★第28話 (12/18)
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 龍球戦隊に合同捜査の同意を得、通信室から出てきた西条は、会議室にも入らず廊下でぎゃあぎゃあやっている同僚たちに駆け寄った。
 さっきの大学の後輩の説明に、みな動揺しているのだろう。こういう時に副隊長の自分が的確な言葉をかけなければならない。
「みんな、OZから・・・・」
「絶対あるって!いやアレは89と見ても・・・・」
「いやいやせいぜい85ってとこだろ」
「やっぱりヒップ90は欲しいネ」
「そんな何センチなんかよく分かるッスね」
「そこはお前、刑事の観察眼ってやつよ。お前さん女がいたらまずどこを見るね?」
「そ、それはやっぱり・・・・」
「顔だろ!」
「胸でしょ」
「こ、心ッスよ!」
「分かっちゃいねえなあ、女は尻だぜ」


 
 いい加減にしなさいっ。
 と、部屋の外から引きつった怒声が聞こえてきた。
「あー、またどっかでカミナリ落ちてるなあ」 
 島は有望が驚くほど飲み込みが速く、さっき特警全員にした説明と、島個人への軽いレクチャーで知っておくべきほとんどを理解してしまっていた。
「すいません、ホント騒がしくて。外うるさかったでしょ」
「いえ、そんな。それに活気があっていいと思いますわ」
 実際、説明に没頭していた有望の耳には、外の物音は全くと言っていいほど入ってこなかった。
「お気を遣われてるんじゃなかったらいいんですけど。でもさっきは本当に申し訳ありませんでした。柴田さんいつもああだから、気にしないで下さいね。誰に対してもあんななんですよ」
 信じられます?と、職業上の秘密を特別に打ち明けますと言うように声を潜める。
「平等な方なんですね」
 有望が答えると、島はちょっと目を丸くして笑いだした。
「あははは、平等かあ!確かに無愛想な事に関しては平等な人ですね。あ、でもね、あの人本部長の前じゃコロッとおとなしいんですよ。知ってます?本庁じゃ柴田さんの事『風間の番犬』なんて言ってるんです。みんな口が悪いんだからなあ」
 島警部補は、ごく明るく話し好きな男であるらしかった。書類やスライドをてきぱき片付けながら、ころころとよく喋り、笑う。愛想を振りまくのが大好きと言ったその様子は、今までの数少ない接触で得た若きエリート刑事のイメージを簡単に払拭し、客商売の店のぼんぼんと言うイメージを新たに有望に与えていた。卑俗なほど人好きのする彼の態度に先程は違和感を覚えたが、それ実際の島の姿なのだろう。
「それじゃあ、今回はこれで。OZの皆さんと合同捜査になりますので、博士にもたびたび科学捜査の面でご協力頂く事になると思いますが・・・」
「分かりましたわ。私に出来る事でしたら何でもさせて下さい」
「ありがとうございます。もう少ししたらOZの皆さん来られますから、そしたらお呼びしますんで。じゃ、ボク会議室行ってますね」
 と、島は会釈を残して出て行った。が、すぐドアを開け顔だけひょこりと出して、
「あ、よろしかったらそこのコーヒーどうぞ」
「ええ、いただきますわ」
 しかし、有望はコーヒーメーカーには手を伸ばさず、再び資料の束をめくりはじめた。



 何を運んでいるのか、知らされる事はほとんどなかった。
 福建名産の茶葉何トン、などと言われて、そうですかと信じられるような会社ではなかったし、そんな経営者の言葉よりも、積み入れ作業で荷箱を持ち上げた時に鼻につく鉄の匂いや、ところどころに付着した白い粉の方が遥かに雄弁だった。
 それでも従業員一同、何一つ異を唱えず大型トラックを走らせた。
 新鮮な茶葉を工場へ、と。

 働きはどうあれ、給料は同期全員同じだった。相場より安い月給で、条件も悪く、決して楽な仕事ではなかった。

 時折、随分と割りの良い仕事をしたと言う先輩が食事と酒を振舞った。長く勤めていたにしても、こんな給料が果たしてこの会社から出るだろうかと訝しく思ったが、そんな事を言えばせっかくの奢りの席に座れない。みな笑ってついていった。どの男も乱暴で気に食わなければ彼らを殴りはしたが、平素は下の者の面倒見がいい人物たちでもあった。


 居留証も労働許可もないタイ人はチューチャイと言った。ごく真面目な男で、運転は上手かった。国に多くの家族がいて出稼ぎに来たが、あちこちで騙りや盗難に遭いここに流れてきたと言う。それでも仕送りはしているらしく、つきあいは悪かった。
 勤め始めて数年、星亮は彼に実は自分は中国人ではないと告げた。だと思った、日本人だろ、と言われた。日本人がこんな所でこんな仕事をしているなんて、国で何か悪い事をさせられたんだね、と。

 施は人殺しだった。そういう噂だった。なぜ、いつ、何人、事故か故意かもしくは仕事か。何も分からなかったが、その噂は施の異様なほど鋭角な目つきに似つかわしい装飾ではあった。しかしその人を射すくめる鋭い目は、専ら放っておくと穴だらけになる積載物の点検表やトラックのメンテナンスに向けられた。

 同期で一番年下の呉は、ふざけたり場を和ませたりするのが自分の役目だと思っているようだった。何でも器用にこなすが、何より好きな賭け事には不思議と弱かった。年下だから皆が何かと奢ってくれるのを見越してやっている節があったが、誰も世話を焼くのはやめようとしなかった。
  
