★第27話 (9/20)
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高い高いそのビルは、細々と彫刻が施された宗教建築の趣と、無機質で未来的な雰囲気が入り交じった奇妙な建物だった。夕日が低い位置から遥か上方の窓を紅く舐め上げている。
「中央公園側に避難して下さい! 自動車は至急左端に停車を! 落ち着いて行動して下さい!」
空から降ってくるスピーカーの声は必死で焦りを押さえている。盆休みの最中かと見紛うほど人通りは少なくても、避難させねばならぬ命は大量に存在した。

結局、スパイダルの放送からはなんの手がかりも得られなかった。ディメンジョン・ストーンを持たない新型アセロポッドが動き回っていたのだとすれば走査にも引っかからない。だが都内の多くの企業や団体が警察の要請に応じ、自主的に終業を繰り上げていた。
そうこうするうちに次元回廊が東京西部上空に開き、天文台や気象台、各研究所は普段の業務より電磁波走査を優先していた。そしてストーンの反応が検出されたのが、まさに東京都の中心となる場所だったのだ。

西側には都庁の威容がそびえ、東側には半円形に凹んだ形の都議会議事堂がある。二つの建築物の間には高架になった11号線が走っていた。議事堂の上部から11号線を乗り越えるように腕が伸びており、それは何本もの柱で支えられている。議事堂の懐にあたるこの広場は、円形に並んだ沢山の柱と彫刻で囲まれて、普段は中途半端に古代ローマのムードを醸し出す場所だ。だが今は、恐ろしげな3匹の怪物の放たれた、まさにコロシアムになっていた。

怪物の1体は茶色の体毛で覆われずんぐりとした、どこかほ乳類を思わせる外観だ。もう1体は朱色の鱗で覆われた長身で両腕にヤマアラシのような剛毛が密生している。微動だにせずつったった2体の中央にいるのは、爬虫類を思わせる緑色の小柄な怪物だった。
「ゴリアント」という名称で識別されているそれは、落ち着きなくうろうろしながら人間達の準備が整うまで少し待っているようにも見えた。そして自分たちを取り囲む銀色の壁を妙に嬉しそうに見回した。
「オズリーブスは、どーしたよ!」

対スパイダル特別捜査警察隊の風間俊介警視監は、議事堂側に並んだ大楯の前に仁王立ちとなり、拡声器に向かって怒鳴った。
「議事堂に一歩たりとも入れるな! ここは日本の要だ!」
「おっもしれぇ! どこまで持つか、やってみな!」

ゴリアントが腕につけた小さな装置に何かを呟いた。動物の着ぐるみめいた風体の怪物がだっと敷石を蹴り、盾の間からのぞいたライフルが一斉に火を噴いた。




緊急用に確保された車線を250cc程度のバイクが3台走り抜けた。乗り手はそう重装備ではないが、明らかに防護服のようなものを着ている。検問からの連絡のせいか警官達に誰何されることなく、都庁前の広場の下に到達した。
ドライバーたちがヘルメットを脱いだ。絶叫や怒鳴り声、銃声、打撃音、何かが崩れる音‥‥。ありとあらゆる音が聞こえてくる。傷つけられるものがその瞬間に発する悲鳴が3人の表情を失わせた。先頭の青年が積んできた黒いケースを開け、あとの2人がそれに駆け寄った時、咎めるような声がかけられた。
「赤星! 君たち!」

特警副隊長の西条がちょうど車から降りた処だった。彼は3人に駆け寄ると言った。
「来るなと言ったろう! 帰れ!」
赤星は既に取り出した機材を黄龍や輝に押しつけていた。そして自分もごついノートPCを取り上げながら西条の目を見据えた。
「"カナリア"にカメラを持たせました。きっと役に立ちます。データも集めたいんです」
西条は三人の顔を見回した。

赤星の表情は少しこわばっている。それでも昼間よりはよほどマシだった。せめて出来ることをやらせて欲しいと、その眼差しが訴えていた。黄龍はPCを立ち上げてしきりにチェックしている。額の包帯より顔の白さが気の毒な感じだ。後輩の後輩にあたるこの男の、ここまで真剣な顔を初めて見た気がした。翠川輝はグレイに塗り替えられた鳥の模型を2羽かかえていた。肩が軽く上下しているのは動揺を抑えようと努力しているからだろう。人形のように大きな瞳でこちらを見つめてきた。

西条は諦めたように小さく息を吐くと、口を開いた。
「オズリーブスになれるのは君たちしかいない。くれぐれも安易な行動をするな。わかったな」
3人がこくりと頷いた。


===***===

川辺の大きな岩に、黒衣の少女が一人腰をかけていた。脇にはその見かけに似合わぬ武骨で大きな剣が一振り横たえられている。少女は右手首の腕時計のようなものを撫でさすっては、同じ姿勢で思案に暮れていた。
手首の装置はこの場所に次元回廊が開いていることを示している。座標を合わせるだけで、少女の身体は一瞬にして生まれ故郷に在るだろう。暗黒次元のスパイダル帝国に‥‥‥‥

