★第28話 (7/18)
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「主任のお兄さまが帰ってきたんだって?」
「そうなんだよ。聞いてたのか」
「へー、有望さんって兄弟いんの」
赤星と黒羽と黄龍、三人並んで泡だらけの頬に剃刀を当てながら朝の世間話に興じている。
「帰ってきたって、どっかに行ってなさったのか」
「ああ、10年中国に行ってたんだってよ。仕事で帰ってきたらしい」
「華僑だ、華僑」
「華僑は逆だろ・・・」
「お前らも会ってくれよ。亮平兄ちゃんってんだ。すげえいい兄ちゃんなんだぜ」
黄龍が何か言ったようだが、ばしゃばしゃと顔を洗いながらの声は何を言っているのか分からなかった。
「そりゃ勿論会うさ。お前さんの未来のお義兄様なんだから、オレからも是非挨拶しとかんとな」
「なんだよぉ」
と、黄龍が顔を上げ、タオルを取りに腕を伸ばす。
「あんたらお兄様はいーけどさ、これからしばらく特警行っちゃうし会えそうにないんじゃん。いつぐらいまで日本いんの?」
「あっ、それ聞いてなかったな。でもなんかゆっくり出来るみたいな事言ってたぜ」
「ふーん」
黒羽も泡を落とし、顔を拭いた。一番髭の濃い赤星は、剃り終えるのも一番あとになった。
黒羽と黄龍はそのまま上着に腕を通し、裏口から静かに出掛けていった。店をたいがい離れてから、
「旦那に余計な事話さなかったろうな」
「ん?」
「仕事の話だよ」
二人は前を向いて歩きながら話した。
「ん?そりゃああんた、話すよ」
「何だって」
「だってあんた酔っ払って帰ってくんだもん、心配すんべ・・・・仕事タイヘンだってから、そっとしといてやってとは言ったよ」
「そうか・・・それだけならいいが、とにかく余計な」
「分かってるよぉ、赤星さんに仕事の話しなきゃいいんしょ。こう見えても口堅い方なんだから、信用しろよ」
「無理言うな、出来るか」
「あっ、言ったね。俺様あんたの事に関して言えばけっこう優秀な社会人の自信あんのよ」
「もっとまともな事で自信持て」
黒羽は自分より1cm高い位置にある隣の頭を叩いた。
切符の金が足りず、蘇州で列車を降ろされた。騙し騙し香港まで乗れたら、文無しでもそこで必ず仕事にありつけると踏んでいた二人は、全ての当てが外れて駅裏に座り込んだ。
「ああ、どうすっかなあ」
空腹でもあった。志飛は大きく伸びをしたまま、仰向けに倒れた。
「どうするこうするも、金がねえとどうしようもねえよ。文無しは北京でこりごりだ」
星亮も倒れた。ずっと三等客車で志飛の隣にいたこの元日本人は物覚えがよく、既に三等風の志飛によく似た口汚い北京語を一端に喋る。
「星亮よう、お前ちょっと表通り行ってよ、その辺歩いてる成金から頂いて来いよ。北京でやってたみてえに」
「いやだ。もうあれはやりたくねえ・・・腹も減ってるし、上手く逃げらんねえよ」
「だよな・・・・・」
しかし、懐も胃袋も空ではあるが、久々にぎゅう詰めの空気の悪い客車から解放された清々しさはあった。車窓を介さない外の風を鼻先で味わっていると、隣の志飛が肩を揺らしてくる。
「おい、あれ、あれ」
と、ちょいちょい指差す方へ顔をちょっと上げると、駅の隣の倉庫か何かの陰に男が三人いる。袋に入った饅頭を食べている。
「ああ、いいなあ・・・」
「美味そうだよな」
「ああ」
「あんなの食ってんだから金も持ってるよな」
「だろうなあ」
「お前、目いいか」
「けっこうな」
「あいつらのガタイ分かるか」
「ん?」
「全員お前より全然ひよわっちいぜ」
志飛の見込みは当たり、1人が星亮と同じような背丈だったくらいで、全員細身で小柄だった。あえて見込み違いと言えば、星亮が喧嘩はさほど上手くなく1人を伸して財布を引っ張り出すのに多少手間取った程度で、饅頭の袋も無事奪い取った。
