★第24話 (2/12)
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「どうなさったのですか?」
普段は伏せがちの切れ長の目が見開かれ黒紫の瞳が真円を描く。自分を見上げる表情に気遣わしげな色を認めて、ブラックインパルスは苦笑した。面当てをつけ、目庇を下ろし、こちらの表情など一切見えないにもかかわらず‥‥だ。
「これは夢織姫。もどっていたのか」

四天王の一人、夢織将軍アラクネーは、小さな少女の頃の呼び名で呼ばれて、少しうつむいた。十歳で軍属となった時、彼女をその名で呼んだのが、今、目の前にいるこの男だった。二人きりになると時々こう呼ばれるが、少し気恥ずかしいような心地よいような不思議な気がした。もっとも、その時代のアラクネーを知るスプリガンも、時々はからかうようにこう言うのだが、そんな時は聞こえぬフリで、あっさり無視することにしていた。


記憶の彼方に朽ち果てるに任せた過去の真実も、不吉で、なお必然である未来の現実も、彼女の夢は容赦なく抉り出した。その驚くべき夢見の力に、両親は自分達の娘を疎んじ、軍部から申し出があった際、一も二もなく少女を引き渡した。
両親への信頼の、最期のひとかけらも喪った少女は、夢と向き合う術を見失う。自らの在る意味はもはや夢にしかなく、同時にそれは少女から全てを奪うものだった。

だが、彼女を引き抜いた帝国の実質的なナンバーワンはこう言った。
「お前の力はお前のもの。お前の手足と違い無い。己が手足を恐れる人間が何処にいる?」
そうして彼は、その高位に置く身を沈めて片膝を付き、少女の手をとった。
「私の小さな夢織姫。恐れるのは愚かなこと。お前を見いだした私の目を信じるがよい」

風に髪がなびくがままに素顔をさらしたブラックインパルスの姿を見たのは、その時が最初で最後だった。しかし、その男の笑みも眼差しもアラクネーの脳裏に深く焼き付いている。


「スプリガンの様子はどうだ?」
「順調‥‥とのことです。彼のシステムによって発生した空間はレーダーを素通しし、探知されません。そして内部では人間どもの通信機や制御装置は機能しないそうです。ただ、まだ空間を安定化させるまでには、もう少し時間がかかるとのことで‥‥」

ブラックインパルスは少女の声に軽いいらだちが含まれているのを感じた。
「どうした? 何か気になることでも?」
「いえ‥‥。ただ‥‥機甲将軍のやり方は、どこか真剣味がないように思えて‥‥」

スパイダルの参謀は面当ての奥で思わず微笑んだ。

アラクネーは生来の能力に決して溺れることがなかった。この華奢な少女がどれだけの努力をして今の地位にいるかを最もよく知っているのは自分だった。そして彼女は破格の抜擢にもひとすじの慢心も見せなかった。若く、生真面目なこの少女に、スプリガンのやり方が理解できないのは無理からぬ事だった。

戦いに楽しみを見いだそうとするのがスプリガンのやり方であり、それが彼の強さなのだ。相手がどれだけ強かろうが、遠回りはしても最期にはなんとかできるのはその性格故だ。ただ、スプリガンの視点は未だ一介の戦士の域から出きれていない時がある。彼は一匹狼である自分が好きなのだ。四天王としてもの足りない部分があるとすれば、まさにそれだった。

一方シェロプは確かにものが見えていた。自分の行動が全体の中で何を意味するか実によくわかっていた。そして長所でもあり短所でもあるのが、その野心だった。適度であれば向上と成果につながるが、多すぎればいつか自分を滅ぼす。

その意味ではゴリアントはバランスがよかった。彼はモンスター軍団をもり立てるためにはどんな手段も躊躇いなくとった。部下であっても容赦なく捨て駒にする非情さを持ちながら、軍団構成員からあれだけ慕われているのは、行動に私的な要因がないからだった。いくつかの前提条件はあるにしろ、一つの師団を預けるトップとして一番の資質を持っているのが、一見愚かに見えることさえあるゴリアントだというのは、皮肉な話だった。

「‥‥スプリガンはあれでよいのだ、アラクネー」
「‥‥はい‥‥」
アラクネーは不承不承頷いた。と、彼女は次の参謀の言葉に再び目を丸くした。

「私も三次元に下りるつもりだ」
「なっ‥‥し、司令官、そんなことは‥‥!」
「今度の侵攻の遅延‥‥。すべては私が前線に行かぬ事が問題だったように思う」
「そんなことはございませんっ! すべてはあたくしたち四天王がふがいないせいで‥‥っ」

ブラックインパルスがすっと目庇を上げた。幾分年老いてきたが、深みのある瞳で、まっすぐに少女を見つめた。
「お前の思いはありがたく受け取ろう。だが、所詮、戦いを率いる者が、銃後にあろうとしたことが過ちであった。スプリガンの元に案内してもらおうか」
「‥‥はい。かしこまりました‥‥」

何をお考えです、司令官殿‥‥。何があったのですか‥‥? 

