★第24話 (5/12)
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岩山をくりぬいた空洞に大きな黒い繭のようなカプセルが三十個ほど並んでいる。システムの説明を聞き終わったブラックインパルスがスプリガンを従えて部屋に入ってくると、一つのカプセルの周りをゆっくりと回った。
「出来のほうはどうだったのだ?」
「なかなかよかったですぜ。戦闘力は三倍程度はアップしてんじゃねえですかね」

この繭はアセロポッドの製造カプセル。アセロポッドはスパイダルで開発された人造生命体である。ターゲットの世界に前線基地を作る大きな理由の一つが、その世界に特化したアセロポッドの製造だった。暗黒次元から連れてくるアセロポッドは汎用的存在なので、どうしても戦闘力が低く、ディメンジョンストーンも弱点となった。

ここで製造したアセロポッドならディメンジョンストーンは不要だ。もちろん他の次元では使えないが、この世界で使い潰せばいいのだから問題はない。オズリーブスに対してはアセロポッドはもはや体力消費の役にしか立たない。そのうえ警察の連中までが慣れ始めている。早急に三次元用アセロポッドを製造する必要があったのだ。

「見た目は?」
「殆ど変わらねぇかな。ストーンが無いだけでね。テストと陽動を兼ねて出してみましたよ。やつらが焦る顔が目に浮かぶぜ」
焦土と化してしまっては征服してもあとがやっかいだ。できればインフラはそのままにしておきたい。そのためには戦闘機の類より実際にその土地に入って制圧できるアセロポッドや怪人は便利だった。


「ところで、司令官。何かあったんですかい?」スプリガンがいきなり訊ねる。
「別に。なぜだ?」
「司令官がこんなとこまで来るの久しぶりじゃねぇですか。もしかしてマジで出る気ですかい?」
「なにか困ることでも?」
「とんでもねえ! オレぁ、こう見えても、黒騎士様の大ファンだったんですぜ?」

妙にはしゃいだその声音に、ブラックインパルスは部下のレンズを見つめた。
「お前のほうこそ、何かあったのか、スプリガン? 今日はまたずいぶんと口が軽いな」
呆れたようにそう言われて、スプリガンはもごもごとわけのわからないことをつぶやいた。視線を逸らし、人間体だったころの癖のままに、首の後ろを掌でかしかしとこする。

いけねえ、いけねえ。
ここには他の三人がいねえもんだから、つい‥‥。

強化アセロポッドの出来も最初にしちゃあよかったから、あの人数相手にアイツらがどこまで頑張るかも楽しみだ。基地を潰して退路を断ったら、巨大化だ、ロボットだを抜きにして、やつらとトコトンやれるかもしれねぇ‥‥。ワクワクすることが多い上に、久しぶりにこのお人の戦闘が見られると思ったら、つい浮かれちまった。

帝国参謀がスプリガンに目をつけるずっと前から、スプリガンはブラックインパルスを知っていた。まああの頃、黒騎士に憧れたガキは沢山いたのだから、別に特別というわけではなかったが、スプリガンがこの世界に身を投じたのは、まさに目の前の男のせいだったのだ。

一介の歩兵からこの地位まで登り詰めた男、ブラックインパルス。

重厚な鎧をものともせずに戦場を駆け回った黒騎士は、地位が上がっても最前線で剣を振るい続けた。漆黒の疾風の前には死神さえ避けて通るようで、どんな戦闘でも黒騎士さえ居れば負けないと部下達の戦意は高揚した。黒騎士の元で戦いたいという戦士達が集まるにつれ、勝利が勝利を呼んだ。スプリガンの得物は剣から銃へ変わったが、その心の中にはいつも黒騎士の姿があった。

「しっかし、しょうがねえなぁ。司令官にならアイツらの首、取られても仕方ねえですかねぇ」
まるで子供のようなスプリガンの口調に、ブラックインパルスは苦笑するしかない。

そうか‥‥こいつのひっかかりは、オズリーブスだったか‥‥。

この男は若い頃の自分に似ている。戦うことが好きで、いつまでも前線にいたいと思っていた、あの頃の自分に‥‥。敵であっても満足を与えてくれる者に対しては好意を持ち‥‥、そして倒した。

「いい加減にしろ、スプリガン。帝国参謀であるこの私に、そんなことまでさせる気か?」
「おいやですかい?」間髪を入れず、馴れ馴れしい口調でスプリガンが切り返した。
「‥‥‥‥い、いや‥‥そういう訳ではないが‥‥」
思わず言葉に詰まったブラックインパルスはあえてきつめの声を上げた。
「ただ、戯言もいい加減にしろと言っている」

いつもみたいな迫力がないですぜ、司令官‥‥。
スプリガンは心の中でにやりと笑った。

===***===

「黒羽のヤツ、ほんっっと、しょーがねーヤローだ!!」
コントロールルームの作戦デスクに頬杖をついた赤星が、向かいの椅子に立てかけてある白いギターを睨み付けると、思いっきりしかめっ面をしてみせた。

