★第28話 (11/18)
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手狭な事務室に入れられた。
壁際に、ベンチに、積み上げられた段ボール箱の上に。2人と同じように、他にもう行くところが見当たらずここに辿り着いた男たちが所在なげに立ったり座ったりしている。星亮と志飛は、とりあえず空いていた窓際に腰を下ろした。
ここ福建・アモイに身を落ち着ける頃には、もう冬になっていた。
目と鼻の先にある香港に、行かなかった訳ではない。が、いくらも経たないうちにほとんど掃きだされた格好で広東を出た2人は、しかしその周辺に身を置くくらいの事はしておきたかった。香港で身についたものは工事現場で取った大型免許くらいのものだったが、折り良く広東の州境にほど近いアモイで運転手の引き合いがあった。
扈運送会社。
志飛でも聞いた事がなかったそこは、中小企業を通り越して零細企業であるばかりか、身元の怪しい2人、しかも居留証のない星亮まで問題なく入れてしまうような所でもあった。待遇は事務室同様寒々しかったが、とりあえず運転の出来る人間、と言う単純な要求でも、それが自分たちに向けられているのが有難かった。
「なあ、ここにいるの全部雇っちまうのかな」
隣にいるいかにも目つきの悪い男に聞こえないよう、声を落として志飛に話しかける。
「さあなあ。全部で何人だ・・・5、6・・・7、8人か」
「やっぱ戸籍とか偽造した方が良かったのかなあ・・・俺だけ弾かれたりしねえだろうな」
「大丈夫だって。見ろよ」
星亮は顔の横で突き出された顎の指す方を見た。東南アジア系と思しき男が一人、奥のベンチに座って煙草を吸っている。
「お前と同じ手合いじゃねえか。あんなのもいるんだから大丈夫だって」
「だといいがな」
アモイは暑いところだが、それでも冬となると一端に肌寒かった。
中国語と日本語で言い合う声を聞きながら高架下の服屋の前で待っていると、黒い皮ジャンを着た志飛がいそいそと出てきた。
「晩也。(遅いぞ)」
「対不起、沒有尺寸合適的衣服。(悪ぃ悪ぃ、サイズの合うのがなかなかなくてよ)」
「是也。(だろうな)」
「這是誇大廣告。可是,相稱ロ巴?(これで特大専門とは誇大広告だぜ。でもどうだ、なかなか似合うだろ?)」
と、袖を引っ張って見せる。志飛の人より二回りも大きな逞しい体格に、それはよく似合っていた。日本に着てから何か新しい服が欲しいと言っていたところへ、特大サイズ専門の店は折りよかった。
「可是、可以買了好、不過、イ尓交往壞。店員會話操勞了。(でもよ、買えたからいいようなものの、お前も付き合い悪いよな。店員と話すのにひと苦労だったんだぜ)」
「イ尓象知道一樣地、買衣服是難對付。(知ってんだろ、服の買い物は苦手なんだよ)」
「因此不能那樣的質樸的衣服以外穿。(そんなんだからいつまでも、そんな地味っちいカッコしか出来ねえんだ)」
「中意不介意。(別にいいよ、気に入ってんだから)」
わざと冴えない服を選んでいるのかと言うくらいの当たり障りのない服しか着ない星亮と比べて、志飛はどちらかと言うと洒落者の部類に入る男だった。ただ、人並みはずれた体格のせいで着られる服は限られてくる。志飛は、自分と違ってやろうと思えばいくらでも着飾ることが出来、おまけにさぞ似合うだろうに、そういった事柄に近づこうともしない星亮にしばしば苛立った。
「沒問題ロ馬?那個人們是警察ロ巴。(それにしてもさっきの・・・ほんとに大丈夫かよ。さっきの連中、警察だろ)」
「不要緊、臉也沒被看。(大丈夫だよ、顔もハッキリとは見られてねえしな)」
「別使之感到吃驚。想イ尓逃晩了的時候是危機。可是、隔了好久、不過、好像沒衰弱。(あんまりビビらせんなよ、お前が逃げ遅れた時はもうこりゃダメだと思ったぜ。でも久々によ、腕はなまってねえもんだな)」
と、志飛は自分の右腕を叩いた。
「簡單不衰弱。(そう簡単になまるかよ)」
これまでにも数々の修羅場を救った、中国の密輸仲間では少しは知られた星亮の投擲の腕だ。修羅場を過ぎるとすぐ腰を抜かしてしまうのが難ではあったが。
「即使那樣、真的日本會戰著。説了K暗・・・ロ馬?用新聞聽了、不過、怎麼説日本成為内戰状態沒認為。去ロ那裡也危險。(いやあ、それにしても、ほんとに戦争やってんだな日本。暗黒・・・なんとか言ったっけ?ニュースでよくやってたけどよお前、まさか日本が内戦状態になるとはねえ。こりゃどこ行っても安心出来ねえなあ
」
「象沒與戰爭不同的・・・・現在一樣地、警察以外開動。(戦争って言うんじゃないだろ・・・今みたいによ、警察しか動いてねえんだから)」
「但是特殊部隊開動著。可以從日本出來。(でも何とか言う特殊部隊が出張ってんだろ。お前日本出て良かったじゃん)」
「説不定那樣的・・・(かもな・・・)」
星亮は日本人だったが、既に日本は彼の故郷ではなくなっていた。
