●水浅葱(みずあさぎ)(1/2)
シュンッと空気を切る音がして、古くなじんだ二つの気が神殿に現れた。
小柄な戦友と共に神の住まいを訪れたその男は、7年前と変わらぬ笑顔で手をあげた。
「よぉ、ピッコロ」
「どうした、二人して」
浮遊して瞑想していたピッコロは神殿の石畳に下り立ち、腕組みをほどく。クリリンが面食らったように言った。
「あれ? ピッコロが呼んだんじゃなかったのかよ。ヒマなら付き合ってくれって、
悟空がいきなりさ」
つい一週間前に魔神ブウの脅威から地球を救った男は、鼻の頭を掻いてはにかんだように笑った。いつもの山吹色の道着でなく、藍鉄色の脚衣に水浅葱の肩衣という出で立ちだ。真っ白な帯が目に鮮やかだった。
「何かあったのか、悟空?」
静かに、ピッコロが訊ねた
「いや‥‥その‥‥。オラ、おめえたちに礼が言いたくてさ。ほんとにありがとな、この7年間」
悟空が二人に向かって、黒いくせっ毛の頭をぺこんと下げた。
「なんだぁ、悟空? 用ってそれか?」
クリリンが呆れた声をあげた。ピッコロも意外そうな顔で目を見開く。
「ヘンか? オラ、チチから、死んでた間のこと色々聞かされてさ。特に悟飯のこととか、
おめえたちにはホントに世話になっちまったみてぇだから‥‥」
「オレは別に、礼を言われるようなことはしてはおらん」
ピッコロが唇をへの字にゆがめて視線を外した。それがこの異星人の照れの仕草であることをクリリンは知っている。ニヤニヤ笑って追い打ちをかけた。
「オレはともかく、ピッコロには徹底的に礼を言った方がいいぞ、悟空」
「フン!!」
身体まで斜にしてそっぽを向いてしまった神の後見人と、瞳を丸くしてその背中を見つめ、ふわりと破顔した親友を見あげて、クリリンは7年前のことを思い出していた。
セルゲームで逝ってしまった悟空を生き返らせたいという思いは人一倍強かった。最初に自分が死んだ時、獅子奮迅の活躍で助けてくれたのはこの親友だった。そして二度目に死んだ時は‥‥この穏やかな男が怒りのあまり超サイヤ人になったという。悟空が自分をそこまで思っていてくれたのなら、たとえあのまま蘇れなくても悔いはなかったと本気で思った。
闘いの後、18号を抱いて神殿に戻りながら、何があっても悟空を生き返らせようとクリリンは決心していた。デンデに頼んで新しいナメック星の場所を教えてもらい、カプセルコーポの宇宙船を借りて・・・・・・。このままなら悟飯が父親の死を自分の咎と思い悩むだろう事は容易に想像がついたし、何よりこの自分が二度もこの世に戻ってきておきながら、悟空を死なせたままにしておくなど耐えられなかった。
だがその思いは行き場を失う。悟空は理不尽な理屈を言い立ててあの世に残ると言い張った。本人にその気がないのに、勝手に生き返らせるわけにもいかない。
いまさら何をと思ったが、そのときにはもう口が勝手に動いていた。
「なあ‥‥悟空。なぜ7年前、生き返らなかったんだ?」
「あんとき言ったろ。オラが生きてると悪いヤツを引き寄せる‥‥」
「それは口実だろ!? 他に何か理由があったんじゃないのか!?」
珍しく悟空が視線を逸らした。そしてクリリンは自らの詰問口調に驚いていた。自分は‥‥7年前のあの日、悟空に対して腹を立てていたのだと初めて気づいた。向きなおったピッコロが二人を見比べている。
何か考えるように神殿の石畳を見つめていた悟空が、視線を上げた。
「どうしても、ひっかかっちまったんだ‥‥。悟飯に対して、自分のやったことがさ‥‥」
「なんだよ、それ。そりゃオレだって最初はむちゃくちゃだと思ったさ。でも、結局全部
お前の言った通りになった。最後の最後で悟飯が見せた力、あれは感動的だったぜ!
誤算は悟飯があの力を引き出すのにちょっと苦労したってだけだろ?」
「表向きはそうなんだけどな‥‥」
「へ? どーゆーことだよ?」
悟空の言葉にクリリンはますます怪訝な面もちになった。
「セルを倒せるのは悟飯だけだった。だから悟飯に、どうしてもあの力を発揮してもらわなきゃ
なんなかった。それは事実だ。だけどな。オラ、あんとき、別のコトも考えてたんだ」
「別の事?」
「悟飯のフルパワーを見てえって心のどっかで思ってた。セルを倒すことより、アイツの
極限の力を見てみてえってな。だから必要以上に悟飯を追いつめちまって‥‥。
ピッコロに怒鳴られて、オラ、初めてそんことに気付いたんだ‥‥」
悟空の笑みは口元にだけ貼り付いているように見えた。この男がこんな笑みを浮かべるなど、いったい誰が想像しただろう。クリリンがどう言ってやればいいのかと考え込んだ時、身も蓋もない一言が頭上から降ってきた。
「フン、くだらん」
いつも通り突き放したような物言いだが、ピッコロの眼差しには心なしか優しい光が宿っている。
「もしお前がそう思っていたのなら、それはただ、悟飯を一人の男と認めていただけだろう。
うだうだと悩むようなことか。貴様らしくもない」
ピッコロの言葉に悟空は淡く微笑んだが、まるで息苦しいかのように胸元をまさぐった。
「そうなのかもな。でも‥‥。このへんが苦ぇみたいな酸っぺぇみたいな‥‥ヤな感じだった」
後悔。
確かにそれは、この孫悟空という男には似つかわしくない味だったかもしれない。共に武天老師の元で修行を初めた頃から、たとえ失敗しても、後悔するより先に前へ進むことを考えている、そんな子供だった。先輩や師匠の顔色と評価を気にして修行の日を過ごしたクリリンにとっては、当初、その奔放さは苛つきのタネにすらなったのだが‥‥‥‥。
悟空と暮らしたあの数ヶ月が自分をどれだけ変えたのか、歳を取った今だからこそよくわかる。そしてあの出会いに、自分がどれだけ感謝しているのかも‥‥。
「でもな。今の悟飯見てっとさ、オラ、やっぱしばらく死んでて良かったかなとも思った」
「なんでだよ」
「悟飯がセルやボージャックをぶっ飛ばした時のあん力さ。あれとマジでやってみてえって
オラ、どうしても思っちまっただろうからさ」
悟空の瞳は既にわくわくした輝きすら帯びていて、クリリンは思わず嘆息した。
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