★第25話 (14/18)
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ブラックインパルスは早足で首領Wの間に入ると、兜をとり、ざっと髪を整えた。そのまま緞帳の端をそっと引いて静かに内側に入る。驚いたことに既にそこにはいつもの揺らぎが存在していた。
「申し訳ございません。お待たせいたしまして‥‥」
ブラックインパルスが慌てて跪く。
「かまいません。忙しいのに、急に呼び立てたのはこちらですから‥‥。部下との話は聞きました。順調に進んでいるようですね?」
「御意。四天王達がよくやってくれます」
「‥‥昔のように‥‥ですか‥‥?」
ブラックインパルスは照れたように俯くと、小声で言った。
「‥‥いえ‥‥。大将軍たちは‥‥。私のほうが彼等に育てられたようなものですから‥‥」
空間が、シャボン玉の表面のようにゆらゆらと虹色に揺れた。笑っているかのようだった。
皇帝陛下の忠実な下部は、しばしの時間の後、いつもの声音で言った。
「皇帝陛下。お呼びの趣は‥‥」
「‥‥ブラックインパルス‥‥。その身に、新しい力を得るつもりはありませんか?」
ブラックインパルスが思わず顔を上げ、皇帝の方をまじまじと見つめる。
「‥‥陛下‥‥。それは‥‥私めに戦闘形態を持てとの‥‥‥」
スパイダルの貴族にとっては、肉体に改造を加えてより強靱な戦闘形態を持つことは、ごくあたりまえのことではあった。
「もちろんムリにとは言いません。お前は今まで、どれだけ激しい戦いであろうとも、せいぜい鎧を着けるだけで乗り越えてきた。生身の姿のままで、私のために働いてきてくれた。その思いはとても有り難く思っています。ただ‥‥戦局を考えると‥‥」
生身に拘っていたわけではない。ただ安易に改造に走る上流の人間のやることに、なんとなく嫌気があっただけだ。それに、苛酷な状況になればなるほど、己のこの身は強靱になっていくようで、正直なところ、あまり必要性を感じたことがなかった。
だが、一方で、スプリガンのようなあり方に羨望に近い感覚を持っていたのも事実だった。ブラックインパルスが彼に注目するようになった頃、スプリガンの右腕全部と左脚、そして左手首から先は既にメカになっていた。無鉄砲で、常に最も危険な戦線に行きたがり、何度も重傷を負い、そのたびにダメになった部位を機械のパーツに置き換えては戦場に戻ってきた。
そこには壮絶なまでの強さへの渇望があった。剥き出しの執着心は潔くすら見えた。自分も常に皇帝陛下の御為に強くあるのだと思っていたが、いざ肉体に欠損が出た時、あそこまでのなりふり構わぬ熱さを持てるかどうかは、なってみなければわからないと思っていた。
これは、無様な未練を断ち切れという思し召しかもしれんな‥‥。
ブラックインパルスは深々と頭を下げた。
「皇帝陛下。全てお任せいたします。どうぞ陛下の意のままに‥‥」
===***===
炎の中で、太い尾がピンクのスーツを横殴りに襲った。反射的に後ろに避けた途端、華奢な右肩が急に重くなっていた。一瞬戸惑った瑠衣の身体を亜麻色の太い腕が抱きすくめ、締め上げる。のけぞった少女の口から、思わず苦痛と恐怖の悲鳴が漏れた。
「リーブライザーッ!」
飛び込んできた赤星がアトリスの大きな頭に金色に輝く右拳を叩き込む。同時に相手の腕を左手で強く引いて瑠衣を解放すると、後ろに軽く押しやった。
「このやろーっ」
アトリスが吠えた。いつのまにか炎が消えていることも、怒りまくった怪人を慰める役には立たなかったようだ。もう誰でもいい。とにかく絞め殺すなり引き裂くなりしなければ気がすまなかった。だが三次元の人間は、今のアトリスにとってはいささか敏捷すぎた。
俺だって輝にゃ負けねーぜ! という快活な声が聞こえてきそうなヒットアンドアウェイ。アトリスの爪を紙一重でかわしてはマックスモードの痛烈な打撃を加えていく。アタックポイントは最も肉厚の胸部と打ち合わせてあった。瑠衣の"仕事"も確かだった。手応えにブロックのような脆い感じが混じっている。太い尾が廻ってくれば絶妙なローキックを放つ。アトリスはそのたびに尾でバランスを保たなければならず、有効な反撃ができなかった。
