★第17話 (5/7)
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 朝靄。
 鈍い朝焼けを映す硝子。『森の小路』の正面に一台のバイクが止まっていた。その周囲には何人かの人影も見える。
「いまいち心配だな……事故るなよ、瑛ちゃん」
「やだね〜黒羽、俺様がそんなドジ踏むと思うわけ?きっかり15分前に到着してやるって」
「サイッテー!何でよりによって送り迎え、瑠衣ちゃんの指名がエイナなんだよっ!?」
 『信じらんねーっ、詐欺だ、フリーメーソンの陰謀だっ!!』と繰り返す輝に向かって、黄龍はふふんと鼻で笑ってみせる。いわゆる『勝利の笑み』というやつだ。
「言いたいことあんなら瑠衣ちゃんに言ったら〜?」
「オレはエイナのそのすぐ調子に乗る性格が心配なのっ!!」
「全くだぜ、坊や」
「あ、黒羽、なにげに同意してるワケ!?」

「お前ら、大声で騒ぐんじゃない!早朝だぞ!ご近所さんに迷惑だろ!?」
 幾分抑えられた声が彼らを呼んだ。振り返ると赤星が立っている。彼の後ろからは瑠衣が身支度を整えて出てきた。いつもよりほんの少し改まった姿勢で、しかしその顔には緊張の色はない。微笑みさえ浮かべている。黒羽は内心「この子、大物だな」と思った。一方の赤星は落ち着かない様子で瑠衣に声をかけている。
「瑠衣。忘れもん無いか?寒くないか?オレの帽子持ってくか?何だったらカイロあるぞ。それからこれ、弁当な」
 その様子は名実共に父親である。瑠衣を含む赤星以外の全員が思わず笑ってしまう。

 その頭が後ろからこんと叩かれた。
「赤星、意外に心配性なのね?」
「あ……お前、いつの間に……」
 赤星が振り返って呟く。そこには丈の長いケープを纏った有望が立っていた。手には小さな包みを持って微笑んでいる。
「私のことはしょっちゅうほったらかしにするくせに。ねえ?瑠衣ちゃん」
「お姉さま!見送りに来てくれたんですか!?」
 瑠衣がぱっと笑顔になった。やはり、憧れの人が来てくれるのは嬉しいらしい。
「はい、これ。余計なことかも知れないけれど、私も何かしたかったの」
 有望は瑠衣に、手にした包みを手渡す。
「ちょっとだけれど甘い物。甘いものを食べておくと落ち着くし、疲れもとれるのよ。葉隠博士のお菓子には、とても敵わないけど……」
「お姉さまが焼いてくれたの!?ホントに!?」
 包みをぎゅっと抱きしめる。ふくよかに甘い香りがして、瑠衣は嬉しくなった。
「ありがとうございます、お姉さま!大事に食べるわ!」
「それからこれは葉隠博士から、合格祈願のお守り。洵君から絵馬のキーホルダー……どっちも菅原道真の祀られてる神社のお守りよ。二人とも今日は見送りにこれないからって、お参りに行かれたらしいわ」
「……わざわざ行って来てくれたの……!?」
 瑠衣は受け取ったお守りを手にしてしばらくの間見つめていたが、やがて大切そうにそれらを鞄に付けた。
「頑張ってね、瑠衣ちゃん。みんな応援してるんだから」
「はい!」
 瑠衣はしっかりと頷いた。



 まだ3月にならない朝の空気は容赦なく冷たかった。バイクとなれば尚更だ。瑠衣は長いパンツをスカートの下に履いていたが、制服ではやはり厚着にも限界があった。
「なー、瑠衣ちゃん、送るの俺様で良かったわけ?どーせだったら赤星さんか黒羽に車で送ってもらえば良かったじゃん」
 無事に送り届けた受験会場の前で、黄龍は何とはなしにそう聞いてみる。
「……」
 瑠衣は風で乱れたコートとマフラーを丁寧に整え、付けていたヘルメットを黄龍に手渡した。鞄を両手で提げると黄龍と向かい合う。
「いいの。約束のこと忘れないようにしたかったし……それにあたし、どうしても言いたいことがあったの。瑛那さんに」
「言いたいこと?」
「二度と自分のこと、あんな風に言わないで」

 次々と自分の横を通り過ぎていく受験生達の声がひどく遠くに聞こえる。
 預かったメットを持った黄龍の手が一瞬止まったが、瑠衣は構わなかった。自分の言葉が相手の触れられたくない部分に触れてしまったのはよくわかっていた。
 しかしそれでも、どうしても言いたかった。これだけは。そう思った。これは黄龍にとっても、そして自分自身にとっても大切なことなのだから。
「あたしは瑛那さんのこと、そんな風に思わないもの。瑛那さんが自分のことあんな風に言うのを聞くの、あたしは嫌。……それだけよ」
「……瑠衣ちゃん……」
 
 黄龍の上げかけた声にリーブレスの呼び出し音が重なった。彼のリーブレスに二人の視線が集中する。瑠衣は一瞬身を固くしたが、すぐに冷静な顔に戻って黄龍を見た。黄龍もすっと表情を変えた。
「瑠衣ちゃん……。信じてるからな」
「あたしも。瑛那さんとみんなのこと。頑張ってって伝えて。あたしも頑張るから」
「……りょーかい!」
 黄龍は一気にエンジンをふかした。タイヤが急回転する。
「受験終わったらここで待ってな!迎えに来るから!」
「うん……!」
 道路へ飛び出すバイクを、少しだけ走って追いかける。大型バイクはあっと言う間に朝霧の中へと消えた。
「……」
 瑠衣は暫くそれを見送った。少し後ろ髪が引かれる気分になるが、すぐにそれも消える。
 大丈夫……。大丈夫。みんなはスパイダルを倒す。あたしは受験に合格する。約束したもの。そう約束したもの……。
 瑠衣は受験会場に向き直る。その瞳が強い意志の光を放った。

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