★第26話 (10/20)
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昨日の日の出の直前には、すでに明るくなった東の空に、まるでひっかき傷のような白い月をかろうじて見ることができた。だが、今日は既にその姿は無い。この時期、太陽と衛星は同じタイミングで運行するから、月の輝面はただ太陽だけを見つめ、地球からは見えなくなってしまう。
なんと言ったか‥‥。そう、"新月"だ。
朔を新月と呼んだ者は、消滅と誕生の不思議な連鎖をあのクリーム色の衛星に見たのだろうか。
スパイダルの参謀は目庇をあげて朝焼けの空を見やりながら、昨夜のことを思い出していた。
バイオアーマーの力があれほどとは思わなかった。あのスピード、あのパワー。考えるより先に体が動く‥‥‥‥というより、自分の動作に自分の思考がついていっていないような違和感があった。さすがに皇帝自らが作り上げた兵器‥‥。もう少し慣れないと使いこなせないようだ。
あの時、スプリガンの遣いがやって来たことに、自分は感謝しているのだろうか‥‥とブラックインパルスは思った。倒れたレッドリーブスの首めがけて剣を振り下ろした瞬間、ロボットバードが舞い下りてきて‥‥。‥‥これ幸いと、とどめを刺さずに戻ってきてしまった‥‥。
あれは‥‥生きているのだろうか‥‥。
友を庇ってソニックブームを両手と肩で受け止めたあの男は‥‥。
ふと、背後の足音に気づいて目庇をおろす。振り向いて、敬礼しようとしていた魔神将軍に向かい、かまわぬと手をあげた。
「シェロプ。引継の方は順調か?」
「はっ。私ではディメンジョン・クラッカーの開発を進めることはできませんが、運用とデータの収集はなんとかなりそうです」
「そうか。ご苦労だったな」
「そういえば、司令官?」
「なんだ?」
「スプリガンから聞いたのですが、バイオアーマーを手に入れられたのですか?」
「ああ。皇帝陛下から拝領したものだ。私も初めてだったが」
「なんでも凄まじい戦闘力だったとか。どんな感じだったのでしょうか」
ブラックインパルスはくすりと笑った。
「お前も使ってみたいのか?」
「え? ‥‥ええ。まあ‥‥」
「感じは悪くはない。ただ、動きが速すぎてまだ慣れぬ。あとはこちらの力量の問題だな。その意味ではお前ぐらい若ければ、もっと早くなじめるかもしれんぞ」
「そうですか‥‥。ならば私もそのうち、考えてみます」
シェロプは優雅な一礼をすると言った。
「スプリガンが最後の調整を終えたら戻ると言っておりますが、どうされますか?」
ブラックインパルスとシェロプが地下の基地に戻ってしばらくして、スプリガンは暗黒次元に帰っていった。そして、地下基地の中にはディメンジョンクラッカーとそれにエネルギーを供給する装置の作動音だけが響いている。アラクネーはスピンドル・ゴルリンに一通りのことをさせてみるため、地上に上がっていた。
シェロプは真剣な眼差しで、ディメンジョンクラッカーとそこにエネルギーを供給している周辺の設備を点検している。まるで配属されたての新人のようなその熱心さを、ブラックインパルスは面白そうに見ていた。時には手元のメモを見たり書き込んだりしている。自分がこれと思った分野で常に秀でた人間であることはこの男にとって当然のことだったが、まったく努力せずにそうあり続けた訳でもなかった。
「いったん次元回廊が開いてしまえば、維持に関しては完全に計算通りに作動しているわけですね」
シェロプの確認するようなその言葉に、ブラックインパルスが応えた。
「まあ、その部分についてはある程度確立していたことだからな」
「それでも、我々の次元だけから維持を図るのと、両側から行うのとでは、安定感がまったく違う。これも電磁波透過システムによって基地が設営できるようになった成果ですな」
「確かに。だが、忘れるな。まだ我々は自由に次元回廊を開けるようになったわけではない。今回は偶然この周囲に歪みが生じたから次元回廊が開いただけなのだ」
「ここは地熱がこれだけ利用できるから、このエネルギーレベルを保てていますが、三次元のどの場所でもこれだけのパワーが得られるとも‥‥」
