●光の子 (1/2)
「じっちゃん! とってきた!」
「おお、こりゃ、大きいのを仕留めたのぉ! よしよし。今、準備するでの」
「ヤムイモ、もうやけたか?」
「かなり大きなイモじゃったから、もう少しかかるじゃろ。あっ 触っちゃいかん!
石が熱いから火傷するぞ。そうじゃ。もうちょっと薪を拾ってきてくれるかの?」
「うん!」
孫は自分の身の丈を越えるほどの魚を2匹川辺に置くと、長くて茶色の尻尾をゆらめかせながら、野原を横切って木々の中に消えていった。年明けの寒空の中というに、長袖の中衣の上に肩衣を1枚着ただけ。綿入半纏も作ってやったのじゃが、暑がって着ないのじゃ。
あの子を森の中で見つけてからもう十年近くが過ぎようとしておる。いったいどんな素性の子なのか。尻尾のある人間なぞわしも聞いたことがないし、御歳八百歳になられる武天老師さまも知らぬと仰っておられた。もちろん警察にも届けは出したがの、案の定音沙汰無しじゃ。でも、それでよかった。
あの子は‥‥。悟空は、わしの孫じゃ。修行一辺倒で子を生さなんだわしに、この歳になって神様が授けてくれた、大切な孫。それでよい。
わしは悟空が捕ってきた魚をさばき始めた。パオズアオダイはコウザンバショウの葉で包み焼きに、パオズコイモドキは鍋にするのが美味しいんじゃ。特に今日は元日じゃから、あとでモチも入れような。こんな大きな魚をさばく時はちょいと前に手に入れたこの包丁が便利で‥‥。ほうほう、その通り。これは普通の剣じゃよ。これで強盗をやろうとした者めらがおって、そやつらから頂戴したものなんじゃ。まあ、そんなことはどうでもよいじゃろ。
正直に言うとな。悟空はなかなか大変な赤ん坊じゃった。泣き声が大きかったのは山奥だから構わんが、えらく力が強くて乱暴者でほとほと手を焼いた。ちょっとでも気にくわないことがあると周囲の物を手当たり次第に投げたり毛布を引き裂いたりする。寝台の囲いなぞどれだけへし折ったかわからん。抱き上げると手足を突っ張って嫌がるが、それが並大抵の力ではない。普通の女性では面倒が見切れなかったかもしれん。
二歳になる前に走れるようになってのう。麓のコチュばあさん(若い頃はえらい別嬪じゃったんじゃぞ)に聞いたら発育が特別に早いそうなんじゃ。だからわしも、まさかあんなに速く走ると思っとらんかった。ちょっと手を放したスキに急に走り出し、そのまま崖から落ちたんじゃ。
真っ青になって降りたら、小さな小さなあの子は河原に倒れとった。左の側頭部から出血して、左肩も砕けとって‥‥。病院ではお医者から助かる確率は低いと言われた。あんなに自分を責めたことは無い。普通の子とは違うとわかっていたに、なんでもっと気をつけてやらなんだか‥‥。
だが悟空は生き延びた。一週間近く意識不明で高熱が続き、それでも生き延びた。信じられない生命力じゃった。
今でもあの時のことは忘れん。意識を取り戻して目を開いたあの子は、泣き喚いてわしにむかって手を伸ばした。てっきり腹がへったのだと思ってミルクを用意したら、違った。あの子はわしに抱いて欲しかったんじゃな。
それ以来じゃ。悟空から乱暴なところが消えたのは‥‥。
もちろん力が強いところは変わらん。だが、ちょっと待つように言うと大人しく待つようになった。むやみと物を壊してはならんこともわかってくれた。悟空はああ見えて実はとても賢い子じゃ。なんというか、物事の因果関係を短時間で把握できるのじゃな。あとはえらく人懐こくなったかの。夜も自分からわしの布団に潜り込んでくる。一人にしておけない訳ではないのじゃが、とにかく誰かの傍にいるのが嬉しい様子なのじゃ。
