★第24話 (3/12)
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ブラックインパルスは23年ぶりに地球の大地を踏みしめ、崖の上から地球の風景を見下ろしていた。少し強めの風が下から巻き上げるように吹いている。
斜め後ろに控えていたアラクネーが驚いたことに、上司は面当てを取るとおもむろに兜を外した。頭を軽く振り立てて、少し長めの黒髪がしばらく風に舞うにまかせると、小手付きの黒い手袋のまま、それを掻き上げた。その仕草が誰かに似ていると思ったが、すぐには思い出せなかった。
「風か‥‥。いいものだな」
「はい。あたくしも気に入っております」
上司が自分の方に向き直ろうとしたのでアラクネーは思わずうつむいた。下位の者が上位の者の素顔を見てはならないという規則はなかったが、それでも面と向かうのは憚られた。
「かまわぬ。顔を上げるがよい」
苦笑混じりの声に少女は面を上げた。男の顔は記憶の中にあるそれとほとんど変わっていなかった。
「ご苦労だったな。お前はお前の任務に戻るがよい」
「‥‥はい‥‥司令官‥‥」
アラクネーは視線を落としたが、すぐには翔ばなかった。
「何か?」
「‥‥いえ‥‥ただ‥‥」
少女は顔を上げると、男の姿を焼きつけんばかりに目を見開いた。
「司令官‥‥。どうかお気をつけ下さいませ」
黒い鎧に包まれた騎士は再び苦笑した。
「前線を離れて久しいとはいえ、お前に心配されるほどなまってはいないつもりだが? それとも何か新しい夢でも?」
「‥‥‥‥いえ‥‥そういうわけでは‥‥」
‥‥‥‥司令官。そんなものを視ていたら、わたしはこの場を離れなどいたしません。
「前線基地建設計画の進行状況を確認し、作戦を決定したら、残りの2人も呼び寄せる。これで一気に決着をつけて、我らは我らの国へ帰る。それで全て終わりだ」
「はっ‥‥。差し出がましいことを申しました。お許し下さい‥‥」
「よい。私の身を案じてくれていることは、わかっている。だが、お前も油断するでないぞ」
「はい。身に余るお言葉です。‥‥では‥‥‥‥」
少女はもう一度、男の顔を見つめた。それはいささか無遠慮なほどの長い刻だったかもしれない。だが、男の方も別に気分を害した風でもなく、その視線を受け止めていた。
アラクネーが何かを振り払うようにすっと片膝をついた。痩身をしなやかに沈めて、深く一礼する。
顔を上げ、ほんの一瞬だけ黒い鎧の騎士と目を合わせると、少女はたっと宙に消えた。
===***===
愛機はコントロールを失ったまま、どんどん降下していく。だが、オズブルーンはVTOL(垂直離着陸機)だ。エンジンノズルを下向きにすることで滑走距離ゼロで離着陸できる。だから、ぎりぎりまで望みはあった。ある程度の高度でコントロールが取り戻せて‥‥少しの平地があれば‥‥。
と、いきなり視界の中に大型の輸送機のような機影が入ってくると、がくんという激しい衝撃があった。機外モニターで見ると、何本かのアームがオズブルーンをしっかりと確保している。
「‥‥このクソッタレ! レディに向かってなんてマネしやがるんだ!」
愛機に無体なことをされて、黒羽が珍しく汚い言葉を吐いた。こんなことをするのは十中八九やつらしかいない。
この高度ならぎりぎりパラシュートで脱出できるだろう。だがこのまま捕まればオズブルーンやリーブレスが制御不能になった理由がわかるかもしれない。こんな空間をあちこちに作られるなぞ、たまったものじゃない。黒羽はリーブレスを外すと内ポケットに入れると、どっからでもこいという風情で操縦席にふんぞり返った。
輸送機はオズブルーンごと山肌の洞窟に入っていった。乗組員は驚くべき操縦技術とアームの操作技術を持っているようだった。オズブルーンを両手で捧げ持つかのように侵入して着陸すると、意外に思いやりのあるやり方で、柔らかくオズブルーンを下に降ろした。
黒羽は内側からロックを開放し扉を開けた。バールやバーナーの様なものを持ったアセロポッドが一瞬固まる。こっちから行動を起こしてよかったと思った。オズブルーンを外からムリヤリこじ開けられるなど、我慢できるはずもない。
上着のポケットに突っ込んでいた手を出すと、オズブルーンの胴体を軽く叩いてからとんと地面に飛び降りた。帽子の鍔をかるく上げ、顔の両脇に掌を開いてみせる。そうして黒羽は、自分を取り囲んだアセロポッドに、悠然と笑いかけた。
===***===
一人になって、再び崖下の木々や川を眺めながら、ブラックインパルスはアラクネーと初めてあった時のことを思い出していた。あれはたしか15年ほど前だったか。
スパイダル帝国中央の研究所で、強力な兵器として有力視されていたあるエネルギーの射出実験が行われた。この実験さえ成功すれば、その実用化にもメドが立つという重要な実験だった。帝国参謀を迎えた科学者たちは自信満々で、コンパクトなボディから驚くような破壊力が放出された。実験の成功にブラックインパルスの口から思わず賞賛の言葉が漏れ、周囲の人間が有頂天になった時、一人の少女が大人達をかき分けて走り出してきた。
「失敗する‥‥。壊れるわ。みんな、燃える!」
黒い瞳が、光の加減か紫色の光を放ち、少女は恐れげもなくブラックインパルスを見上げた。
「アラクネーっ」
「なんということを!!」
白衣の男女が二人飛び出してきて、少女を押さえ付けると帝国参謀の前にひれ伏した。
「お許し下さい! 参謀!」
「たわいもない夢の話なのでございます!」
少女はこの研究所に勤務する科学者夫婦の娘だった。呼び出して聞いてみると、娘は時々妙な夢を見て、それが現実に起こったことがあるのだと言う。しかし外れたことも多いので気になさることはありませんと、くどくど言い立てる両親の脇で、押し黙って自分を見つめてくる少女の眼差しがひどく気になった。少女と二人きりになり夢の話を詳しく聞くと、スパイダル帝国参謀は、杞憂だろうと思いつつも、研究データのバックアップと3棟もの実験棟の閉鎖を命じたのである。
災害はその夜起きた。科学者たちの誰も気付かなかったことだが、特殊エネルギーの残骸はある密度である条件に置かれた時に大爆発を起こす性質を持っていた。もし少女が不思議な予言をしなければ、そして男がそれを信じなければ、帝国のエネルギー研究に大きな損害が出ていたはずだった。
ブラックインパルスはひそかにアラクネーの身辺調査をさせた。そして、外れたというその夢もまた、少女の知るよしもない過去の事実だったことがわかった。夢は気まぐれに彼女を訪れるし、具体的にいつ起こるかまで限定できないことも多く、戦略として使うにはいささか心許なかった。しかし‥‥。けっきょく彼はその3年後、少女を軍に引き抜いたのだった。
なぜこんなにもこの少女のことが気になるのか。
黒い髪、黒い目。幼く物静かなのに、どこか誇り高さを感じさせるその佇まい。そして距離を保っているようでいながら、一心に慕ってくるその眼差し‥‥。
男がその理由に気がついたのは、少女が軍の暮らしに慣れ始めた頃だった。
少女の存在は、男の、記憶の奥底に追いやられていた7年間の空白を揺り動かしたのだった。
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