★第28話 (13/18)
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 肩から二の腕の擦傷、手の火傷、太腿の裂傷。どれもその場の手当てだけで済む、ごく軽い傷だった。
 深さで言えば一番酷いのは、傷口こそ小さいが頬骨の辺りの刺傷。割れたフロントガラスが深々と刺さり、頬骨の表面に傷が入ったらしい。だいたいの治療が終わってそう聞いてはじめて、さほど痛みもしなかったそこに顔がゆがむほどの疼痛を感じるようになったのだから、人体はある程度まで現金でいてくれるものだ。
 星亮は、ガーゼで覆ったそこに手を当てた。掌のくぼみにちょうど収まった。
「いて・・・」
 手を離すと、がちゃりとドアが開いた。検温かと気休め程度に毛布を整えたが、カーテンの向こうから声をかけてきたのはいつもの看護婦の太った人間特有のくぐもった声ではなく、煙草枯れしたような少し甲高い男の声だった。おお、ここだここだ18号室、と、病院にそぐわない大声が近づいてくる。
「よお星亮!」
 カーテンをざっと開けて顔を出したのは、暴走屋の単だった。その後ろで、よ、とでも言うように手提げの紙袋を持ち上げてみせるのは、その単に勝手に兄貴分と決め込まれている相棒の施。
「大丈夫かよおめえ」
 カーテンを全開にし、単は近くにあった椅子を引き寄せて施にすすめた。
「今朝電話あってお前んとこの会社のトラックが事故ったっつうからよ、びびって飛んできたんだよ。いや俺ら今日会社いたからよ」
「そうだったのか・・・・すまん、心配かけて」
「ばーろう、誰が心配なんかするかよ。お前も志飛もどうせ叩いたって死にゃしねえんだよ。それよか積荷の心配したね俺は。燃えちまったって?コンテナ全部」
「よく言うぜ・・・・おい楊、見舞いだ」
 と、施は紙袋を寄越してきた。饅頭だった。星亮は押し戴いた。
「どうもすいません」
「いや、でも軽くてよかったな」
「そうそう、それで済んでめっけもんだぜ。そうだ、志飛は今寝てるって?」
「ああ、あいつはちょっと怪我ひどくて・・・・足も折ってるし。複雑骨折って言うやつ…」
「奴は体が重過ぎるんだ」
「しっかしまさかお前さんが事故るとはねえ。俺なんか事故る事故るって言われ続けて入社以来無事故だぜ。やっぱこういうのは運の問題だな、ねえ兄貴」
「お前は運不運に関わらずいつか事故る」
「うわっ、ひで・・・」
 咳のような笑い声をたてて単が笑う。
「社長は?」
「事故処理で走り回ってる」
「ロクな会社じゃねえからなあ、この件で手入れでもされたら俺ら全員コレもんだ。お前一生恨まれるぜ!」
「リアルだなおい、やめてくれよ」
「怪我人を脅かすなよ単。まあ・・・まずそんな事もねえだろ。とにかく手が足りんから、出られるなら早く出てくれとさ。まあその様子じゃ・・・・」
 と、施は星亮の全身を見回した。確かに、少々の痛みを押せばそれなりに仕事が出来そうだった。
「はい、2、3日もしたら仕事に出ますよ」
「そりゃ助かった。お前戻るまで俺らが何とかするからよ」
「頼む」
 単に軽く頭を下げると、再び扉を開く音がした。病室の患者たちの名を呼ぶ声は、今度こそ検温の看護婦の声だった。今日は後ろに医師がいた。
「それじゃ俺ら行くわ。志飛によろしくな」
 と、単は立ち上がった。
「ああ・・・わざわざありがとうな。饅頭ごちそうさんです」
 横の紙袋を少し持ち上げると、それを隣の患者を診ていた看護婦が目聡く見つけたらしい。
「ちょっと!患者さんにおかしな物渡さないで!」
「見舞いの饅頭ですよ」
 後ろの看護婦を振り返りもせず施が言う。ただでさえ見舞い客に親切でない看護婦は、特に表情を出していなくてもはっきりそれと解る、刻みこまれたような眉間の皺をますます深めた。
 2人はそそくさと病室を後にし、星亮は低姿勢で腕を差し出した。
「院内ではあまり騒がしくしないように」
「すいません、よく言っておきますんで・・・」
 とは言ってももう来ないのだけど、と思いながら、星亮はふと顔を上げた。
「すいません先生、俺と一緒に入った奴ですけど・・・あの、唐って言う体のでかい」
「ええ。その事でお伝えする事がありまして」



 星亮は4日後の月半ば、そこかしこにガーゼや絆創膏を貼り付けた姿で仕事に戻った。すぐに運送に戻るのは無理があり相棒もいないと言う事で、今月一杯は事務仕事をする事になった。いつもの癖で被ってきた黒いキャップだが、しばらくは必要なさそうだった。
 その旨を言い渡され、隅の机を空けられたが、星亮はそこに腰を落ち着ける前に社長の机に向かった。
「挨拶は済んだだろ?」
「いや、ちょっと…」
 と、事務員の話を打ち切り、社長の前で黒いキャップをとって頭を下げる。
「すいません社長、これからの俺の仕事の事でちょっ…と」
 事務所を出るようドアの方へ手を差し伸べ、訝る雇い主を先に外へ出し、そっとドアを閉める。背は低いが運送屋らしくどっしりした体躯に乗っかった胡麻塩頭が上下して、事故から復帰してきた社員の爪先から頭のてっぺんを怪訝そうに眺めた。
「なんだ、事務の仕事だったら俺じゃなく林にでも」
「いえ、そっちの方じゃなくて…」
「じゃあ何だ」
「その、今はいいんですけど、体が利くようになったら…」
 星亮は手に持った帽子を握ったり伸ばしたり、落ち着かない小さな所作を繰り返していたが、やがて少し頭を低くして耳打ちした。
「尹先輩方のお手伝いをしたいんですが…」
 社長は細い目を目一杯に見開き、絆創膏の顔を見返した。切羽詰っていた。


 寧波まで行って紹興を回り、戻ってきたトラックには鄒と呉が乗っていた。
 車中に電話でおおまかな話を聞いただけの二人は、一体どんな惨状を想像していたのか、絆創膏を貼った程度の星亮の様子を見て驚いていた。次の瞬間、無事を喜んで生還者の肩を叩く。
「いて!」
「おっと…悪い、まだ治ってなかったのか」
「違うよ、肩には別に怪我してない」
「ったく…鄒さんの力で叩いたら怪我してなくたって痛いって!また入院しちゃったらどうすんだよ。あっ、でもそしたら志飛の奴とコンビ別れ別れにならずに丁度いいかな」
「おい!なんだその言い草は」
「こりゃ失言」
 とにかく星亮さんしばらくはラクに仕事しなよ、と言い置き、呉は助手席に座り詰めだった小さな体を伸ばしながら詰め所に向かった。
「しょうがない奴だな、いつまでも学生みたいな口利いて…そうだ、その志飛は大丈夫か?そのうちあいつも連れて見舞いに行くけど」
「うん、それなんだけどな…悪い、ちょっといいか」
「別にいいよ。どこか…」
「いや、ここでいい。すぐ済むから…志飛の事もなんだ」
 そうか、と鄒は手近な木箱に腰を下ろし、星亮もそれに倣った。
「志飛の脚の怪我な、このまんまだと」
「悪いのか?」
「歩けなくなるそうだ」

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