●来光 (1/2)

少年は夜中過ぎに家を出て、真っ黒な空に翔け上がった。夜気はしんしんと冷たいけれど、目的地はずっと南。どんどん気温が上がっていくだろう。柔らかい光を浴びた野山が流れていく。川面にはまあるい月が揺らいで落ちていた。

街はこの時間とは思えないほど人が出ている。家を出るちょっと前に年が明けたばかり。お祭り気分で盛り上がっている都市があり、また神妙に祈りを捧げている村もある。

ちょっと空中で止まった少年は、自分の姿を眺め回した。象牙色の上下揃いの詰め襟服。下から見た時に目立つかなぁ、と一人ごちる。でも、お母さんが大きなお腹をかかえながら新年のためにと縫ってくれたものだから‥‥。やっぱりちゃんと着ていこう。

(おめえも来年はお兄ちゃんだからな。正月にはこれを着るだ)

そうだ。あと二ヶ月ぐらいしたら、弟か妹が生まれる。お父さんの忘れ形見だ。

去年のお正月に一緒に居てくれたお父さんは、今はいない。‥‥もう絶対に帰ってこない。
だから僕はお父さんのかわりにお母さんを守って、赤ちゃんを可愛がってあげるんだ‥‥。



眼下はいつのまにか暗い海。大洋の真ん中は波音が無くて、まるで海も眠っているようだ。
そのうち東の空がわずかに明るくなって、水平線からゆっくりと朱色がかったグレーに変わっていく。刷毛で引いたような雲の下側がかすかに輝き始め、その反射が海面に撒かれ始める。

南半球の空気は暖かい。少年は既に馴染んだ気を感じとっていた。大きくて清冽な風のような気と、ひたすらに優しく柔らかいもうひとつの気。
大海原に浮かぶ小さな小さな島に彼等は居た。島の東側の浜辺の中に白いマントが鮮やかに浮かび上がる。そしてその隣の黒い塊は‥‥。
少年は二人の脇にとんと着地した。

「おめでとうございます、ピッコロさん! デンデ!」
「あ! 悟飯さん、えと、おめでとうございます」
身長の倍以上の長さの杖を持った小さな身体が、いつもとまったく同じように友達の方に踏み出す。とたんにずるずると引きずっている黒いマントに足をとられた。それは異星の子供にとってはあまりに大きすぎたのだった。

「おい、気をつけろ」
翠の長身が身をかがめると、すばやくデンデの身体を抱えとめ、きちんと立たせてやる。
「だいじょうぶ?」
慌てて覗き込む悟飯の顔を、照れ笑いしたデンデが見上げ返した。
「うん、だいじょうぶ。ピッコロさん、ありがとうございます」

「だから長すぎると言ったんだ」
「でも‥‥。お正月だからって、ポポさんがせっかく出してくれたんですから‥‥」
「身長に合わせて切ってやろう。ここならアイツがいないからごたごた言われんぞ」
「だめですよ、ピッコロさん! これ、代々の神様が着てたマントなんでしょう!?」
「かまわん。気にするようなことか」

あー、ピッコロさんってば‥‥なんてこと‥‥‥‥。

去年地球に来たばかりのナメック星の子供は地球の神様として修行中の身。ピッコロは後見人兼先生のはずなのだが、こんな時はデンデの方がよっぽど常識的だ。悟飯は吹き出しそうになったのを何とか抑えて助け船を出した。ミスターポポが怒ったら神殿はとても住みにくくなるに違いない。

「大丈夫ですよ、ピッコロさん。デンデだってすぐ大きくなるんでしょう? それよりほらほら、
 もうすぐ日が昇りますよ」
「とうとう、地球の初日の出が見られるんですね!」
「うん! それもね、僕たちが世界で一番最初なんだよ!」

この島は日付変更線のすぐ西側にあって、地球上で一番最初に一日が始まる。
以前デンデが「ナメック星では1年の最初の日の出を全員で見るの」と聞いていたから、地球で最初の初日の出をどこで見せてあげようか一生懸命考えた。そうしてブルマに助けてもらいつつ、ジサとやらと戦いながら、少年は自分たちの時計で何時にここにくればいいのかを調べ上げたのだった。

「地球の日の出ってとってもきれいだから‥‥。その初日の出が見られるの楽しみだなぁ!」
「晴れてよかったよね。曇りだとあんまりきれいに見えないとこだったもの‥‥」
「ボクね、この前見つけた流れ星に、ちゃんとお天気にしてくださいってお願いしたから‥‥」
「え、デンデってば、せっかくの流れ星にそんなことお願いしたの!?」
「うん! だってあれから、流れ星見つけるの、すごくうまくなったの‥‥。
 でも、流れ星が見えるのも、日の出がきれいなのも、ぜんぶ夜が暗いおかげですよね!」

二人の子供が無邪気な会話を続けるのを、ピッコロは見るともなしに見ている。

悟飯は僅かだがまた背が高くなった気がする。ぱりりとした象牙色の服のせいかもしれないし、もうすぐ弟か妹ができるという自覚のせいかもしれない。
対するデンデは来た時のままの小さな身体だ。それでもそれはナメック人としてごく普通の育ち方だったし、少なくとも「地球の夜」は充分に克服できたようだ。

デンデの故郷には二つの太陽があって夜がない。だから地球に来たばかりの頃、新米の神が一番苦労したのは夜の暗さに慣れることだった。

ナメック星の公転軌道の中心にある太陽は地球と同じように、朝に昇り、夕に沈む。だがあの星には隣の系の太陽の光も届くのだ。それは人々の住む大陸から見ると、常に地平の少し上にあって水平に ぐるぐる回っている。だからナメック人にとっての夜は白夜と同じで、夕方ぐらいには明るいのが普通だった。

その仰角の変わらぬ太陽のおかげで、ナメック星は異常気象に見舞われることが多い。同じ半球が常に温められる形になるから海流が平均化しないのだ。それでもナメック人たちは、新しい故郷として、やはり夜の無い元と同じような星を選んだ。異常気象が起ころうとも、それがナメックの運命であれば受け入れるのが務めだと、地球を旅立つ直前に長老はそう云った。

今ならその気持ちが少しだけわかる、とピッコロは思った。光が何時間も途絶えるとそれだけで枯れてしまうアジッサは、まさにナメックの象徴かもしれなかった。


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