★第26話 (12/20)
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「ブラック!」
よく通る声が二つ、重なって響いた。輝と瑠衣が黒羽の背後に位置づけて、背中合わせにスピンドルに対峙する。オズブルーンの作り出した曇り空の下で、3人の戦士は黒い甲冑とプリズムの固まりに挟まれた形になった。
ブラックインパルスが斜め後ろのアラクネーに命じた。
「アラクネー。スピンドルを引かせよ」
「え? は、はい」
アラクネーが手元のコントローラに命令するとスピンドルは疾風のように主人の脇に戻ってきた。輝と瑠衣が黒羽の両脇に位置づけてスパイダルの参謀に向き直る。
「ブラックか‥‥。私のこともそう呼んでくれる友がいる。お前もそうなのだな‥‥」
黒い鎧から小さくこぼれてきた声はあまりに穏やかで、あまりにこの場にそぐわなくて、輝と瑠衣は少し驚いた。優しく深みがある響き。そこには甘美すぎる陰湿さは欠片もない。
"お前"という単語が黒羽を意味しているのは歴然だ。二人はちらりと黒羽を見やり、黒いボディがひどく荒い息をしていることに気づいた。左肘をぴたりと体の側面に押しつけ、ブレードを持つ右手は心無しか震えている。傷の状態がかなり悪いようだった。
黒い兜がわずかに動き、グリーンとピンクを交互に見やった。昨夜、着装の解けたこの二人は、意識が無いことも手伝ってあまりに子供に見えた。
「グリーンリーブスにピンクリーブス。お前達があんなに幼い人間とは思わなかった。だが‥‥」
ブラックインパルスがすらりと大剣を抜いた。
「戦場に立つのなら、容赦はしない」
「望むところよ‥‥」
瑠衣が握りしめたスティックをぐっと突き出して叫んだ。
「パパとママを殺した敵と戦うのに、若いかどうかなんて関係ないわ!」
上司の背後でアラクネーは黒紫の瞳を見開いた。不現理絵として生活していた頃、目の前にいるピンクリーブスであるサクラギ・ルイに両親は事故で死んだと聞いた。研究者と言っていたし、たぶん機甲部隊のOZ急襲の時に巻き込まれたのだろう。
‥‥死んでしまっても愛している、と、あの時少女は言った。この世にいないものに対して、思いだけが存在できるのかどうか、未だによくわからなかった。
瑠衣の言葉に黒羽の身体も一瞬こわばった。だが、男は静かに息を吐き出すと両肩から力を抜いた。
「ブラックインパルス。今までみたいにはいかねえ。覚悟しろ」
右手を引いてブレードを八相ぎみに構えると言った。
「ミド、ピンク。旦那の側はオレに任せるんだな」
「ブラック。冗談きついよっ」
不安が払われた輝の声は、いつも通り澄み渡ってよく通った。旦那すなわち赤星。つまり紅い化物を引きつける役目は自分が負うという意味だ。ずいぶんな例えではあるが、いつもながらのその物言いが、若い二人をほっとさせた。
グリーンとピンクが左右に展開する。二人のブラックがまるで絵のように対峙した。空中に散布されたオズブルーンの煙幕が薄らいで、まるで予定の効果のように春の日射しがラインを描いた。
その時だった。三人のリーブレスにいきなり呼び出しが入った。
<レッドだ! ブラックインパルスと会ったら変身させるな! 島がぶっこわれるぞ!>
「なんだと! どういう意味だ!?」
ブレスからは大量の人間が取っ組み合っている音とシェルモードの射出音が聞こえてくる。赤星と黄龍がアセロポッドとやり合っていると思われた。赤星は騒音に負けまいと、どでかい声で怒鳴ってくる。
<例の紅い化け物が空間を歪めるんだ! それ使って向こうとこっち、直接に繋ぐこと企んでる! んなことしたら、あたりの島も全部沈んじまうんだ!>
「なんだって!?」
M島は偶然にも今人が居ない。だが周囲の島には、普通に多くの人が生活している!
「‥‥そんな、ばかな‥‥」
三人が互いの顔を見合う。その言葉が仲間のものでないことに気づくのに暫しかかった。そして、驚いて黒い鎧を見つめた。
「島を沈めるなど、私は、そんなことは考えていない‥‥。これはただの武器だ。空間の歪みを引き起こす力など、あるはずが‥‥‥‥」
―――次元回廊が開いたのは空間になんらかの歪みが生じて開きやすくなったからなんです。
たしか‥‥。歪みが生じたのはバイオアーマーを活性化させてから少し経ってからで‥‥。
「‥‥そんなはずは‥‥」
兜がゆっくりと左右に振られ、呆然とした声が漏れた。
「あんた‥‥。何も知らないって‥‥‥言うのか?」
訪ねる黒羽の声もまた、少し震えを帯びている。
「この自然を、この美しさを、そのまま手に入れる‥‥。そう、約束した‥‥。この世界は、広大な暗黒次元の、金型に、なる‥‥のだから‥‥」
ブラックインパルスの呼吸が荒れ始め、声が途切れ途切れになり始める。左手が鳩尾のあたりを押さえつける。がちゃがちゃという鎧の音が聞こえてきそうなぐらい、その身体が戦慄きだした。
「‥‥これは‥‥‥‥陛下から拝領した‥‥ただの‥‥手足で‥‥」
輝と瑠衣が呑まれたように数歩下がる。
「‥‥やめよ‥‥‥。まだ‥‥私は‥‥」
ブラックインパルスの身体ががくんと仰け反った。甲冑の胸部と腹部の継ぎ目から、ばっと大量の繊維のようなものが噴き出す。
「‥‥‥‥な‥‥ぜ‥‥‥‥‥‥」
クラゲの触手を思わせるそれは、すぐさま鎧にまとわりついて黒い身体を覆って行く。朝の光の中で見ても、その化け物は濁った血の色以外の何者でもなかった。
アラクネーの悲鳴が響き渡った。
黒羽は生まれて初めて錯乱に陥りそうな恐怖を感じていた。身体が動かない。思考も停止している。
眼前の男が本人の預かり知らぬ所で本物の怪物に変化させられていく。
ただ、その事実だけが、繰り返し頭の中を駆けめぐっていた。
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