★第25話 (10/18)
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警察病院の駐車場のはずれに黒羽の車を見つけた。きちんとロックされていて手がかりになりそうなものもない。赤星は思わず黒いルーフに拳を打ち下ろしてしまってから、慌てて首を傾げてヘコませなかったかどうか確認した。こんなことで愛車を殴ったことがバレたら文句を言われるに違いない。
ちょうど黄龍達が起き出してきたので、今まで判明したことを全部説明して、お互いに意識のすりあわせをした。そのあとちょっと見舞いに行ってくると基地を後にした。三人には黒羽には別の調査を頼んだと言ってある。事実がわかっていないのに余計なことで混乱させたくなかった。
黒羽が西条と早見の処を訪れたのは、今、確認してきた。そして黒羽のリーブレスがオフになったのはその10分後だ。黒羽がいつもの病気で電源をオフにしているとは考えられない。この状況でそんなことをするはずは絶対になかった。この見舞いだってきちんとこちらに了解を得て来たのだ。いつもなら照れくさがって、行き先なんぞ言ってくれなかっただろう。
だが、他に、リーブレスがトレースできなくなる理由も思いつかない。事件や事故に巻き込まれたにしろ、あの黒羽なら連絡する余裕ぐらいあるはずだ。都会のど真ん中に例の空間ができていることもないだろう。まず真っ先に携帯電話が通じなくなって騒ぎになる。
黒羽の行方知れずも、普通は便りがないのはなんとやらで済ませられる。でも、胸騒ぎがする時は、たいてい何かあるのだ。相手がヤバイ筋の人間だろうが、スパイダルだろうが、同じだ。
赤星は意味がないと知りながら、黒羽の姿を求めてあたりを見回した。
自分が黒羽のことを心配するのはお門違いなのかもしれない。だいたい黒羽の方が人のことも世の中のことも、ずっとよく知ってる。精神力だって上だ。格闘にしたって、まあ、完全に素手なら3本に2本は取る自信があるが、なんでもありの状況になったら勝ち目は半分かそれ以下になるだろう。
それでも黒羽のことはどうしても気になる。その理由は赤星自身にもうまく説明できなかった。
黒羽には家族がいない。
母はいる。だが、黒羽は二度と会いにいくつもりはないのだろう。あの時は自分があんなに浮かれたせいで、黒羽を余計傷つけた気がする。親は、無条件に子供を受け入れるものだと、思っていた。
実の父親は母親が家を出る少し前にやはり行方不明になったのだという。そして大学に入る直前、育ててくれた飛島大門氏を事故で亡くしている。どれも事実として聞いただけで詳しいことは知らない。
それでも飛島大門氏の一人息子である飛島四郎という男のことだけは、よく黒羽の口端に昇り、ああ、こいつにもそんな"兄弟"がいたんだと嬉しかった。実際会ったらよくもまあこんなヤツがいたもんだと呆れるほど黒羽の友達としては最高の男で‥‥。それが‥‥その日のうちに‥‥死んだ。
自分が見てきたものを見て、何を感じてきたかを感じて、語り合って、好かれて、好いて‥‥‥。小さい頃からそうやって一緒に生きてきた人間が、今の黒羽にはいない。「人は所詮一人」というのは真理かもしれないが、一人で立てる強さがあることは、一人で生きていけという意味じゃない。
だからせめて。
せめて心配ぐらいしたい。黒羽が嬉しい時は一緒に喜びたいし、困っているなら何を置いても助けたい。寂しいなら側にいてやりたいし、哀しいのなら‥‥。せめて、今、あいつが哀しいということを知っていたい。それ以上、どうすることができなくても‥‥‥‥。いつか、飛島のように、黒羽が何にも言わなくても黒羽のことがわかってやれるようなヤツが現れるまでは‥‥。
溜息をついて、自分のバイクに戻りかけた時、赤星のリーブレスが振動した。
「こちら、赤星!」
「隊長! 例ノ怪人デス。ぽいんとC7!」
サルファの声が聞こえる。赤星は走り出しながら、リーブレスに怒鳴り返した。
「了解! 全員出動! 俺も現場に急行する!」
===***===
うっすらと眼を開いた時、白くかすんだ背景の中に人影が浮かび上がった。
「健。大丈夫か? いきなり悪かったな」
いつまでも聞いていたくなるような深みのある声だった。
「‥‥お父さん‥‥」
片方の肘をついて頭を起す。まだぼやけた感じの頭を軽く振り、そこでやっと視界が安定した。
「!」
飛び起きた黒羽はだっと後方に飛びすさっていた。その目は驚きに大きく見開かれている。黒い鎧を見据えたまま、左手を素早く胸に引きつける。だが、右手はダイレクトに自分の腕を掴み、黒羽は思わず空の左手首を見やった。
「これか? 健‥‥」
