★第29話 (11/12)
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夕方から降り始めた雨は止む気配もない。どうやら今夜は一晩こんな調子らしい。もうすっかり暗くなった道を赤い車が一台走っていく。夕食の為に外に出た赤星たちが帰るところだった。
「あーあ。今日はなんか、疲れちゃった」
後部座席の中央に座っている瑠衣が珍しくそう言った。
「悪かったな、みんな。怪人倒して引き続きこれじゃな」
運転している赤星が済まなそうに言った。モルフィを倒したあと、そのままSPロボの偽エンブレム処理に巻き込まれていたのだった。いくら怪人がいないとはいえ、爆発するおそれのあるエンブレムだ。完全防磁の作業ルームなどそんなに準備できない。その点リーブスーツなら驚くべき対衝撃防御機能を有しつつ、細かい作業もできる。まあ本来はこういうことのために開発されたスーツなのだ。ブレスレットのエネルギーを再度充填し、手順を決め、実際に作業にも少し入っている。それでもまだ数日は作業が続きそうな状況だった。

「あ、ううん。それはいいの。早くみんなにロボット返してあげたいもんね。ただ、あの怪人がディって言ってた人のことが気になって‥‥。人間でスパイダルに手を貸しちゃう人がいるのかと思ったら‥‥」
「まあ‥‥。金になればなんでもOKってヤツは、実際いっぱいいるからサ‥‥」
瑠衣の左隣にちょっと窮屈そうに座っている黄龍が慰めるように言った。
「それにあの、アトラク=ナクアってのも、すっごく気になるよね‥‥」
いつも元気な輝の声にも今日は張りが無い。
「あいつ。とってもヤな感じで‥‥。アラクネーは‥‥どうして‥‥」

独り言のように呟いた輝に、独り言のように小さく返したのは助手席の黒羽だった。
「‥‥‥‥アラクネーは死んだ‥‥。殺された‥‥‥。殺されたんだろ、あいつらに‥‥」
「え‥‥?」
「‥‥あいつは‥‥スパイダルの最高権威者に切り捨てられた男を‥‥ひたすら慕ってたからな‥‥」

空気がいきなり重くなったようだった。雨音もそれに合わせて大きく響いてくる。「スパイダルの最高権威者に切り捨てられた男」が一体誰で、それがどんな死に方をしたか、他の4人も否応なく思い出した。赤星がちょっと頭を振ると、気持ちを切り替えるように言った。
「とにかく。ディのことは特警にまかせて、俺達としては手強い四天王が増えたってことだけ考えよう。あのナクアっての、本当にハンパじゃねえから」
「そうだな‥‥。悪かった」
なんも悪くねーだろ、と怒ったように言いかけた赤星が、角を曲がって、あれ? と声を上げた。

見えてきた森の小路の前にタクシーが止まり、街頭の光の輪の中で華奢なシルエットが降り立ったのだ。店は赤星の義姉が見てくれていたはずだがもう閉店時間過ぎ。外看板もライトが消えていた。
「あれ、理絵さんじゃない?」
赤星と黒羽の間から身を乗り出した瑠衣が言う。赤星は店の近くで、邪魔にならない道端に車を止めた。輝と瑠衣が一足先にぱっと車を飛び出す。
「理絵さん!」
不現理絵が5人のほうに向き直った。光の加減か、顔の白さが際だった。以前は肩ぐらいまであった黒髪を少年のように短くカットしているが、それがむしろ大人びて見えた。
「わー! 理絵さん、なんかまた素敵になったみたい!」
「理絵さん、お久しぶりですっ」
僅かに理絵が身を引いた。差し出しかけた手を避けられた‥‥と感じたのは輝だけで、他の4人は気づかなかったのだが。

「あ、例の用事っての終わったの?」
理絵は赤星の問いに硬い表情のまま頷いた。もともと無表情な少女なのだが、今日は普段以上に頑なな感じがあった。
「今日は‥‥トラジャたちを‥‥」
「あ、そっか。ちょっと待ってて」
赤星と輝と瑠衣が裏に回った。不在の時は中から入って警備のロックを外さなければシャッターもドアも開かないようになっている。
「いっやー、理絵さん、ちょっと見ない間に、えらくキレイになったんじゃない?」
残った黄龍が軽い調子で話かけたが、理絵は無言のまま半歩離れ、黄龍は鼻白んだ。軽いおちゃらけに乗ってくる女性で無いのは確かなのだが、こういった拒否感を示すこともなかった。二人の少し後ろにいた黒羽も、帽子の鍔の下から少し驚いた表情で理絵の様子を盗み見た。

