★第25話 (12/18)
(前へ)
(次へ)
(表紙)
「健。全体の幸せを考えた時、少しの犠牲には目をつぶらねばならない時もある。皆が少しずつ自由を諦めねばならないことも‥‥。私は多くの世界を見てきた。どんな世界も、小さな国は少しの人間が富と権力を一手にし、末端は搾取されるだけだ。統治者が裁く者となった国は決して自浄作用は働かない。かといって、集団による意思決定では、互いが互いの足を引っ張り合う非効率な論議に、なんの効果もない妥協案が出るだけの衆愚になる」
「だから征服して、統治してやるって言うのか? 侵略を正当化するなんざヘドが出るぜ。どこいっても人間が同じってなら、てめえらだって同じだろう。所詮自分たちの欲のために‥‥」
「皇帝陛下は違う。あのお方は人間ではない」
ブラックインパルスがぴしりと息子の言葉を遮った。
「皇帝陛下は‥‥はるか高次元の存在だ。ある意味、望めばなんでもお出来になるのだ。そんなお方が物質的な欲など持たれるはずがない」
少し荘厳な響きを帯びたブラックインパルスの声に黒羽が呟いた。
「‥‥神‥‥か‥‥?」
「神‥‥。この次元にも、確か、そんな概念があったな」
ブラックインパルスが何かを思い出すように眉根を寄せ、まるで大学教授のような表情で続けた。
「だが、それは、たしか‥‥。信仰している者にしか見えない‥‥あえて言うならば、信者の想念が作り出す抽象的な妄想のようなものではなかったか? だが、我が皇帝陛下は実際に存在される。陛下は我々軍部やスパイダル首脳陣とはあえて距離をとっておられるが、民の前にはよくお姿をお見せになる。その秘蹟に救われた者もいれば、よこしまな行動のために雷に打たれた者もいる。スパイダルの領土は皇帝陛下の理想郷であって、その一端となることはそこに住まう者たちのためでもあるのだ」
ブラックインパルスが岩に寄りかかった男をじっと見つめた。
「お前も大局に立って考えるがいい。最終的にはお前達も、皇帝陛下に感謝することになる」
黒羽はしばし黙って聞いていた。
高潔な専制政治と腐敗した民主主義のどちらがいいかというのは究極の選択だ。実際に民主主義の世界でも、たとえば経営などで強いリーダーシップが要求されるのは、ある意味、専制政治の強みを示している。だが、もし、聡明にして高潔な支配者があり得たとしても、人に寿命がある限り、それはその代で終わる。衆愚に冒されない民主主義など有り得ないと同時に、理想的な支配者が代々続くことも有り得ない。
その理想的な支配者が永遠の命を持っていたとして、それが不変のまま統治を続けたとしたら‥‥。理屈で言えば、まさに、理想、なのかもしれない。だが‥‥‥‥
「あんた‥‥今まで、その皇帝とやらのために、いろんな国を征服してきたのか‥‥?」
「そうだ」
「なぜ、そいつを信じた。そいつが本当にそうだって、なんでわかった?」
「皇帝陛下は‥‥私が物心ついた時から私を見ておられた。はるか昔の話だ。陛下は国の理想をいつも語っておられた。だから私はそのために働こうと決心して、今までやってきたのだ。私が初陣を飾った戦で属国となった国も、その次の国も、結局多くの民は幸せになっている。私も多忙になってからは、あちこち巡察することもかなわなくなっているが‥‥」
ブラックインパルスはどこか弾んだ声で語る。楽しい思い出だったからかもしれないし、息子がこちらの言葉に耳を傾け、色々と問うてきたのが嬉しかったのかもしれなかった。
「健‥‥。私のもとへ来るがいい。お前が望むならレッドリーブスと一緒でもかまわん。あれもなかなかの男だったな。たった二人で、あの基地をすっかりダメにしてくれた」
黒羽は赤星が「ブラックインパルスはお前を気に入っている」と言った時のことを思い出した。あの時は頭ごなしに否定したが、まさかこんなオチになるとはな‥‥。
しかし、と黒羽は思った。アイツがこんな立場に置かれたら、さぞかし慌てふためくだろう‥‥。赤星が時たま見せる戸惑った子供のような顔つきが突然脳裏に浮かび、黒羽の口元が思わずくすりと緩んだ。
「どうした、健? あの男と一緒なら、来る気になったか?」
ブラックインパルスが少し不思議そうに聞いた。黒羽はにやりと笑って応えた。
「‥‥アイツは、俺以上にムリだろうなぁ。今、あんたが言ったような小難しい理屈は、とんと苦手なヤツでね。自分が感じたことしか理解できん単純なアタマの持ち主だからな」
そう言った黒羽は、少し姿勢を正し、真っ直ぐにブラックインパルスの顔を見た。
「‥‥なあ。スパイダルの参謀閣下。オレの親父殿がよく言ってたんだが、聞いてくれるか?」
ことさらに"親父"という言葉を強調してみせる。
