★第25話 (1/18)

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ブラックインパルスは、兜を小脇に抱え、いつもの空間に向かって片膝をつき頭を垂れていた。"そこ"にはまだ、スパイダルの皇帝が存在していないことはわかっている。普段であればもう少し楽な態度で待っているところだ。だが、今、首領の忠実なる僕である帝国参謀は、跪かずにはいられない気分だった。

帝国の兵力は事実かなり疲弊している。だが3次元への通路が開いているこの時期を見送れば、次はいつ機が訪れるかわからない。地球時間にして30年前に訪れた好機は、不慮の事故とはいえ参謀たるこの自分が行方不明になるという失態のために立ち消えた。何があっても、今回だけは過ちを犯すわけにはいかない。

それなのに、新たな決意と共に地球に降り立ったその日に、あの空白の7年の間にもうけた息子に会うなどと、いったい誰に想像できたろう。そのうえその息子が、地球攻略の最大のネックであるオズリーブスの一員になっているとは‥‥‥‥。

黒羽、健。ブラックリーブス。

敵陣にただ一人捕えられながら怯えの一筋すら見せなかった。優れた体術と、極めて冷静な判断力を併せ持つ。血のつながりなど無くとも惚れ惚れするほどの男だった。あの幼い子供がなんと立派に成長したことか。隊長自らが単身乗り込んできたことを見ても、息子がオズリーブスにとってどれだけ重要な人間であるかよくわかる。そしてあの二人が、真実、命すら預け合っていることも‥‥。
あれを殺したくない。なんとかして部下にしたい。かといってコントロールしてしまったら、あの輝きは失われてしまう。だが、そういう人間ほど仲間を裏切ったりはしないものであって‥‥


―――自分はこの重要な局面で、いったい何を考えているのか。
こんな不安定な気持ちのまま皇帝の謁見を待つとは、なんとぶざまなことか。

(この次元‥‥お前には鬼門なのかしら‥‥)

暗黒次元を統べるスパイダル軍部の全権を預かるこの身が、この相手は鬼門などと許されるわけがない。皇帝の庇護の元、全ての"世界"に理想郷を広げる。そのために何がなんでも日本を手中に収め地球を手にいれて、三次元攻略の足がかりとせねば‥‥‥‥。


カツンと固い靴音がして、ブラックインパルスは思わず振り返った。

「殊勝だね、ブラックインパルス」
いつの間にか後ろに立っていたその男は、喉にひっかかるような笑い声をたててそう言った。肩章から流れている大きな衿のある白いマントは今日はかるく背後に払われ、しっとりと重みを感じさせる黒い軍服には襟章や肩章が溢れている。腿のあたりで少し膨らんだ下衣に膝まであるブーツという出で立ちだった。
男は大袈裟な所作で軍帽をとると仰々しく一礼してみせた。
「改めてよろしく。私が参謀ファントマだ」

短めの金髪に青い瞳を持った色白の顔は、参謀と言うには随分と年若く見えて、ブラックインパルスは少し驚いた。そのうえ生身に近い姿のままであることにも‥‥。スパイダルの貴族達はありあまる金にものを言わせ、若い時から外見そのものを作り替えていくのが常だった。シェロプの仮面のような白い顔も、今の彼の素顔なのだ。

ブラックインパルスは大袈裟な挨拶に軽い頷きだけを返すと、また視線を前に戻した。こういうどこかちゃらちゃらした感じのする男はあまり好きではない。皇帝が重用したのだから実力はあるのかもしれないが、前線で本当に役に立つのか疑わしい‥‥‥‥。

‥‥‥‥まあ、前線で役に立たなかったという意味では、今の私も同じか。

ブラックインパルスが自嘲的に唇を歪めた時、少しぞくりとするようないつもの感覚があった。左脇にファントマが片膝をついて身を沈める。跪いた二人の男の前の空間に、ゆらゆらとした虹色の歪みが生じた。
「‥‥ブラックインパルス。前線基地のほうは、どうなっていますか?」
スパイダルの‥‥いや、いまや暗黒次元の全てを統べる首領Wの声は、どのような時でも優しく甘やかだった。

「申し訳ありません。試験基地はオズリーブスに嗅ぎつけられ、破壊せざるを得ませんでした。しかし重要な機材は事前に運び出し、新たな基地に移設しました。電磁波透過システムもすでに完成し、我々の前線基地を電磁波走査で発見することは不可能です」

「おやおや。大事な報告が抜けてるんじゃないですかな?」
ファントマが顔をあげ、皇帝に向かって傲然と言い放った。
「ブラックインパルス参謀は、部下の捕らえたOZのメカとパイロットを取り逃がしたのです。たぶんそやつの手引きで、オズリーブスが乗り込んできたものと思われます」

