★第25話 (2/18)
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熱い鉛の壁で覆われた多目的な実験室内の様子は、内部の10カ所に設置されているカメラで余さずモニターされている。実験室の外で、葉隠は、手元のPCモニターに映し出される種々の測定グラフを睨んでいる。洵と有望はまた別のPCを覗き込んでいた。

実験室には赤星と黒羽がいる。着装した状態で組み合っているが、その動きはいつもに比べてどこかぎこちない。モニターごしに二人を見ている黄龍の眼差しは真剣そのもの、輝と瑠衣には少し心配げな表情が浮かんでいる。三人とも同じ実験をやっていたので、室内の状況がお気楽でないことはわかっている。その上、今、赤星と黒羽にかけられている負荷は先ほどの倍以上だった。


スパイダルが作り出す空間ではリーブグリッドが働かなくなる。これは大問題だった。黒風山ではなんとかなった。だが、次は‥‥? 空間を歪める技術はこの世界には無い。ワープ航法はまだまだフィクションの世界だ。爆破されてしまったスパイダルの基地は完全に岩と土に埋もれてしまって、データがない。黒羽が聞いたスプリガンとブラックインパルスと呼ばれる敵司令官の会話や、赤星と黒羽が目撃したマシンの状況だけが手がかりだった。

新型のアセロポッドも気がかりだった。戦闘記録の分析も行われたが、これといった弱点は見つからない。パワーもスピードも上がっていて、生身だとヘタすれば首の骨を折られかねない。特警はSATと連携して対応することになり、自身もその装備を手配した。こちらとしてはライフルなど配備されても使いこなせるのは黒羽と黄龍だけだ。一番効率的な対策はリーブラスターの強化だった。


こんな状況で彼等が立てた方針は以下のようなものだった。

戦闘が特殊空間内で行われる場合は、ジェネレータの破壊を第一義とする。その空間内で着装するために、葉隠は音波で空間の歪みを遮断することを思いついた。電磁波は進行方向に対して垂直に電界磁界が変化する。しかし音は進行方向と同じ方向に物理的に空気が振動する。つまり音は空気を圧縮したり引き延ばしたりしながら進んでいくわけだ。
この密度変化で身体を覆えばスパイダルの空間歪曲の影響から逃れられるかもしれないというのが、葉隠のアイデアだった。もちろん、まったく通用しないことも考えられる。だが、こうかもしれない、ああかもしれないと、悩んだり試行してみる時間はなかった。


「博士。二人とも心拍数が190近くなっています。血圧および脈拍にも揺らぎが見られます」
有望の声に、葉隠がマイクを掴んで引き寄せた。
「黒羽君、竜。気分はどうじゃ?」
<‥‥まだ、大丈夫ですけど‥‥。最高な気分ってワケには、いきませんね>
スピーカーから聞こえる赤星の呼吸は荒い。
「黒羽君は?」
<右に同じってとこですか‥‥。でも必要なら、続けられますよ>
黒羽も息の上がった感じだ。
「父さん、だめだよ。ドクターストップ。だって例の装置、出力を最大にしてるんでしょう?」
洵の言葉に頷いた葉隠は、マイクに向かって言った。
「二人とも一旦終わりにしよう。着装を解いて、スイッチを切るんじゃ」

赤星と黒羽が着装を解除するとベルトについている小さな装置のスイッチを切った。二人の耳には小さなイアフォンのようなものが入っている。髪の中から着ているTシャツの中に何本ものカラフルなコードが伸びていた。着装時の血圧や脈拍数はリーブスーツそのものにモニター機能があるが、脳波や心電図の類は計測できない。

赤星が汗まみれの額を腕で拭うと側頭部をとんとんと叩いた。右上腕を左手で揉みほぐすようにする。黒羽は黒羽で左手で首筋を軽く掴むようにして首を大きく回している。無意識の年寄りじみたお互いの仕草に、顔を見合わせて苦笑すると、実験室から皆のいる部屋に出てきた。