ブラックインパルスが小さな器械を黒羽に示した。黒羽は唇をぐっと噛みしめると、スパイダル参謀に握られたリーブレスと、兜を脱いだその素顔を交互に睨み付けた。
「‥‥‥どういう‥‥ことだ‥‥。‥‥なぜ‥‥っ」
食いしばった歯の間から、かすれた声が押し出される。
「落ち着きなさい、健。察するにこれは戦闘状態になるための道具も兼ねているようだな‥‥。安心するがいい。少し預からせてもらうだけだ。お前と二人だけで話がしたいのだ」
「‥‥てめえと‥‥話すことなんかねえ! なんで‥‥。親父に化けやがって‥‥!」
「健‥‥。お前は私の息子だ。だから、お前を、迎えに来た」
「‥‥この‥‥。‥‥バカも、休み休み‥‥‥‥」
「冴はどうしている? 私が急にいなくなって、さぞかし驚いたろう。本当にすまないことをした。お前と一緒に拾った子犬は‥‥‥‥そうか、もう、寿命だろうな。小さなお前は、なぜか八五郎にすると言い張った。冴も苦笑していたっけ。よく連れて行った海を覚えているか? この前、この世界に来た時に行ってみた。お前がブラックリーブスだと知った日だ。海辺はだいぶ汚れた感じになっていたが、鳶は相変わらず飛んでいたぞ‥‥」
自分の口から滑らかに当時の情景が流れ出すのを、当のブラックインパルスでさえ少し不思議な感じで聞いていた。息子が気がつくまでの間、その寝顔を見ている間にわき出す泉のように思い出が溢れてきていた。
「私は30年前、3次元攻略の先鋒としてここに来た。だが、機体のトラブルで海に墜落したのだ。打ち上げられた私を見つけてくれたのが冴だった。出自も使命も、一切の記憶を無くした私は、冴と共に暮らし、お前を授かった。だが、再び私は事故に遭い、スパイダルに戻ったのだ。かわりにお前達の記憶を失って‥‥‥‥」
黒羽は愕然とした表情で語り続ける男の顔を見ていた。そのうちに腕が力無く垂れ下がり、よろりとその身体が崩れた。ぺたりと座り込むと、両手を地につき、数度、首を振った。
「‥‥そんな‥‥。そんな‥‥ばかな‥‥」
信じられない。ブラックインパルスが、スパイダルの参謀であるこの男が、23年前に行方知れずになった自分の父親だというのか?
だが、男の言葉は疑いようのない二つの真実を語っていた。
飛島家まで連れて行った八五郎は14年の天寿を全うした。茶色の雑種で賢い犬だった。好きな時代劇があってそこに出てきた下っ引きの名前をつけたのだ。あの海もよく覚えている。岩場に色々な生き物がいて、父も自分と同じぐらい興味深そうにそれらを見ていた。そして、鳶の声が聞こえるたびに、父は空を見上げた。父と母が初めて出会った場所なのだと言っていた。
こんなこと飛島だって知らない。目の前にいる男が、父か母から話を聞いてきたのでない限り、この男が‥‥。なによりこの顔。写真とまったく同じだ。自分によく似ている。小さい頃から「お父さんにそっくりね」と言われると、意味もなく嬉しかった‥‥。
だが、目の前にいるのがスパイダルの参謀であることもまた事実だ。『この前、この世界に来た時』‥‥なんて普通は言わない。考えてみれば20年以上経ってこんなに変わらない人間なんているわけがない。あの日‥‥確かにコイツの前で着装を解いた。最初会った時からブラックインパルスの動きがぎこちなかったのも、この次元に慣れなかったからじゃない。気付いていたんだ、オレのことを‥‥‥。オレたちを逃がしたのも、ぜんぶ‥‥‥‥。
‥‥いつか‥‥。‥‥いつか、逢えたらと思っていた。
一緒に暮らしたいとかそんなことじゃない。もし、縁あって逢えるのなら、父も母も、今、幸せなのかどうか確かめたかった。今、自分が、こうして元気にやってることも知って欲しかった。そして、まっ白な真綿にくるまれた虹色の光のようなあの時間は、決して夢じゃなかったと実感したかった‥‥‥。
そう。あの時間は、確かに、夢じゃなかった。
今、この男の口がそう言ってる。オレの勝手な記憶じゃない‥‥。
「信じられないか‥‥。他の次元と行き来することのないこの世界では、やむを得んかもしれんな」
金属音がすると、野草を踏みしめて、視界の中に黒い脛当てが入ってくる。ふたたびがしゃと音がして、黒い鎧が片膝をついた。肩にそっと手が置かれる。素手の感触だった。黒羽はゆっくりと顔をあげた。穏やかな眼差しがそこにあった。
「健‥‥。私の息子よ‥‥」
いつまでも聞いていたくなるような、優しい声音だった。
そうだ。そして、これもまた、夢じゃない。
OZ本部を爆撃させ、多数の人間を殺傷し、次々と怪人を送り込み、仲間を闘いのただ中に放り込み、そして今、寄生虫をばらまいて多くの弱い者たちの命を危険にさらしている。
その張本人が‥‥自分の本当の父親だった‥‥‥‥。
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