★第28話 (18/18)
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 大きな事件のあとは毎度、特警本部は野戦病院の様相を呈する。
 特に今回は、集団発生したアセロポッド――調べによれば通常のアセロポッドだったらしいが――に陽動されオズリーブスが遅れた。その上市街戦で繁華街の縦横が大変な事になり、戦いのあとに増えた怪我も多い。が、面々は痛い痛いと文句を垂れつつも元気そのもの。服が汚れた髪が乱れたと、手当てよりも身づくろいに余念のない三上辺りを筆頭に、接近戦が多いせいで生傷の絶えないわりに大きな怪我のないのは柔道の受身のおかげか、今回はあそこが悪かったここも悪かったと一人反省会に熱心な田口、ああここも擦り剥いてるなあと唾をつけてこすったりなどしている若きエリートの見る影もない島、手当てもそこそこにいつもとまるで変らぬ風に煙草をはすかいに咥える柴田、いいから手の空いた奴は報告書まとめてくれと仕事の虫、西条。
 早見は先日からのだんまりを続けている。こういう時三上と2人でぎゃあぎゃあやる定位置を島に譲り、ブラインドに寄りかかる柴田の横に陣取っていた。
「行ってやらねえのか?」
「どこへ」
「女博士だよ」
「星加博士、かぁ…」
 溜息と煙とともに吐き出した、美人の名前。
「俺ぁあん時…」
「いつだ」
「博士の兄貴ってのが出てきた時よ、ああ博士かわいそうだなあって思ったよ。気の毒になあって、まあアカが何とかするんじゃねえかって」
 けれど、それはもう。
「遠くの方からよ…」
 ブラインドに絡まって消える煙を目で追いながら、これを振ったというべきか、振られたと言うべきか、柴田はちらと考えた。どのみち詮無い横恋慕ではあったのだ。しかしこうして早見は、自分が命も投げ出してしまえるただ一人の女を捜して、明日からまたさまよい歩くのだろう。
 あんた、どうやら違ったようだぜ。
 柴田は初めて、あの女博士に礼を言う気になった。いつまでも望みのない道を歩かせておくには忍びない。 
「あの中国人、どうしたかな?」
 逮捕した2人男は、それぞれ別なところに留め置かれた。
「さあな。竹さんは北京の公安がどうとか言ってたが」
「難しくなりそうだな」
 三分の一も減っていない煙草を灰皿に押し付け、俺たちには関係ないかと振り向いた顔は、薄情にも普段通りの軽薄顔だった。



 日比谷線、小菅駅下車。面会入口まで徒歩十分。
 徒歩十分、の一言が役所らしい冷たさを放っていたが、聞けば道のりにどこをどう十分かの掲示板があるらしい。
 東京拘置所。
 アセロポッドに変ってしまった人々を元に戻そうと、OZと物性研究所は職員全員で不眠不休の努力を続けていた。その中で、これだけ早くに丸1日の休みがとれたのは、意外にも―――と事件前なら思った事だろう。西条刑事のたっての申し出のおかげらしかった。
 大学の後輩だからと言って、学部も違う西条と当時話をした事は、顧みればほとんどない。この事件で関わるようになってからも、話はおろか会った事さえ稀ではなかったか?その縁薄い後輩の自分に、西条は仕事はどうしたと聞きたくなるほどの時間を割いた。
 ほとんど学籍だけの後輩なら、全くの他人も同然ではないか。
 ―――それなのに、こんなにして頂いて。お世話になりましたわ。
 ―――いや…落ち着いたなら良かった。縁がなくても先輩後輩ってだけでも…な。
 お前にしてみればつまらん事かな。でも何だか無理にでも理由をつけなくちゃならん気がして、いかんな。
 そう笑って肩を叩いてくれた馴染み薄い三年上の先輩の、いつもなら十も年上に見える顔が、初めて実年齢通りに見えた。兄にどこかしら似ている、と思った。
 あとでしなければならないお礼の事を考えながら、有望は森の小路でいつものコーヒーを飲んでから出かけた。
 そう、出る前に資料を持って行こうと、森の小路の自分の仮眠室に寄ってから裏口から出ると、ちょうど郵便局員がやってきたところだった。
 書留です、と渡してきた封筒の宛名は、今店のカウンターに立っている少女の名前。差出人は。
「あら」
 紙にして二、三枚程度しか入っていないらしい薄い封筒を持って、有望は店に戻った。
「瑠衣ちゃん、書留が来てるわよ」
 カップを拭いていた瑠衣は、ちょっと驚くような勢いで首をこちらに向けた。
「……あ、それ」
「柴田さんからですって?どうしたの」
「うん、あのね、捜査の時持ち合わせがないからって、ちょっとだけ貸してたの」
 カップを置いて封筒を受け取る。
「そうなの…それは仕方ないけど、あまりお金の貸し借りはだめよ。それにしてもわざわざ書留なんて、意外と律儀な方ね」
 瑠衣も、そうだと思うわ。そう言った瑠衣に再び出発を告げ、有望は普段使い慣れない線に乗った。


