★第26話 (11/20)
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「あなたたちは‥‥っ」
スピンドルの動きを確認するために地上に出ていたアラクネーは、基地の近くで意外な三人と出くわした。それは彼女にとって同定できる数少ない三次元人だった。
不現理絵という名でこの世界で生活していたときにアルバイトをしていた喫茶店の従業員と常連客だ。真ん中にいるのがルイという少女。なんの屈託もなく懐いてきた。ある意味最高の話し相手で、三次元の怪談を色々話してくれた。その隣にいるのはアキラといった。ぱっと見た目は女性体に近いが性別は男。他人の居心地をいつも気にかけているのにそれに疲れた風も無いのが不思議だった。
そして‥‥敬愛する司令官に驚くほどよく似た男。クロバ・ケン。大げさな仕草も話し方も、そしてたぶん表情も、几帳面で節度を失わないあの方とは全然違う。だのについ目を奪われた。
大好きな珈琲の香りに満ちた建物。責任者の呑気さが伝染しているような変わった空間だった。幼い時から実の親との間にすら張りつめた空気しかなかったこの少女にとって、身構えるのが馬鹿らしくなるようなあんな雰囲気は初めてだった。心地よい、だが、浸っていたら堕落していきそうな、奇妙で印象深い時間‥‥。
こんな無人島でそんな連中と会うなどどう考えてもおかしいと少女が思い至るより早く、すっと身構えた3人の姿は、夢物語の登場人物からいきなりスパイダル最年少将軍の現実に変わった。
「あ‥‥っ オズリーブス!?」
「ピンク、残り、頼む」
「了解!」
ブラックに渡されたデイ・バッグのようなものを抱えて、ピンクが身を翻す。反射的に追おうとしたアラクネーの行く手を、ブラックとグリーンの二人が遮った。
「アラクネー。ここから先は行かさんぜ」
暗黒次元の存在であるアラクネーの聴器官は、三次元人が"人声"として認識する周波数帯のうち、かなりの部分を逃してしまう。言葉は理解できるが、あとはせいぜい女性と男性の区別がつくぐらいで、時にはそれすらおぼつかないこともあった。それでもイントネーションはなんとなくわかる。それは言葉の内容以上に、語り手の心情を示した。
そんなに話したことがあるわけではないが、クロバ・ケンはいつも余裕と茶目っ気を漂わせた話し方をする男だった。実の両親とは幼い時に生き別れになったと語った時でさえ飄々と穏やかで、だからつい、私もやっかい払いのように親元を離れたと、必要もないことを話してしまった。
(そいつはシンドイ話ですなぁ‥‥)
男の唇からいつものにやにや笑いが消え、瞳がしんと深い色を帯びた。小さな自分の手を取って何も怖がることはないと言ってくれたかの人と、あまりに似通っていた。
(でも親子の出会いだって運命ですからね。たとい縁が薄かろうが、恨んだりしちゃいけませんや。自分の生き方してりゃあ、おのずと仲間が出来ていく。それで十分なんじゃないですか?)
こんな顔も持っていたのかとまじまじ見つめ直したほどに、柔らかな微笑みと話し方だった。
だが、今、眼前の男から発せられた声にはそんなものは微塵もない。それはつい先日、自分をあっさりと斬り伏せようとしたオズリーブスのナンバー2以外の何者でもなかった。理由のない羞恥と怒りが華奢な全身を貫き、アラクネーはコントローラーに向かって叫んだ。
「スピンドル! この死に損ないを冥土に叩き込んでおやりっ!」
スピンドル・ゴルリンの反応は申し分なかった。プリズムでくみ上げられたような独特のボディがアラクネーの前にずいと踏み出すと、白い球体を三次元人に向けて投げつける。二人はとっさに左右に分かれた。美しい丸いグラスが爆発し、どん、どん、と大地を震わせる。自分を追ってきた第2弾を輝がかろうじてトンファーで弾き返した。
「こいつってば倒したヤツじゃなかった!?」
「双子の弟でもいたんだろ! 目眩ましに気をつけ‥‥」
黒羽の言葉が終わらぬうちに、今度はスピンドルの体内で屈折を繰り返して集約された光のエネルギーが二人を襲った。
「うわっ!」
「オズブルーン!」
忠実なる白い機体が滑り込んでくると宙に黒い煙をまき散らす。朝で光量が少なく威力は抑えられているものの、どこから反射してくるのかわからないこの怪人の攻撃は、類い希な黒羽のカンや輝の動体視力を持ってしても読み切れない。前回はオズブルーンの煙幕で防ぐことができたから、試してみる価値はあった。