 経営者の遠縁に当たるという段は、いつも何かしらに愚痴を言っている男だった。ちょっとした事でも目ざとく掴まえてああだこうだ言い、それはしつこくも的を射ていた。何か特別扱いがある訳でもなく、何の縁故なのかよく分からなかった。

 鄒は同期の中でも最もまともで、何かあった時頼りになった。昔拳法をやっていたと言う鄒には先輩連中も一目置き、筋の通った彼の意見には経営者も耳を貸した。そして恐ろしい事に、鄒はこの会社を愛しているようだった。

 ケンカ吹っかけ屋、行方不明の名人、大酒呑みの三拍子揃った単は、その鄒とは正反対の男だった。ハンドル捌きは乱暴で、いつ事故を起こしてもおかしくない運転をした。奇妙に施を兄貴、兄貴と呼んでついて回るようなところがあった。

 張は自動車技師で、そちらの方面の仕事のために来たはずが、いつの間にか運送の仕事にも組み込まれていた。本来の職務である調整と修理もしなければならなかったので、仕事に関しては毎日文句たらたらだった。一種クルマの学者のような男だった。

 志飛は唐大虫などと呼ばれ、体も声も一番大きく何をやっても目立った。仕事熱心ではまるでなく、呉や単と一緒になって楽をする方法を苦労して考え出したりした。社内でも運転が一番上手い相棒を自慢にしていた。

 星亮はおとなしく、いつも人の輪の一番外側にいた。しかし一人で居るという事もなく、中心で目立つ事はないが必ず誰かと一緒にいる男だった。いつまでも道程や段取りを覚えないようなところがあったが、運転は古株の誰よりも上手かった。


 こんな仕事だった。相場より安い月給で、条件も悪く、決して楽な仕事ではなかった。
 けれど、例えば全員事務回りの時、昼飯にコンテナの上に座って饅頭を食べて下らない話をしていると、彼らは簡単に幸せな社会で暮らしている気分になることが出来た――――



 どん、と、ケースをテーブルの上に置いた。それなりに重さはあったが、そう大きな音が出るとは思っていなかった星亮は、自分でやって自分で驚いてしまった。それを外面に出さないよう飲み込んで、フタを開けて対面に座る李了公に向けた。
「お持ちしました、どうぞ」
「はい。けっこうです、お願いしたとおり。ありがとうございます」
 李了公は満足げに言い、細い目をますます細め、唇を三日月形にゆっくりと歪めた。裂け目のようなそこから、真っ赤な口腔と舌がちろちろと覗き、星亮は少し緊張した。
「いえ、こちらこそ・・・」
 こういう時に志飛がいたら、上手い会話に持っていくだろうな、と持った。それを見透かしたように、
「もう一人の方はいかがなさいました?唐さんと仰いましたね。いらっしゃらないのですか?」
「はあ、唐は別の仕事にかかっておりまして・・・」
 あの白蛇社長に会うのはいやだ、どうせ俺だけ言葉も分からないからと、志飛は来なかった。こんな事なら志飛に日本語を教えておけばよかった。
「そうでしたか。どうか唐さんにもよろしくお伝え下さい。・・・ああ、勿論、中国語に訳していただいて」
「はあ、伝えておきます」
 李はケースのフタを閉じ、すっとテーブルの端に寄せた。と、どこから出てきたのか黒服の男が現れ、音もなくそれを持っていった。
「それにしても楊さん、あなたの日本語は実にお上手です。近頃では日本人でも話さないきれい・・・な言葉だ」
「いえそんな、社長こそ日本語がお上手で・・・」
 そう言って、星亮は思い出した。李は日本語しか話せない。しまた、と思ったが、李は可笑しげに笑っていた。
「あ、申し訳ございません、つい・・・」
「いえいえ、お謝りになることはありませんよ。私が異常なだけですからね。それに、間違いに気づけると言う事はそれだけ日本語を理解してらっしゃる証拠ですから」
 李は、つ、と身を乗り出し、テーブルに肘をつき星亮に白い面を寄せた。
「あなたのような方がいらして本当によかった。先日も申し上げましたが、コレは中国でしか栽培できない物でしてね、今のところ。しかし私はこうして日本を拠点にして動けませんから、商売がことのほか難しい・・・」
「・・・はい」
「あなた、おかしいと思われませんか。日本にいながらにしての中国でのビジネスなんて、今の時代簡単だと・・・・ドラッグの大手ルートに乗せれば済むとお考えでは?」
「いえ、それは・・・」
「私はね、この新しい、他に類を見ない薬で、既存のルートに全く頼らない新規のドラッグ事業をと考えておりましてね。今は規模もごくごく小さなものですが、いずれコレはあらゆるドラッグもルートも押しのけて唯一最大の本流になります。・・・・今までの事をすっかり変えてしまうくらい。ね?」
 喉の奥で音がする。
 しゅう、しゅう、しゅう。
「もっとも今はまだ目立ちたくありませんから隠れ蓑を使っております。楊さん、くれぐれも周りにお気をつけて。今の段階では、いえこれからもですが特に・・・・あなた方の働きがとても大切です」
 紙と紙をこすり合わせるような音が、すぐ耳元で鳴っている。
 しゅしゅしゅ、しゅしゅしゅしゅ。
「ですから、これからも、ぜひ、よろしくおねがいします」
 ことん。
 テーブルの音に、星亮は我に返った。
 そこには、グラスが2つ置かれていた。氷を浮かせた透明の、しかしおそらくは強い液体を、星亮は恨めしげに見た。
 こんなもの出してくれなくていいのに。



 それから1時間数十分後、繁華街の表となく裏となく設置された監視カメラとそこここに立つ私服警官の目に留まった、裏路地から出てきた黒いキャップにサングラスの男の映像が、特警捜査本部に次々と送られた。

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