★第28話 (16/18)
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兄です。
要注意箇所の監視カビデオと警備中の私服警官のカメラから送られてきた、ポイントを極めて高頻度で出没する人物の画像を見て、呟いた有望の口調は何の波風もなかった。
間違いありませんわ、顔に傷がありますもの。ええ、先日バッタリ。確かにこれは兄ですけれど、それがどうか?そんな事より早く犯人を探し出さなければ、大変な事になりますわ。
「なんか…ああいうのも、かわいそうですね」
西条に連れられて、赤星とともに別室に移動した星加博士の消えた細い背中を見やりながら、島は肩を落とした。
「いきなりわめき出されるよりゃずっといいネ。静かでいいじゃないの!」
三上は、部外者が出て行ってせいせいした、と言った表情を隠さない。ちらりと向けた視線は、広くはない室内でのもう一人の金髪男が噛み付いてくるのを予想さえしていたようだ。
「ちょっとアンタ…刑事としてその台詞どうよ。被害者とか容疑者の家族のケアってのも大事なんじゃねえの?」
「またジョーン…だからぁ今西条さんがしてやってんじゃない!ムッシュはそういうの大得意ヨ、しかも大学の先輩後輩なんでしょ?心配NonNon…」
「てめ…」
今にも掴みかからん勢いで乗り出した黄龍の体が、万力の力で押し留められる。
「はいはいはい!よしましょうお2人とも!捜査上の行き違いは誰にでもあるッスよ!」
「そういう事!だいたいミーは容疑者なんて一言も言ってないネ。先走りは駄目ヨ、令状が出るまで待って?」
20センチばかりも低い田口の体躯に抱えられて動けない黄龍の鼻先、三上は両手を広げてみせた。
「まずはよーく調べなきゃ、騒ぐのはそれから。それにホラ、S関連事件の容疑者は『操られてました』って必殺技があるじゃない?博士のアニキってのもきっとそうヨ」
ちょんと指で額を突かれ、後ろからはその通りだぜ瑛ちゃんと白い手袋に小突かれ、勢いをそがれて気まずく身を引く黄龍を尻目に、そうよねベベ?とOZ若手2人を振り返る。突然話を振られて驚いたのか、翠川と瑠衣はとっさに言葉が出ない。
「あ…あの、オレ…」
「ハイ!あたし、きっとお兄様は犯人じゃないと思います」
「あら…ローズちゃんは元気ネ」
翠川の言葉を、ほとんど遮る形で言い切った瑠衣に若干顎を引く。ピンク色のスーツを纏った時以上に毅然とした態度に、刑事たちの顔が感心に和らいだ。が、普段ならこんな時一番大騒ぎで感心しそうな男は一人で黙り込んでいる。
「それに比べて早見の情けない事…しっかりしなヨ!ちょっと美人がかわいそうな目にあってるくらいで!」
咥え煙草の横顔は、しかし、しょげていると言うには張り詰めすぎた、どこか一点を見つめる目。
「さあ…まあ、あとはこっちに任せて、OZの皆さんは今まで通り所定の位置について下さいや。若い人らは適当に班に入ってもらって…何、いざとなったらあんたらに頼りきりになるんだからね」
バケモノが出てからがあんたらの仕事さ、そう言って竹本は、赤星を除いた4人を会議室の外に送り出した。
しばらく手を振り、やがて静かにドアを閉めた。部屋の中を振り返ると、固い表情の部下たちがこちらを見ていた。
「緑君は何か知ってましたね…」
「だろうな」
切り出したのが最若手だった事に驚きを覚えながら、新しく咥えた煙草に火をつける。さっきまでは若い子がいたから控えていたが…と、早見はいつも通り遠慮会釈なく吸っていた事を思い出した。俺も吸っちまってよかったか。
「でもあそこで言わなくてよかったッスよ、黄色さんが何て言うか」
「そうそう。でもまさかOZ身内から出るとはネ…」
「早見さんの言った通りでしたね。クロさんも案外チェック甘いなあ」
口々に言いながら刑事たちも会議室を後にし、残ったOZ4人とは別方向へ歩いていった。
アカ以外は残り―――と感じるのはなぜか…考えながら、最後尾を歩いていた柴田は、フィルターまでちりちり言い出した煙草を廊下の吸殻居れに押し付けて立ち止まり、煙草の箱とライターの入ったポケットに手を入れた。
先行ってますよ、と島が前方の曲がり角で言う。
瑠衣は三人の男の顔色を伺っていた。
それとなく、と言う風に、本人たちはやっているつもりなのか。男たちはいつも瑠衣を庇い、守る形に常に動いている。それは感謝すべき事だが、一人で行動しようと言う時、それがこれほどまで障害になるとは思ってもみなかった。
隠し事をするという事は、そういう事なのだろう。
普段煩わしいほどに瑠衣の行動に気を回す男はいない。事態に動揺してか、残り…そう、残りだ。残りの三人も、いつもなら中央に囲むようにしている少女が最後尾を歩いていても気がつかない。
