★第26話 (13/20)
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ブラックインパルスの愛剣が、いきなり空を滑った。
「ブラック!」
瑠衣の叫び声に黒羽の呪縛が解ける。黒いボディがかろうじて飛び退いたあとの空間を大刀が断ち切っていった。乾きかけた血色の怪物は、そこに内包する男の唯一の血族をなおも追う。
「ブレードモードっ」
怪物の背中から輝が躍りかかった。刃が怪物の右腋下から跳ね上がる。田島から説明を受けてこっち、頭の中で何度も繰り返しイメージしてきた完璧なタイミング。昨夜と違い、確かに刃の滑り込んだ感触があった。だが怪人は動じることもなく左腕を背中に回した。その二の腕から先がしゅるりと変形し、小柄な身体に向かって走り伸びた。
「がっ‥‥‥う、くっ!」
錐体状の先端が輝の脇腹のあたりに飛び込み、小柄な身体を岩に叩き付けてめり込ませる。
「エレクトリック・サイクロン!」
飛び込んできた瑠衣のマジカルスティックが不気味に変形した腕を打った。怪物が紅い触手をびくりと引っ込める。だがひるんだ様子もなくソニックブームを振り上げて、一跳びで二人に詰め寄ってきた。その背中から側面にかけて3本の矢が立て続けに炸裂した。
「大丈夫か!」
ブラック・チェリーを放ちながら回り込んできた黒羽が、輝と瑠衣を庇うように立つ。
「‥‥ブ、ブラック‥‥。左手、使っちゃ‥‥ダメだってば‥‥」
瑠衣に助け起こされながら輝が言った言葉はまずそれだった。いつもだったら何か強がりの一言でも返さなければ気が済まなかったろう。だが、今の黒羽にはその余裕がなかった。マスクの中で歪んだ唇を噛みしめると、それでもブレードごと右手を上げて肩越しに二本指の合図を送った。
仲間達を死なせずにこの危機を乗り切れるなら、こんな腕などどうなったっていい。けれども高性能爆弾付きのチェリーを3発立て続けにくらっても、相手はたいしたダメージも受けていないようだ。
だがその動きは未熟な操演のように不自然で無様だった。紅い腕は意味も無くがくがくと攣れたように戦慄き続けている。まるであの男と化け物がせめぎ合っているようだ。
自分も同じ化け物を呑まされて、それが体内で暴れているような、そんな重苦しい痛みが黒羽の胸にでんと居座って、どんどん、どんどん、酷くなっていく。
‥‥‥‥あんたは‥‥‥‥。
‥‥あれだけ慕ってた皇帝陛下に‥‥騙されたんだろ?
さわやかな山の風に長めの髪を遊ばせたまま、夢を見るように敬愛する者のことを語った男の表情がちらつく。深い色をたたえた瞳にはわずかな名誉欲すらもなく、愚かなほど生真面目に"それ"を信じていた。
オレひとり、あんたと差し違えて済むなら‥‥。
‥‥オレにそこまでの力があったら‥‥‥‥。
‥‥‥‥その悔しさと哀しみを終わりにできたら‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥どんなにか‥‥‥‥‥‥‥‥
「ブラック‥‥。もしかしてあの人‥‥無理矢理、ああなってるの‥‥?」
背後から輝が小さな声で尋ねてきた。吸い込まれるように頷いた黒羽は慌てて頭を強く振った。
「バカな‥‥。バカなこと考えるな。ヤツは倒さねばならん。わかってるだろう」
「う‥‥うん。‥‥そうだね。例の話、正解だったみたいなんだ。さっき手応え、あったから‥‥」
「あの伸びる手、スティックの電撃はキライみたいだったけど、ちょっとやっかいだよね」
「囮、オレにまかせてよ。かわして攻めに合流してみる。伸びる手はピンクに抑えてもらお?」
「わかった。油断するなよ。マズイと思ったらすぐ離脱するんだ」
「おっけー」
オズリーブスの3人が飛び出して、ブラックインパルスを囲み気味に展開するのを見ても、アラクネーはただ呆然としていた。事象はわかってる。考えることもできる。だが、頭の中の意志決定のパーツだけは凍り付いて機能していない。人形のようにただ突っ立っているスピンドルと自分は変わらない、とアラクネーは思った。
スピンドルを上司のフォローに出すべきなのだ。オズリーブスのおかげで地球侵攻作戦は遅れ、そのせいで参謀ともあろうお方がこうして地上に降り立つハメになった‥‥。3人のうちに倒してしまえばオズリーブスは全滅も同然。そしてそれが今ならできる。とてつもないバイオアーマーを得たあのお方が、自らの手で‥‥。
まだ「最新兵器」に分類されるバイオアーマーではあるが、アラクネーとてそれがどのようなものかぐらいは聞き知っている。簡単に言えば強力な外殻と補助神経系および補助筋組織の固まりだ。慣れるまでは化学物質の投与によって活性と非活性をコントロールするが、なじんでくると使い手の神経伝達物質の濃度変化に反応するように―――つまり、意のままに操れるようになるという。
だが、先ほど司令官は明らかに戸惑っていた。使う気はなかったのにバイオアーマーが活性化してしまって‥‥。そのうえ、バイオアーマーの能力を知らされていなかった‥‥?
