エメラルド



じりじりじり…



肌がこげる音がするみたい。
アスファルトが音を出しているみたい。


気温は何十度にもなっていて、その熱のせいか、
自分の熱のせいか、目の前がゆらゆら揺れた。
おかあさんがバケツに水を汲んで、ゆっくり撒いてくれたんだけど、すぐに蒸発しちゃう。

やっぱり家の外も暑いんだ。
アスファルトがずっとぬれていることがないんだもん。


揺れるレースのカーテンとすだれがなんかちぐはぐで、面白かった。カーテンが生ぬるい風に
吹かれ、使い続けられてたすだれの香りがそれに乗っかる。
この匂いをかぐと、じいちゃんちに遊びに来たって気がするの。

暑い、けど、お寺のじいちゃんちはなんだか少しひんやりしてて、こどもだった自分にとって、
仏像もその辺の墓石も卒塔婆もかくれんぼするのに丁度よかった。
ぴかぴかに磨かれたお墓や、仏像の頬を触るとひんやりしてて気持ちよくて、もっといじってようと
思ったらおとうさんから『バチあたるぞ!!』と怒鳴られた。



その日からなんだか頭が重くなっちゃって。






都会の自分の家とは違う空気の香り。
草の香りがとても濃い。エネルギーがぎゅうぎゅうに詰まってて、
葉の緑が宝石みたいにぎらぎらに輝いて、熱で浮かされる自分を誘う。


ねエ、こっちきて、一緒にあそびましょうよ。




じりじりじり…

「あつい…」
「しょうがないわね。きらちゃんも熱であついし、お外はこんなに暑いし…」


熱を出したオレは、寝ていなければならなかった。
けどこの暑いのにフトンかぶって寝てるだなんて、やってられない。
しかも遊びたい一辺倒のこどもにとっては。だるくても、起きていたい。
起きて、また外で遊びたい。
おとうさんとおじいちゃんと釣りに行くって約束したのに…。
「熱が下がれば、きらちゃんも一緒に行けるようになるわよ。だから寝てること。」
「うん…。」

いつもオレのそばにいるひなたと昴はいない。
予定を変更したおとうさんと一緒に虫を捕まえに行ったみたい。
おじいちゃんち…元、おかあさんちはものすごい田舎。その辺を歩けばみたこと
ないくらいでっかい虫がたくさんいる。
ひなたも昴も女の子なのに虫を怖がらない子。きっとでっかいカマキリとか、
その辺の川にあるカエルのタマゴとか持ってくるんだろうな。

おかあさんも本当なら行きたかったんだろうけど、オレが熱出したからここにいる。




ほんとは、もう一個わけがあって。





「あ、ほらほら、お兄ちゃん、早くカゼ治して…って言ってるわ。」
「また…蹴ったの?」
おかあさんはニッコリ笑う。


おかあさんのおなかの中には、オレのもうひとりの妹がいる。
こないだ、女の子だってわかったの。おとうさんは、もう名前を決めようって
おかあさんと相談してた。
おかあさんのおなかがだんだん大きくなってって、おかあさんのおなかにさわるとちょっと動く。
ごろんって。

ひとの体の中に、もうひとりヒトがいるって、なんか変な感じだなあ。
保健の授業で教わったけど、なんかいまいちピンとこない。
おかあさんが食べたものを赤ちゃんも食べて……どうやって?
おなかの中って食べ物が消化されるんでしょ?
そして赤ちゃんもいるんでしょ?

赤ちゃんがきゅうくつそう。


「おかあさん、オレのカゼうつっちゃうよ…。燈子(とうこ)にもうつっちゃう。」
「大丈夫よ。きらちゃんはゆっくり休んで。」
「うんっ…。」



お母さんの笑い顔は安心する。

頭がぼうっとする。



おかあさんのおなかを見て、オレは夏休みの前の話を思い出す。




輝さ、コドモってどーやってできるかって知ってるかあ?
知ってるよ、そのくらい。こないだ授業で先生が話してたじゃん。

お前の父ちゃんと母ちゃんてそういうことしてるんだ?

なんだよそれ!どういう意味だよっ!
そういう意味だよっ。
気持ち悪イな。
やらしー!やらしい!!




ってからかわれて、その子は担任の先生からものすっごく怒られてた。
ゲンコツまでもらってた。
ついでにオレのおかあさんはその子のおかあさんにとーっても謝られたみたい。


小学校の4年生。
ませた子はそのくらいの知識は持っていたから、オレに妹が出来るだなんて
いいからかい材料だったんだと思う。

普段優しい先生があんなに怒ったのはあれが最初で最後で、オレは嬉しかったけど、
なんか自分でも、ちょっとだけ感じてた。

形は違うけど、からかった子と同じような気持ちを持っていたの。




じりじりじり…


薄いレースのカーテンが影をつくってる。
それだけ太陽がここを暑くしてる。
ひなた達の声が聞こえてくる。
おとうさんの声も。


「おにいちゃ!みてみて、かえうなの!おっきーいのよ!たまごも!」
「大丈夫かお前?池にかえるのタマゴ持ってきたぞ。後から見に行ってみろ。」
「うん…。」
「蛍も具合は?」


おとうさんの、気遣う言葉におかあさんはニッコリ笑う。


やっぱりキレイ。



おかあさんはとってもキレイだ。
オレのおかあさんはお姉さんみたいだって、小学校に入学して気がついた。
すごくキレイで優しくて…オレのことをとっても大事にしてくれるってわかってるけど。

「大丈夫よ、陽介さん。」

おかあさんはおとうさんのことが一番好きなんだなってわかりかけてた。
オレを見るときと、おとうさんを見るときと違う目を見ると、なんだか悔しくて
腹たって、ちょっとだけさみしくて。



おなかの中にいるとーこの存在が、おかあさんとおとうさんが特別な関係なんだって
ことをオレに突きつけてきて、なんだかちょっと苦しかった。


オレはおかあさんのことがすきなのに、オレはおかあさんとおとうさんが仲良しなんだって
ことを現す存在なんだって。



ちょっと寂しくて、熱くて苦しくて。
けれどなんだか嬉しくて。


「きらちゃんもゆっくりしてなさいね。」
「そりゃねえよなあ、遊びてえのによ。」
「だいじょうぶなのっ?」



カゼはけっこうながびいた。
頬を撫でた仏様が、オレにおかあさんを独り占めさせてくれてたのかもしれない。




宝石を閉じ込めたみたいな時間は過ぎ、
カゼは治り夏も終わり、
とーこが生まれて騒がしくなってきた頃にようやく、


オレの自覚すらしてなかった想いはおしまいとなった。



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