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体 温 (戻る)
星の明かりは優しいものだとばかり思っていた。いつか壊れて消えた月よりも、儚げで優しいものだとばかり思っていた。しかし、神殿から見る星は優しさよりもひどい強さにあふれているかのように、力一杯明かりを投げつけてくる。 ひとつひとつ固まって、明かりをともして、そして大きなあかりとなって、自分に飛び込んでくる・・・。 ずっと。 悟飯とデンデが流れ星探しに夢中になっている、丁度同じ時間。 神殿の一室を、悟飯達と同じようにあてがわれたチチは、悟天と一緒に床につこうとしていた。 部屋の壁のひとつは、ほとんど全面がガラス張りになっていて星がよく見えた。自分がいつも生活している所も空気が澄み星はよく見えるが、ここの星空はその比ではなかった。吸い込まれそうな空、というのはここの空のことを言うのだろう。 明かりらしいものがないクセに妙に明るいのはこのせいか、と彼女は納得した。 ところで案内されたこの部屋は、確か3面とも他の部屋に囲まれていたはずなのだが。 「・・・まあ、神様の神殿だしな。普通じゃ考えられないことがあるんだべ。」 傍らの悟天は、ぐっすり眠っているようだった。ミスター・ポポが気を使って、隣の部屋に色々とそろえてくれていたのだが、その世話になるようなこともなさそうだ。 少しほっとして悟天の頬に触れた瞬間、彼女の体はがくっと力が抜けた。急に疲れがどっと出たようだ。 「そういえばこんなに遠くまで出かけたの、久しぶりだべ・・・。」 悟天がおなかの中にいる間、悟天が生まれてから、いい意味でも悪い意味でもこの子に束縛されていたチチは、あまり遠くにでかけることもなかった。 目の前にばかみたいに広がる星空を見ながらクスリと笑って、チチはベッドの上に横になった。 そのときだ。目の前を人魂のような物がひゅるんと横切った。彼女は疲れている体のことも忘れて、ベッドから飛び起きて思わずかまえた。 「な・・・なんだべ・・・?」 チチは光の行き先を目で追った。手のひらサイズのガラス玉が鈍く光っているような、不思議な物体だった。 それはチチのまわりをゆっくりと一周すると、彼女の目の前で止まった。 この正体は、デンデが明かりの代わりに使っていたホタルランプだ。二人に気を使って出ていった『彼』は、倉庫に帰る途中にあるチチのところに寄ったらしい。 「い、生き物なのけ・・・?」 ホタルランプはうなずくようにくるくると回転してみせた。 「そ、そうかあ。神様の神殿だもんな!いろんなモンがあっても不思議じゃねえべ!」 『彼』は彼女の言葉に応えるかのように、ひゅるひゅると移動する。優しい光が部屋中に飛び散った。もうひとつ、そこに星空ができたかのようにひかり輝く。 「あはは・・・おめえ、きれいだなあ。」 チチはこぼれる光を両手ですくって受け止めようとした。光の粒が彼女の体に降りかかる。傍らの悟天にも同様に。 そしてその時、ようやく悟天の目がぱっちりと開いていることに気が付いた。 あ、しまっただ・・・。 「あ・・・。ちょ、ちょっと飛び回るの、やめてくれねえか・・・。」 彼女の言葉が終わるか終わらないかのうちに、悟天はぐずって泣き出してしまった。 「ひっく・・・ぐずっ・・・うっ、うえーん!!」 「あ〜、悟天・・・ごめんなあ、まぶしかっただか・・・。母ちゃんが悪かっただ・・・ごめんなあ・・・。」 チチは悟天を胸に抱いて、腕をゆっくりうごかしてあやした。悟天はちょっとご機嫌が よくなったようだが、それでもまだぐずぐず言っている。 ホタルランプは、すまなさそうに光を押さえて、彼女の顔の側に来た。 「ああ、おめえも悪かったと思ってるだか?そんなことねえだ・・・。」 悟天はそんなランプのことにはかまわずチチの胸にしがみついた。 「ん?悟天オッパイ欲しいのけ?ちょっと待つだ・・・。」 チチは上着をちょっとはだけて悟天に飲ませた。