 建物はまだ工事中で、受付に行くのに少し手間取ったが、そのおかげで昼休みの時間を過ぎてから待たずに入る事が出来た。
 受付で用紙を受け取り、カウンターで古びたボールペンを握った。

『会いたい人の氏名』
『会いたい人との関係』

 会いたい人、と。
 精一杯の、これが彼らに出来る表現なのだろうか。
 関係の欄に、少し悩んで「兄」と書き込む。
 名前の欄の一番下に、用件と言った欄がある。いくつかの選択肢の中、近況伺い―――
『元気かどうか』
 
 元気か、どうか。
 有望はそこに丸をつけ、整理券を受け取り、差し入れ用品の売店を吟味し、番号を呼ばれ、手荷物を検査され、長い廊下を歩く。
 その先で会った、「兄」と書いた会いたい人は、果たして元気そうだった。

「それにしても吃驚したよ。いきなり出てくんだもんなあ…あんなとこに出てくるなよ」
「私だって吃驚したのよ。まさかお兄ちゃん…本当にいると思ってなくて」
「俺だってだよ。あ、あそこにいたならさ、あのでっかいロボット見たか?」
「見たわ」
「中国でもテレビでやってたよ。本物が見られるなんてな」
「大きいでしょう。でも前のはもっと大きかったのよ―――2台目なの」
「買い換えたのか?」
「ばかね」
「お前ほどじゃないよ」
「そうだ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「あの時…最初に会った時」
「ああ」
「どうして、あの子たちにお小遣いなんか?」
「まずかったか?親御さんに叱られたかな」
「そういう事じゃなくて、どうしてお兄ちゃん、あんな事?」
「あーあ、なんでお前そうやって人のやる事根掘り葉掘り聞くのかな。ガキの頃から成長してねえな」
「お兄ちゃんもそうやってはぐらかすところ、全然変ってないわ」
「分かったよ、あれな。なんか、久々だし、ほらつまり…太っ腹で立派な兄貴に見えるかと思って」
「ばかじゃない。お金は関係ないわよ。だいたいお兄ちゃんが立派になんか、時間が経ってたってそんなんじゃないくらい分かるわ」
「ひでえ」

「あと5分です」

「やばいぞ。お前、ちょっと差し入れしてほしいもの、メモしてくれよ」
「ええ」
「まず下着と風呂道具みたいなのが要るな。あと毛布」
「それと?」
「金はあとで払うから」
「いいわ。あの子たちにくれたので充分」
「そう言えばあの子ら」
「なあに?」
「あの金、何かためになるもの買ってくれたかなあ―――」



前略 桜木瑠衣殿

この度 貴下の犯人逮捕ご協力に感謝するとともに お預かりした証拠品を返却するに当たり本来直接お返しすべきところ、多忙の為書留メにてすませました事 深くおわび申しあげます
尚 本件での物品の証拠としての取り扱い方の事情から 返却は小生個人名での書留メになりました事 あわせてお伝え致します

今後とも万全を尽くされたく
お体お大切に

    於特警本部 柴田丈

(了)

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