★第26話 (17/20)
(前へ) (次へ) (表紙)

きん、と透明な音が響いて、ブレードが宙に舞った。

デュプリックの伸びた両前腕部は反り返った大きな刃に変形している。右のそれで黄龍のブレードをはじきとばし、左の刃で長身に襲いかかる。飛び込んできた輝がたった1本になったルートンファーの三日月刀を渾身の力を込めて怪人の腹部に打ち込んだ。だが紅い身体はあざ笑うようにゆらぎ、トンファーは空を切った。

デュプリックは二つの状態を巧みに使いこなした。攻撃を受ける時は三次元の存在ではなくなって、幽霊のように素通しになってしまう。だが攻める時はしっかりと実体化する。実体化した状態だとて相当に頑丈なのだ。せめてもの救いは幽霊状態の時は空間を歪めないことだけだ。

後退した黄龍に赤星がリーブラスターを渡し、自分はブラックインパルスの剣を構えてデュプリックに突っ込んだ。非実体になった怪物はエアホッケーのパックの様に浮いてスライドして逃げる。そのうち実体化して緑色に輝き始めたら、再び攻撃をしかけて空間を歪曲させないよう妨害する。その繰り返しだった。

空間を歪めることに関しては怪物はまるでプログラミングされたロボットのように融通が利かなかった。少し距離が稼げると満足そうに立ち尽くしてはびかびかと稲妻を走らせる。だが接近戦になると明確な殺意と的確な判断力を持って攻撃してくる感じだった。頭脳があるとは考えにくいが、精巧な学習機能を持っているのかもしれなかった。

確実に倒せる方法があるならそれが一番いい。だがスターバズーカはもう使えない。自分が囮になって後の3人にドラゴンアタックを撃たせてもパワー負けする可能性の方が高かった。どっちにしろ幽霊になって逃げられたらそれでおしまいだ。リーブメカももう到着する。だが、あの巨大なロボットで人間大のこの敵を追いつめるのは難しそうだった。
周辺の島々から人々が安全な場所に避難するまで、とにかく攻め続けて空間の安定を図らねばならない。その前にムチャをしてもし負ければ、避難中の沢山の人命が失われてしまう。

あと2時間。なんとしても持ち堪えなければ‥‥。賭はそのあとだ。

決め手の無い持久戦は、4人を精神的にも疲弊させていた。


===***===

(親父さん連れて、早く脱出しろ。いいな)
赤星はそう言って、こちらの返事も聞かずに走り去った。

時間稼ぎが取りうる最善の手なのは確かだろう。問題は皆の体力だ。だいたい昨夜のダメージだって残ったままなのだ。それにデュプリックを倒せなければ、最終的にはこの海域一帯は歪みに沈み、暗黒次元の一部になってしまう。こちらはその世界には足を踏み入れることすらできないのに、そこからスパイダルが好き勝手に攻めてくるようになって‥‥。

「早く‥‥行ってやるがいい‥‥」
黒羽が視線を落とすと、腕の中から漆黒の瞳が見上げてきた。その眼差しは奇妙に安らいでいた。

再び白煙を上げ始めたY山の麓で、ブラックインパルスはぐったりと仰向けていた。顔色は青白く頭部を息子の胸にもたせかけている。口元には拭い切れなかった喀血の跡が刷毛で引いたように残っていた。黒羽は背中から父親の上半身を抱き支え、うずくまるように座り込んでいた。

いったいどんな選択があったのだろう。

事実がわかってからというもの、毎夜毎夜、眠りにつくたびに、生みの親だろうがなんだろうが切るのだと自分に言い聞かせた。父もまた、容赦はしないと言った。お互いそのつもりだったのだ‥‥。なのに‥‥

身体中で感じるこの鼓動も重みも温かさも、どうしようもなく懐かしくて‥‥。情けないほどに、この手を放したくない。

幸せに暮らしていてくれたらと願っていた。

そうして、いつか逢えて、虹色の光に満ちたあの時間を分け合えたら、どんなにいいかと‥‥‥。



ブラックインパルスが左手をあげ喉元に手をやった。黒羽は父が息苦しいのかと思い、慌てて襟を緩めるのを手伝った。
「‥‥なにか‥‥。‥‥ナイフのような、ものを‥‥」
男は二つ目の釦に手をかけながらそう言う。黒羽が少し当惑の表情を浮かべ、それでも素直に、返してもらった肥後守定駒を取り出した。

「‥‥持っていて‥‥くれたのか‥‥」
小さな折り畳みナイフを見て、ブラックインパルスは明らかに嬉しそうな表情を浮かべた。そして不自由そうに、それでもなんとか上着の襟元をはだける。喉のくぼみから少し下、胸骨に埋もれるように、エメラルド色に輝くそれがあった。
「健‥‥。これを‥‥。私のストーンを‥‥持って行き‥‥なさい」
「‥‥え‥‥?」

「し‥‥、司令官ッ!」
今まで少し離れた所で、命令を待つように跪いていたアラクネーが悲鳴をあげた。まろぶように走り寄り、横たわる男のすぐ傍に膝をついた。
「何をおっしゃいます!? 他の次元でストーンを手放したら身体が崩壊してしまいます! ‥‥あたくしが安全な場所にお連れします。それで、すぐに手当を‥‥っ」

ブラックインパルスが力無く微笑んだ。
「‥‥ムリ、だ。‥‥もう、助からん‥‥。いいのだよ、アラクネー‥‥。‥‥健。私が死ねば、ストーンは数分で消えてしまう。‥‥今のうちに‥‥‥」
「し、しかし‥‥‥」
ためらう黒羽に、ブラックインパルスは言葉を重ねた。
「これを‥‥あれの体内に撃ち込めば‥‥実体化できる。今のままでは‥‥お前たち‥‥しのぎきれん‥‥。島も‥‥沈んで‥‥‥」

男はふと、自嘲的な、それでいてどこかいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「‥‥‥己の、感じたまま‥‥考えたまま‥‥だったな‥‥‥?」

黒羽が目を見開いて、男の顔を見つめた。
あの山の中で、自分自身が、男と決別しようと投げつけた言葉だった。

地球人の寿命より遥かに長く生きているらしいこの男の立場に立てば、母と自分との事はまさに微細な脇道であり、けもの道に過ぎなかったはずだ。

‥‥なのに貴方は‥‥‥‥。


(前へ) (次へ) (表紙)
(一覧表へ) (龍球TOP) (TOP)