んぐんぐと、いっぱい飲む音が聞こえてくる。彼女は悟天の頬につたっている涙の跡を、袖の端で優しくぬぐった。 ホタルランプはそんな様子をだまって見ていたが、とある気配に気が付き飛び上がるような動作をした。 「おめえ、どうしたのけ?・・・って。」 いつのまにか開いていたドアに寄りかかるようにして、こちらを見ている尖った耳・・・。 ピッコロだ。 ランプは彼の気配に気が付いて、飛ぶほど驚いたというわけだ。 しかし、今飛び上がるのはホタルランプではなくてチチの方だ。 「おめえ、いつからそこにいただ!!?」 「お前が気付いた時からだ。」 「な・・・っ!」 ピッコロの相変わらずの的はずれな返答にチチは思わず口をあけた。 「そんな冗談言ってねえで!!あ、あっちさ向いててけろ!!」 「・・・。」 ピッコロは答えない。それどころか、慌てる様子もなく彼女のはだけた胸元と、悟天を見比べて、彼女にたずねた。 「・・・お前は裸になって何をしているんだ?」 「悟天にオッパイあげてるだ!!そんなこともわからねえのけっ?!!」 「お・・・は?な、なんだ・・・?」 「とにかく!!あっちさ向いててけろっつってんだ!!」 チチは真っ赤になりながらベッドにあった枕やら、クッションやらをぶんぶんとピッコロに投げつけた。それこそ、悟天がいなければ殴りかからんばかりの勢いで。 あわててホタルランプが促すように、ピッコロのそばにやってきた。彼も素直にランプのいうことに従い、回れ右をした。 「おい・・・なぜあんなに怒ることがある・・・?それに。」 ランプはビクっと体を上下に動かし、あんまり問われたくない質問に耳(?)をふさごうとした。 「お前は悟飯とデンデがいる部屋にいたはずだろうが・・・。なぜ、こんなところにいる?」 『彼』は、必死に悟飯達に気を使って出ていったと言うことを、ピッコロに伝えようとしたが生憎、手足も口もない、まるっこい球体の体の彼にとってそれはムリな話だった。 「まあ、良いが・・・。もう、戻るがいい。」 ランプはチチの方をちょっと見てから、静かに倉庫の方に戻っていった。 「もう、いいだ・・・。」 チチは機嫌の悪い低い声で回れ右をしているピッコロにつぶやいた。 ピッコロは一応、素直に彼女の言うことを聞いた。悟空でさえ、彼女には頭があがらない。多分、宇宙で一番強かったハズの彼が、である。ピッコロも正直いうと彼女は少し苦手だった。 「あれ?あのちっこい人魂みてえなのはどこいっただ?」 「・・・あいつはもうもとの場所に戻った・・・。」 「あれも、神様のお使いなのけ?」 「電池で動く人形のようなものだ。そして、持ち主の意志を反映しながら・・・一定の行動をとる。」 「ああ!」 チチは思い当たるようなことがあったらしく、両手をぱちんとあわせた。 「神様の意志を反映してるから、あんなに気い使ってたんけ。おらのこと、退屈してると思ったんだべきっと。かまいにきてくれただ。」 彼女は「そうかそうか。」とニコニコしながら頭を上下にゆっくり振った。 しかし、その笑顔はすぐに消えて、ベッドに座っている自分の側に立つピッコロをにらんだ。 「あの人魂はともかくとして、おめえはどうしておらのとこに来ただ?」 「あいつが来ているのがおかしいと思って来たのだ。悟飯とデンデの側にいるはずだからな。」 「ふうん。」 チチは、ちょっと納得したような顔になりしかし、また口を尖らせた。 「けど、もういいべ。さあ早く帰ってけろ・・・ん?」 彼女は、ピッコロが悟天のことを少しの間だったが、だまって見つめていたことに気が付いた。悟天の方も、初めて見る耳が尖った緑色の人物を興味深そうに、じい〜っと眺めている。 その表情に恐怖はない。 「先入観がないことはいいことだべ。」 チチは悟天を膝の上に抱き上げた。 「ピッコロは、赤ん坊に触ったことねえべ?ダッコしてみたらどうだ?」 「いや・・・ことわる。」 ピッコロは自分の顔が、地球人とくらべて良くも悪くも迫力があるというのは、これまでの皆との行動で、イヤというほどわかっていた。 