★口笛 (1/2)

朝の片づけと掃除が終わってから、私はふらりと外に出てみたの。ここ何日かのあの人の態度が引っかかって、気持ちが晴れなかったから。悩み事があるみたいなのに話してくれない。しつこく聞かない私も悪いのかもしれないけど、もう結婚してるのよ? いちいち言わなくても、そろそろ必要なことは話すようになってくれなきゃ‥‥。こうなったら、意地でも聞いてあげないんだから。

このパオズ山に住むようになってもう二ヶ月。ここでの生活に慣れるの、意外と早かったわ。まあ学生時代からしょっちゅう遊びに来てたせいもあるけど。パパは不便じゃないかって心配してたけど、カプセルと舞空術があればたいていのことができちゃう。それに私はあのお義父さんとお義母さんが大好きだから。二人も私のことを本当の娘みたいに可愛がってくれる‥‥。

ただ、最初の頃は夜の暗さが怖かった。特に月のない夜は‥‥。都会は夜だってたくさんの明かりがあって空も明るい。でもパオズ山の夜は、吸い込まれるように真っ黒。夜がこんなに暗いものだなんて、ここに来るまで知らなかった気がするわ。それでも今は、降り注ぐような星空が、好きになってはきたのだけど‥‥。

木々の中に入ると口笛が聞こえてきた。ちょっとたどたどしい口笛。このメロディ‥‥。もしかして、あの人が吹いてたことがあるかしら? 歩いていく先には大きく温かい気が感じられる。口笛を吹いているお義父さんなんて、なんだか笑っちゃいそうだけど、でも、間違いないわ。
歩くうちに今度はヘンな音が聞こえてきたの。ばたん、ばたんって、大きなもので地面をはたいてるような音。へんね。新しい修行の方法かしら? 口笛吹きながら? もう、お義父さんったら、何やってるのかしら?

お義父さんがよく修行をしてる広場が見えてきて‥‥。そして私は絶句した。
そこにはお義父さんの三倍ぐらいの高さの大きな龍の背中があった! その尻尾が口笛に合わせて動き、地面を叩いてる。ついでに龍の上半身も揺れていたの。うっそ‥‥。なに、これ‥‥!?

「よぉ、ビーデル」龍の向こうからいつものお天道様の笑顔がのぞいてそう言った。
「お‥‥お義父さん‥‥。こ、これ、いったい?」
「ああ、おめえ、コイツ見んの初めてだったな。ハイヤードラゴンさ。悟飯の友だちだ」
龍の顔が急にこっちを向いて、ギャオンとかなんとか言うので、私は思わず後ずさった。
「大丈夫、大丈夫。おっとなしいヤツなんだからさ」

ま、まあ、コイツがたとえどんな凶暴なヤツだったとしても、お義父さんがいれば大丈夫よね。
私は大きく遠巻きに龍の横を回って、お義父さんの背中にはりついた。
「お義父さん。悟飯君の友達って、いったい‥‥」
「まだ悟飯がこんな小せえころに、山火事の中からコイツを助けたんだ。それですっかり
 なついちまって。さすがに大人になってからは、たまにしか顔見せねえんだけどよ」

お義父さんがいきなり身体を開いて私の肩に手を回すと、私をぐいっと前に押し出した。
「ほれ、ハイヤードラゴン! これがビーデル。悟飯のヨメさんだぞ!」
龍が大きな頭を下げて、私の顔をのぞき込んでくる。きゃーっ ちょっと! 思わず後ろに下がろうとしたけど、お義父さんの厚い胸にぶつかってストップ。お義父さんが私の肩越しに手を伸ばして龍の頬のあたりをぐりぐりと撫でた。龍は目を細めて気持ちよさそうに撫でられてる。

「ほら、大丈夫だろ。おめえも撫でてみっか?」
頭の上で声がする。同じ響きがお義父さんの胸に触れた背中からも伝わってくる。いつまでも少年のようなその声。ああ、あの人と本当によく似てる‥‥。
私はおそるおそる手を伸ばしてその大きなほっぺたにそっと触れてみたの。ちょっとざらざらした感じ。でもその目は、キョロキョロと大きくて、けっこう可愛い。龍はそれで満足したみたいで、また頭を起こしたの。

お義父さんが私の肩を放して、龍のすぐそばに近寄ると見上げて言った。
「ハイヤードラゴン! また明日来てくれっか。明日なら、悟飯、仕事休み‥‥だったよな?」
こくりと頷いた私を見て、そうだってよ、と満足そうに龍の足を叩く。
と、お義父さんがぽんと私の側までひと跳び。いきなりひょいと私の身体を抱え上げて、龍から飛び離れた。龍は、立ち上がって何度か羽をばたつかせるとそのまま飛び上がっていったわ。

「あーあ、久しぶりだったから思い出すの苦労しちまった」
お義父さんは、龍の飛んでいく方を見送りつつ、大きなのびをしてる。
「思い出すって、何を?」
「口笛、口笛。ハイヤードラゴンが子どもの頃、あれ吹くと踊るように悟飯が教えたんだ。
 せっかく来たのに悟飯がいねえから、ちょっと可哀想になってさ」