歩き出したブラックインパルスの後に従いながら、少し不安な気持ちになる。
そして同時に、アラクネーは、時々生まれ出づる疑問を、心の中でつぶやいていた。

‥‥いったい貴方様は‥‥。あたくしの後ろに誰を見ておいでなのですか‥‥? 


===***===

操縦桿は少ししか動かしていないハズだった。なのにその機体はいきなり舞い上がりぎみに急旋回する。安全な空域にオズブルーンを戻すのに、手慣れた黒羽もちょっとだけ焦った。
「‥‥お嬢さん、いいかげんに機嫌を直さんか?」
いきなり燃料計のエンプティを示す赤ランプが点滅する。黒羽は小さな溜息をついた。燃料は出発前にフルにしてきた。無くなるはずがない。

「今のはすこーしばっかりタチが悪くないですかい? あ、オレの寿命が3年減と出てる」
おずおず緑のランプが付くと、言い訳のように加速が緩み、黒羽はやっとGから解放された。
こんな調子じゃ、本当にいざとなった時はどうなるのかとも思うが、ま、その時はその時でわかるものなのだろう。‥‥たぶん‥‥。

よりによって操縦したのが女性だったのが悪かったのだろうか‥‥。赤星相手の時だってあんなアクロバティックなマネはしない。まあ、赤星は最初から諦めていて、全部自動操縦にしてるせいもあるが‥‥。しかし降ろした後までこんなに拗ねるとは思わなかった。

オズブルーンの人工知能は確かに少々変わっているかもしれない。いや、機体のコントロールに関しては完璧だ。どんなマヌケが運転しても絶対に落ちない。だが、墜落しないというのと人間がマトモに乗っていられるというのは別問題だった。

OZで開発した人工知能は複雑系理論を応用したもので、その原型は増殖可能なミニコードをコンピュータの中で"育てる"ところから始める。それらのコードの集まりと、キーボードとモニターでひたすら会話していくのだ。コードは子供の成育過程のように、ものを覚えて増殖していく。

サルファの原型は赤星が育てた。単純な人間の方がいいだろうという葉隠の意見によるものだった。ただその後、赤星もえらく忙しそうになってきて、見かねてオズブルーン育成は引き受けてやったのだ。それで‥‥‥‥‥‥。

赤星は全部お前が悪いと言うが、こんな可愛らしく育ててやって、そんなことを言われる筋合いはないというのが黒羽の言い分だった。

馴染みきった操縦桿を握り、軽く機首を下げてみる。機体は完璧に黒羽のタイミングで反応した。
「気が済んだかね?」
ピコピコと音がしてそこらのステータスランプが明滅し、機嫌のいい時のパターンが描き出された。
「じゃあ、そろそろ戻るか」

旋回させようとした途端、いきなり操縦桿が動かなくなった。
「おいおい、お嬢さん。あんまりワガママを言うと‥‥」

が、笑いかけた顔が、突然、すっと引き締まった。
エンジン出力、昇降舵、方向舵、補助翼、すべて制御不能だった。だからといって自動操縦にも切り替わらない。そのうちパネル中がエマージェンシー・ランプで一杯になった。速度計と高度計の指針がどんどん下がっていく。
「おいっ オズブルーン!」

通信機をとったが、妨害電波に覆われた時のガーガーとひどい音が飛び出してくる。オズブルーンをまるごと制御不能にする妨害電波など信じられなかった。仕方なくリーブレスにコードを叩き込んで口元に上げたところで気付いた。リーブレスの小さなステータスランプが全て点灯している。
「まさか‥‥機能してない?」

指紋照合をしてキーワードを吹き込む。が、リーブスーツも着装されなかった。この異常な空間のせいで、リーブレスまで狂ってしまったのか‥‥。

電波圏から抜け出た時にすぐ対応すればまだ道はあるかもしれない。コントロールが取り戻せるのが、地表からどれくらいの距離かにもよるが‥‥。

黒羽は手袋をはめ直すと、ぎゅっと操縦桿を握りしめた。

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