赤ん坊に泣かれたら、あとが面倒だと思ったのだ。 「そんなことねえだよ。怖くなんてねえよなあ?悟天?」 「お前は心が読めるのか?」 「そったらことぐれえ、おめえの顔みればわかるだ。大丈夫だって・・・。泣くんだったら、もうとっくに泣いてるだ。赤ん坊は正直だから、な。」 「・・・・・・。」 ピッコロは散々考え込んだ。第一、ひとの抱っこの仕方なんて彼にはわからない。乱暴で、ぶっきらぼうになってしまうのが目に見える。 「あのな、ピッコロ。そーっとダッコするだ。悟飯ちゃんと組み手するみてえに乱暴にしたらダメだべ。爪をひっこめて・・・、ゆで卵をつまむみたいにゆっくりと。」 彼は「ネコかオレは・・・。」とぶつぶつ言いながら悟天をゆっくり、ゆっくり8つの指で危なっかしく抱き上げた。 自分の腕におとなしく抱っこされている悟天は、今まで触れたどんなものよりも柔らかかった。強いて言えば、ちょっと厚めの花びらによく似た感触だった。 ふわふわしていて、ミルクの香りがする。 「どうだ?やわらかいべ?」 「・・・デンデの言っていた通りだな・・・。ちょっと力を入れたらなくなりそうだ・・・。」 悟天はピッコロをじっと見つめて、手をばたばたさせている。自分になにかを訴えているようなのだが、生憎彼は理解できない。 「ピッコロ、もう少し腕を胸の方に持っていくだ。腕だけでダッコしてるから悟天が不安になるだよ。」 「何、どうだと・・・?」 「こうやって、自分のほうに引き寄せるだ。ホレ。」 チチはピッコロの腕を彼の胸の方にぎゅうと寄せた。 なかなか形になっている。 「腕だけじゃ悟天が不安になるべ。体温を感じて、安心するだよ。」 「体温・・・?」 自分の腕から胸にじわりと伝わる赤ん坊の体温は生暖かい。悟天はばたばたしていた手をようやくもどして、ちょっと安心したかのようにおとなしくなった。 「なぜ体温を感じると安心するのだ?」 「・・・へ?おめえだって誰かにくっついているとほっとしねえだか?」 「オレが一体誰にくっつくというのだ?」 チチは「そりゃそうだ」と思い、そんな質問をした自分をちょっと自嘲気味に笑った。 「そうだな〜、ピッコロさはそれもわかんねえからイイひともみつからねえだよ。」 「質問に答えろ。・・・なぜだ?」 チチは悟天をピッコロの腕から受け取って、愛おしそうに赤ん坊の頬を自分の頬にくっつけた。悟天もイヤがらずにそのままでいる。 「ピッコロさ、嬉しい時にダッコしたり、不安げになってる人をぎゅってしたくなったり、いとしいひとを抱きしめてあげたり。な?それは地球人の本能ってやつだべ。おめえだって、悟飯ちゃんがよく修業できたりしたら頭撫でてるだろ?それとおんなじだべ。」 「そう・・・なのか?」 「おめえ、悟飯ちゃんの頭なでるときに、いちいち色んな事考えているわけじゃねえべ。」 「・・・・・・。」 彼女の言うとおりだ。 自分は誰かに育てられた訳ではない。抱きしめられた事もなければ頭を撫でてもらったこともない。 しかし、その行動は見た事も聞いた事もなかったというのに手が「知って」いた。 吸い寄せられるように触れた悟飯の髪はちょっと硬くて、優しかった。 「そうなのか・・・。」 「そうだべ。」 ピッコロは少し上目遣いになり、黙って何かを考えていた。そして自分の事を、勉強が良くできたコドモを見つめるように見ている彼女にこうつぶやいた。 「じゃあ、お前は今誰の体温を感じて安心しているのだ・・・?」 チチははっとして彼の顔を見上げまた視線を落とすと、ガラス窓の方へ寄っていった。 星がきらきら瞬く。 チチの表情にちょっとだけ影が落ちたのがわかったピッコロは、少しだけ口を曲げると床に視線を落とした。 「オラは今、悟飯ちゃんと悟天ちゃんの体温を感じて・・・安心しているだよ。この子達がいるから頑張れるだ。」 ピッコロは黙ってしまった。 どうも彼女がウソをついているとしか思えないからだ。 