シェロプがそう言いかけて息を呑んだ。
「な! 次元回廊が、消える!?」
あわててモニターの所に飛んでいったシェロプが大声で叫んだ。
「あたり一体に妙な振動が起こっています。その影響かもしれません!」
「地下のエネルギーの活動がまた変化したのかもしれん。データをとっておくのだ」
ブラックインパルスがそう言った瞬間、頭上から、どん、どんという鳴動が響き渡った。スプリガンがいなくなったため、ただの定点カメラになってしまっているロボットバードが、視界の中を横切った白い機体の映像を送ってきた。
「オズリーブス‥‥!」
「なんと、司令官相手に生き延びるとは悪運の強い! 私が出ましょうか?」
「いや、シェロプ。お前はここで対応してくれ。今の情報は貴重なはずだ」
「はっ お気をつけて! 貴様達は基地への出入り口を固めろ!」
シェロプは室内に残っていた数名アセロポッドに指示を出した。
「オズリーブス‥‥。よくもまあ、生きていてくれたものだ‥‥」
ブラックインパルスが消えたあと、シェロプは小さく笑った。そしてデータの記録を続けようとディメンジョンクラッカーの方に向き直ったとたん、困惑の叫びを上げた。
「何を‥‥!?」
命令を無視して部屋に残っていた作業服姿のアセロポッド2体が、ディメンジョンクラッカーとエネルギー供給装置の中に踏み込んだのだ。そしてその体が金色に輝いた!
「オズリーブス!?」
「ブレードモードッ」
シェロプの虚をついたレッドとイエローの2名は、ディメンジョンクラッカーから周辺に延びているケーブルの類を叩き斬った。
「貴様ら!」
「残念だったな、シェロプ! もうこの機械は使わせねえぜ!」
夜明け前から上陸していた二人は、早朝の散歩を楽しんだスパイダル参謀のあとをつけ、ここまで辿り着いた。こっそり置いた低周波音発生装置は、葉隠たちの意図通りの効果を発揮して、次元回廊を開くための空間の歪みを妨害したのだった。
「これは驚いた‥‥。まさかこんな所まで入り込んでくるとはな‥‥」
シェロプは既に落ち着きを取り戻していた。これはこれで、一つのチャンスだった。
「これ以上、好き勝手に通路作られちゃ、めーわくなんだよ!」
長身の方が物騒な銃を構えてそう怒鳴る。
シェロプは悠然と腕を組んだ。
「は‥‥! 次元回廊が迷惑か‥‥。だとしたら、貴様達、お門違いもいいところだ」
「なに?」
「我らの真の目的はこんな小さな回廊を造ることではない。もっと大きな‥‥というより、この世界と我々の暗黒次元を直接繋げるつもりなのだ」
「なんだって!?」
赤星と黄龍が絶句した。
「当然、この周辺、100Km四方程度は歪んだ空間に呑み込まれて使い物にならなくなるだろうが、この広大な3次元の中では些細な損失だろう?」
「そんな‥‥。そんなこと、絶対許さねえ!」
「口からでまかせ言ってんじゃねーよ! んなことできるなら、今までこそこそ隠れてこんな実験やってるわけがねーだろ!?」
「我らが司令官殿が、非常に危険な役回りを買って下さったのだよ。彼の体内に宿るバイオアーマーが、空間の爆発的なゆがみを引き起こす。やめさせたいなら、スパイダルきっての超戦士ブラックインパルスを殺すことだ。お前達にできるかな?」
「‥‥てめえ、なんだってそんなこと、俺達に教える? 筋が通らねえ!」
シェロプは小首を傾げてレッドリーブスの顔を見つめた。
「信じているからだよ、我らが司令官を。お前達が私を信じるかどうかは、おまかせしよう」
「レッド、どうする!」
「‥‥仕方ねえ‥‥!」
赤星は言葉と同時に、ブレードをディメンジョンクラッカーの上に振り下ろした。これを調べれば色々な情報が得られると思った。だが、もしシェロプの言っていることが事実にしろそうでないにしろ、この機械がそのとんでもないことのキーになる可能性はある。
「上がるぞ!」
「おう!」
たった一人、部屋に残されたシェロプは、高らかに笑った。
新参謀ファントマが‥‥そして首領Wが狙っているもの。
惰性となりつつある侵略戦争の中で、民衆の心を集約する一つの試み。
それは英雄の名誉ある戦死だった。
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