怪我がすっかり良くなってからは修行も始めた。始めて、驚いた。じつに良い筋をしておる! 型も一度やって見せるとすぐに覚えてしまう。特に感心したのは単調な動きでも飽かずに繰り返し取り組むところじゃ。以前町で、もう少し大きな子供達相手に教えたことがあるが、こんな子供は見たことがない。悟空は驚くべき熱心さで修行に打ち込んでいった。道を過つことがなければ、あの子はきっとわしを遥かに越える使い手になる。そう確信しておる。
修行の一番の目的は、あのとんでもない力を如何に加減させるかということじゃった。力のある者が、力の無い者に対して理不尽な暴力を振るうのは、決してしてはならぬことじゃ。わしはことある毎にそれを悟空に説いた。だが結果的に、最も効果的にそれを悟空に教えたのは動物たちだった。
悟空は動いているものにはなんでも興味を持った。動物と見ると近づきたがった。時には平気な顔で熊などに近づいて、わしをびっくりさせることもあった。不思議なことに動物たちのほうもあまり悟空を嫌がらない。お互いに同じように感じ会える何かがあるんじゃろう。
だが、哀しいかな。悟空の方にその気はなくても、あの力じゃ。小鳥などうっかりすると絞め殺してしまう。なんどか不憫な出来事を経て、力を加減しなければ相手を殺してしまうことをあの子は覚えていった。そうこうするうちに、傷ついたものを見れば、ごく自然に助けてやろうとする様子も見せるようになった。
あの頃のわしは、悟空の本質がどこにあるのかと悩み続けていたように思う。赤子の頃の破壊を好む様子が悟空の本質だとしたら、その凶暴さが生きているものに向いたらどうなるのか。だから狩りをする時も悟空の見ておらんところでやった。何かを殺すという行為は見せんようにしとった。それはわしの迷いと怯えの顕れじゃった。
赤子の頃の粗暴な性格‥‥。もしあのまま成長したとしたら、わしは悟空をきちんと教え導けたのか。だからと言ってあんな怪我をさせたことが良かったなど言えるはずもない。今の悟空は悟空本来の在り方ではない。だが今のあの子のあの愛らしさはどうじゃ。好奇心は旺盛だが実に素直で聞き分けも良くて‥‥。だがしかし‥‥‥。
当時のわしはずっと複雑な思いを抱えたままじゃった。
「じっちゃん!」
たたたっと軽い足音がして、悟空が森から走り出てきた。なにかのツル植物をほとんど靡かせるように頭上に捧げ持っておる。
「じっちゃん! ほら!」
「おお。クサアケビか!」
丸ごと引っこ抜いてきたらしい長いつるには黒く色づいた実がたくさんついておった。裂開はせんが甘くてとても美味しい実なのじゃ。
「これ、抜いてもいいヤツだろ?」
「そうじゃそうじゃ。クサアケビは一年草じゃ。また来年伸びてくる」
悟空はつるの固まりを地面に置いた。この子の力なら小さな灌木ぐらい引っこ抜ける。だがそうしたら来年はその実は食べられない。でも草なら大丈夫。教えた色々なことを悟空はちゃんと覚えておる。
「しかしこんなに沢山実ったまま、よく残ってたの!」
「シマシマ岩のまんなからへんにあった」
「ほお。あそこじゃ熊たちじゃ届かんかったろ。わしでも難しそうじゃ」
「オラ、のぼれる!」
「そうじゃな。悟空なら大丈夫じゃな」
悟空は得意げに鼻をこすると、実を二つもぎ取り、一つをわしに差し出す。皮は手で簡単に剥けて、かぶりつくと濃厚な甘味が口の中一杯に広がった。
「これはうまい!」
そう言ったわしを見て、悟空は心底嬉しそうに笑う。もう一つを丸ごと口に放り込むと頬を膨らませてもぐもぐとやっている。ごくんと飲み込み、またにいっと笑った。
「で、悟空、薪はどうしたんじゃ?」
「あっ シマシマ岩んとこ、おいてきちまった! とってくる!」
「気をつけてな」
まるで乗り物の駆動機の音でも聞こえてきそうな勢いで、悟空はまた森の中に駆け込んでいきおった。
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