★黒月桜 (1/3)
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膝の上にいるお姫さまは暴れるのをやめようとしない。
普段大人よりも落ち着き払っていて、こちらの安い考えを見透かしたような目をする少女なので、こうしてじたばたして腕の中で暴れているという図は、なかなか面白いものがあった。
彼女が子供らしい行動を取るのを見てほっとするのは、大人になった奴の勝手な考えなのだろうが。

ブラックインパルスから押しつけられて、彼が子守りをしている『夢織姫』アラクネー。
子供らしいぐにゃりとした体に柔らかい黒髪、黒い瞳で物事を見据える少女は立っていればただの子供と変わらない。しかし彼女は子供の範疇でくくれない位、それ以上の能力を買われてBIに引き抜かれてきた。
彼女は今、子供ながら彼に近づいてもいい数少ない人間の1人。
「それもたったの10・・・いや11か?」
「やかましい、早く離せ。」
「やなこった。離したらどやされるのはオレの方なんでねえ。」

彼女はスカートから伸びた足で彼の足を蹴り飛ばすのをやめた。それと同時に首に何かが巻き付いたのがわかった。
糸だ。
織姫の指先から放たれる細い糸・・・と言っても硬質な刃と変わらない。彼女の護身具にして最強のエモノだ。
「離せ。」
「・・・・・・。」
意外だ。
司令官殿はオレの体の事を彼女に一言も話していないらしい。
いや、当たり前か。
彼は聞かれもしないことを話す事はない。
彼女が自分に興味を持っているとは、良くも悪くも考えられないからな。
「この糸を使うというのは間違っちゃいねえが、オレの体の造りを知らねえようだな。」
「は?」
糸のしめつけがだんだんきつくなってきているようだ。
『ようだ』というのは・・・わかるよな?彼女の糸は確かに『ひと』の首は簡単に切れるだろう。

だがオレは生憎違う。

「織姫よ、オレの体はロボット体なんだ。悪イがそんなモンじゃ切れねえぜ。」
「なんだと?」

相変わらず糸の力が緩むことはないが、とりあえず興味を引くことには成功したらしい。
彼女の顔がようやくこちらに向いた。
「鎧ではないのか?」
「こりゃ、お前で言う『皮膚』と同じだ。取り替えたんだ。」
「と、り替えた・・・・・・!?」
どういうことだ、という彼女に彼はニヤリと笑った。
「字の通りだ。取り替えたんだよ・・・。吹っ飛ばされたから、使い物にならなくなったから、もっと使い勝手が良いものがあるだろーから・・・。」
まるでどうでも良い事と言わんばかりに口から適当につぶやく彼を、アラクネーは嘲笑と少しばかりの悪寒を覚えてため息をついた。
「あきれた男だ。」