アラクネーは染まりつつある西の空を見やった。日が落ちればこのあたりはかなり暗くなるはずだ。人口光の一切無い、剥き出しの暗さ‥‥‥‥。もしもそんな闇に埋もれれば、夢も見なくて済むのだろうか‥‥。


何故‥‥。

と、アラクネーは思った。

何故わたしはあの金髪の貴族が出てくることを夢見なかったのだろう。シェロプが司令官を裏切ることも‥‥。あのお方があのような目に遭うことを‥‥何故、欠片さえも‥‥‥‥。

いつも、そうだ。
いつもそうだった。
肝心なことはけっして夢には訪れない。両親が自分を軍に渡すなど想像もしていなかった。2年経って尉官になって初めて帰ってみたら、両親はどこかに引っ越してしまっていた‥‥。

マンティスと交戦した時もウヮスープを落とした時も、わたしは極めて重要な夢を見て裏付けるデータを入手し、司令官のお役に立ってきた。敵の罠を予見し、反抗勢力のアジトの手がかりを夢見て‥‥‥‥。なのに、何故‥‥‥‥。

一つの考えに辿り着き、少女は呆然と宙を見つめた。黒紫の瞳はまん丸に見開かれ、その頬は、全てが赤みがかる空気の中でなお蒼白だった。

己に関わることは予見できぬということか‥‥? 
わたしが司令官をお慕いしたが故に、あのお方の未来を夢見ることが、できなかったと‥‥。

少女は両手を堅く握りしめると、ダン、と岩を打ち、そのまま俯いた。

だがアラクネーはすぐに顔を上げた。小首をかしげて耳を澄まし、すばやく大岩を滑り降りる。切れない糸で織った帯で大剣を背負い、夕暮れの空間に出現した揺らぎに向かって油断無く身構えた。


===***===

ベンチに載って伸び上がった輝が呟いた。
「うそ‥‥なんで‥‥」
黄龍は輝の腕を乱暴に引っ張った。放っておいたら際限なく喋り出しそうに思えた。前方、少し離れた人群れの中、風間特警本部長の傍に赤星の背中が見えた。

議事堂の中央部から少し南側のあたりで、柱が何本も折られ黒い彫刻が粉砕されて飛び散っている。暴れているのは一度は輝と友達になったトナカンダーそっくりの怪物だった。機動隊員が必死で固め直す銀の壁にやたらと体当たりしている。弱いところからパーツを引き剥がして、盾も人間もおかまいなしに地面に打ち倒す。
もともとスパイダルの怪人に普通の拳銃は役に立たない。だがここまで押し込まれるとライフルも使いにくい。それでも何発かの弾丸はめり込んでいる筈なのに、トナカンダーの動きは速かった。以前よりずっと速くなっていた。人々の怒声と悲鳴の中で、怪物はひたすらにむしり壊す作業に没頭している。

こちらの腕をぎゅっと握りながらベンチを降りた輝に、黄龍は少しだけ笑ってみせた。
「落ち着けって。あいつも人形かもしんねーだろ? お前が言った例のさ」
「ホントにそう思う?」
「そう思えっての! それにあっちも顔なじみじゃん」
黄龍がちょいと親指を傾けた先、包囲網の中心には朱色の長身が微動だにせず突っ立っていた。落ち着き無く動き回るゴリアントと対照的な様を見せるその怪人はアモクと言った。

スパイダルの怪人とはいったい「何」なのか。今までに戦ってきた怪人は20体あまり。驚くべきことは、その全てが異なる形態を持ち、殆どの怪人に知性があったことだった。暗黒次元とはここまで多種多様な「種」が互いに共通認識を持てる世界なのか。それとも一つの種の中の「個体差」が三次元よりずっと幅広いのか。はたまた身体改造を施した生体兵器とか疑似生命体、あるいは人工知能のロボットなのか‥‥。

どちらにしろ、直接に怪人と言葉を交わし、戦い、それを殺してきた5人の実感は、怪人達は明確な自我を持った存在だ、ということだ。割り切り、押し殺し、目をつぶり‥‥5人はそれぞれのやり方で折り合いをつけてはいたが、それは紛れもない事実だった。

だけどM島で戦ったスピンドルはどこかヘンだったと言ったのは輝だった。いっさい喋らず、動きもどこか単純で、まるで人形のようだったと‥‥。OZの仲間は皆、輝のそういった見立てを信頼していた。驚異的な動体視力に加えて、見た映像を頭に焼き付けてしまう認識力。彼が一度見ただけで他人の動きをそっくりにマネできるのは、知覚を含めた総合的な身体能力の結果だった。

そして今、スピンドルに続き、2匹目と3匹目のドジョウが出てきた。
「‥‥何か、やってやがるんだ‥‥」
黄龍が小さく呟いた時、二人のインカムに電子音が入り、赤星の声が聞こえてきた。
<OKだ。こっちに来てくれ>

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