生まれた国は、彼を歓迎してはくれなかった。空気も風土も食べ物も、彼に親切ではなかった。中国で生きた10年は一人の日本人青年を楊星亮と言う中国人に変えた以上に、この国を彼には関係の薄いなにものかに変えてしまったようだった。
日本で生きたと言う事実は、日本の言葉と風習を深く理解していると言う職業上有利な特技としてだけ、彼に残った。
星亮は右肩に相棒と並んだ馴染みある感覚と、通行人とぶつかり合う左肩に居心地の悪さを感じながら、日本にいた頃は足を踏み入れた事もなかった街を歩いた。
スライドの写真と、美人の科学者の説明を聞きながら、8人の刑事は苦りきった顔を合わせた。
「つまり、肺もしくは血管から検出された物質が人体を細胞レベルでを変化させ、遺伝子中にある・・・」
「あいや博士」
有望の説明を遮り、竹本は長く息を吐き出した。
「いや、ご苦労さんです。それ以上は私らには分からないからね・・・」
「あっ、失礼しました、専門的に過ぎましたわ。分かりやすく説明しますと・・・」
「博士、もういい。これ以上の事は後ほど島にレクチャーをお願いする」
風間が言うと、島は最後尾の席で軽く会釈を寄越した。ここではいかに博士号を持ったエリート刑事でも、扱いは一番下っ端だった。
「分かりましたわ」
「博士!島と一緒にひとつ俺にも・・・」
「いいから黙ってろ」
身を乗り出し挙手した早見の頭を、西条が押さえつける。
「星加、要するにその物質が体内に一定量以上入ると・・・早い話、アセロポッドになってしまうと言う訳だな」
「ええ。その物質に関してはまだ調査中ですけれど、いずれ解明出来れば・・・」
「調査なんぞあとだ!」
ブラインドの横に寄りかかって立っていた柴田が言った。
「要はスパイダルがどっかの弱小暴力団にアセロポッドになっちまうクスリ売りさばいてんだろ。それをどうにかしろってこった。でしょう本部長・・・」
「そういう事だ。よし、島は博士について、それ以外は捜査会議に入る。西条は龍球戦隊にも来てもらうよう連絡してくれ」
「こんな事でしたら黒とキに帰らせるんじゃありませんでしたなぁ」
「そうだな・・・ま、5人揃ってもらった方がやりやすいだろう。あの2人には手間だが、5人とも呼んで捜査会議だ」
刑事たちが三々五々散る中、一人有望の前に立った島は片手拝みをしながら軽く頭を下げた。
「すいません、あの人こういう事に理解がないもんで。アレルギーって言うのかな、とにかく小難しい事大っ嫌いでしてね。悪気はないんですけど・・・あ、そちらどうぞ」
椅子をすすめながら自分も席につく島を見ながら、有望は、この若い刑事に関する記憶を掘り起こしていた。
記憶と現物を比較する。記憶の中の島正之警部補は、洗練されて品の良い人物だった。片手拝みなど、そんな仕草など欠片も見せないはずだった。朱に交われば赤くなる、との謂いを思い出した。
「なんでああいう事言いやがんだよ」
会議室に向かう短いみちみち、早見は柴田に咬みついた。
「お前が邪魔しなきゃよお、もっと博士のステキなお声の説明が聞けたってのに」
「ユー、あの説明理解してたの?」
「バカやろ、美人の声なら心は伝わんだよ」
「凄いッスね早見さん!自分はもう全然・・・」
「心配すんな、島があとでちゃーんと通訳してくれるからよ」
早見の口からでまかせに、素直に憧憬のまなざしを向けてしまう田口の肩を叩き、竹本は既に朝剃ったヒゲの伸び始めてきた顎を撫でる。
「あっ!博士と言えばこないだ渡した花束喜んでくれたかな、聞いときゃ良かった」
「バッカじゃない!今時花なんかで喜ぶマドモアゼルがいる訳ないネ」
「やだやだこれだから心の貧しい奴は。美人は心もきれいだから花も好きに決まってんじゃん。ねえ竹さん?」
「どうかねえ・・・でもお前そんなにあの博士がいいかい?俺はどうもああいうのは苦手でな・・・」
「ミーもあの手のはダメ」
「何をぉ、博士の何が悪いってんだ」
「そうッスよ、キレイで素敵な人じゃないッスか」
「美人は美人だけどなあ、ああいう理詰めの女はなあ」
「肩凝っちゃうのよネ!かわいくってちょっとおバカなくらいが・・・それにホラ、ミーはもっとこう、ネ?」
と、胸元に手を寄せ、見えないバストを揺すってみせる。
「ハハハハ、確かにちょいとボリュームが足らねえなあ」
「この野郎、不潔だよお前あの美人の博士に向かって!博士の体になんか不足あんのかよ!俺が見るに上から83、56、87・・・」
「早見先輩もそういう目で見てたッスか!?」
「うるせえぞお前ら!女の乳だのケツだのでよくそれだけ騒げるな」
「そうッスよ失礼ッスよ、柴田さんを見習うッス!」
「そいつは違うよ、たぐっつぁんよ」
「柴田はさっきのマッチョなチャイニーズあんちゃんが気になってんのよネー」
「そう言えば何者なのか気になるッスね!」
「だからよ、そうじゃなくてよ」
「それより三上てめえさっきの取り消せよ!」
「いやしかしあの尻は87もあるかぁ?」
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