★第28話 (1/18)
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スピーカーにたまった埃で音のこもった車載ラジオからは、中華人民共和国48年、西暦にして1996年の年明けを祝う声が、陽気な歌謡曲をバックに聞こえている。
 元旦の昼下がり。昨年12月24日から四川の悪路を走りづめの長距離運送トラックだが、ささやかな正月気分に目的地広東へ向けて大型コンテナもいささか軽く感じられた。ただしそれは運転手にとってだけだったようで、
「たく、いい気なもんだ。こっちは去年っから走りっぱなしだってのに、何がめでたいもんか」
 助手席の相棒は、恨めしげに爪先でラジオのスピーカーを小突いた。
「けどよ、このラジオだって仕事でやってんだから」
 助手席に座って足を投げ出す相棒を、あちこちマメを拵えた手でハンドルを握る男はそう言って諌めた。
「そうだろうけどよ。あぁ、しかしあれだな、せめて正月の飾りつけでもして走りゃ良かったな」
 と、飾り気のない車内にただ一つ、バックミラーからぶら下がったお守りを指でつつく。
 何だかんだで自分も正月を楽しみたいらしい助手席の男は、長距離運送トラックの大きめのシートも窮屈そうなほどの大男だった。190cmはゆうにあるだろう上背、がっしりした骨格に太い筋肉の束が巻きついている。よく焼けた肌もその屈強さを強調し、標準体型に加えて特に肩幅があり、決して小さくはないはずの運転手を小柄に見せていた。
「騒ぎたいだけだろ。もうちょっと辛抱すりゃ、広東についたらその足で」
 曲がり角でハンドルを切った時、言葉が途切れた。
 もともと悪路ではあったが、その足場は大きな岩で出来ていた。
 古くなっていたのだろう、岩は崩れ、トラックは道を外れ、崖下に滑り、転がり落ちていった。

 もうもうと砂煙の立つ中、運転していた男がコンテナの下になった運転席から這い出してきた。運のいい事に、体中をぶつけあちこちから血を流してはいるが、大事ないようだった。割れたフロントガラスも、頬骨の辺りに大きいのが一つ突き刺さっているだけで、他にはない。僥倖である。
 痛みをこらえて刺さったガラスを抜き、吹き出た血を押さえながら再び車内に頭を突っ込んで、助手席の相棒に呼びかける。
「おい・・・おい大丈夫か?」
 助手席は赤く染まり、返事はなかった。








 東京繁華街、人の濁流。
 平日昼間でも密な流れは、突然通りに飛び込んできた一個の黒い人型に追い立てられ激流となった。

 白昼堂々、アセロポッド一体出現。
 
 逃げ惑う若者たちや、彼らを喰らう街の住人たちは、しかし、それだけから逃げているのではないのかもしれない。
 数度目の銃声によって、喚き声が膨れ上がった。
「止まれアセロポッド!一人で逃げられると思うんじゃねえぞ!!」
 続いて響いた拡声器越しの声が、既に一帯の支配権は、威嚇とは言え発砲し拡声器で怒鳴っても構わない―――警察権力に握られた事を示していた。事実、闇雲に走り回るアセロポッドと、何をしでかすか分からない白スーツなど着た刑事とどちらが怖い、と統計をとったら、回答は半々だろう。

 拡声器と銃を左右の手に持ち、早見はアセロポッドを追って走る。俊足で鳴らした早見だったが、さすがにアセロポッドは速かった。それでも街中のせいか、いつもより若干遅い感はあったが・・・・痺れを切らし、早見は後ろを走る西条に拡声器を押し付けた。
「センパイこれ持ってて、ハイ」
「何!?」
 正直なところ、遅れを取らず走るのがやっとだった西条は、突然立ち止まり拡声器を突きつけた早見にぶつかりそうになった。寸でのところで足を止め、思わず拡声器を受け取ると、やおら早見が前方に向かって銃を構えるので慌てた。
「待て早見っ!ここでは威嚇だけだ!」
「心配すんなってセンパイ。なーに、一発で決めてやっからよ」
「やめんかバカっ!」
 西条が早見の銃口を上に向けさせようとした時、標的近くの路地から飛び出した大柄と小柄があった。小柄な方の動きが早く、走るアセロポッドの腕をとらえ、右足をかけ大きく払い、見事な大外刈りを決めた。この状況下で、型より正確な柔道技を決められる人間は滅多にいない。地面にめり込まんばかりの勢いで叩きつけたアセロポッドの腕を逆手にひねりあげ、
「動きは止めたッスよ」
 一瞬間遅れてきた大柄を、アセロポッドを地面に沈めた時とは別人のような笑顔で振り返る。
「チ・・・・」
 憎いアセロポッドを無事仕留めた事など他所に、自分の見せ場がなかったのを悔しがるように、大柄な男は磨り減った下駄をカランと言わせた。

「おーい!柴田、田口!」
 出番を奪われた早見と西条は、唐突に現れた同僚たちに駆け寄った。彼らだけでなく、さっきまで逃げ回っていた人々も物見高く集まって来ている。
「間に合ったか2人とも」
 とっくに息が上がっているものの、精一杯呼吸を整えて咳払い。
「押忍!自分たち2人近くにいたッスから・・・・・それより、どうするッスか、コレ」
 とりあえずまだ何もしていないと判断し、とにもかくにも手錠をかけた田口だったが、何しろ普段ならすぐ消滅してしまうアセロポッドである。特警の職務のうちにスパイダルの逮捕、という項目は確かにあるものの、これまでそれが実行された試しはない・・・・
 刑事たちが思案顔で表情も人相も読めない黒い顔を眺めていると、わずかにそれは身じろぎした。刑事たちよりも、周りの黒山の人が素早い反応を示す。が、刹那のうちに柴田が下駄履きの足で腹を蹴飛ばし、再びぐったりと弛緩した。
「見世物じゃねえぞ、とっとと家ぇ帰れクソガキども!いつまでも突っ立ってっと全員まとめてコイツと一緒にブチ込むぞ!」
 周りを油断なく見回し噛み付くように怒鳴ると、踏みつけられた小蟻の群れのように人山はぱらぱらと散っていった。
「とにかく、早いとこ本部に護送するか。逮捕なんて実際前例がないからな」
「じゃオレ車回してきます。田口、本部長に連絡しとけよ」
「押忍!」
「しっかしアセロポッドの逮捕とはねえ。竹さんでも取り調べ出来んのかよ・・・・」
 覗きこんだアセロポッドの顔は、やはり、顔と言うより頭部の一部、と言った方がしっくり来る様相であり、たとえ言語と言うものがあったとしても意思の疎通が出来るとは思えなかった。
 と、早見の眉が怪訝に寄る。そのまま凝視した。
「おい早見、早く車を・・・・」
「センパイ」
「なんだ?」
 早見は振り返り、眉間の皺を解かずに言った。
「こいつ、なんとかストーンがねえよ」

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