★第25話 (7/18)
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「脳に入るって例の寄生虫、やっぱりてめえらの仕業なのか、アラクネー」

赤星は正面の華奢な立ち姿を見据えた。黒羽の的確な初期消火と駆けつけた消防のおかげで火は消し止められた。だが、国立感染症研究所寄生動物部の実験棟は当分使い物にならない。広東住血線虫に似た症状を引き起している病気の研究は、たぶんここを中心に行われるはずだったのに‥‥。

「もうわかったの? やるじゃない。でも安心しなさい。このアトリスのワームにも寿命はあるわ。ワームが死ねば、宿主は助かる」
「なに〜? あんたらいったい、何考えてんだよっ!」
思わず黄龍が怒鳴る。何か実験めいたそのやり方が、はったりめいてひどくイヤらしい感じだ。
「洗礼の準備よ。ワームの寿命は二週間。でも体力が無い者はもたないでしょうね。スパイダルの属国に軟弱な人間はいらない。不適切なものは淘汰するのが当然だわ」
アラクネーは教科書でも読むように、淡々と言った。

「‥‥あんた‥‥。自分のやってること、どこまでわかってんだ?」
赤星の声は少し揺らいでいたかもしれない。寄生虫を使って身体の弱い者をふるいにかけようという、その発想にぞっとする。そしてそれをこんな少女が指揮していることにも‥‥。
スパイダルに"性別"があるのかどうかわからないし、こちらの常識を当てはめてはいけない。それでもこのアラクネーという幹部は、どこをどう見ても"少女"に見えた。度胸と高い知能を併せ持ちながら、その精神はアンバランスに未成熟な感じがした。
「生きる力の無い者は所詮それまで。それだけのことよ」
少女はただそう言い切った。

「‥‥そのワームとやら、あんたの能力なのかい、アトリスさんよ?」
赤星の反対側にいる黒羽が、いきなりアラクネーの隣の怪人に話しかけた。
「敵さんながら、すげえもの持ってるじゃねえか」
「げっへっへ。そーだろー!? オレ様の自慢の子分たちだーぜ!」
ぼこぼこごつごつとした亜麻色の皮膚に覆われたアトリスは、その大きな顎を少し上向き加減にして自慢げにがなった。
「ほう‥‥。じゃあ、お前さんが死ねば‥‥?」

アトリスがざっと黒いスーツの方に向き直ると、好戦的に言った。
「もちろん、死ぬぜ。あいつらもなぁ! やってみるかい、そのヤワなガタイでよぉ!」
「いい度胸だ」
黒羽は静かにそう言うと、柄だけになった状態のブレードを無造作に振り下ろした。ぶぅん‥‥という振動が空気中を伝わって、エネルギーによって形作られた刃が生じる。剣の形の空間に圧縮して閉じこめられたリーブ粒子は、気体の性質である激しいブラウン運動を行いながら、固体と同様の結束力を持つ。何かに衝突すれば相手を分断しても、自らはその形状を保持しようとするのだ。

だが新型ブレードの発するエネルギー以上に、黒羽の身体を包む怒りのオーラの方が迫力があると、隣にいる瑠衣は思った。
黒羽は戦う者と守られる者の間に明確な線を引くタイプだ。半年前、瑠衣がオズリーブスに加わった時、それでもしばらくの間、思い切れない感じだった赤星と対照的に、黒羽はぴしりと明確だった。戦うと決めたのなら覚悟を据えろと、最初の頃の練習相手になってくれたのも彼だ。そんな黒羽だからこそ、守られる者‥‥つまり一般人が明確にターゲットになった時、その怒りは倍増するのが常だった。


切っ先を下げたまま、黒羽がアトリスに向かって突進したのがスターターになった。怪物は牙をむいて身構え、黒い姿めがけて鋭い爪のある腕を振り上げる。が、黒羽の背後から瑠衣が飛び上がり、そのままスティックを化け物の口に突き込んだ。水分のある口内に高電圧が激しくスパークする。アトリスが暴れ様、その華奢な身体を捕まえようと手を伸ばした。
だが、今度は瑠衣の判断が早かった。躊躇いもなくスティックを手放すとそのまま跳んだ。続いて飛び込んだ黒羽が、瑠衣のスティックをぽんと後ろに弾き飛ばすと激しく切り込む。驚くかな、その乾いた溶岩のような皮膚は新型のブレードをもはね返した。


アラクネーが放った糸は向かってくる赤星の頸部を的確に捉えた。そのまま絞り上げようとしたが、赤い右腕が既に糸の輪の中に入っていた。輪を引き広げ、相手の虚を突いてぐんと引き寄せる。重心の泳いだ細いボディに左拳が入った。アラクネーは胃液が逆流する苦痛と不快感に思わず呻いて退く。剣や銃は相手にしたことがあっても、こんな肉弾戦には思考がついて行きにくかった。


怪物の背中側に跳んだ瑠衣の身体が打ち飛ばされた。アトリスは後ろに目があるかのように、太い尾を華奢な身体に叩き付ける。そこに斬りつけたのは黄龍のブレードだった。牽制のつもりだったが、なんの弾みかその尾がすぱんと切れた。黄龍は倒れた瑠衣の身体をすくいあげると、たん、と跳びすさった。

「あ‥‥っ‥‥」
着地してアトリスに向き直った瞬間、その長身が足元をすくわれるようにつんのめった。
「イエロー?」
黄色いスーツの右脛から足首にかけて、そして左足首から足先まで、亜麻色のセメントのようなもので固められている。
「な‥‥っ なにこれっ?」
「ヤツの体液だ!」
切断された尾の先から飛び散った粘液上のものが、地面にべしゃりと付着した瞬間に固まるのを黄龍は驚きの目で見て、そして叫んだ。
「ブラックッ!」