悟空を失ったとわかった瞬間の彼女の表情は想像に難くない。いつもは悟空に口うるさいことばかり言っていた彼女だった。しかし、二人の間には自分ではよくわからないが深い感情があるということは彼にも理解できていた。 「おらには、悟空さの思い出ばっかりに浸ってるヒマなんかねえだよ。悟飯ちゃんはもっと勉強さ頑張ってもらって、悟天もちゃーんと育てなきゃなんねえだ。女は強いだよ、ピッコロさ!おめえにそんな顔されるほど、おらは弱くねえだよ!」 チチはからから笑いながら、ピッコロのマントをはらうようにして叩いた。 「しかし・・・いつかは離れていくだろう?その時はどうするのだ・・・?」 「・・・イジワルな質問するだな、ピッコロさは・・・。悪気がねえ分・・・あるのかな?タチが悪いべ。」 彼女は星を背にして彼の顔をじっと見つめた。 腕の中で船をこいでいる悟天の顔をそっと撫でて、ピッコロの顔をくすくすと笑いながら見つめた。 「その時はきっと、その悟空さの思い出が暖めてくれるだ・・・。悟飯ちゃん達もきっと、またその思い出の分よりもすてきなことをつれてきてくれるだ。」 「・・・・・・・・・。」 悟空も頭が上がらないこの地球人は本当に強いヤツなのかもしれない、とピッコロは自分でもおかしな事を考えていた。凛とした彼女の心が自分の共感能力に届き、ピッコロは自分の心が心地よくなるのを感じた。 苦手だった彼女の空気が、妙にすっと軽くなったのを感じた彼は少しだけ口元を緩ませた。 「おめえの事も、悟飯ちゃんが連れてきた素敵な思い出だべ。な?」 「なんだと?」 ピッコロの目が急にきつくなった。無論、彼女もそれは承知の上でニヤニヤしながら言葉を続ける。 「そりゃ最初は怖かっただ。色んな事があったし・・・。半年間も悟飯ちゃんと引き離されて、その間に悟空さは死んじまうし、その上悟飯ちゃんはさらったおめえになついているし。おらとしては踏んだり蹴ったりだべ!」 「・・・・・・・・・う、うむ・・・。」 ピッコロは何も言い返せなかった。すべては結果を考えると良かったかも知れないが、こうして神と融合した後で考えてみると、実にとんでもない事をやらかしていたような気がする。 魔族ゆえだったのか、若さ故だったのか、多分両方ともあてはまるのだろう。ピッコロは自嘲気味にため息をついた。 「けど、今は違うだよ。くやしいけど、けれどやっぱりおらおめえにカンシャしてるだ。」 「・・・フン。」 「ありがと、な・・・。」 礼を言われる事に慣れてない彼は、すっと視線をチチから外した。彼女もそれをわかってて礼を言っているのでそんなピッコロを見てくすくす笑った。 「さ、もう寝るかなあ。明日は・・・あ、もしかして朝ご飯用意しなくってもいいだか?」 「客に食事の用意をさせるヤツがいるのか・・・?」 「そうだな!あは、ちょっとだけ朝寝坊できるべ。・・・・・・ピッコロ?」 ピッコロはチチの髪と悟天の頬にすっと触れて、彼女の耳元で『言葉』をささやいた。 「今日はゆっくり眠れ・・・。」 最初に目を閉じたのはチチだろうか、悟天だろうか? チチは赤ん坊を抱いたまま、彼の胸元にことんと頬をくっつけた。 赤ん坊が泣いて目を覚ます事はない。 夜泣きをする赤ん坊をあやす事から、今日くらいは解放させようか・・・。 ピッコロは朝まで覚めない魔法を彼女達にささやいた。 彼女の部屋から出ると、急に温度が低くなったように感じた。 冷たい大理石の床に星のあかりが反射する。どこからか、悟飯達のはしゃぐ声が聞こえる。 ねえ、あの星今光ったよ! ほんとうですか?じゃあ、もうすぐ流れるかも! ちょっとだまってみていようよ・・・!しずかに・・・。 しーっ・・・。 ピッコロはゆっくり微笑むと、その声を背にして自分の部屋へと戻っていった。 こどもたちのために、星がこぼれることを願いながら。 2001/10/29
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