★忘れる記憶 (1/3)
神は永遠の存在なのだ。
『永遠』が『時間の形象』に恋をする。
それはいにしえからの、越えてはいけない領域。
過去の倫理が破られる。
犯してはならない事をしてしまう。
じゃあ、僕がしたことはその倫理を犯した事になるのだろうか・・・・・・・・・。
答えは出ない。
「・・・なにそれ?」
「下界の人達が考えた神の説明です・・・。皆さん、色々な神を考えているんですね。」
つり上がった目を幾分興味深げに、メディはデンデが神殿の書庫から引っ張り出してきた本に目をうつした。金と銀と宝石で固まった繊細な細工が本の表紙に張り付けられており、手垢でかなり汚くなっている。せっかくの銀細工が黒っぽくなっており酸化している。
この神殿に来るまでに、たくさんの人間が手に取ったのだろう。少年はいにしえから伝わる感覚が肌と目で理解して、ちょっとどきまぎしながら触れてみる。
「きったねえけど、なんかありがたいカンジする。」
「古語で書かれていましたから、最初はちょっと読むのが大変でしたけど・・・。」
「へーん・・・神様でも、大変な事ってあるんだ?」
減らず口も上手になってきたメディに、デンデはニコリと微笑んだ。
神としてのスタイルが板につきはじめて、次に興味を持ち始めたのは下界の人間が作り出した神々の事だった。下界の者達は、(普通は)自分の存在を知らない。知らないかわりに自分達で神を作り、崇めてきた。
自分の身を投げ出して磔になった神、神と神が恋をしたり、いたずらをしたりするヤケに人間くさい神々、時に人に残酷な制裁を加える神や、生け贄を求める神。
彼が特に興味を持った神は、人間の女性に恋をした神だった。
「過去の倫理が破られる・・・というのは、この神の事です。他の神は、人とふれ合う事がキライみたいです・・・。神がひとに恋をするなんてとんでもないって。」
「どうしてなの?どうして誰かを好きになるのがいけない事なの?」
「だれかひとりに特別になってはいけないのです。『カミサマ』は。」
「そんなのイヤだなあ・・・。」
納得のいかない顔をしているのはサヤ。
彼女は遠い遠い先祖と同じく、誰とでも仲良くできるような子。意識せずともいつのまにか自分の中に取り込んで、浄化できるような子。恋すら知らない彼女でも、誰かを好きになるという事はいいことだとわかっている。そんな彼女にとっては解せない話題であっただろう。
神は本の表紙にある外れそうになった宝石を手に取った。ふわりとした桃色の霞がかかった色をした石をかざすと、その色が床に影を落とす。
地球へやってきてから幾年過ぎたが、彼にも未だにわからない感情があった。
人はそれに狂い、苦しみ、たったひとりのひとのために他の人間に驚くほど冷酷になり、その感情に溺れた者が時に恐ろしいことをしたり。
それでも、大きくて優しい感情で、美しい感情だということも神は知っていた。
「・・・恋、が誰かひとりを特別に思う事なのだとしたら・・・。」
彼はにぎったままになっている石をあらためて見つめた。
石の名前はローズクォーツ。愛と美の女神をあらわす石。
『女神』が持つ石を、『神』が持っている今の状況に、彼はちょっとだけくすくす笑うと、またメディとサヤを見た。
「わたしは、一度だけ・・・恋をしました。」
「なになになに?エヘヘヘヘ、ホントかよ〜。スミにおけねえなあ〜。」
「誰なの、だれだれっ?聞かせてっ!」
「フフ・・・この『恋をする神』の話を聞いてから・・・ずっと気になっていたんです。」
わたしの抱いた感情は恋だったのか、
それとも違うものなのか。
「判断のお手伝いをしていただけませんか? 」
「もちろんだぜっ。いいよ、いつでも!」
「あたしも!」
若い、まだ青年に見える神は一旦、瞳を閉じてまたゆっくり開いて、唇から遙か昔の『おはなし』を静かに語り始めた。
糸を紡ぐように、ゆっくりと・・・。
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