「悟飯君‥‥あんな子と友達だなんて‥‥ぜんぜん話してくれなかったわ‥‥」
龍を見た驚きに思わず忘れてた落ち込みの原因を、私はいきなり思い出してしまったの。はあ‥‥とため息をついて、草原に座り込んだ私を見て、お義父さんは目を丸くして隣に座り込んだわ。
「どしたんだ、ビーデル?」
「お義父さん‥‥。悟飯君って、人に相談とかしない方ですか?」
「いや、そんなことはねぇと思うぞ。ダイガクとか仕事んことはブルマにけっこう
 聞いてるみてえだし。ま、そーゆーのは、オラやチチじゃ、よくわかんねえからな」
「じゃあ、私、信用ないのかしら‥‥」
「なんだあ? なんからしくねえぞ、今日のおめえは。何かあったんか?」

私はここ数日のあの人の様子を話した。一人で何か悩んでる風なのに言ってくれないこと。「どうしたの?」と聞いても「うん‥‥。なんでもないよ」と言うし‥‥。お義父さんは黙って最後まで聞いてくれて、笑って言ったの。
「うーん。それ、ホントになんでもねぇんじゃねえか?」
「そーゆー問題じゃありません!」
のんきな応えに私は思わず大声で拳を握ると、お義父さんの顔をちょっと睨んでしまった。
「だって、私たち夫婦なんですよ! なんでも相談して、わかりあってなきゃいけないんです!」

「わ、わかった、わかった。そう興奮すんなって‥‥。
 いや、その、そーゆーの、たしかに悟飯のわりいとこなんだけどな‥‥」
「悟飯君、言葉が足りないんです! たとえばあの龍のことだって、私、ぜんぜん知らなかったし、
 ナメック星のこととか、少ししか話してくれてないこともたくさんあるし‥‥」
「お、おい、ビーデル。じゃあ、聞くけど、おめえのことは悟飯はぜんぶ知ってんのか?」
「私は‥‥。だって、私はごく普通の生活してきたから、別に話すことなんて‥‥」

そこまで言って、私ははっとしてお義父さんの顔を見た。お義父さんはじっと私を見つめ返して、ふわりと笑ったの。
「悟飯の育ち方が、おめえの言う"普通"ってのと、ちょっと違うってのはわかる。
 おめえがここに来て、初めて見たり知ったりしてびっくりすることは多いんだろうけど‥‥
 でも、アイツにとっちゃ、それは全部、普通の生活だったんだ‥‥」
お義父さんが、私の頭にその大きな厚い掌をそっとのせた。
「それにおめえたち、まだ一緒に暮らし始めてたった二ヶ月だろ。ぜんぶこれからじゃねぇか」

ああ‥‥、そうよ‥‥。

あの人と付き合うようになってしばらくして‥‥、私は心に決めたはずじゃなかった? この変わった運命を持ったこの人の側に私はずっといてあげたい。どんなにびっくりするようなことがあっても、落ち着いて受け止めてあげたい‥‥。でも‥‥いつの間にか、私はもう彼のことを全部わかったって思いこんでいたのね。
それが、あの人が生まれた時から住んでいたと同じ場所で一緒に暮らし始めて、あの人の子ども時代に改めて触れる機会が多くなって、知らなかったことが色々また見えてきて‥‥。

私は焦っていたのかしら‥‥。

そう‥‥全部‥‥これから‥‥。
私たち、今、やっと、スタートラインに立ったばっかりなのに‥‥。
なんにも‥‥焦ることなんかなかったんだわ‥‥。

お義父さんが立て膝の上に肘をのせ、組んだ両手に顎を埋めて私の顔を見る。
「たしかに悟飯は、ちょっと自分で抱え込みすぎるってとこはあるかもしんねえ。
 人に心配かけたくねえって気持ちが強すぎんだよ。ま、オラたちがいけなかったのも
 あんだけどさ。だから。おめえも気づいたらハッキリ言ってやってくれねえかな」

「はい。ホントにそうですよね。私の方からちゃんと言えば良かったのに‥‥。結婚したんだから、
 自分から言うのが当たり前よって、私のほうも意固地になってたとこ、あるみたいで‥‥」
「わりいけど、悟飯のこと、頼むわ。でもよ、アイツ、ああ見えても、ここぞという時は、
 全部ちゃんとやりこなしてきた。こんな小せえガキの頃からな。だから信じてやってくれや」
「はい。わかってます。いつだって信じてるわ、彼のこと‥‥。
 ああ、今日、お義父さんと話せて、よかったわ!」

そんならよかった、と笑ったお義父さんが、ごろんと倒れ込んで寝転がった。
「でもよぉ、オラもチチと暮らし始めたころ、なんかずーっと怒られてた気がすんだよな。
 言われたこと、気ぃつけてるつもりなんだけど、なんか足りねぇみたいでさ‥‥。
 悟飯もオラに似てんのかな‥‥? オラよりよっぽどしっかりしてるように見えんだけどな」
私は後ろに手をついてちょっと不満げなその顔を見下ろしたの。まるで子どもみたいな表情だわ。

「ええ、お義父さん。悟飯君、ほんとうにお義父さんにそっくりですよ‥‥」
うーん、嬉しいような困ったような‥‥、とつぶやくお義父さんに私は思わず笑ってしまったわ。
胸のつかえがぜんぶとれて‥‥とってもあったかい気持ちになってたっけ‥‥。


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