★第16話 (4/5)
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かたん、と静かに、椅子の足が僅かにずれる音がした。
「……理絵さん?」
瑠衣が呆けた様子で呟く。椅子ごと洵の方に向き直った理絵はその黒紫の瞳をゆっくりと赤星に向けた。
「何故」
「…………は?」
何故、とは一体どういうことだろう。誰もがそう思ったが、理絵はさも当然のように質問をぶつけてきた。
「何故止める必要があります、店長?良いではありませんか。怪談。実に興味深い」
「……もしかして、理絵さん」
ふと思いつき、輝はちょっと控えめに尋ねた。
「怪談話……好き?」
理絵はちょっと首を傾げたが、すぐに答えた。
「好き、と言えるかどうかはわかりませんが、大変興味を持っています。お話を聞けるならば是非お聞きしたい。皆さんはそうではないのですか?」
さも当然のごとき口調である。
「え……えーっと……」
輝は一瞬「聞かなきゃ良かったかも」と後悔した。彼女はそれに気付いているのかいないのか、更に続けた。
「たたり。霊魂。ポルターガイスト、UFO、宇宙人……様々な超常現象。それらを科学的に証明することが不可能ならば、実在するかどうかをただひたすらに追い続けることもまた世界の発展に寄与することではありませんか?わたしは真実を追い求めています」
なにやら話が壮大になっている。
「という訳で店長。ドクターのお話を駄目と仰るならばこのわたしが別のお話をして差し上げましょう。墓地を飛び回る生首の話。生者に取り憑いて生き血をすする死霊の話。手にした者は全て非業の死を遂げる首飾り。どれが宜しいでしょう?」
「宜しくねえっ!!!」
洵にひっついた赤星がかなり泣きそうな声で即座に反論する。理絵はむう、と唸った。
「ならば降霊会のお話でも」
「いや、そーいう問題じゃねーっつーか」
「ちなみにわたしも今度挑戦しようと思っています」
黄龍のツッコミを無視して理絵。
「……!?あ、あのね、理絵さん」
流石に赤星がかわいそうだと思ったのか、有望が慌ててその言葉を遮るように間に割り込む。ここまで来てようやく、その場の全員がこの新人店員のちょっと普通ではないエキセントリックさを悟った。
「どうかしましたか?星加さん」
何を考えているのか解らない瞳で見つめられて、有望は思わず言葉に詰まった。
その時、全員の耳にギターの音が聞こえてきた。笑いを存分に含んだ低い声が響く。
「お嬢さん、そろそろ勘弁してやってください。その男はちょいと単純なんでね、例え突拍子もない作り話でも真に受けちまう」
「誰が単純だよっ!!」
洵にしがみついていた赤星が開いていたドアに向かって怒鳴る。黒いスーツ姿がそこに立っていた。帽子を目深にかぶって、白いギターを弾いている。彼はヒュ〜ウ、と口笛を鳴らした。ギターを弾く手を止めて、人差し指と中指で帽子の鍔を少し上げる。素顔を顕した黒羽は少し笑って理絵を見やった。
がたん!!
椅子が派手に倒れる音がした。全員が驚き、音の源……理絵を見る。
理絵は立ち上がっていた。机に両手をついて身を乗り出し、食い入るように黒羽を見ている。切れ長の瞳は、今は真円に近い。その顔はそれまでの彼女とあまりに表情が違いすぎて、一瞬彼女が驚いていることが解らなかったほどだ。
彼女の表情に流石の黒羽も少しばかり面食らった様子で言う。
「どうしたんです、お嬢さん……オレの顔が何か?」
「……!いえ」
理絵はふと我に返ったように2,3度瞬きしてから、すっと元の表情に戻った。薄く笑ったが、微妙にぎこちない。
「すみません。ちょっと……わたしの知っている人に似ていたものですから」
「それはそれは……」
黒羽はそれ以上突っ込んで尋ねなかった。失礼だと判断したのだろう。代わりに帽子を取ると胸の前に持ってきた。初めて会った人間に対しては黒羽は程度の差はあれ必ずなにがしかの敬意を表す。
「黒羽さん!」
輝が嬉しそうに駆け寄る。黒羽は彼の頭をくしゃくしゃと撫でてやると微笑みかけた。
「坊や、いい子にしてたか?」
「いつ戻ってきたの?」
「ついさっきさ。向こうの件が片づいたもんでな。そちらのお嬢さんをオレに紹介してくれないかな?」
「あ、はいっ!」
ぱっと背筋を正して、輝は二人の間に立つ。
「理絵さん、こちら黒羽さん!黒羽さん、今度新しくバイトに入った不現理絵さん!」
「さすらいの私立探偵、黒羽健です。よろしく、理絵さん」
「……」