オズブルーンの認識信号がトレースできなくなってからしばらく経つ。トラブルでないならわざと切ってるとしか思えない。認識信号が消えたのは黒風山付近。そして、やっぱりというべきか、リーブレスも通じない。黒羽の行動で唯一頭に来るのがこれだった。
約束した時間や場所は決して違えない。だが、ちょっとした連絡については黒羽はとことんダメだった。昔からずいぶん言っているのだが常に右から左に抜けてる。あれだけ人のことが見えてるのに、「他人が自分のことを心配してるかもしれない」という発想だけはどうしてもできないらしい。

「"ほうれんそう"でも期待してんなら大間違いだぜ〜。赤星さんもいーかげん心配性だねー」
赤星を面白そうに見やった黄龍が、からかうように言った。葉隠や田島をはじめ輝や瑠衣もつい笑ってしまう。何事に対しても無頓着に見える赤星だが他人のことは何かと気にする。それにしても相手は、こともあろうに殺しても死なないような、あの黒羽である。

「違うって! そんなんじゃねー! こんな時に何か起ったら‥‥」
赤星がわめきかけたとたん、その意見を後押しするかのように警察回線のコール音が響いた。ぜんぜん歓迎できない賛同者だった。
「はい! オズベース!」

「西条だ! 大量のアセロポッドが竹橋の気象台に現れた!」
竹橋の東京管区気象台といえば、電磁波走査等、スパイダルの探索について、日頃大きな役割を果たしてもらっている場所だ。
「了解! すぐ行きます!」

赤星が立ち上がると同時に、田島の声があがった。
「さすが黒羽ちゃん、グッドタイ‥‥!」
言いかけたその顔が突如緊迫したものに変わった。こちらから呼び出し続けていた黒羽のリーブレスが、受信と同時に向こうからの全送信モードに切り替わった。こんこんという振動音が入ってくる。何かでリーブレスを叩いているのだ。田島は既に紙に長短の横線を書き始めている。送信はすぐに途切れた。田島が通話記録を頭出しすると、拾い損なった最初の部分を補う。

全員が田島の手元に注目した。田島は長短の記号に一音ずつ縦の区切り線を入れながら、そのモールス信号を読み上げた。
「スパイダル、トクシュクウカン、ブルーンセイギョフカ、チャクソウフノウ、ホカク‥‥」
そこまでだった。
単語の意味が、無言の皆に浸透していく。スパイダルの特殊空間の中で、オズブルーンが制御不能になった。着装もできない。そして黒羽は‥‥‥‥‥。

最初に沈黙を破ったのは赤星だった。
「黄龍、輝、瑠衣。気象台の方、任せていいか?」
「やだよ! オレも行くよっ 黒羽さんとこっ!」
「あたしもっ あたしも行く!」輝の叫びに瑠衣の高い声がかぶさる。

「竹橋のあそこは重要なんだよ! それに‥‥」
赤星は言葉を呑み込んだ。たぶん黒羽のいる空間では制御系の回路が一切動作しなくなる。リーブレス‥‥つまりリーブ制御格子も働かないということは‥‥。オズリーブスとしての全ての武器が使えないことを意味する。そして最悪、連絡してきたのが黒羽でない可能性もあった。

「わかったよ、赤星さん。こっちはまかせときなって」
反論しようとした輝と瑠衣を押しとどめて黄龍が続ける。
「腕に覚えありのお二人さんだから信じてるぜ。だーから、裏切んなってねー」
「わりいな、三人とも。黒羽のことは心配すんな。もう行ってくれ。気を付けてな」
輝と瑠衣が不承不承に頷く。赤星は少し笑んでそれに頷き返した。

黄龍が二人の後を追おうとして立ち止まると、隅のロッカーから何かを取り出した。4インチのコルトパイソン357マグナム。シリンダーを開いて確認すると予備の銃弾、ホルスターとともに赤星に差し出す。
「純粋な鉄の塊。電子機器一切なしってね」
「サンキュ」
「じゃな」
黄龍はにやっと笑うとサムアップし、だっと部屋を飛び出していった。

「竜。黒風山周辺には何も観測されておらん。電磁気的な"影"もない。たぶん空間を微妙に歪めて、内部の信号は一切外に出さず、外部から進入したものは完全に素通ししとるんじゃ」
既にいくつかの観測データをサーチしていた葉隠がモニターから顔を上げた。
「リーブグリッドが引っかかったのは副産物と思いたいですね」
普段温厚な田島の顔も険しい。

赤星はもう一度インカムを取り上げると、警察回線のスイッチを弾いた。
「特警、西条だ。どうした?」
「赤星です。黒風山でスパイダルが何か企んでるらしいんです。すみませんが気象台は3人で行かせました。俺は黒風山に行きます。黒羽が‥‥捕まったらしくて‥‥」
一瞬の沈黙のあと、冷静な西条の声が聞こえてきた。
「高速ヘリを一台回す。好きに使え。それと、赤星」
「はい」
「黒羽のこと、頼む。気をつけてな」
「はい!」

5年前も、この静かな声で、同じ事を言われたなと、ふと思った。

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