★第26話 (15/20)
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「スピンドルッ」
黒羽の白い手袋があがったとたん、アラクネーはコントローラに向かって絶叫した。なのにスピンドル・ゴルリンはぴくりとも動かない。黒紫の瞳が真円を描き、次の瞬間、少女はかの人に向かって走り出した。しかし驚くかな、スピンドルの手が伸びて、彼女の腕を捕らえる。
「放せっ!」
激昂するアラクネーには、スピンドルのコントローラーを持つ者がもう一人いたなど思いつかない。そして―――。
「なんでっ?」
「ばかな!?」
5人が叫んだ。見慣れた金色の光が一人の男を包み込もうとしている。それは血色の化け物ではなく漆黒の甲冑姿だった。
ブラックインパルスのトレードマークとも言える黒い鎧は、高準位のリーブ粒子に灼かれていた。それは必死に青く輝いて、自らを消滅させつつ金色の光を相殺しようとしている。かつてスパイダルの皇帝が極めて重用したその部下に与えた黒金の方は、主を裏切ることは無かったのだ。
男の身体ががくんと崩れると同時に、鎧はまるで一瞬で風化してしまったかのようにはらりと消滅した。少し長めの柔らかそうな髪がふわりと波打った。
すでにバズーカは空に帰っていた。一番最初に男の側にたどり着いたのは輝だった。何も考えていなかった。まるで夢の中のように実感がなかった。うつ伏せの男の背中には、はじけたような無残な傷があった。倒れる寸前の、黒髪に縁取られた白い顔が脳裏に焼き付いていた。
「やつは倒さねばならん」という黒羽の声が蘇った。いつもの喋り方からは信じられないほど苦しそうだった。肩の傷が辛いのだとばかり思ってた。体中が震えてきてどうしようもなくて、輝は男の脇にへたりこんだ。
輝と反対側に片膝をついた赤星が、男の背中の傷口にそっと手を触れた。握りしめるとスーツ越しにぬるりとした感触が伝わってきた。
‥‥この数日、黒羽はどんな思いで過ごしたのか‥‥。あいつが苦しんでたのは、お袋さんのことだけじゃなかったんだ‥‥。
無性に腹が立った。運命を担当してるのが神様だってなら、そいつだって殴りたい気分だった。視線をあげれば乾いた血色の姿がある。男の背中を食い破り、男の身体を盾にして生き延びた、あの化け物だった。
輝と赤星はバズーカの射出とほぼ同時に倒れた男に向かって駆けだした。だが自分の右後にいる黒いスーツはただ立ちつくしたままだ。このままだと黒羽は父親に最期の別れを言えないのではないかと思った。黄龍は瑠衣のマスクを見つめた。ちらりと黒羽を見て再び視線を戻す。言葉には出したくなかった。少女の気持ちに任せたかった。だが、それでもせめて‥‥。
黄龍は小さく頭を下げると同時に走り出した。化け物の前に踏み出した赤星の隣に向かって。
あそこで倒れている人の命令でOZの研究所は破壊された。パパもママも、沢山の人が死ぬって分かってて命令を出して‥‥。だからバチが当たったの‥‥‥‥。
‥‥でも、意地悪そうな感じじゃなかった。逃げろって言ってた。息子よ‥‥って‥‥。
―――あの人、黒羽さんのこと、とても大事に思ってるんだ‥‥。
「くろばさんのパパとママはどんな人?」と聞いたのは知り合ったばかりの頃だったと思う。「優しい人だったよ」と答えた黒羽は、「でも、お兄さんは小さい頃に迷子になっちゃってね、本当のパパとママとは会えないままなんだ。だから瑠衣ちゃんも気をつけないとだめだぞ」と笑った。その時は迷子になるってなんて怖いんだろうと思った。もう少し大きくなって行方不明ということがわかった。
お互い知らないまま違う世界でずっと生きてきて、やっと会えて、‥‥会えたら‥‥
最年少の自分を最初にきちんとした戦力と見てくれたのは黒羽だった。いつも冷静だった。敵を倒すためにどうすればいいか、常に的確な指示をくれた。さっきも‥‥本当に相手を倒そうとしてた。‥‥倒そうとしてた‥‥。‥‥パパ‥‥だったのに‥‥。
黄龍が自分を見ていることに気づいた。彼の視線の滑るままに黒羽を見やる。力無く項垂れて、右手を強く握りしめて震えていた。黄龍の残した小さな願いが、手の中にすっぽりと納まっている気がした。