そう。プロテクトモード――音波による歪み遮断システム――には問題があった。システムに含まれる低周波音波は人体に有害なのだ。一般家電のモーターから発生するものでさえ頭痛や眩暈の原因になる。なのに低周波音の発生装置を身体に装着すれば、微細振動が身体を襲い自律神経の機能を低下させる。許される周波数範囲の中で、各人の身体にできるだけ共鳴を起さない周波数成分を調整したものの、動悸や息切れ、吐き気などの不愉快な神経症状を完全に抑えることは不可能だった。

この2週間、5人はずいぶんなハードスケジュールをこなしてきた。身体を低周波に慣らし、実験を続け、それでも着装できないことも考えて防護服を着用しての銃や戦闘の特訓もこなした。それでも一番ストレスになっているのは、そんな中でもいつでも出動できるように体調を整えておかなければならないということだった。やるべきコトが山積みの状態で、"寝るのも仕事のうち"というのは意外に辛い状況であった。

キツイのは科学者たちも同じだった。幸か不幸かオズベースでは2つのプロジェクトが同時進行していた。一つはバズーカとリーブラスターの強化だ。これは有望がリーブ粒子の新しい励起状態を発見したことから始まったもので、現在、新型リーブラスターの開発は既に実装段階に入ってきていた。

そしてもう一つが新型ロボットの開発だった。これはパリ本部から依頼され、田島博士を中心にかなり前から始まっていたものだ。
現在のリーブメカは単体で移動する時は石油系燃料を使っているが、合体してリーブロボになった場合はリーブエネルギーを直接の動力源としている。その制御のためにはリーブグリッドが必要で、5人は各自のシートのコネクタと自分のリーブレスを接続することでリーブロボを操縦していた。つまりリーブロボは、オズリーブスの5人がいなければ活動できないという弱点を抱えていたのだ。

ネオリーブロボは、新しく開発されたリーブダイナモを搭載することにより"リーブ粒子を使って発電された電気エネルギーによって"駆動する。これならばリーブレスがなくても操縦可能だ。機銃や重砲のように普通の火薬を使った武器もある程度搭載される予定だった。もちろん龍球剣のような直接にリーブエネルギーを使う武器を使用するにはリーブレスが必要だ。リーブ兵器は火薬系兵器より被害が周囲に広がりにくいから、リーブ兵器を使う方がベターとはいえ、5人以外の人間でも操縦できるロボットは、重要な戦力になると思われた。


技術者や研究者の集団には、修羅場になると一種異様なシナジーが生まれてくることが多い。赤星や洵の心配をよそに、61歳を目前にした葉隠もまた、寝る間を惜しんで精力的に問題の解決にあたっていた。


「お疲れさまっ」
輝が先に出てきた黒羽にタオルを2枚投げてよこす。
「すまんな、坊や」
受け取った黒羽が1枚を赤星に渡した。赤星は白い半袖を肩までまくり上げていて、鍛えられた上腕が剥き出しになっている。黒羽のグレーの長袖のシャツは右前腕の縫合の痕を覆っていた。だが左袖は種々の測定のジャマにならないように肩のあたりでざくりと切り取ってあり、こんなラフな格好の黒羽も見物ではあった。

黒羽がざっと汗を拭うと、洵と有望が待ちかまえている簡易テーブルに座る。採血をしたり筋肉の疲労度や反応速度を調べるためだ。隣に座ってきた赤星がなにげに注射針から視線を逸らしたのを見て、黒羽はにやにやと笑った。

「で、どうじゃ、感じは?」
二人から計測器を外しながら葉隠が訊ね、赤星が答えた。
「あの強度だと、30分がいいとこって気がしますね。いざとなれば、着装と解除をこまめに  繰り返して乗り切りますよ」
「でもまあ、標準の出力で着装できることを祈りたいですね」
採血が終わって肘の内側を抑えながら黒羽が言う。その左腕に有望がいくつかの電極をつけていた。

「そーいや瑠衣、お前の案、マジでいいかも」
左腕を洵に預けて、自分の血液が流れ込んでいるピストンから顔をそむけたままの赤星がそう言うと、瑠衣の顔がぱっと輝いた。
「ほんと!? 赤星さんたちもそう思う?」
「ああ。なんかだいぶラクになった気がする。お前ってホント、いいこと思いつくよな」
「確かにのう。そういう発想は我々だけでは浮かばんかったろうて」
葉隠が改めてそう言った。素朴な意見にこそ物事の解決策が潜んでるというのは、この偉大なる科学者のモットーだった。

