★第24話 (7/12)
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建物の前に並んだジェラルミンのバリケードは、十数匹の灰黒色の怪物の進むに合わせて、じりじりと後退していた。
「どーなってんだよっ! 効かねーじゃねーかよぉ!!」
早見が脇にいた島に、空になった357をどんと押しつけると、もう1丁のリボルバーを取り出す。
「見た目は同じなんですけどねぇ」
受け取った銃に弾を込める島はこんな時でも妙に危機感がない。今日は春先らしい、淡いグリーンのスーツ姿だ。
「馬鹿野郎! 情けねえ声出すな! 間延び声も却下だっ!!」
指揮をとっている柴田の顔は、珍しくも真剣そのものだったりする。
怪物たちは周囲を見回しながら、のったりと進んでくる。何か確かめるようにわざと弾を受けている個体もあった。はっきり言って早見の射撃は完璧だ。最初の3発が3匹のそれぞれの額にヒットし、次の3発が立て続けに1匹の額に撃ち込まれた。
なのに倒せない。衝撃に対する強度も通常のアセロポッドより遙かに高いようだ。それが一度にこんなにたくさん出てくるとは! 過去、怪人のような強化された存在が、同時に複数出てきたことはないのだ。
「ったく、Lの奴ら何やってやがる! 島! 本部経由でハッパかけろ!」
バリケード代わりに真横に置かれた早見の車に島がとりついた。警察回線で、西条と二言三言交わして、柴田の方を見た。
「なんか、アカさんとクロさんが別の件に巻き込まれて、来られないそうです」
「なんだと――っ!」
柴田の怒声をセクターの独特の排気音がかき消した。アセロポッドたちを蹴散らすように中央突破してきた2台のバイクはそう大型ではない。取り回しはしやすくて高出力を誇る特別仕様だ。スラロームで暴れ込んでポッドの集団を牽制すると、特警三人組の前で急ブレーキをかけた。
「大丈夫でしたか?」イエローの長身の後から降りたピンクのスーツが真っ先に島に駆け寄る。
「わあ、助かりましたよー!」無邪気な中にも品がある島の声がひどく場違いだ。
「額ぶちこんでも、効かねーんだぜ!」
早見が黄龍を見上げる。二人は黄龍が佐原探偵事務所に入った頃からの顔見知りだ。早見も警察の競技会では常にトップクラス。射撃好き同士、話が合った。
「あんたなら、何発かぶち込んでみたんだろ?」
マスクごしでわからないのをいいことに、ちょっとだけ島を睨んでしまった黄龍が、慌てて早見に視線を戻した。
「357、3発立て続けでもダメさ!」
「アカとクロはどこほっつき歩いてやがる! てめーら三人でなんとかなると‥‥」
柴田の悪態がぐっと詰まった。顔の前に緑銀の煌めきが無遠慮に突き出されていた。
「思ってる。いや、なんとか"する"よ」
肩越しにトンファーを突きつけた輝が、グリーンの背中を向けたまま静かに言い放った。バイクで走り抜けた一瞬で見つけた事実を言葉にする。
「額のでっぱり、ストーンじゃない」
「なーる。微妙に違和感あんの、そのセイか」
黄龍が半身を戻すと、異形達の方にざっと踏み出す。
瑠衣がくるりとスティックを一回転させた。
「マジカルスティック、フルパワー」
呟くようにそう言うと桜貝の色をしたスティックがぶんと手の中で暴れる。スーツの上からでも華奢と思えるその手が、それをしっかりと握り締めた。
「ポッドだと思っちゃダメってことよね」
「石はたぶん腹ん中だろ。胴体が貫けなきゃ縦にぶちこむしかねーな」
「うん」黄龍の指示に瑠衣がこっくりと頷く。
「じゃあ、いっくよーっ!」
毎度おなじみの輝の高く通る声と共に、鮮やかな三色の軌跡が灰黒色の集団に飛び込んでいった。
「さしものあんたが気圧されたじゃん」
三人を見送った柴田に早見がからかうように声をかける。柴田は少し肩をすくめると、両手を着古した革ジャンのポケットに突っ込んだ。
「要は場数ってか。素人さん達まともになってきやがったぜ。そう思わねぇか?」
===***===
「もう一度聞こう。貴様の名前は?」
スパイダルの参謀と名乗った男は静かにそう言った。威嚇も嘲りもない。むしろいつまでも聞いていたくなるような不思議な声音だったが、黒羽は敢えてそこから意識を引き剥がした。相手の右側に無造作に抜き放たれた抜き身が、変幻自在に襲い来るだろうことは容易に想像が出来た。
「申し訳ありませんが答えも同じでしてねえ。名乗るほどのもんじゃない」
こと此処に至ってなお、応ずる声にはどこか人を喰ったような響きがある。これが黒羽という男のスタイルであり、実際の余裕の有無は関係がなかった。
「私が名前を聞くのは気に入った相手だけなのだがな。まあよい。スプリガンの処置を受ければ、わかることだ。さあ、大人しく牢に戻ってもらおうか?」