残った1人が懐に手を入れた。金を出してくるかと、志飛は一番大柄な星亮ほどの体格の男の襟を掴んだまま意地悪く破顔する。
が、男の手に拳銃があった。
「この野郎、よくもやりやがって。手ぇ放せ!」
ぢゃき、と撃鉄を下ろす。志飛は男の襟を掴む手をゆるゆる離した。
「お、おい、ちょっと待て・・・・な。おい星・・・」
少し離れたところにいた星亮を降りかえる。が、既にじりじりと後ずさっていた星亮は、その場からパッと逃げ出した。
「ああ!ちきしょうこの野郎、裏切り者め!!」
怒鳴ったが、しかし向けられた銃口に足がすくんで身動きできず、風のように消えた星亮を見送るしかない。
あの野郎、腹が減ってひったくりも出来ねえなんて言いやがったくせに・・・・
「でかいの、ぶっ殺してやる・・・動くなよ!」
男は震える銃口を両手で押さえるように構え、指に力を入れた。男は銃を撃とうとしている事に激昂しているようだった。
「ちょ、ちょっと待て!殺したらお前もただじゃ済まねえぞ!やめろバカ!」
「うるせえ!」
次の瞬間、しかし銃声はせず、耳の横で風を切る音がした。直後、男の背後の倉庫のシャッターが轟音を中心にへこむ。それが5回も続き、6回目、それは銃に当たった。銃が宙を舞った。男が驚いている間に、志飛は転がった銃に飛びついた。
「次は当てるぞ!」
駅の方から声がした。振り向くと、上着を脱ぎ小石を持って、それを投げにかかっている星亮がいた。
「さっさとどっか行け!本気で当てるぞ!」
小石を持った腕を大きく振りかぶる。男はあちこちへこんで用を成さなくなったシャッターを盗み見、さっきの星亮のように後ずさり、後ろも見ずに逃げ出した。動けるようになっていたらしい他の2人も、ふらつきながら男を追っていった。
「星亮!」
志飛はまろぶように星亮に駆け寄り、星亮は小石を握ったままその場にへたり込んだ。
「やったぜこの野郎、いきなり行っちまったから逃げやがったかと思ったじゃねえか!」
ふと見ると、地面に置いた上着の上にたくさんの小石が乗っている。
「線路の砂利だよ」
志飛の視線に気づいて、星亮が言った。
「この辺まっ平らで石なんかねえから、取りに行ったんだ。あいつが銃出しやがった時やべえと思って、ぱっと思いついてよ。危ねえ時には頭が働くもんだ」
と、今頃震えが来たのか、歯の噛み合わない強張った顔に、しかし安堵の笑みを浮かべる。
「へへ、良かった間に合って」
「お前ぇ・・・・」
志飛はやおら目の前の石投げ名人を抱きしめ、肩を強く掴んだ。
「ありがとよ星亮、お前は命の恩人だ。これからは何があっても俺はお前を助けるぞ」
が、星亮はぎょっとしたように体を離し、
「そ、そりゃいいから、それどっかやってくれよ」
ふと見ると、さっき咄嗟に拾った銃を手に持ったままだった。
「あ、悪い悪い。それにしてもあの野郎よくこんなもん・・・」
志飛は銃を軽く掲げ、ひらひらと動かしながらためつ眇めつ眺める。男が撃鉄を下ろしたままのそれは、5連発式のわりあい古めかしい姿をしていた。
「ホンモノかな」
「やっぱそうだろ・・・・ちょ、ちょっと持ってみろよ」
「あ、ああ」
手渡す瞬間だった。緊張で力の入った志飛の指が、引き金を引いた。
「うわぁ!!」
2人は銃を放り出し、両側に弾かれたように倒れ腰を抜かした・・・が、
「・・・あれ?」
投げ出された銃は、地面に転がったまま無言だった。志飛は恐る恐る銃を拾い上げ、撃鉄を下ろし地面に向けて再び引き金を引いた。がちん、と撃鉄だけが跳ね上がった。
「志飛、それさあ・・・・」
2人は顔を見合わせ、銃を睨み、弾奏を開けてみた。空だった。そのあと2人は長いこと笑い続けた。
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