さっき黄龍と輝からもしきりに褒められて紅潮していた瑠衣の頬が、また少し朱に染まる。彼女の「これならほんとの音楽聞いちゃダメなの?」という言葉で小さな音楽を流してみたのだった。可聴域の音波は空間の歪みには効果はない。だが、着装者の精神的な負担の軽減にはあきらかに役立った。

「効果があるのは確かだが、どうも瑛ちゃんの選曲がよくねえなぁ」
「なんだよ〜。テルも瑠衣ちゃんも気に入ってんだぜ? 赤星サンもいいんだろ、あれで?」
「なんの曲かしんねえけどな。俺はあれでかまわねーぜ」
「ボーカルの声質が悪い。これならオレが唄ったほうが‥‥」
「やめろってーの! これ以上殺人音波を増やしてどーすんだっ!」
「わあ、瑠衣、黒羽さんの唄でもいいな!」
「だああっ やめろっ 瑠衣! そんなことしたら死んじまうっ」
「あっ そうだ! 5つぐらい曲入れてもらって、ボタン押すと選べるってどうっ?」
「バカテル! プレーヤーじゃねーの! んなことできるワケないっしょ!」
「いや、3曲ぐらいならできるがの?」
「ハカセっ ホントなのっ?」


5人とも、この状況でひたすらに明るかった。ちょっとした合間に不謹慎なほどよく笑っていた。
それはひとりひとりが他の4人に示す、かぎりない思いやりだったのだ。

「大丈夫か」と相手を気遣うことはない。もはやそういった言葉は空しい感じがした。皆、自分にできることを懸命にやるしかなかった。無理はしている。だがしすぎて潰れれば仲間に負担がかかる。そうしないためにどうすればいいか。
確固たるポジションと役割をそれぞれがしっかりと担い、自分の足元をきちんと見つめていた。それでも仲間が何を考えているかは、驚くほど分っていた。

赤星は自分の身体で安全とわかるまで他の4人に実験を受けさせなかった。それはどうしても譲れない彼のこだわりだった。警察との調整をしながら課題をこなし、シミュレーションの手伝いをしつつ、葉隠を始め皆の体調に細かく気を配る。その黒い瞳にはいつも人を安心させるあの笑みが浮かんでいた。

黒羽は例の事件で受けたダメージを一切表に出さなかった。もちろん切り裂かれた傷は縫合したが、大したことはないと押し通し、3人の訓練役を買って出た。赤星以上のその厳しさは、技術のみならず、心構えの重要さを彼等に叩き込んだ。かといって決してせっぱ詰まった雰囲気にはしない。まず赤星に、そして自分自身にも余裕があることが、他の連中にとって重要なことだと彼は考えていたし、それは正しかった。

黄龍は年長二人と若い二人を完璧に繋いだ。赤星のシミュレーションをそれとなく手伝い、黒羽の状況如何では、輝と瑠衣をさりげなく射撃場に誘った。輝と瑠衣も、赤星や黒羽には言えない不安感を、黄龍になら話せた。黄龍はすかした例の態度で相手に喋りたいだけ喋らせ、最後の最後には例の口調で「あの二人がいれば大丈夫だぜ〜」と言った。それは妙に説得力があるのだった。

輝は相変わらずのムードメーカーだった。葉隠や田島や有望の「たぶんこうできる」という言葉が、輝というフィルターを通すと、憶測の形容詞が全てふっとび「できる」に変ってしまう。なまじの科学知識がない分、その想いはよりピュアだった。そしてそれこそが、他の4人の精神的なよりどころになっていたのかもしれなかった。

瑠衣の笑顔は絶えることがなかった。最も庇うべき存在がこうして笑っていてくれることが、他の男どもをどれだけ安心させたかわからない。とにかく頑張ってついていく。自分で自分に限界は引かない。できないことをみんなが渡してくるはずは絶対ないのだから、目の前にあるものを精一杯やればいい。そんな瑠衣を見れば、弱気になりたくてもなれなかった。

オズリーブスは最高のチームワークで、ブラックインパルスを迎え討とうとしていた。

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