「それもいやなこった」
緊張感のない調子で会話を続けながら黒羽は相手を観察していた。鎧が身体により密着しているように見える。だから金属音がしなかったのかもしれない。だが、これだけ重厚な鎧を着込んでいるということは、逆に中身は人間に近いのだろうか? ゴリアントやスプリガンは怪人と似たり寄ったりで、確かに通常の人間の力でどうこうできそうな雰囲気ではない。だがアラクネーは明らかに人間そっくりだし、このブラックインパルスとかいう男ももしかすると‥‥。それに、まだこの次元に慣れていないのか、先ほどから何かひっかかるような所作が目立った。
「腕の差がわからんとも思えんがな?」ブラックインパルスの声はいまだ穏やかだ。
「確かにあんた、日本で一番の腕前のようですなぁ。だが形勢はオレの方が有利のようだぜ?」
「ほう‥‥強がりも‥‥」
いいかけたブラックインパルスが言葉を呑み込んだ。どこから取り出したのか地球人の右手に何かの金属が握られている。くいと手首を返して刃を開くとそれを自分の耳の下にぴたりとあてた。
「貴様‥‥!?」
「はてさて、こんなみっともないマネをする事になるとは思わなかったが、仕方ねえなぁ。流石に死体にあいつを操縦させるようなマネはできんだろう?」
肥後守の特徴であるチキリと呼ばれる刃体の尾を親指でしっかり押さえ、よく研いだ両刃の鋼を自分の頸動脈にあてながら、黒羽は髭でもあたるかのような自然な態度でオズブルーンに一瞥を投げた。
「ばかな。大人しく従えば、このままお前も偉大なる皇帝陛下の民として生きられるのだ。くだらん感傷で命を捨てることはあるまい」
「命より大事なものを、あそこのヤツにちょいと預けててね。あんたらをおっぱらったら、返してもらうつもりなのさ。あれ無しで生きてくのは、どうにも切なくていけねぇ」
「OZが滅んでそやつが死ねば、その大事なものとやらも返ってくるだろうさ」
「オレが好きこのんで預けたのに、そういうわけにもいかねえな」
「わからんな。いったい何を預けた?」
「"渡り鳥の自由な翼"ってとこかね」
「‥‥自由な‥‥翼‥‥?」
黒い鎧がなぜか一瞬、虚を突かれたように固まった。
それを不思議に思うより先に黒羽は反射的に前進していた。一方ブラックインパルスの動きには明らかに躊躇いがあった。刀を返して峰打ちしようとした時には既に男に飛び込まれていた。
黒羽は左手で相手の刀の柄を掴むと同時に、籠手をつけていない手袋だけの手首をナイフで突いた。ブラックインパルスは思わず剣を手放したが、本能的に左手で小刀を抜くと素早く薙ぎ払う。その刃先が飛びすさろうとしていた黒羽の右前腕を切り裂いた。
剣は手頃な重さだった。黒羽はそれを両手で握り締めると、今度は愛機に見向きもせずに外に向かって走り出す。オズブルーンに到達するには小刀を持った鎧の男をクリアしなければならない。やりすごせばすんなり機内に籠城できるという保証もなかった。それならば、またぞろ湧いてきたアセロポッドの方がまだマシだ。襲いかかってきたポッドが数人、黒羽の鮮やかな剣さばきに文字通り露と消えた。右腕の傷はそう深くはなかったが、力が加わったせいで出血がひどくなった。
スパイダルの戦闘機も短距離離着陸タイプなので発着場は短かい。幸いブラックインパルスもすぐには追ってこない。進入してきた時の記憶だと左手の斜面は緩やかだった気がする。そちらから降りて森の中に紛れ込んでしまえば時間が稼げる。そうすれば‥‥。
さっきのモールスを、もし受信できてれば、たぶん‥‥‥‥。
おっといけねえ。ったく、あのお節介のお陰で‥‥
身に付きかけた悪癖を振り払うように、陽の光の中に飛び出した刹那、黒羽の頭上を何かが飛び越えた。
「見事だった。だがここまでだ」
黒羽の行く手を遮ったブラックインパルスの黒い手袋をつたって、埃で白っ茶けた岩の上にぽたりと朱が落ちた。自分たちとまったく同じその血の色が、黒羽の脳裏に鮮やかに染みついた。
敵の参謀が何か言いかけて歩み寄ってくる。しかし一瞬立ち止まりはしたものの、もう黒羽は敵を見極めるための時間稼ぎの会話などするつもりがなかった。そのまま突進し、下げた切っ先をはね上げて相手の腕を払う。空いた胴の腰の継ぎ目のあたりに体重を乗せて突き込んだ。肉を刺した感触こそ無いものの、勢いで鎧の男の重心が少しだけ後に流れる。その隙に崖縁に走り寄った。しかし、入り口中央部のそこは普通に降りられるような傾斜ではなかった。
「待て!!」
黒い手袋が男の身体を捉えようと伸びた。だが地球人は躊躇いもせずにその崖を飛び降りた。
ブラックインパルスの手に残ったのは、革製の黒いテンガロンハットだけだった。
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