瑠衣の身体はごく自然に動いた。駆け寄ると、両手で男の両手を取った。ゴーグル越しだったけれど、子供の頃のように真下からその顔を見上げて言った。
「黒羽さん。早く行ってあげて」
この世のものではないように澄み切った声が、黒羽の鼓膜を打った。
まるで導かれるように片手を引かれて歩み寄ってきた黒羽に、輝は立ち上がって場所を譲った。倒れた男の脇に静かに両膝をつくと同時に黒いスーツが解除される。黒羽は両手を伸ばし、父親の身体を抱き上げて仰向けた。血の気を失ったその顔は、母と似合いの齢まで駆け足で年老いたようにも見えた。喀血が顎から喉にかけて鮮やかに染めている。額にかかる髪をそっとかき上げると、睫がふるえ、うっすらと瞼が開いた。
「‥‥お父さん‥‥」
「‥‥健‥‥」
息子の声は、小さく、低く、かすかに囁くようだった。
父の声はかすれて淡く、ほとんど吐息に溶けてしまっていた。
だが、触れあった身体から互いに流れ込んだその響きは、細胞に閉じこめられていた思い出までも揺り起こし、真綿のように広がって父子を包んだ。そして二つの言葉が、聞いている4人の胸に深く、重く、染み込んでいく‥‥。
赤星は持っていたソニックブームの束をぎゅっと握りしめた。
「‥‥許さねえ‥‥」
黄龍が両手でブラスター支え、デュプリックと呼ばれた紅い怪人に向かってしっかりと構えた。
「覚悟しな!」
銃口が吠えると同時に赤星はだっと斬りかかった。シェルモードを至近距離から食らって揺らぎもしない相手に違和感を覚えながらも、ブラックインパルスの愛剣を撥ね上げる。どうしてもこの剣で一太刀浴びせたいと思った。
黒羽がのりうつったかのように鮮やかな軌跡を描いて、切っ先が敵の左脇から斜め上に走った。だがなんの手応えもない。まるでホログラフィを断ったかのようだった。
===***===
田島十兵衛は警察の高速ヘリとパトカーをぶっ飛ばしてオズベースに帰ってきた。お世辞にも万全とはいえない状況で島に戻った5人に後ろ髪を引かれる思いだったが、むしろ基地に戻ったほうがフォローができると判断したためだった。申し訳ないが洵には船に残ってもらっている。彼らが再び医師を必要とする可能性は十分にあった。
そのまま勢い込んでコントロール・ルームに駆け込んだ田島は、異様な雰囲気を感じて息を呑んだ。有望も‥‥そしてまずめったなことでは動じない葉隠までが、呆然と4つのモニターを見あげている。レッド、イエロー、グリーン、そしてピンクのリーブスーツから送られてくる映像だ。そこには例の紅い化け物が写っている。
黒羽が重傷を押して島に渡ったことを知っていた田島は、ブラックの映像が無い事実に心臓が止まりそうになった。だが、すぐにピンクからの映像がスライドし、着装の解けた黒羽の姿を捉えたので、ほっと胸をなで下ろす。
「まだ誰か、島に残ってたんですか?」
黒羽が抱え起こしている人物はどう見ても普通の男に見えた。
「あの人‥‥ブラックインパルスなんです‥‥」
有望が自分に言い聞かせるように、もう一度言った。
「‥‥あれが、敵の司令官で‥‥そして‥‥」
「?」
「黒羽君の父親だったそうなんじゃ‥‥」
「なんですって!?」
「だが‥‥敵の内部でもクーデターのようなものがあったようじゃ‥‥。バイオアーマーが宿主を盾にして、そのうえ重傷を負わせて分離してしまった‥‥」
「そうなっても空間を歪ませる能力は持ってるんですね?」
「たぶんの。島にばらまいた低周波音発生装置のおかげで時間稼ぎができているようじゃがとにかく早くあの紅い怪人を倒さねば、噴火の可能性だけでなく、周囲の島も‥‥」
「避難の方はどうなってるんです?」
「自衛隊の輸送ヘリがもうすぐ到着する頃で、まだ時間が必要です!」
<素通りしちまう!? この野郎っ!>
赤星の怒りと困惑が入り交じった怒鳴り声がコントロールルームに響いた。それと同時に、サルファが甲高い声で叫んだ。
「M島周辺ノ空間が、強度ニ歪曲シ始メマシタ」
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