めずらしく素直な感想をつぶやいた彼女に、彼は嬉しそうに微笑むマネをした。
「マネ」をした、というのも彼の顔は表情というものを忘れているから。

一番最後に失った物は心臓。
その前が左目。
その前が内蔵組織。

最近になればなるほど、自ら望んで改造を繰り返した。



そして最初に彼が望まずに失ったものは右腕。
「・・・・・・右腕、ねえ。」

本当に、命に執着を持つようになったのはあの時から。
死ぬ覚悟よりも生きる覚悟を持つようになったのは、あの時から。

なにがなんとしてでも、あのひとの側まではい上がってやると思ったのも、あの時から。


これは、ちょっと昔の話。





兵士となったのは声変わりもしてないガキの頃。

いつも仲間達と剣を使ってやりあっていた。戦いがなくても毎日振っておかないとすぐに忘れてしまう。
体にしみこむまでの経験が圧倒的に足りない彼らにとっては、この毎日の『やりあい』も大切なことだった。
「けど、正式なとこで修行させてもらいてえよなあ・・・。」
「スプラ、それは経験も年も足りないって。」
一気に下品で親しみ深い笑い声につつまれる。
普通、兵隊としてかり出される者達は城内にある修行場で鍛錬することができたが、彼らはスパイダルの城下でしか修行させてもらえなかった。
理由は3つ。
ひとつは彼らが平民出身だから、もうひとつはそれを上回るような働きをしていないから、更に決定的な理由が年齢制限にもろに引っかかっているから。
「けど、こないだ城の中にすっげーちっちゃいガキが入ってくのを見たぜ。貴族でもあんなガキが自由に出入りできるのかよ。」
「んん〜・・・そいつは、相当高位の貴族なんだろ?腕もきっとそれ相応のモノがあるんだろーぜ。」
「ちぇ。」
「それよりもよお、そろそろあのひとが来るころだろ?」
誰かが言ったと同時に彼らは城へと駆けていった。平民出身の彼らがどこまで近づけるかはたかが知れているが、それでも近くまで行って見てみたいのだ。
人だかりが見える。
時間にルーズな奴らばかりが住むこの場所で、時間通りに人が自然と集まるのは奇跡と言っても良いくらいだった。

「間に合った〜!なあなあ、スプラ。一番前に来いよ。よーく見ておけよ。」
仲間達は訳もわかってない自分を前の方に押し出した。いつもなら何が何でも「オレが先!」という奴らが、自分を前に押し出す時は余りいいことが起こったためしはない。
「な、なんだよ・・・どうしたんだよ、そんなにひどい顔した奴が来るのか?」
「違う、新入りのお前はまだ見たことないだろ・・・間近でさ。」
「だから、一体なん」
自分の声は歓声にかき消されてしまった。

歓声の中心にいるのは黒い影。
全身を黒い服とマントで包み、顔を黒仮面で覆っているその男を見たのはそれが最初だった。
表情のわからない彼は少しだけ立ち止まり、片手を軽く上げて歓声に答えてみせる。
隣の少年兵士は彼に向かって両手をぶんぶん振り回し、嬉々としてスプラに説明を始めた。

「あのひとがブラックインパルス様だ。オレ達と同じ平民出身の司令官なんだぜ。かっけーだろ?あのひとの姿をみてなくちゃ、お前も兵士として働くにはモグリだと思ってさあ。」
「あのひとが・・・・・・。」
噂だけはいつも耳に飛び込んでくる。まるで伝説なことから彼が好む食べ物まで色々とあるが、その噂の大半は彼に好意と羨望をもっている事柄だった。

「もっと近くで・・・あの人の剣の振り方とか、動きとか見てみたいけど・・・オレ達の地位と身分じゃ、この辺りが妥当だよな。」
「そうそう。けどよお、オレ絶対あの人の側で働けるようになってやるぜ!」
威勢の良い兵士の卵の発言に大人達は歓声を持ってはやし立てた。
皆が彼の事で笑いあっている中でスプラは彼が消えていった城をずっと眺めていた。

赤黒い空に映える黒いシルエット。端がぼろぼろになったマントは、赤空の光を透過して空と同じような色になっていた。黒く光る鎧も赤を反射してキズが目立っていた。
背丈が高く、表情を消した謎めいた姿は憧れて心酔するには丁度良かった。
『司令官にして、自分達と同じ戦場で剣を振るっている。』その噂を聞いた時はガセだと思っていたが、どうやら真実のようだ。

自分達と同じ地平で戦場を見つめている彼を、自分は遠くから眺める事しかできない。

それが余計に憧れを募らせたのだと思う。

その頃の自分の姿は灰色に青が溶けこんだ色の短い髪に、ガキということも手伝ってか大きな目玉、細い体。病気してるみたいに白い肌身に纏っていたのは、鎧とも呼べないボロい鎧。
『オレ絶対あの人の側で働けるようになってやるぜ!』と言った仲間の一言は、ただの少年兵だったオレ達にとって夢の代弁だった。

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