瑠衣はいつもの、可愛い女の子の声が出るよう、音を殺して息を整え、口元に手をやった。
「あぁっ、大変!」
「ど、どしたの、瑠衣ちゃん!」
「さっきのお部屋に忘れ物しちゃった…ちょっと取ってきます!ごめんなさい、先に行っててね」
なんだ、瑠衣ちゃんらしくもない、と言う男たちの声を背に、瑠衣はついさっき重い足取りで曲がった角を振り向きもせず駆け抜けた。
角を曲がると、元いた部屋の扉だけがあると想定していた廊下に、皮ジャンに包まれた骨太の長身が猫背気味に煙草の火を点けていた。
こちらに気づいたらしく、ライターの火を引っ込めて顔を上げた。
よりによってあの人。
気さくで明るい特警にあって、この男だけが一度も笑顔を見せた事がない。話したことがあると言えば、顔も見ず一方的に怒鳴られた事くらいか。しかし瑠衣は、かえって勢いがついた、と無理やり視線を合わせ、そこへ向かって大股に歩き出した。
「まだ用か」
柴田のすぐ前で立ち止まると、面倒臭そうな低い声が降ってくる。瑠衣は目を合わせたまま、ポケットの薄い財布を取り出した。
何が幸いするか分からない、自分がこれを受け取っておいてよかった。
袖で指先を覆い、弾けばピンと音のする一万円札を、普段恐れていた刑事に躊躇なく差し出した。
「これ、あの人からもらいました。ビデオに写ってたあの人。指紋、ついてるはずです」
柴田は火の点いていない煙草を咥えたまま、一万円札とそれを差し出した娘の顔を、どういう仕組みか瞳をほとんど動かす事もなく見比べている。
「何か、捜査の役に立ちますか?」
初めて面と向かって見つめる動かない瞳に、瑠衣は、犬の目を思った。
犬の目はかなしく、静かだ。現場で怒鳴った時も、こんな目をしていただろうか。
「間違いねえな」
「…はい。主任と一緒にいる時、会いました。お小遣いだって…」
「他に誰のがついてる」
「主任のがついてます。新札だから、他にはたぶん…」
自分で聞いておきながら、柴田は瑠衣の話を聞いているのかいないのか、内ポケットを探ってビニール袋を取り出し、口を広げて札の前に突き出した。それの意味を汲み、瑠衣は『証拠品』を落とし入れる。
「あとで調べる」
「…お願いします」
瑠衣は、既に金ではなくなったビニール越しのそれに目を向けず、そのまま踵を返した。が、
「待て桜木!」
咎められたような気がして立ち止まり、振り返ると、柴田は自分の物らしい財布を開けて中に指を突っ込んでいた。やがて何枚かの札を取り出し、瑠衣の喉元に突き出す。皺の寄った、千円札五枚と五千円札が一枚。
さっき柴田がやったように、札束と持ち主を見比べる。持ってろ、と突きつけられ、受け取った。
「しばらく預かる。終わったら返すからな、お前も返せ」
「でも、柴田さんのお財布から」
「ジュクの売人から垂れ込みって事でいいな」
だいぶ軽くなったのだろう財布を尻のポケットに突っ込み、柴田は改めて煙草に火を点け、曲がり角に消えていった。
気遣い、ととってよい類のものだろうか。
仲間に知られたら具合が悪かろう、とでも?
うすら寒い感謝は、しかし感じずにはいられなかった。振り払おうとして駆け足で仲間たちのところへ帰っていった瑠衣が、自分がどんな呼び名で呼ばれたか気づくことはなかったけれど。
最重要地点に多数の私服警官とともに配置された「赤と黒」の二人だったが、しかし警戒も私服任せに路地の壁に寄りかかって口をきいているのは赤星だけだ。
兄ちゃん、きっとスパイダルに操られてんだ。
あんな優しい人に…あんな真似出来る訳がねえ。
昔っから、本当に真面目な兄ちゃんで…
有望にも言っといたんだ、あいつ驚いてたけど、あの亮平兄ちゃんが犯罪なんて出来るはずねえだろって。
ガキの頃からそうだったんだ、優しくて真面目で、ちょっと気が弱えけど、その分人を傷つけたりなんか絶対しねえ…
「なるほどね。大好きなお兄ちゃんだったって訳だ」
「こんな事件とっとと片付けて、お前にも紹介するよ。お前も好きになるぜ」
「だと思うよ。お前さんが言うんだから、きっと優しくて真面目な人なんだろう」
そう、さぞや優しく、真面目な好人物。
その人のこと、お前は本当によく知っていたのかい?有望さんは何て言っていた?
「赤星、優しくて真面目で人を傷つけたりなんかしやしない人が、毎日を暮らすために何をする?」
言い終えた瞬間、腕で鳴り響いた警報に、黒羽は救われた気がした。弾かれたように上げた赤星の顔を、見ずに済んだからだ。
『こっちで新型アセロ1ダース!早く来てくんないとまだまだ増えるぜ〜!』
黄龍と翠川の守る、遠く離れたポイントに向かう。
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