★第16話 (2/5)
(1)
<2>
(3)
(4)
(5)
その晩、オズベースの一室に大きな笑い声が響き渡った。
「・・・・・・そんなに笑わなくったっていいだろ、黒羽!」
「いや・・・・・・悪い悪い。しかしこんなに笑ったのは久しぶりだ」
むすっとした赤星の抗議に、黒場は笑い顔を隠すために帽子のつばをくいと引き下げた。しかし隠し切れない口元はいまだに笑っている。
「瑠衣ちゃん、見かけによらずなかなかやるもんだ。悪女の才能があるぜ」
「えへへ。時々演劇部に助っ人頼まれるの。ちょっとしたイタズラのつもりだったんだけど・・・・・・ごめんね、赤星さん、輝さん」
「オレはリーダーより早く気付いたもん!」
輝がむきになって抗議する。赤星も無邪気に謝られては返す言葉を持たない。こんな話、黄龍に聞かれたら黒羽以上に爆笑されるな、と苦笑いして、彼は説明をはじめた。
黄龍は現在佐原探偵事務所に出向いている。黒羽も黄龍も、手が空いた時は出来る限り探偵業に戻るようにしている。佐原所長の意向もあったが、何より彼らにとってそこはもうひとつの『帰る場所』でもあった。一般から参加している彼らがそうしたいと言うのだから、赤星には何も言うことは無かった。「あんまり無理するなよ」と声を掛けるのがせいぜいである。
「俺と黒羽で話し合って決めたんだけどな、俺達、有事の時は5人一気に出て行かなくちゃならないだろ?だから『森の小路』が開店中の時間って、すっごく困る。まさかその時だけ店閉めて行くわけにいかないだろ?特にお客さんがいる時にはさ」
戦闘中は彼らだけでなく科学者達も手一杯だった。何しろ戦闘データを取るだけでも膨大な量になる。現在このベースに詰めている科学者の数では手が足りないくらいだった。
『外国から科学者を補充って出来ないの?』
以前輝が質問してきた一言である。本部側も、これは勿論考えないではなかった。しかし、現場で交わされる情報はたとえ口頭であれ非常に複雑なものになる。一瞬でも無駄に出来ない戦闘中のデータ採取時に、まさか通訳を挟むわけにもいかない。チームを組んで作業している科学者達にとって、何より大切なのはチームワークと意思の疎通だった。日本語の文章形態が英語と大きく異なっていることが、彼らにとって不運だった。現在のOZに日本人以外で日本語を完璧に扱える科学者は存在していないのである。
「細かいところは省くけど、戦闘中はここに余分な人手ってのは皆無なんだ。それでどうしても、俺達が居ない間店を見ててくれる人間が一人でいい、欲しいんだよ」
「ふーん」
「その人にはOZの事は内緒なんでしょ?」
「勿論。口滑らせないように気をつけてくれよ、瑠衣」
「はい!赤星さん」
「張り紙をしてあるのは今は店の入り口一箇所だけだ。だが、誰も来ないようだったらもう少し他の方法も考えなきゃならん」
「ああ、わかってる」
赤星は黒羽に頷いた。
子供にとって、夢は恐怖の対象だった。子供の夢は過去であり未来だった。違えられることはない。子供の夢は過去そのものであり、また未来をも決定した。故に、子供にとって夢とは恐怖であり、忌むべきものだった。
子供にとってどうであれ、子供の夢には力があった。そしてその力は、上層部に求められたところで何の不思議もないものだった。
軍属となったのは十の時だ。しかし十の子供が軍隊にすぐに馴染める筈もない。力を持て余し、ある日子供は自分を引き抜いた男の元へ参じた。
しかし男は子供にこう言った。
「お前の力はお前のもの。お前の手足と違い無い。己が手足を恐れる人間が何処にいる?」
その日から、子供にとって夢とは、忌むべきものでなくなった。
赤星は相変わらず客の入らないカウンターに立ち、暇に飽かせてグラスを磨きながらぼーっと考え事をしていた。
「来るかなあ……。バイト」
『雇うなら絶対女の子!!』という黄龍の主張はさておいて、できるならこの一週間以内(怪人の出現する割合がおよそ週一なのだ)に、表の張り紙だけで済ませてしまいたいところだった。チラシ配り以外の広告方法ではまとまったお金がかかってしまう。かといってのんびり待つには時間がない。時給も決して高い金額を提示しているわけではないので、はっきり言って近いうち、決断が必要になりそうな気配ではあった。
カモフラージュの喫茶店のマスターとはいえ意外に楽ではないことを痛感する。一応の採算度外視とは言え帳簿は合わない(誰かが領収書を忘れているのだろう)。食材は捌けない(微妙に残って勿体ない)。店員のスケジュールはばらばらだし(人数だけはいるのに)、思った通りに菓子が焼けない時もある(赤星だってたまには焼く)。クリスマス等の忙しい時期に本来の仕事が重なることも珍しくない。勿論この仕事が嫌いなわけではない。ただ、ひしひしと『なかなか上手くいかないもんだなあ』というこの世の理を感じるのである。
赤星は目を閉じ、ちょっとだけ空を仰いだ。
(せめて今回の件はスムーズに行きますように)
かくして神は彼の願いを聞き届けるのである。ただし、更なる運命を彼等の元に引き連れて。
からんからん、とベルが鳴った。澄んだ音色を背にして、その女性は『森の小路』に入ってきた。コートを脱ぎながら店内を見回している。客の少ない時間帯の客に、赤星は食器を拭く手を止めて声を掛けた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「はい」
女性がこちらを向いた。つい先程まで暇で暇でたまらない、という顔をしていた黄龍が目を真ん丸く見開いている。
切れ長だが大きな瞳は神秘的な色をしている。痩躯は決して低くない。有望より少し低いくらいか、と赤星は見当をつけた。信じられないほど黒い髪に合わせるように、服も上下暗めの色で統一している。なのに不思議に重い感じがしなかった。殆ど白に近い、色素の薄い肌のせいだろうか。
「申し訳ありませんが、わたしは客ではありません」
どこか無表情な瞳がこちらを向いた。
「表の張り紙を拝見しました。雇っていただけますか」
「ああ・・・・・・!アルバイト希望の方ですか」
これには赤星も驚いた。張り紙を出してから一週間ジャスト。今日が駄目ならチラシを刷ろう、と覚悟していたところである。しかも来たのは有望にも負けないくらいの美人。この店には美女ばかり集まる法則でもあるのだろうか?瑠衣とて充分に標準以上の容姿を持っている。(これじゃ俺みたいな店長は釣り合わねーな)と苦笑する。
「何か?」
「いや。申し遅れました。俺、店長の赤星といいます。失礼ですがおいくつですか?それから職業と、出られる曜日を」
彼女の死角からしきりに『GO』サインを出している黄龍を無視して礼儀正しく応じる。
「22歳、大学生です。出られる曜日は・・・・・・」
さらさらと回答する。面接でこれだけ滞り無く会話できる人間も珍しい。赤星は内心感嘆した。彼女、どうやら相当肝が据わっているらしい。
「じゃ、取り敢えず奥へ……お名前は?」
その台詞に、黄龍が呆れ顔で口を出す。
「赤星さん……その質問、フツー一番最初じゃん?」
「あ。そうか」
「不現理絵です」
「フゲン?」
珍しい名字に瞬きした赤星に、女性は目を細めて言った。
「うつつにあらず・・・・・・不現。私の名前です」
(1)
<2>
(3)
(4)
(5)
(一覧表へ)
(龍球TOP)
(TOP)