる部屋には彼女と自分だけとなった。
心地よい静寂が2人の間を通り抜けてゆく。

「ねえ、顔をよく見せて。ふたりだけなんだから・・・。」

彼女は若い時よりも幾分柔らかめに笑うと、神がかぶっているフードに手をかけた。地球人とはちょっとかけ離れている顔が目の前に現れる。額からひょこりと出ている触角に緑色の肌、少しきつめの黒い瞳、尖った耳朶。
彼女は愛おしそうに彼の頬を両手で触れ、その後で自分の顔をさすった。
「あなたはずっと変わらないわね。私はもうしわくちゃのおばあさんだというのに。」
「あなたは今でも、昔のあなたのままですよ。素敵な女の子です。」
「まあ、女の子ですって。ウフフ・・・。」
彼女はまつげを伏せてくすくす笑い、彼の頬にもう一度触れた。その手は少しだけひんやりしている。

神は彼女の長い髪を一束手ですくうと、それにくちづけた。神の祝福が波紋のように広がる。しかし、彼女の顔に赤みがさす事はない。先ほどと何も変わらない。
計り知れない治癒能力のある神だが、自然に朽ち果てようとするものの進行は、彼でも止める事ができない。神の領域、とはよく言ったものだ。
この事ばかりは彼の手の領域から離れているのだ。
そして、それは彼女も望む事はないのだろう。


要するに彼女はもう、この世にとどまる時間が限られている。
止めたいと思っていても止められない。
彼女のこの世にとどまっていられる時間が、残酷なまでに理解できる自分の身がうらめしいと思った事があったが、それも今は昔の話。
受け入れる事で自分もムリやり納得させる。
そうでもしないと気がおかしくなっていく。

世界の支配者になろうとした者は、不老不死を求めるものらしいが、この星の人間とサイクルが少しだけ違う自分の身をどれだけ恨んだかわからない神は、その心理がわからない。

「あの子も、大きくなったでしょ?」
「ええ・・・。地球人は成長が早いですから。驚きました。」
「あのちんちくりんのパンが、おばあちゃんですって!あのこが生まれた時には想像もできなかったわ、うふふっ。」
彼女は部屋着の裾を口に持っていき、くすくす笑った。

ここ何十年かで、彼女は可愛らしい子供に恵まれ、孫までできた。その孫の子供が、さっきの少年だ。
少年はこの自然が気に入っているようで、週末になるといつもジェットフライヤーでここに来るらしい。いつも色々な物をみつけてきては彼女に報告し、そして帰るのが彼のここでの行動パターンだった。
それは西の都では見ることができないきれいな花だったり、人を恐れる事を知らない動物たちだったり、みつけてきたせせらぎの話だったり。

それは彼女が、いつか大切な人に連れられて案内してもらった風景だった。
水のきらめきと眩しい太陽の光と、耳鳴りするくらいの森の静寂。柔らかい花びらの感触やつるりとした葉のてざわり。
それを今は、あの少年が拾い集めて話を聞かせてくれる。

きれいな花の色を教えてくれたり、変わった鳴き方をする鳥の話をしたり、一面に広がる広大な草原だったり。


それを聞くのが嬉しいのか、切ないのか、神は彼女の想いがわからない。


「女は長生きするっていうけど・・・。まさか自分のひまごまで見る日がくると思ってなかったわ。・・・ちょっと長生きしすぎたかしら・・・?」
「そんなこと・・・。」
「よく、あのひとと言っていたの。今度死ぬんだったら、ポックリ死んだ方がいいって!あははっ!」
彼女は腕を伸ばして、窓際の観葉植物の葉を触った。すべらかな葉の表面を撫でてから、まるで比べるように自分の腕をゆっくりさする。

「そんなこと・・・仰らないでください・・・。」
「あら、だめよそんな顔したら。神様がそんな顔しちゃダメよ。」


もう、キリがないじゃない。


彼女が目の前の相手を想って、消え入るようにゆっくりつぶやいても、この人間離れした聴力では聞こえてしまう・・・・


2003/7/13

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