少しよろめくように後退した瑠衣の身体が、しっかりと支えられた。
「お疲れ! だいじょぶか?」
その声は頭上から少女を包み込むように降ってくる。
「う‥‥うん!」
瑠衣はスティックの出力を上げると右肩の固まりにあてる。悪寒のような不快感に襲われ、ゴーグルの中で瑠衣の顔が少し歪んだ。
黄龍が長身をかがめるとブラスターの銃床で慎重かつ大胆にその岩を崩した。つい先ほどまで熱せられていたせいか驚くほど簡単に外れた。瑠衣は解放された肩を軽く回してみせた。
「ありがと」
瑠衣が黄龍のゴーグルを見上げる。お互い顔は見えないのに、表情がとてもはっきりと心に浮かぶのが不思議だった。ぽんぽんと瑠衣の肩を叩くと、黄龍はアトリスに向かって飛び出した
何発めかのリーブライザーが決まった瞬間に、みしり、という音がした。
「なんだぁ? ‥‥ウ、ウソだろーがよっ!?」
アトリスの声がぼやっとした感じから一挙にはね上がる。胸に明らかに亀裂が入っていた。赤星が跳び退ると同時に、リーブラスターのシェルモードが怪人の胸部に続けざまにぶち込まれた。
「ぐあ―――っ!」
モンスター軍団一の強靱な外甲を誇るアトリスが絶叫した。
赤星もまた後退しながらリーブラスターのシェルモードを数発ぶち込む。黄龍の側に来るといきなりリーブレスを外して黄龍に渡した。
「バズーカの用意だ! みんな集めろ!」
「レッド! おい! 大丈夫なのか!?」
リーブスーツを保持するためにはリーブレスに組み込まれているリーブグリッドが必須だ。無いとスーツは1分も持たないから、着装したら絶対に外すなと言ったのは赤星自身だ。だからリーブレスを外す必要があるスターバズーカは確実にタイムリミット内で撃てる時しか使えないというのに。
「俺のはもうちょいもつんだ! 早くしろ!」
そう言い置くと再びアトリスに突っ込んでいく。イエロー以下のスーツと比べて原始的であるレッドのそれは、きめ細かい制御を行っていない分、リーブグリット無しでも3分程度は実体化している。たとえ性能は低くてもプロトタイプ第一号を着ていることはこの男のささやかな誇りであったし、もし黒羽が戻れなければ、こんな手もやむを得ないと覚悟していた。
「スターバズーカッ!!」
黄龍の声に、弾けるように瑠衣が走りよってくる。輝も疾風のように戻ってきた。輝はアラクネーの所作から、この敵幹部がいつもの移動手段を失っていると読んでいた。ならば今はほっておこう。とにかく怪人を倒すことが最優先だ。苦しんでいる人たちを一刻も早く助けなければならなかった。
小さな飛行物体が舞い降りてくる。黄龍が自分と赤星の二つのリーブレスを、そして輝と瑠衣も自分のリーブレスをセットする。スターバズーカが火砲の形に変形した。赤星はなんとかアトリスをその場に引き止めている。アラクネーも黄龍のブラスターのために近づけなかった。
バズーカのチャージ状態を示すメーターが、イヤになるほどゆっくりと上がっていく。リーブレスの無い赤星は一切の武器が使えない。スーツも時間と共に機能が落ちていくはずだ。助けにいくには短すぎ、なのにあまりに長すぎる20秒だった。
「OKだぜ、レッド!」
黄龍が叫び、そしてぎょっとした。アトリスの脇の少し手前の空間がゆらりと歪んだ。現れた二つの固まり。輪郭もはっきりしないうちに、そのうちの一つがバズーカとアトリスの延長線上に飛び込んできた。そして残った一つの固まりが、自分たちに何かを向けたのがわかった。
「撃てっ! 伏せろ!!」
赤星の咆吼が響いた。アトリスを庇うべく割り込んできたホーネットに、赤いスーツが勢いよく体当たりしていた。パールグレイの身体が突きのけられ、無防備になった亜麻色の姿が真っ正面に晒されていた。
「ファイヤーッ!!」
スターバズーカが光の砲弾を放つと同時に、実体化したスプリガンの両腕の銃口が吠えた。
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