★黒月桜2―フレグランス (1/4)
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『隻腕の騎士』と名付けたのはどこの誰か知らないが、いつからかそう呼ばれている事に気がついた。
左腕で剣を振るい、ヘタに両手のあるヤツよりも良い働きをしていると評判はよかったのだが、オレは理由あってどうも右腕に未だに未練があった。

「おやっさん・・・一体どこ連れてく気なんだよっ?」
「隻腕の騎士ってのもゴロはいいが、いつまでもそんなんじゃ不便だろ?」
「そ、りゃあ・・・。」
オレは歩きながらなくなった右腕を見た。
腕を吹っ飛ばされてやけくそ(これを若い時は「一所懸命」と言うんだよな)で戦ったあの日、オレは生きて帰って来ることが出来て命も取り留めることが出来た。
隻腕で戦うガキがいると噂を立てられるようになった頃、おやっさんはオレのない腕をひっぱって、町はずれに向かっていたのだった。



隻腕の少年騎士の名はスプラ。他の少年達と同じように上にのし上がって、司令官ブラックインパルスの側で働きたいという願いを持ち、他の少年達よりもその願いに一歩だけ近づいている。
先の戦いで利き腕をなくしてからのスプラは、それ以上に強くなっていると評判だった。
腕や足がなくなった兵士というのは、大体は惨めに落ちぶれる前に自分からやめていく。
スプラが幸運にもそんな風にならなかったのは、彼が未だに体力も能力も発展途上の子供であること、そして彼自身戦いの中に身を置くのをためらわない事、そして大きな願いがあるが故にキズで自分を見失わなかったからだ。

自分を何かとかまってくれるおやっさんも背中を撃たれたが、彼は日頃の行いがよほどよかったらしい。急所を外れ、弾を喰らって動けなくなっている彼を安全な場所まで運んでくれた仲間達がいた。
『生きていれば、必ずどこかで会える・・・。』
右腕を失って誓った事が、皮肉にも右腕を失った戦いのさなかに証明されたのだった。


スプラは『両腕』を上げて思い切り伸びをした。『両方の指』を組んで、ぐっと上に伸びる。
「あ。」
「また右手の感覚か?」
「そうみたいだ・・・。」

そう。これが自分の『右腕に未練がある理由』。
すっかりなくなった右腕は不思議な事に「感覚」だけはまだあったりした。オレの右腕は数々のキズを作ったせいで時々痛んだのだが、その感覚が襲ってくる時があった。
先ほどと同じように、左腕で剣を振るう練習をしているときに「左手の上に右手が重なっている」ような感覚を覚える時まであり、さすがに気味悪かったのを覚えている。

いわゆる「幻肢」というものなのだが、そんな知識はその時のオレにはまだなかった。
そしてその幻肢の感覚故に、未だに縁のなくなった右腕を恋しい時があったのだ。

「だからよ、今連れて行ってやるって。その腕を作ってくれた奴のとこにな。」
「は・・・・・・?」
おやっさんは年の割に多い白髪交じりの髪をかき上げ、ニヤリと笑った。
「いい女だぜ。」
「女?」
「そう。ガリュってんだ。若いのに立派な工学博士だぜ。」


工学博士もとい、「工学」と名の付くものにスプラは今まで縁がなかった。
銃を扱う奴らは彼らと面識があり、色々とメンテナンスをしてくれたりとつながりはあるのだろう。
「けど、貴族の直属ならともかくとして・・・なんでオレ達みたいな兵団に、そんな立派な工学博士が?しかも女が?」
「オレ達下級兵士のとこにそんなヤツなんか来るわけねえだろ、と言いたいのかな?スプラは?」
「まあ、そんなとこ。」
「司令官殿のおかげよ。オレらみてえなとこにも、武器やらなにやらを徹底的にメンテしてくれる奴らが必要だろうって。」
「司令官が?!」
「そうだよ、お前さん憧れの司令官殿だよ。毎日いっぱいいっぱい感謝しろ。」
「ああ、する!・・・けど。」

オレはため息をついていた。どうも女というのはこのときのオレにとっては、理解不能の生き物だったのだ。親兄弟もいない自分にとって、家族と呼べるのはこのおやっさんと仲間達だけ。奴らの考えている事なら手に取るようにわかるが、女の考えている事はどうにもよくわからなかった。
笑っていたと思ったら急に泣いたり、怒っていると思ったら急に機嫌が良くなったり、着飾って楽しんだり髪の色を気にしたりと全くもって理解不能だった。
自分が女にそれほど興味もなくそれ以前に理解していないというのは、仲間達はもとよりおやっさんもわかっている。

「スプラはまだガキだから、興味がないんだよ。そのうちイヤでも一日中好きな女の事ばかり考えてる時期が来るぜ。」
「・・・・・・。なあ、おやっさんは?」
「あん?」
タバコを一本、胸から取り出しておやっさんはオレに火を付けさせた。ああ、これは別におやっさんがオレに命令してやらせた訳じゃない。仲間同士の信頼ってとこだ。
オレはタバコをくゆらせるおやっさんに質問した。
今まで質問してた事は生活の事と剣の事、戦いで勝ち残る為の事。
そういえばこんなプライベートな事を聞いたことはなかった。
「おやっさんは、いるの・・・いや、いたの?そんな、一日中考えられるくらい好きだった女?」
「そうだなあ・・・・・・。」
おやっさんは大きく伸びをして、タバコの煙をがばあっと吐いた。

「そりゃあいたさ。いい女で最高だったんだがねえ。女は恐ろしい生き物さ。スプラ、覚えときな。」
「恐ろしい、だあ?」
おやっさんはニヤニヤしてそのガリュって女のとこに着くまで口を開かなかった。
力もない、悲鳴をあげるだけ、守ってやらなきゃいけない、とにかく男達より弱い、というのはオレでもわかっていた。そんな女達が怖いだって?


恋することさえ知らなかったオレがそんなことわかるハズもなく、
わかるのはそのあとすぐだったりする。

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