カキンッと何度目かの金属音が響く。翼のエッジを三日月型の刃が受け止めた音だ。伸びてくるパールグレーの両腕を、すんでのところでかいくぐり再び離脱する。輝はホーネットがアトリスの援護に行くのをなんとか阻止している。だが1対1で明らかに力負けしていた。

体勢を立て直した輝の視界の中で、ホーネットの左肩、リーブラスターの銃創にブレードが突き込まれた。逆手に持ったブレードとホーネットの頭部を掴んで、ロボットの背中に飛び乗っているのは赤星だ。と、彼の左腕がブレードごと相手の身体の中に吸い込まれた。
「リーダーッ!」
輝は思わず叫んだ。次の瞬間、ずん、という重い音と共に、ホーネットの右腕と翼が裂け飛んだ。

転がって立ち上がった赤星が、しばし左腕を抱え込むように動きを止めた。
「レッド!」
「早く、あっち行け!」
駆け寄ろうとした輝をぴしゃりと遮ると、無事なのを示すように左腕をぐるぐる回した。ブレードをブラスターに変化させ、相手の体内で撃ってわざと暴発させた。リーブライザーで前腕をガードしながらの乱暴な賭けは、赤星の勝ちだった。
「てめえの相手は俺がする!」
仲間の元に急ぐ輝の姿を隠すように、ホーネットとアトリスの線上に赤星が立ちふさがった。


アトリスは振り下ろされるブレードを前腕で受けたと思った。が、煌めきが急に消滅する。左胸に鈍い圧迫感が生じたと思ったら、それがいきなり灼熱のように熱くなった。
フェイントを使った黒羽は、相手の左胸に当てた柄からいきなりエネルギーを放出させた。粒子流の圧力に抗するように柄を押しつける。この怪物は甲羅のつなぎ目のように見える部分ですら切り込めない。逆に皮膚が厚くなってひび割れた部分にぶち込んでみたが、正解だったようだ。

そこに黄龍の叫び声が聞こえた。
「離れろ! 早くっ!」
同時に傷口から白っぽいものが吹き出してた。黒羽は相手の身体を蹴り飛ばすようにして飛び退く。右手は間に合わなかった。だが逃げるのがもう少し遅れたら、頭部から上半身のかなりの範囲をやられていたところだった。

「げっへっへ‥‥。やるじゃ‥‥ねーか!」
左胸を深く貫かれながらもアトリスはしっかりと立っている。その隣にアラクネーが駆け寄った。
「アトリス!」
「おー、ねーちゃん! 見てろよーっ 土産に一匹、血祭りだーぜっ」
相手の動きを奪う亜麻色の粘土は、アトリス自身の傷口を覆い、再び硬化を始めていた。

黒羽は石のようになった利き腕を相手の死角に置き、半身で怪人を睨め付けた。ブレードの柄、つまりリーブラスター本体も亜麻色の石で覆われて使い物にならない。この腕ではチェリーも使えない。歯がみした時、複数の、それも普通の人影が自分の後ろに回り込むのがわかった。
「無理だ、下がれ! 危険だっ」
叫んだ黒羽の右肩が強く引かれると同時に、西条の声が響いた。
「撃て!」
黒羽を押しのけて、険しい顔つきで引き金を絞っているのは早見。その向こうに西条がいた。アトリスは10人近い警官隊の連射を浴びた。だが‥‥。

アトリスが耳まで裂けるかというように大きく口を開けた。そこからひゅうっと赤い帯のようなものが繰り出される。その先端から、何かが放たれた。

「うっ!」
「なんだよっ」
西条が、早見が、そして警官達が、顔や首、手など、露出している部分を押さえてうずくまった。
「先輩! 早見っ!」
「それがオレ様のワームだーぜっ!」
アトリスが勝ち誇ったような声をあげる。
「前回みたいな卵じゃねー! 一挙にノーミソまで駆け上がるぜーっ」
「貴様ぁ!!」
効かない素手のまま飛び出た黒羽に、アトリスはにたりと笑って襲いかかろうとした。

「ブラックっ」
輝が疾風のように飛び込んできた。後ろ手に自分のブラスターを黒羽に向かって投げる。そのままアトリスの頭にとびかかり、三日月刀で斬りつけた。
「こっちよ、怪人さんっ!」
どんな騒音の中でも絶対に聞き逃せない高い声。宙高く舞った瑠衣の動きを、アトリスの視線が思わず追った。顎が上がったその瞬間、傷口を覆って盛り上がったばかりのその左胸に光弾が飛び込み、シェルモードの射出音が空気を震わせる。なんとかここまで来た黄龍だが、この両足ではどうしても相手にこちらを向いて貰う必要があったのだった。

さしものモンスターが喚いた。瑠衣に向かって苦し紛れの長い舌が延びる。それを掴み取ったのは赤星だった。ホーネットを殴り飛ばしたばかりの右腕がまだ淡い光に包まれている。引きずられそうになりながら、全体重を乗せて気味の悪い帯を引っ張る。
「ブレードモード!!」
輝のブレードを振りかざした黒羽がその舌を両断した。

「スターバズーカ!」
黄龍の右手が高く上がる。4人が一気にその元に集まった。同時に‥‥
「引くわよ!!」
アラクネーの鞭のような言葉が響き渡った。ホーネットの腕を捕えてロボットごとシュンっと短く移動したアラクネーは、暴れるアトリスの肩を掴み、そして消えた。

後に残ったのはまだひくついている赤い舌と、焦げて落ちたロボットの右腕と翼だけだった。

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