‥‥‥‥今、わたしの目の前にいるのは、いったい誰なのか?
あのお方なのか、それとも‥‥。
もう、見たくない‥‥。
あの威厳と穏やかさに満ちた司令官とは似てもにつかないあの血色の怪人を押しとどめ、普段の姿に戻して、何がどうなってるのか問いただしたい。わたしが仕えているのが誰なのかを確かめたい。
いざスピンドルを出したら、とんでもない事を命じてしまいそうで、アラクネーは動けなかった。
新しいプロテクトモードは昨夜より遥かに動きやすくなっていた。紙一重で紅い腕を逃れる輝の動きは、昨夜受けたダメージなど無かったかのようだ。無理している‥‥というより、痛みが意識の外にトンでしまっていた。ソニックブームの切っ先がこちらの右脇腹から左肩にかけて駆け抜けるのを、ぎりぎりでかわす。出会ったことばないが、かまいたちとはこんな感じなのだろうか。翻った刃が今度は上段から降ってきた。
逃げる代わりに相手の左側にぐんと踏み込んで飛び上がる。すでに黒羽が怪人の右側面から斬りかかっていた。輝はブレードを紅く太い首の付け根に突き立てた。何かをこじ開けるときのような感触が伝わってくる。怪物の背中側に飛び降りながら、そのまま刀身を押し込もうとした。
「!」
怪物の左肩がいきなり破裂した。噴き出した大量の細い触手があたかも小さな魚を捕らえるイソギンチャクのように輝を包み込む。スーツの上から大量の虫に這い回られるようなぞっとする感触が伝わってきた。
「げっ、やっ‥‥。うわぁっ!」
嫌悪の声、次いで苦痛の叫びが輝の口を飛び出た。強烈な電撃が体中を走ったからだ。だがそれとひき換えに敵の触手はざわざわと引いていった。
「ごめんね!」
触手の固まりに仲間もろともにスティックの最高出力の電撃を流し込んだ瑠衣が輝の手を強く引く。追ってきた大剣を桜色のバトンでがっきと受け止めた。が。
「きゃああっ!」
ソニックブームの発する激しい衝撃波を喰らった二人の身体が吹き飛ばされた。
「グリーン! ピンク!!」
その声に起きあがった二人はマスクの中で青ざめた。化け物はその左手で、まるで獲物を捕らえた蜘蛛のように糸で巻かれた黒羽を抱き、その喉元に物騒な切っ先を合わせていた。
「ブラック!」
ざくり、と刃先が金属の隙間に入った時、父親の肉を断つその手応えが、一瞬、黒羽の判断を鈍らせたのかもしれない。身体に巻き付いた紅い繊維に両腕もろともに締め上げられ、ブレードも取り落としてしまった。ごつごつと醜い瘤で覆われた紅い顔がこちらを覗き込んでくる。うつろな二つの穴の奥に黒い目庇が少しだけ見えた。その奥にあの男の瞳があるのかどうか、もう黒羽には自信がない。
これだけ力の差がありながら、自分が父親を倒せるのかどうかだけ考えていて、こっちが殺される可能性を考えていなかったのが愚かしくも不思議な気がする。それは無意識の甘えだったのか。だとしたらずいぶんと理不尽で身勝手だ。黒羽は鈍く光る剣先を見つめて、一瞬にそんなことを思った。
ソニックブームの切っ先はぶるぶると揺らぐだけで降ってこない。そのうち怪物の身体全体から戦慄きが伝わってきた。逃れようともがいたが、触手の締め付けだけは強くなる一方だ。左肩から頭を真っ白にするような熱と痛みが広がってくる。
と、衝撃が頭上を通過した。空気を震わすシェルモードの射出音が響き渡る。怪物が顔を上げた瞬間、赤い両手がソニックブームの束を掴んでいた。
「早く!」
赤星が渾身の力で大剣の動きを封じている。瑠衣と輝がスティックの電撃で黒羽の救助に入った。仲間の間隙を抜いて2発のシェルモードが怪物の頭部に吸い込まれていく。赤星は隙をついてなんとか相手の武器を奪い取ると、視界の端で仲間が離脱したことを確認してから飛び退いた。
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