告発された形になってもブラックインパルスは微動だにしなかった。ファントマはアセロポッドの中にスパイを放っていたようだ。だが、幸いにして肝心の部分には気付かれていないようだった。
「皇帝陛下。それに関しては面目次第もございません。全て私個人の過ちによるものです」
ブラックインパルスは静かにそう言って顔を伏せた。いたたまれぬような沈黙が続いたが、鎧の男は姿勢を崩さなかった。

「‥‥‥顔を上げるがよい、ブラックインパルス。お前の第一の目的は前線基地の敷設にあったはず。そちらが順調ならば、あとはなんとでも挽回できるでしょう」
「はっ‥‥‥‥」
ブラックインパルスの声に思わず安堵と感謝が混じった。一方のファントマは面白くなさそうにぷいとそっぽを向く。首領Wは構わずに言葉を続けた。
「これからの策は?」
「まず恒常的な次元回廊を構築いたします。現在、次元回廊の開通は成り行き任せですが、常にルートが確保できていれば作戦の進行状況の把握も、資材の投入も自由に行えます」

「ほう。次元回廊を発生させる方法が見つかったのですか?」
「はい。こちらと下界の双方から、同時にあるタイプの衝撃を与えれば、次元回廊が開くことが分ったのです。これをご覧下さい」
レッドインパルスが小さな装置を取り出す。首領Wの占める空間の色合いが、心なしか強くなった。
「それは‥‥?」
「ディメンジョン・クラッカーの試作品です。前回、私はこれを持って下界に行き、ラボの連中とあらかじめ調整したタイミングで作動させてみました。ごく短時間でしたが、確かにルートは開けました。あとはこれを大規模にすれば、実用に耐える次元回廊を造ることが可能でしょう」
「これで自由に3次元と行き来できると?」
「はい。それに、次元回廊を固定化する技術も日々向上しています。人工的に安定した回廊を造れれば、ほぼ恒久的なルートを手にいれたも同然かと‥‥」

「素晴しい!」
どこかはしゃいだかのようなその声音に、忠実な参謀は目を見開いた。首領Wがこのように感情を露わにするのは非常に珍しいことだった。男は胸を突かれる思いがした。

物心ついた時からこの高貴な声は、決して身分の高くなかった自分を折に触れて訪れてくれた。励まし、時に諫め‥‥常に見守ってくれて‥‥。それに導かれるままにやってきたのだから‥‥。
何があろうとも、このお方を失望させることがあってはならない。今は、全身全霊を込めて地球攻略のことを考えねば‥‥。

「‥‥そう、うまくいくのかねェ‥‥」
信頼と献身の空気を無下にするかのような驕慢な声が響く。ブラックインパルスが驚いたことに、皇帝の面前というのに、ファントマはおもむろに立ち上がった。右手に持った軍帽で顔を軽く扇ぐような仕草をすると、軍帽を持ったままブラックインパルスを指さした。
「この間の基地だって、あっという間にOZに嗅ぎつけられた。今度だって、またジャマがはいるんじゃないのかい?」
「心配は無用だ。アトリスを使う。彼等はそちらで手一杯になるだろう」
ブラックインパルスがぴしゃりと答える。

「それはけっこう。どうもあんたは謝れば済むと思ってるみたいだからね」
あまりにぶしつけなその言葉に、さしものブラックインパルスも思わず立ち上がった。黒い瞳が底光りして、嘲笑を浮かべたままの青い瞳を見据える。
「貴公、何が言いた‥‥」

「ファントマ。それ以上の無礼は許しません。お前はもうお下がり」
ブラックインパルスの言葉が終わらぬうちに、有無を言わさない首領Wの声が響いた。ファントマは肩をすくめると、舞台役者のように優雅な一礼をしてマントをばさりと払い、何も言わずに出ていった。

「あの者‥‥かえってお前のジャマになったやもしれぬ。この戦闘に対して真剣味を失いつつある貴族階級の者どもをなんとかしたかっただけなのですが‥‥」
首領の少し言い訳めいた言葉に恐縮しながら、ブラックインパルスは再び跪いた。ファントマが現れたことで自分はすっかり見限られたのかと不安になっていたが、まだ汚名をそそぐチャンスはあるようだ。‥‥というより、最初から余計なことなど気にせず、今まで通り、ただひたすらに進めばよかったのだろう。

「‥‥いえ‥‥。それは私の不徳の致すところ‥‥。お気遣いを感謝いたします」
ブラックインパルスは深く頭を垂れた。
「何があっても私のために、理想郷を作る手伝いをしてくれますね」
「もちろんです。皇帝陛下の御為にのみ、私は存在するのです」
いつもの言葉を口にしながら、ブラックインパルスは心の霧が晴れていくような気がしていた。

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