ちょっとだけ息をついた黒羽が反射的に身を沈める。頭上を銀の糸がかすめた。その時既にアラクネーは黒羽の間近まで飛び込んでいた。黒羽はすくい上げるように入ってくる金属の突端を仰け反って避け、後ろに飛びすさる。
「ブラックリーブス! 礼はきっちりさせてもらうわ!」
顔のほとんどを覆うフードとマスクの中で黒紫の瞳が見開かれ、華奢な肢体に似合わないぎらりとした光を放った。
アラクネーが冷静さを失って、こちらにかまけてくれるのは好都合だった。瑠衣は低周波音発生装置の残りを撒きに行っている。赤星と黄龍は同じ物を持って基地内部に潜入していた(身長不足でアセロポッドになりすますのはムリだと言われた輝はちょっぴりおかんむりだったが‥‥)。次元回廊を生じさせている設備を同定してそれを止めるためだった。
「ご指名とあらば、喜んでお相手しましょう、お嬢さん?」
黒羽はブラスターをブレードに変化させると、動かせない左肩を隠すように半身に構えた。
「リーブラスター、シェルモード!」
超特急で戻ってきた瑠衣は、いきなりシェルモードにしたブラスターを両手で構えた。
「わっ だめだよ、ピンクっっ」
輝の制止も聞かず瑠衣がシェルモードを発射した。あたりに重低音が響き、スピンドルの脇腹に光弾が飛び込んでいく。輝は反動でバランスを崩した瑠衣を支えつつ岩陰に飛び込んだ。前の時、この怪人はブラスターを反射して撃ち返してきたのだった。だが‥‥。
「あ! 壊れた!?」
「わーい 当たったvv」
瑠衣の言葉に輝が思わずこける。だが、あの体勢でシェルモードを命中させたのは確かに凄い。
「足下を狙えば胴体のどっかに入るだろって言われてたんだー。うまく行ってよかった!」
黄龍の入れ知恵だったらしい。
「納得! オレもやってみよっ!」
小柄な二人が岩をぽんと乗り越えると同時に、スピンドルの身体全体が強烈に発光する。
「きゃあっ」
「目、つぶって!」
瑠衣が薄目を開けた時、輝はもう怪人に向かって走り出していた。
「グリーン!」
「任せて! いっくよー!」
ほとんど目をつぶったままカンだけを頼りに一気に間合いを詰めた。飛び込んで胸の発光体を破壊しなければならない。それは小柄な身体にとっては賭。しかし赤星がいない今、それは自分の役目だった。
お互い決め手がなかった。オズリーブスの新型ブレードは、出力を上げるとアラクネーの溶ける糸を昇華させてしまう。だが黒羽のほうも片腕では、ぶちまけるように降ってくる糸をかわすだけで手一杯で、次の攻撃に移れない。
「これで、どう!?」
ブラックの頭上を飛び越えざまにアラクネーが狙ったのはブレードの持ち手の部分。黒羽の右手が束ごと大量の糸で絡み取られる。間一髪、黒羽はブレードをブラスターに変化させた。くるまれた右手をアラクネーに向けてぴたりと上げる。
「シェルモード!」
光弾が凶暴な牙を剥き、真っ白な繭玉を食い破って飛び出す。アラクネーが硬直した。
「なにっ!」
金色がかった光が少女の身体に到達する寸前でぺしゃりとひしゃげた。遮ったのはエネルギーに曝されて少し青みがかった黒い鎧‥‥。
「ブラック‥‥インパルス‥‥ッ」
「生きていたか‥‥。だがその肩‥‥。大人しく休んでいればいいものを‥‥」
「‥‥あんたが‥‥そんな口、叩いてるっていうのに‥‥‥」
黒羽がびゅっと音をたてて右手を振った。綿くずのように白い糸が千切れ落ち、ブラスターが再び長剣に変化する。
「オレが‥‥。寝てられる、と思う、のか」
さっきまで感じていた肩の痛みはいきなり消えていた。だが体温が一挙に上がった気がして、ひどく喉が乾いてひりつく。声がひっかかってうまく出てこない。
夕べのあの驚異的なスピードとパワー。不気味な怪物と身体を一にしてそれを使いこなしていた。特殊空間の中でバズーカやシェルモードが使えず、リーブスーツも動きにくいという状況があったにしろ、五人でかかって手もなくあしらわれたのだ。
だからこそ‥‥自分が見逃されてきたことをイヤでも思い知らされる。あの洞窟でも、先だっての山の中でも、そしてたぶん昨日も‥‥。
こっちを馬鹿にしてるワケじゃない。こいつは本心から、オレを‥‥‥‥。
いや、そんなハズはない。ただ、オレを寝返らせて、利用するつもりなだけだ。
‥‥‥‥‥‥‥‥。
なんでもいい‥‥。オレにこいつを憎む理由をくれ。殺したいほど憎む理由を‥‥。
今は、その力でも、借りたい‥‥。
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