理絵はしばらく黒羽を見つめていたが、不意に何かを思いついたように言った。
「……つかぬ事を伺いますが」
尋ねる。
「黒羽さんは本当に地球人ですか?」
一瞬、場が凍り付いた。
「…………これはまた、面白い質問ですね」
黒羽は帽子をかぶりなおした。しかし赤星の目は黒羽の表情を見逃さなかった。黒羽の苦笑いなど、赤星でも数えるほどしか見たことがない貴重な代物だ。
黒羽はちっちっち、と指を振った。
「生憎ですがお嬢さん。オレは火を吐くことも角から電撃を出すことも、分裂も巨大化もスペシウム光線も出来ませんよ」
「どーいう宇宙人だよ、それは……」
その通りだ。理絵は思った。大体、年齢が違いすぎる。
「……いえ。お気になさらず」
一瞬後には、彼女はすっかり落ち着きを取り戻していた。半眼に戻り、右手をすっと挙げる。
「冗談ですから」
その言葉を聞いた瑠衣が胸を撫で下ろす仕草をして、ちょっと引きつった笑いを浮かべた。
「理絵さんの冗談って冗談に聞こえないー……」
「でも今のちょっと本気っぽくなかった〜?宇宙人に興味有るとか言ってたしさ〜。あ、だけどそれもじょーだん?」
赤星さんってからかいやすいよなー、と無責任にげらげら笑う黄龍に、理絵は心外という表情をして見せた。
「いえ」
彼女は不思議そうな顔をした。注意して見ていないとわからないくらい微妙な表情ではあったのだが。
「それは冗談ではありませんが。そう言えば先程の質問の返答がまだでした、店長。墓地を飛び回る生首の話、生者に取り憑いて生き血をすする死霊の話、手にした者は全て非業の死を遂げる首飾りの話……どれが宜しいですか?」
こっそり逃げ出そうとした赤星のエプロンの端をしっかと掴み、彼女は厳かに告げた。
「どの話も一押しです」
その後赤星が、彼女を雇ったことをちょっとだけ後悔したのは言うまでもない。
「博士!」
有望の声に葉隠が振り向いた。オズベースの通路に有望の足音が響いて、それは葉隠のいる場所まで辿り着く。
「有望君」
「博士。やはり表に出ていらっしゃるのは避けた方が宜しいのでは……?」
有望は少し不安そうな表情をした。
「博士は今やOZの世界的権威……お顔も広く知られておいでです。世間とマスメディアに対してもう少し警戒されるべきでは」
葉隠は笑った。
「ではどうしろというのかね。老い先短い身とはいえ、まさか一生外出せん訳にもいくまいて。四六時中サングラスとマスクと帽子、そうでなければ覆面でもして歩くかね?」
3歩歩けば警察に取り調べを受けるのう、と笑う。
「おふざけにならないでください、博士!」
「はは、悪かった、有望君。しかしこの性癖は昔からで、治りそうにもないしの」
『この性癖』とは、研究に煮詰まった際、葉隠のとる行動のことである。突然『森の小路』の厨房まで上がり、ひたすら菓子を作るのだ。
趣味に打ち込み一時研究を忘れる。そうすることでかえって研究の新しいアイディアが浮かぶ場合がある。葉隠はまさにそのタイプなのだ。
「まあ、あの帽子と眼鏡はその為じゃ。わざと印象の強いものを選んで着けておる。竜達にも偽名の上に徒名で呼んでもらっとる。そうそうばれんよ。顔を出すのは厨房だけだしの」
有望はひとつため息を付いた。
「……仕方有りません。でもこれからは理絵さんという一般人が居るんです。くれぐれもお気をつけくださいね」
「わかっとるよ。ありがとう、有望君」
葉隠が和むような笑顔を見せる。有望はただし、と付け加えた。
「あまり厨房に立たれるようでしたら、私がお化粧をして差し上げましょう!」
「化粧……かね!?」
葉隠が面食らった顔をする。有望は満面の笑みを浮かべた。
「あら……お化粧で化けるのは女性だけじゃないんですよ。ご存じでした?」
先日の輝君を写真に撮っておけば良かったわ、とにっこり笑う。
「う……儂、ちょっと急用が」
そそくさと退散しようとする葉隠。後を追おうとした有望が足を踏み出しかけた時、ベース中に警報が鳴り響いた。
二人がスピーカーをふり仰ぐと、サルファの声が事態を告げた。
「えまーじぇんしー、えまーじぇんしー!すぱいだる出現!!繰リ返ス、すぱいだる出現!……」
「博士!」
有望の表情がにわかに真剣みを帯びて葉隠を見た。そしてそれは葉隠も同じだった。視線を交わして頷き合う。
「行こう、有望君」
「はい!」
靴音が高く響いて尾を引いていった。
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