店内がぱっと明るくなると、がらがらとシャッターが開き、赤星が顔を出した。
「入って待っててよ。今輝たちがみんなを回収してるからさ」
理絵は階段を上り、ドアを支えている赤星の脇をすり抜けて中に入った。店内に染みついているコーヒーの香りを確認するように小さな深呼吸をする。だが「何か入れる?」という赤星の言葉には、無言で首を横に振った。

そのうち輝がゲージを一つ抱えて入ってきた。
「お待たせ! まずモカマタリとマンデリンね。トラジャは瑠衣ちゃんが連れてくるから」
人形のようだった理絵の顔に初めて血が通ったように見えた。ぱっと駆け寄ると床に置かれたゲージの側に跪き、扉を開ける。細身の黒猫が2匹おそるおそる出てきて、理絵の手に顔をすり寄せた。
「大きくなったろ。ちょうど伸び盛りの頃だったからな」
「この前1.6Kgぐらいだったよね。トラジャなんかもう1.8Kg越えてたよっ」
3月の頭に400gに満たない状態で理絵が拾った3匹の仔猫。一般的な発情期とはかけ離れた生まれだが、飼い猫には時々あることだった。

足音に気付いた輝がドアを開ける。右手で黒猫を抱き、左手にゲージを持った瑠衣が立っていた。
「ありがと。もう。探しちゃったよ〜」
輝がゲージを受け取る。瑠衣は一番上のお兄ちゃん猫、トラジャを理絵に直接手渡した。
「どこ居たと思います? あたしの部屋の一番高い本棚の上で寝てたの!」
立ち上がった理絵はトラジャを受け取りつつ、無言のまま瑠衣の顔をじっと見つめた。あまり見つめてくるので瑠衣が戸惑ったように言った。
「‥‥え‥‥と、何か‥‥? どうしたんですか、理絵さん?」
理絵がはっとしたように目を逸らした。小さく言い訳めいた言葉を呟くと、トラジャに少しほおずりしてゲージの中に入れた。

「えーと、モカマタリ‥‥も、ゲージ入れて、いいワケ?」
うろつき回り始めた黒猫を抱え上げた黄龍は理絵にきっと睨まれた。黄龍は大慌てで黒猫をゲージに押し込めると、きれいな掌を少女に向け、言い訳めいた笑みを浮かべる。理絵の不機嫌さの原因などまったく心当たりはなかったが、女というのは理不尽な生き物だというのも、黄龍の持論ではあった。

「あー。こんなトコにいたのか。ほらほら。おいたが過ぎますな、お嬢ちゃん」
部屋の端から呑気な声が響いた。テーブルの下に潜り込んでマンデリンを捕まえた黒羽が、脱げ落ちた帽子に構わずに理絵のほうに歩み寄った。動物や小さな子供を見るときに黒羽がよく見せる無防備なこの笑みは、幼子の無邪気さにどこか母性的な慈愛が入り交じって、とても優しいのが常だった。

理絵は近くの椅子をがたつかせ、乱暴な大股で黒羽に近寄った。日頃、夜中の猫のように物音を立てない理絵の身のこなしを知っている皆は驚く。
理絵の目は大きく見開かれている。虹彩がまん丸を描く四白眼。その真円の瞳で黒羽をじっと見あげる。今やはっきりと涙ぐんでいることがわかる。だが、その源は怒りなのか哀しみなのか喜びなのか判らない。呼吸が荒ぶり、肩がかるく上下していた。
黒羽の眼差しが訝しげなものに変わり、何か思い出そうとするかのように額に手をやった。だがすぐに降参して口を開く。
「えーと、理絵さん。さっきからいったい、どうなすったんですかね?」

