★第27話 (8/20)
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「ブラックインパルスのことは‥‥本当に残念です。あのような人物はそうは現れないでしょう。けれども悲しんでいるだけでは、あれも浮かばれまい。その死を無駄にしてはなりません」
それは淡い虹色のゆらぎだった。身をよじるように小刻みに形を変えていたが、それが次第に紡錘形に収まっていく。

「ゴリアント。常に目的を見定めるその在り方、あっぱれです。次元回廊が閉じぬうちに、出撃しておくれ」
誰よりも先に声をかけられたことに一瞬固まったゴリアントだが、すぐにその口がにいっと得意げに吊り上がった
「へいっ!」
「スプリガン、そしてシェロプ。ブラックインパルスの遺志を継ぎ、ファントマに協力してディメンジョン・クラッカーの完成に注力して欲しい」
「はっ」
シェロプが踵をかちりと鳴らして揃え、右手を胸に当てて深く敬礼する。スプリガンは無言のまま、それでも姿勢を正して一礼した。ゆらぎはビロードのような艶やかで柔らかい声で語り続ける。
「そしてファントマ。お前に3次元侵攻の司令官を命ずる」

「なっ‥‥!?」
スプリガンとゴリアントの驚いたような声が重なる。ファントマのよく通る声が、それを遮った。
「お待ち下さい、皇帝陛下! そのお役目、このファントマには荷が勝ちすぎます。参謀の跡を継ぐなど、このわたくしめには‥‥!」

ファントマの青い目は丸く見開かれ、白い手袋をはめた手はぎゅっと握りしめられている。それはそうだろうとスプリガンは思った。この貴族にどのくらいの"経験"があるのか知らないが、黒騎士の後継など自分だとてやりたくない。一方ファントマの少し後ろにいるシェロプは、顔を背けるようにしている。もし司令官の後釜を狙っていたのだとすれば、ざまあみろだ。

そうしてまた皇帝の姿に視線を戻すと、虹色のゆらぎは宙でぴたりと動きを止めていた。それは見ている者に、時間が凍りついたかのような妙な畏怖と息苦しさをもたらした。
「お黙り、ファントマ。誰もあれの跡など継げぬ。それでも誰かが担わねばならぬこと。お前がやるのです。返答は無用よ」
その言葉を残し、スパイダル皇帝の、知りうる限りでの最も明確な実体形は、ふつりと消えた。

しばしの沈黙が流れた。ゴリアントが端から見てわかるほどに大きく息を吐いた。固まってしまった筋肉をほぐすように、少し腕を回した。
「‥‥で、その‥‥。オレっちは出ていいってこと‥‥ですかい?」
きょろついた赤い目が自分に向けられていることに気づいたファントマは、少し慌てたふうに軍帽をかぶり、姿勢を正してゴリアントを見つめた。
「牙将軍。頼みます。準備が整ったらまたここに」
「へい!」

ゴリアントはかりかりと爪音を残して足早に中央司令室を出ていく。ファントマはスプリガンに視線を移した。
「機甲将軍。あなたはまず身体のメンテナンスを終わらせて欲しい。終わり次第、ブラックインパルス殿のラボで会いましょう」
スプリガンは無言のまま頭を軽く下げると扉に向かう。だが数歩進んですぐにまた向き直り、オイル切れでも起こしたような軋む声で言った。

「あー。‥‥司、令官‥‥‥」
「なにか?」
「‥‥アラクネーは‥‥。夢織将軍は、どうしたね?」
ファントマは再び黒い軍帽を取り、色白の顔を伏せた。
「‥‥彼女は冷静さを失って‥‥戦いに飛び込んでいった‥‥。たぶん‥‥もう‥‥」
「‥‥‥そう‥‥か‥‥」

スプリガンは今度は驚かなかった。何か予感があった。初めてアラクネーと会ったときの事を思い出した。軍属に入ったばかりの彼女は、異形のロボット将軍に紹介される間中、畏れ多くも参謀閣下のマントの端をしっかりと握りしめていたのだ‥‥。

彼女の瞳は、いつもいつもいつも、ブラックインパルスだけを追っていた。追って、追って‥‥。とうとう最期まで追っていってしまったのだ‥‥。

少女の死体がここにある訳でもないのに、金属の右腕が急にすっと重くなった気がした。命が抜け出ると人の身体が重くなると知ったのはあの時だ。ボディの内側からふわりと血と香水の香りが立ち上ってくる気がして、スプリガンは戸惑った。

自分にとって大切なことは強さだ。生き抜いて勝ち抜いていく強さだった。憧れの超戦士も、多少整った顔立ちはしていても愛想の無いあの少女も、死んでしまったらそれで終わりだ。自分にとってはなんの意味もない‥‥。意味はない‥‥はずだ‥‥。

「は‥‥。死んだら‥‥なんも、ならんぜ‥‥」
スプリガンは何かを振り払うようにそう呟くと、がしょり、といつもの足音を立てて部屋を出て行った。


沈黙を守っていたシェロプは青灰色の背中を見送り、ややけだるげな金属音が遠ざかるのをじっと待っていた。そしてとびきりの笑顔で新しい上司に向き直ったところで、祝福の言葉はびくりと固まった。
ファントマは白いマントにすっぽりと包まれて、俯いて立ちつくしていた。その胸にあてがわれた軍帽がゆるゆると顔の前まであがると、いきなりその肩が小刻みに震え出したのだ。
「あ‥‥あの‥‥。司令官‥‥。ファントマ参謀‥‥?」
シェロプはファントマに少し近づいた。

と、くっくっという忍び笑いが聞こえてきた。高位の貴族が、今の自分にとっての最重要課題は笑い声をこらえることなのだと言いたげに、黒い軍帽に顔を埋めている。シェロプは近寄った分の倍も後ろに下がってしまった。

そのうちファントマが顔を上げた。金髪をすっと掻き上げると、かすかに紅潮した頬を軍帽でぱたぱたと仰いで、シェロプと見やった。
「いやぁ、悪かったねぇ。みんなあんまり可愛らしいんで、こっちもついその気になっちゃって」

そこには、ブラックインパルスを尊敬しその死を悼み、あげくの果てにいきなり司令官に任命されて戸惑う若い貴族の姿なぞ、欠片もなかった。
「なかなか良かったろう、私の芝居? 二人ともこれからも頑張ってくれそうじゃないか?」
「は‥‥はい‥‥。お見事‥‥でした。司令官就任‥‥おめでとう‥‥」
「いやだな。やめてくれ。べつに与えられた地位じゃあるまいし。なるべくしてなっただけさ」

今やスパイダルの唯一無二の参謀となった男は、軍帽をかぶると大きくばさりとマントを払いのけた。瞬間、マントが伸び広がったのかと錯覚するほど白い色が目に痛かった。
ファントマは中央作戦室を出て行きかけたが、ふと立ち止まって肩越しにシェロプを振り返った。
「ああ、シェロプ。ゴリアントが出たあと、キミももう一度、あっちに行ってくれるね。このままアラクネーが"行方不明"のままというのも気にくわない」

ファントマはくるりと踵だけで向き直ると薄く笑った。そこにはスパイダルの偉大なる黒騎士を生きながらに化け物の餌にした酷薄さが浮かんでいる‥‥。
「安心おし。あの子の後任はもう決まってる。三人きりの四天王なんて、カッコつかないもの」
「は‥‥」

魔神将軍が伏せた顔を上げた時、部屋にはもう誰もいなかった。
掌にうっすらと汗が浮いていたことに、シェロプは初めて気づいた。

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