★第25話 (5/18)
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1度目のベルが鳴り終わる前に、簡易ベッドから伸びた大きな手が電話の受話器をがしっと掴んだ。
「はい。オズベース」
ここはコントロールルームの側にある仮眠室だ。次元回廊が開く時の独特な電磁波が観測されたのが一昨日の夜だった。回廊が開いている間、赤星は自室に戻らずここで休むのを常としている。この戦いが始まった頃は回廊の開いている時間も半日程度と短かったのに、最近どんどん長くなってきてる。一度開くと丸2日以上保持されていることもザラだ。自然にそうなっているのか、それともスパイダルが何かやっているのか、どっちにしてもあまり明るい状況ではない。

<竜太さん?>
受話器から聞こえてきたのは意外にも洵の声だった。
「洵? え‥‥ どうした? 何かあったのか?」
<今、病院からなんだ。P地区で100人近い人が具合が悪くなったらしい。ウチにも急患が運び込まれてるんだ>
「なんだって? 毒かなんかか? 容態はどうなんだ?」

<とにかくひどい頭痛で、手足の痺れとか、顔に麻痺が出てる人もいる。他の病院では、かなり危険な状態の人もいるらしいよ。今みんなで必死に調べてる。個人的には学会の論文で読んだ広東住血線虫の症状に似てるなって思ってて‥‥>
「かんとん‥‥? 何だって?」
<カントンジュウケツセンチュウ。脳に入り込む寄生虫なんだ‥‥>
赤星が眉根を歪めた。それはかなり気味悪く聞こえる話だった。


電話を切ってコントロールルームに飛び込むと、もう葉隠が動き回っていた。
「あ、あり‥‥。博士!?」
「おー、悪かったのう。こっちで取ろうと思ったら、お前のほうが早かったわい。あの子が呼び出されたあと、いやな予感がして来てみたんじゃが、正解だったようじゃな」
オズベースの電話はモニターするのが基本だ。葉隠は、その脳に寄生するという気味の悪い虫について、既にいくつかの情報を集めていた。

広東住血線虫はカタツムリに寄生する線虫で人の体内に入ると脊髄を通って脳に侵入する。症状はまさに洵から聞いた通りだ。現在、有効な治療法はなく、症状を緩和しながら線虫の寿命――1ヶ月程度――を待つしかない。ただし日本での症例はこの30年間に50に満たないようだった。

赤星は電磁波走査の生ログに検索をかける。だが、いかな気象衛星といえども日本の全ての地域を24時間走査しているわけではない。患者が多発したP地区の走査結果には2時間ほどの空白がある。それに動き回ったのが例の新型アセロポッドだとすると、もうこの方法では引っかからない。

「竜や。特警の様子を確認してみたほうがよかろう」
葉隠の言葉に、赤星は警察回線をとった。
「おー、赤星。いいタイミングじゃねーか! 例の集団入院事件だろ?」
大きすぎる声に思わずフォンを耳から遠ざける。こんな時でもどこか陽気に聞こえるその声は特警の早見瞬だ。今日の夜勤は彼の番だったらしい。

「はい。なんか詳しい情報ってないですか?」
「おう! たった今、警察病院から連絡があったとこよ。原因はどうも寄生虫らしいぜ!」
「げ‥‥。も、もしかして、カントンなんとかって‥‥」
「おめー、わかってんなら、早く連絡よこせよ!」
「わかってたわけじゃ‥‥。でも、その寄生虫、日本じゃ発病例がそう多くないって‥‥‥」
「ああ、国立感染症研究所でもそう言ってるそうだ。となりゃ、あいつらって可能性が高ぇだろうが!」
「早見さん。ちょっとでも何かあったら、すぐ連絡もらえますね」
「あたりめーだ! 5人で顔洗って待ってろ!!」

赤星は回線を切って時計を見あげた。針は4:30を示している。顔を洗うには早すぎるその時間に、赤星はちょっと肩をすくめると、リーブレスを口元に上げた。


===***===

「‥‥原因が寄生虫と分れば、人間どもは国立感染症研究所を中心に研究を始めると思われます」
アラクネーの白い指が地図上の一点を示す。
「ここを破壊できれば、寄生虫駆逐の研究を妨害できます。陽動も兼ねて、一石二鳥かと‥‥」
「あとから役に立ちそうな情報を潰してしまう可能性は?」
「大いに有ります。ですから実験棟だけを狙います」
「どの棟がターゲットかわかるのか?」
「はい。昨日、入り込んで調べてきました」

スパイダル全軍の最高位者に、恐れげもなく進言する少女の横顔を見て、相変わらずだぜとスプリガンは思った。目的に達するための最短距離を、ただ一直線に進んでいく。
この娘の見つめる先には常にブラックインパルスが居る。その意味では自分と似ている部分もあるのだろう。ただ、自分は戦うことと勝つことが好きで、理想の戦い方をする男に憧れただけだ。とてもわかりやすい。だが、この娘にとって、我らが司令官はなんなのだろう‥‥。親や家族というものを知らぬスプリガンには、少女の気持ちがわからない。