理絵はぱっと手を伸ばすと、黒羽の手からひったくるようにマンデリンを奪い取った。唖然とした黒羽をそのままにモカマタリのゲージにマンデリンを入れて立ち上がる。5人を見つめた瞳は、炯々と紫を帯びた光を放っているように見えた。
呑まれた5人が言葉を継げずにいるうちに、理絵はくるりと踵を返し、合わせて5キロにはなるゲージを持っているとは信じられない身軽さでドアを飛び出していった。
「ちょ、ちょっと‥‥!」
少し遅れて外に飛び出した輝は、ただタクシーのテールランプを見送るばかり。


いいかげんの沈黙のあと、最初に口を開いたのは赤星だった。
「‥‥‥‥‥‥黒羽‥‥。お前、理絵さんに、なんかした‥‥?」
「あのさあ、黒羽‥‥。赤星サンに言われるようじゃ、お終いだぜ?」
「なんでそーなるんだ! あれ以来会ってもないってのに。怒らせたのは瑛ちゃんだろう?」

やいのやいのと言い合いになりそうになった中、ぽつりと瑠衣が言った。
「‥‥‥‥なんか、家であったんじゃないかな‥‥」
皆が瑠衣を見やる。輝が不思議そうに尋ねた。
「どうしてそう思うの?」
「うん‥‥。理絵さんがお休みする前、あたしに、お父さんやお母さんのこと聞いたでしょ? あのときみたいな、何か聞きたいような、そんな顔してた‥‥」
「そうだった? 俺様はなんか恨まれてるような気がしたけどなー。黒羽はどうよ?」
黒羽は隅のテーブルに戻り、テンガロンハットを拾い上げると、軽くはたいた。
「‥‥そんな気もした。だが、心当たりが無い‥‥」
さっきの理絵の眼差しをどこかで見たように思うのだが思い出せない。今まで関わってきたクライアントや、はたまた悪党どもの顔が次々に黒羽の脳裏に浮かんで消えたが、どれも違っていた。

「はーっ だめ。ストップ!」
いきなりでかい声が店に響き渡った。声の主はづかづかとドアに近づき、格子のシャッターをぴしゃんと閉じると、4人を振り返った。
「原因がわかんねーなら、文句言ってきてから考えよ。今は考えんの、止め」
みんなが思わずこけ、楽天的な輝までが呆れたように言った。
「ちょ、ちょっと。理絵さんやとったマスターとして、そんなんでいいの?」
「だって、給料も遅れてないし、猫も元気だし‥‥。わかんねーこと考えてもしょーがねーもん。今はみんなにSPロボ返すのが先。次はナクア対策。理絵さんのことは怒られてから考える! でもって、これからデザート食べたい人は手を挙げて!」

はいはいはーいと輝と瑠衣の手があがり、黄龍と黒羽は形だけ大きな溜息をついてみせた。


===***===

その週末は良い天気に恵まれて暑いくらいだった。あの火の見櫓のある警察署が、また子供達でごった返している。だが先日のようなとげとげした雰囲気はない。
窓口に並んだ子供たちに次々と包みが返されている。受け取る子供達は心底嬉しそうな表情を浮かべているし、渡す職員たちも満面の笑顔だ。ロビーの片隅では酉井のマークが入った作業着を着た男性と、なにくれとそれを手伝っている中学生が二人いた。
「はい。これで大丈夫ですよ。大事にしてね」
彼らは調子が悪くなったSPロボをその場で調整している。作業服の男性は何を隠そうSPロボの開発責任者、伊藤智二博士。手伝っているのは伊藤博士の息子の伊藤翔平、そして翔平の友達の高野大輝だ。

エンブレムを剥がした後に出来てしまった傷は仕方がない。それについては公示されているし、窓口でも説明されている。だが預かって保管される過程に衝撃を受けて誤動作が出るようなものは、ちょっとしたリセット等で修復が可能だった。
伊藤の顔には蓄積された疲れが残っていたが、それでも一山越えた安堵も入り交じって表情は軟らかい。一方の翔平と大輝は元気の塊。翔平は自分ができる調整は一人でやっていたし、大輝は構内で困っている子供を見つけると案内までしてやっている。二人とも人のために何かできる喜びの高揚に満ちていた。

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