「オレの親父は金儲けのヘタな貧乏学者でな。とにかく現場主義で、オレと兄弟は親父にくっついて、山だの渓谷だのよく行ったよ。親父は口癖のように言っていた。理屈だけじゃだめだ。できるだけナマの姿を見て、その時自分が何を感じて、何を考えたかを大事にしろ。他人様の意見も大事だが鵜呑みにはするな。最後は自分がどう考えるかだってな」
黒い眼差しがブラックインパルスの顔から少しそれ、その背景の山の木々を見やる。
「親父は落盤事故の調査に行ってな、調べてた場所がまた崩れた時、逃げ遅れた人を助けて、死んじまった。あんたの言う"大局"ってヤツで言やあな、その人見殺しにしても親父が逃げた方が、次の対策も早く取れたかもしれねえ。でもオレは、その時、目の前の人を助けたいと思って、そう動けた親父を尊敬してる‥‥」
黒羽の視線が、再びスパイダルの参謀に戻った。ひどく静かな表情だった。
「あんたがいなくなったあとの14年間だ。オレはあの親父と暮らせてよかったと思ってる」
ブラックインパルスが息を吸い込む。だが、何も言わなかった。黒羽は言葉を続けた。
「オレも相棒には大局を考えろってよく言ったもんさ。だが、肌感覚で実感できねえレベルの話に、振り回されろとは言ってねえ。目の前で誰か苦しんでるってのに、"仕方のない犠牲"なんて、すかした態度で見てられるか。所詮、人は神サマにゃなれねえ。ってことは、神サマの視点でもの見ちゃいけねえんじゃねえのかい? だいたい、今のあんたらのやり方、そっちの連中が全員大賛成とは言わさんぜ。反抗勢力のひとつやふたつ、あるんだろう?」
さっきまでの動揺も激情もすっかり影を潜めていた。剣先を持った手からも力が抜けている。だが、一種不思議な威圧感が地球人の身体から湧きだしてくるようだった。少し気圧されるような感覚が己の中に湧いてきたことに気付かぬふりをしながら、ブラックインパルスは答えた。
「それはある。全てが完璧というわけにはいかん。我が身のことしか考えない、理想を理解できない人間はどこにでもいるのだ」
「そうだな‥‥。そしてあんたの目の前にもな‥‥」
「お前は結論を急ぎすぎている。皇帝陛下のことを、まだ何も知らないではないか」
「いや、もう十分だ。オレはあんたの匂いが気に入らないのさ。あんたはあんたの神サマばっかり見過ぎて、大事なもの、忘れちまってる‥‥」
地球人が少し目を細める。そのまますっと重心を沈めて構えた。
「月並みな答えで悪いな、参謀閣下。だが、オレの親父は、大門親父だけだ。‥‥‥今、そう決めたよ‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥それが、お前の、答えなのか?」
「ああ」
穏やかに落ち着いた声ゆえに、逆に揺らぎのない感じがした。
「では‥‥黒羽健‥‥。お前とは、敵同士だな‥‥」
「今までも、ずっとそうだったようにな」
ブラックインパルスが何かを投げた。受け止めると沈黙したままのリーブレスだった。黒羽が驚いて目を見開く。
「‥‥あんた‥‥」
「その姿では勝負にならん。今度会った時は手加減はせんぞ。5人とも腕を磨いておくことだ」
黒い鎧がくるりと背中を向けると、さっきまで黒羽が横たわっていた場所まで歩む。地面に敷かれていたマントと兜を取り上げて、片手で黒布をばさりと払った。だが、ふと、その動きがとまった。背中のまま、静かな声で言った。
「ひとつだけ、教えてくれんか。冴は、どうしている?」
「亡くなったよ‥‥。‥‥もう、あんたの知ってる、あの人はいない」
「‥‥そうか。ならば、これを置いていっても、もう叱られんな‥‥」
その言葉に、え?と黒羽が目を見開いた時、鎧の背中はゆらりと消えた。ただの一度も、地球人の方を振り返ることはなかった。
黒羽は慌てて、ブラックインパルスの消えた場所に駆け寄った。そこに置かれていた金属を拾い上げる。それを見つめる黒羽の手から、スカーフと剣先がするりと落ちて地面に突き立った。
肥後守定駒。
"健"と名前の彫ってあるその柄は、確かにあの時に無くした‥‥いや‥‥父親の手首につきたてたあの肥後守だった。わななく手でそっと刃を開く。ぐにゃりと歪んだ感触があったはずなのに、その刃はきれいに打ち直されていて、スムースに開閉できるようになっていた。
奇しくも父親と同じように、黒ずくめのその姿がすとんとへたり込んだ。黒羽は小さなナイフを両手で強く握り締めると、胸に押しつけるようにして俯く。鍛え抜かれた広い肩が、心なしか震えているようだった。
だがそのうちに男は身を起す。その背がすっと伸びて、リーブレスをはめた左腕を口元に運んだ。目を閉じて一度だけ大きな深呼吸をする。ぱちりと電源を入れたとたん、緊迫感に満ちた田島の声が飛び出してきた!
「黒羽ちゃんか!? みんな苦戦してるぞ!」
「すみません。すぐ、オズブルーンを‥‥」
「発進準備は出来てる! 急いでくれ!」
「了解!」
(前へ)
(次へ)
(表紙)
(一覧表へ)
(龍球TOP)
(TOP)