「スプリガン‥‥」
言いかけたブラックインパルスを、スプリガンが片手をあげて遮った。
「わかりましたよ、司令官。しょうがねえなぁ、もう。‥‥ホーネットをこの嬢ちゃんに貸しますよ」

スプリガンが四天王になったばかりの頃。他の3人の先輩たちは互いの部下をよく融通し合っていた。自分の配下である師団を当時の魔神将軍に鮮やかに使いこなされて、えらく悔しかったことを覚えている。銀の長髯をたくわえたその将軍は「よく鍛えてあるな、小僧。褒めてやる。あとは率いる者の問題だよ!」とからから笑った。悔しかった。だが不思議に肩の力が抜ける何かがあった。四天王に取り立てられて以来、妙に固くなっていたスプリガンの動きが、目に見えてよくなってきたのはそれがきっかけだった。

今は4人の考えることがバラバラで‥‥。いろんなことに手間取るのはそのせいだというのは、理屈ではわかる。だがいままでどうしても感情がついていかなかった。しかし、今、アラクネーが、ゴリアントと自分の部下を使う。それは閉塞した空気をうち破る何かになるのかもしれない。

レンズに映る少女の眼差しは、そんなことの重みなどわかっていないように無表情だ。だからかえっていいのかもしれねぇと、スプリガンは思った。


===***===

新宿上空で、強いスパイダル波が検出されたのが朝6:30。5人が飛び出した直後、正体不明の飛行物体がその空域を横切ったことが報告された。
黒羽と輝と瑠衣が他の2人より一足早くオズブルーンで到着した時、3階建て鉄筋コンクリートのあちこちから火の手が上がっていた。何か小さなものが飛び回りながら、爆撃を加えているようだ。
「警察と消防に緊急連絡! 国立感染症研究所が2、3メートルぐらいの飛行物体に爆撃されて火災! ラジコンのようなものかもしれん。周辺に操縦者がいないか、手配してください!」
インカムに怒鳴った黒羽が肩越しに2人を見た。
「坊や、瑠衣ちゃん。降りて下の様子教えてくれ。消火弾だって人に当ったら死ぬ」

建物のすぐ前の空間の地上4mほどの位置にオズブルーンがホバリングする。簡易レスキューキットを背負ったグリーンとピンクの二人が飛び降りるとすぐに白い機体は舞い上がる。だが、こんなビルの林の中で、全長2m強の敵を追いつめることは、さしもの黒羽とオズブルーンにも不可能だった。

建物の前には呆然としている5人の職員らしい男の姿があった。服が汚れているので逃げてきたらしいとわかる。輝がそのうちの一番年輩の男に駆け寄った。
「オズリーブスです! 中にあとどのくらいの人、いるんですかっ!?」
「さ、3階の北の方に仮眠室があって! 部下が2人休んでて‥‥!」
「それだけ!? あとは!?」
「その2人だけです!」

「あっ」
別の男が3階を指さした。窓からワイシャツ姿の2人の男が必死で手を振っている。だがその下と隣の部屋の窓からは火が噴きだしていた。グリーンがリーブレスに怒鳴る。
「ブラック! 北の3階に2人だけ! 下と、できれば横の火、消してっ!」
「あの人たちケータイ持ってませんかっ。窓から離れるように言ってください!」
瑠衣の高い声に5人の中の一人が慌てて携帯電話を出した。

窓から2人が引っ込むと同時に白い機体が飛び込んでくる。少しでも間違ったらビルに激突しそうな状態で、炎に向けて消化剤をつめたミサイル弾を撃つ。問題の部屋の周囲の炎が消えて、白い煙がもうもうと立ちこめた。しかし、輝と瑠衣はその神業を見ることなく建物に飛び込んでいる。黒羽は絶対に火を消してくれる。わかっているのだから、1秒でも早く要救助者の元に行った方がいいのだ。

玄関から階段に到達するまでは火の海だった。敵は1階をメインに狙ったらしい。瑠衣が一瞬固まる。目の前の状況に、いつも見る夢がダブってくる。だが、少女の心が黒いものに掴まれるより早く、その手がぐっと掴まれた。
「オレたちが行けば、絶対助けられるから!」

輝がゴーグルの奥まで覗き込むように瑠衣のマスクを見つめる。女の子を危険な目に遭わせたくはない。それはこの少女だって‥‥たとえピンクリーブスだって同じだ。でも助けを待ってる人がいて、自分一人じゃ助けきれないかもしれない。そうしたらあの人たちは死ぬ。たった今、窓から手を振っていたあの人たちが永久にいなくなる。それは全てを押しのけるほどの恐怖だった。

瑠衣はこっくりと頷いた。耐火テストは何度もやった。あの赤星や黒羽が2分と耐えられない高温でさえ、このスーツを着た自分は平気だった。大丈夫。助ける。あの2人は死なない‥‥‥‥。
ピンクのスーツがだっと駆け出す。すぐにグリーンが並び、それを追い越して先に立った。

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